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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
蛇足という名の番外編
194/210

とある宗教国家の斜陽 ~新教祖【神の子】の台頭~

 皆様、お待たせいたしました。

 蛇足を書いたその後番外編第1弾でございます。

 今回は『教主国』ってどうなったの?みたいな。

 完全に滅ばれるとミレーゼ様の搾取……おっと賠償金請求が滞るので、とどめを刺されないように滅びかけた国にはこんな延命処置がとられたよ!っていう。




「お前、明日から『神の子』な」

「は?」


 いきなりピートが言い出したその言葉は、突拍子もなさすぎて。

 まさに『私』にとっては寝耳に水って言葉そのものだった。



 とある王国の、とある人外の血を濃く引くとある侯爵家に喧嘩を売った、とある宗教国家。

 自らの愚かさに気付かず、愚を重ねて破滅を招いた。

 そんないつしか人間として大事なナニかを失っていた――宗教国家の指導者の座にあった、老人達。

 まさに老害という他にない愚者達は、己が喧嘩を売った相手に駆逐されて表舞台から姿を消した。

 後に、滅茶苦茶になった国を丸々残して。

 大陸を代表する宗教の、神の代弁者として――多くの国々の精神的支柱としての役割を果たしてきた、『教主国』。

 彼の国が民衆の信頼を失うということは、人心が多いに乱れる未来を示唆した。

 彼の国が仲裁に入り、一触即発の戦争をぎりぎりのところで回避してきた国も少なくはない。

 それに何より彼の国は、大陸のほとんどの国家の、国王の戴冠を仕切ってきたのだ。

 そんな国の権威が地に堕ちるということは、予想されるものも予想できないものも含めて……騒乱の気配を伴い、人々を不安に陥らせる。


 これは、そんな問題ばかりを残されてしまった上に一時に主導すべき者達を失い、屋台骨からガッタガタになってしまった宗教国家の、その後のおはなし。



「いきなり何を言い出すのかな、ピート。私は確か、私の『母さん』の行方がわかったって連絡を受けて来た筈なんだけど?」

「その情報に間違いはねーよ」


 貧民街の、裏通りの更に奥深く。

 表通りを歩くような人間は近付くどころか存在を知らないような界隈にある、廃病院にて。

 かつては『院長室』と呼ばれた部屋のソファに寝そべったままのピートに、フィニア・フィニーは胡乱な眼を向ける。

 ピートは、額に水を詰めた皮袋を乗せていた。

 つい先日、彼らが『盟友』と呼ぶ御令嬢……いや、傑物が姿を消した。

 痕跡を探るにどうも、実の兄による犯行らしい。

 連れ出したのが正当な保護者なので周囲も表立って文句は言えないが、幼い少女が拉致されたことで方々に弊害が発生している。

 ただの幼い御令嬢が行方をくらませただけであれば、これ程に混乱は波及しなかった。

 しかし御令嬢はただ者ではなかったが故……その皺寄せの一端を受けて、仕事の出来る浮浪児集団のリーダーは過労死ギリギリ酷使の限界に挑戦する羽目になっていた。

 御令嬢が密かに裏でやっていたあれこれと、失踪する直前まで続いていた騒動(あれこれ)の後始末。

 残された者達は、それらの面倒を丸投げで押し付けられてしまったようなものだ。真相を知らない者は動かしようがないので、事情に通じた者達だけで暗躍する事態となっている。

 あまりに頭を使い過ぎてヒートアップした頭を、こうして井戸水で冷やす姿も最近は珍しくなくなってきた。

 この歳になって知恵熱でもないだろうが、思考能力の限界に挑戦すると結果的に熱が出てしまうのだから仕方がない。

 というか年若い者ばかりとは言え複数の人員が熱を出しそうな熱量の仕事を、その身ひとつで軽々とこなしていた8歳児の方が異常なのだが。


「あいつ、やっぱマジ化け物だわ。今回のことで実感したぜ……エルレイク家の人間は全部人間の皮被った人外だろ」

「いや、ミレーゼ様はまだ辛うじて人間だったと思うけど。兄君の人外っぷりに比べたら、だけどね」

「比較対象が終わってやがる……」

「それで何、ピート。私に何をやれって?」

「 『神の子』 」

「まさか熱が上がり過ぎて煮えちゃった? ……医者呼んだ方が良いかなぁ」

「止めろ。そんな金はねぇよ」

「実はあるでしょ、お金。チビ達が熱を出したら医者呼ぶじゃん。モグリの闇医者だけど」

「あるが、こんなくだらねぇことでわざわざ呼べるか。金が惜しい。っつうか俺の正気はまだ逝ってねえよ。思考回路は正常だ」

「みんなそう言うんだ……ほら、異常って自分じゃわからないんだよ」

「俺は病人じゃねえっての。神の子っつうのも、意味無く言ってんじゃねーからな」

「うん、うん、わかってる。わかってるよ、ピート。きっと疲れてるんだ。何か話したいことがあるんだね、私なら話を聞くよ」

「てめぇ、この野郎……まあ良い。聞くっつうんなら耳かっぽじってよく聞きな」


 そうして、ピートは己の胸中で組み立てた『予定』を述べた。

 その計画の焦点といっても過言ではない、フィニア・フィニーに説明する為に。


「お前は……ウェズライン王国にある『教主国』の宗教的施設『修道院』で生まれた。お前のおっかさん、神に身を捧げた修道女ってやつ? その婚外子としてな。ここまでは合ってるか?」

