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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
漂浪編
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まずやるべきは…夜逃げですわよね?

 押しも押されぬ大身貴族だと思われた我が家。

 どうやらそれは吹けば飛ぶ紙ほどに儚いものと思い知らされました。

 わたくし達が身の振りを決められるとは、誰も思っていないことでしょう。

 そう、わたくしも弟も、まだ幼いのですもの。


 でも、このまま此処にいても、売られる未来しか見出せませぬ。


 証文を持って差し押さえに来る者達は、わたくし達の身柄も押さえるでしょう。

 その前に、自分達で今後を選び取らなくては…

 弟もどうなるかわかりませぬが、わたくしは確実に悲惨な人生しか待っていません。

 幸い、兄は消えた後。

 兄からも、何の指図も受けておりませんし、どんな指示も受けていません。

 何も聞いていないのですから、逃げてもわたくし達の勝手でしょう。

 23歳の兄だって逃げたのです。

 わたくし達が逃げたって構わないでしょう?


 でも、逃げるとして何処にいきましょう…。


「クレイ、手伝ってくれますか?」

「ねぇしゃま? なにしゅるの」

「荷物を詰めます。当座必要なものは…

ああ、服は必要ですね。頃合を見て古着屋に売ってお金にしましょう」


 でも、大人がいなくては足元を見られますわね…

 わたくしの年齢では、取引に応じてくれるとも思えませぬし。


「ねぇしゃま、おもちゃは?」

「貴方の玩具はほとんど売りに出された後ですが…一つだけ選びなさい。

それ以外は持ち出して売ってしまいましょう」


 部屋の奥を探してみると、結構残っているものですね。

 おそらくこのあたりのものは、値打ち物と判断されずに残っているのでしょう。

 ガラクタに見えても、結構なものですのに…

 鑑定人にきっと節穴の目しか持たない者がいたのでしょう。

 差し押さえの札が貼られていないのですから、持ち出しても問題はありません。


 ああ、でも惜しいこと。

 私の小さな手では、持てるものに限界があるのですもの。

 (物理的に)


 兄から財産を貪り取ったハイエナ達の目を逃れた、僅かな貴重品。

 その中から小さくて値打ちのあるものを、悩みながら選びます。

 あまり、時間はかけられませんから。


「ねぇしゃまぁ…おなかしゅいたー」

「あ、そうね。食べ物も必要かしら」


 既に料理人も逃げた後。

 食べ物なんてあったかしら…

 貯蔵庫には、わたくしでは食べ方のわからないものばかり。

 料理の仕方など知らないのですもの。

 火なんて危なくて近寄ったこともありません。


 こんな時、兄であれば何を選………いえ、止めましょう。

 どう見ても、貯蔵庫にわたくし達以外の誰かが来た気配はありません。

 お兄様…食べ物も準備せず、失踪したのですね…。

 あの兄の先行きが少し不安になりましたが……

 幼い弟妹を見捨てるような鬼畜生の心配など、わたくしがする必要ありませんわね。

 今はわたくし自身と弟のことで悩むのも手一杯です。

 兄のことは、気付かなかったことにしましょう。

 どうせ兄は大人ですもの。自分で何とかするでしょう。


 パンと、干し肉とチーズ。

 それから庭の果樹から採取した果物。

 弟はあまり一度に食べないけれど…代わりにお腹が空くのも早いから。

 小さな子供でもそのまま食べられるものって、あまりありませんのね。


「荷物、持てるかしら…」

「ぼくも、もちゅー」

「クレイ…では、これだけお願いね?」

「あい!」


 何とか荷造りを完了させて、でも持てるかわからなくて。

 持ちたがる弟に、彼の選んだ玩具を持たせて。


「そうだわ、庭師の物置を見てみましょう」


 庭の片隅に有る倉庫には、庭造りの道具たち。

 その中から私でも使えそうな小さい台車を見つけ、それに乗せます。

 わたくしの力では押すのもちょっと大変。

 でも体力の低い弟が疲れ果てた時、乗せてあげることも考えて決めました。

 …ええ、がんばりましょう。


 わたくしは自分のことを自分で励まし、顔を上げます。

 いつ如何なるときも胸を張り、顔を上げて。

 かつてお母様に言われた言葉ですが、忘れたことはありません。

 今となっては、絶対に忘れてはいけない言葉です。

 その言葉を支えとし、わたくしはこれからを生きていかなくては…


「クレイ、絶対にわたくしの服を離してはなりませんよ」

「…あい!」

「………どうにも不安ですわね」


 笑顔と、自信満々な言葉。

 でも答えるまでに、一瞬間がありましたわよね?

 放っておくとちょろちょろ何処に行くとも知れぬ、3歳児。

 そんな弟から目を離すことは出来ませぬ。

 もしも万が一、はぐれてしまったら…わたくしは、何を支えにすれば良いの?

 しかしわたくしの両の手は、台車を押さなくてはなりません。

 …と、なると。


「クレイ、いいですか? このリボンをしっかりと握っておくのですよ?」

「あい!」

「うふふ…素直ないいこ」


 クレイが、ぎゅっとわたくしのリボンを握って…いる隙に、その手首に結わえました。

 片端をわたくしの手に縛りつけ、完了です。

 まるで心中する男女のようで縁起もよろしくないですけれど…

 生き別れるよりは、ましです。


 背に腹は変えられぬ。

 確かに、その通りですわね。


 わたくしは髪に飾っていたリボンで弟と手を繋ぎ、力を込めて一歩を踏み出します。


 生まれ育った、お屋敷。

 わたくしの全てだった場所。

 今までわたくしと弟の、世界の全てでした。

 でもいつかは、この場所を出ねばなりませんでした。

 具体的にいうと、今日の夕方。

 それがちょっと早まっただけです。

 何より他人の指図で追い出されるより、自分の意思で足で歩いて出た方がずっと。


 ずっと、良いのではないかしら?


 わたくしはわたくしの世界の全てだった場所から、ゆっくり名残惜しむように。

 ………実際問題、台車が重くてゆっくりしか進めなかったのですが。

 弟と2人、何よりも良く知っていたお屋敷を後にしたのでした。




    ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 



「どこだ!? いねえ!!」


「チッ…どこ行きやがった!」


「どっかに隠れてんじゃねーのかよ!?」


 ミレーゼとクレイの消えた後の、屋敷。

 夕刻過ぎの、茜色に染まった、白亜の屋敷。

 そこをガラの悪い、スキンヘッドの男達が怒号とともに駆け回る。

 怒りに顔を、夕焼け以上の赤へと染めながら。


「どうすんだよ!? 女のガキの方はもう買い手も決まってんだぞ!」


「誰だ、逃げるわきゃねえから置いとけって言った奴!?」


「あの腑抜け貴族が直接引き渡すっていったんだよ!

最後の家族の時間を過ごすから、今日の夕方まで猶予くれって!」


「その腑抜けもいねぇじゃねーか!!」


「いいから探せ! 捜せよ!」


「よりにもよって相手は上得意だ。機嫌を損ねる訳にゃいかねえ!」



「下手をすると、俺達の方が消される…っ」

 




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