「うん、その通りだよ。私の母さんは結婚しようにも持参金を用意できない境遇でね。実家からの厄介払いも兼ねて修道院に入れられたんだ。確か、12歳の時だって言ってたかな」

「そして神に仕える誓願として生涯清らかであることを誓っていたにも関わらず、『教主国』から司祭として派遣されて来ていた下衆に手を付けられてお前を出産、と」

「そうそう。本当にどうしようもないクズだよね。私の血縁上の父親だとは思いたくもないよ。母さんも私を身籠ったことは人に言えず、人知れず生んで母さんの所属する修道院に併設された孤児院で育ったんだ。……で? 私の身の上を今更確認して、何があるの」

「ここで要点を確認しておきてぇんだが、お前の母親は神に身を捧げた修道女で、お前は本来なら生まれる筈のねぇ子供。そんで以て父親は対外的には不明ってことになってやがる。……だったな?」

「クソ親父が露見を恐れて母さんをどっか僻地の厳しい修道院に放り込んだらしいからね。監獄みたいな。そのついでに自分の存在を匂わすような証拠は全部隠蔽したみたいだよ。そして私のことは孤児院から放逐した。私の身体が異常だって理由で、悪魔の子呼ばわりしてね……。本当に腹立たしい」

 

 忌々しいと自分の血縁上の父親を罵るフィニア・フィニー。

 その父親も『教主国』の信用失墜事件のどさくさでちゃっかり確保して既に監禁完了しているのだが、それでもやはり過去は水に流せないらしい。まあ、フィニア・フィニーの身に受けた理不尽を思えば当然なのだが。


「そこだ。お前の父親は『わからない』じゃなくて、『最初から存在しない』。そしてお前の身体は『悪魔の業』じゃねえ。『奇跡の体現』って形でごり押すぞ」

「はあ!? どういうこと?」

「お前のおっかさんは戒律を破った不道徳なふしだら修道女じゃなく、神に選ばれた『聖母』っつうこと。その線でいきゃ、不名誉だって放っといても消えてくぜ? お前が上手くやれれば、だけどな」


 フィニア・フィニーの身体には、他者にない特徴がある。

 文献を辿れば類を見ないという程ではないが、それでも一般に絵空事と扱われる程度には珍しい特徴が。

 彼、あるいは彼女。

 フィニア・フィニーの身体は、半陰陽……つまりは生まれつきの両性具有体であった。

 その特殊な肉体こそが、実の父親の嫌悪を煽ったものではあるのだが。

 父親が悪魔のモノに違いないと判じたお陰で、この世にフィニア・フィニーと父親の血縁を示す証拠は1つも残っていない。

 それを逆手に取り、父親を必要とせずに神の啓示によって生まれた奇跡の子に仕立て上げよう……と、ピートはそういう訳だが。


「ちょっと待ってよ。それ、もしかしなくっても私の一生費やさなくっちゃいけなくなるんじゃないの? 『教主国』なんてくだらない下衆の国ににさ」


 肝心のフィニア・フィニーの心情は自分達に優しくないばかりか母親を苦境に追いやった『宗教』そのものに対して悪感情しかないのだが。

 しかしそれも些細なことだ。

 ピートはどうあっても『教主国』を存続させねばならないと思っていたし、信頼が紙切れ同然の薄っぺらさにまで権威を失墜させた『教主国』を滅ぼさない為には醜聞を覆す程の希望……新たな象徴が必要だと考えていた。

 さてそれを何にするかと考えていた時に、フィニア・フィニーのことを思い出したのが運の尽き。考えてみれば見るほど、フィニア・フィニーにとっては嬉しくないことに、これだけピッタリな人材も他にいないと思えてきたのだ。


「あいつらの教義?じゃ『神は完全なる~』なんちゃらってヤツだろ? 本来男女に分かれるものをたった1人で2つのモノを体現するとか、イキモノとして完璧といわずにどうするよ? 俺はごり押しすりゃイケると思ってる」

「そんなこといきなり言われてもね……」

「いきなりじゃねえよ。今、言ったろ。これからが準備期間だ。人心の掌握と印象操作にゃ効果的だからな、セルカとセルマーの双子も連れてけ。宗教ってのには音楽が付きものなんだろ?」

「うわ、本気……? 本気だね?」

「奇跡の『象徴』として扱うにゃ、お前が1番都合が良いんだよ。ぴったりとも言う。母親が修道女ってのもそうだが、目に見えてわかりやすい『差異(からだ)』は『特別』なもの、神に選ばれた証拠だと煽るに丁度良い」


 ピートの正気を疑いたくなるが、本気であることは間違いないようだ。

 それがわかって、フィニア・フィニーは溜息を零した。

 その溜息で、意識を切り替える。

 これはもう仕方がない。

 自分達の頭目(ボス)はピートだ。

 頭目のピートがやれというのなら……


「まあ、やっても良いけど……一生をあの国に捧げる気はないよ。程ほどのところで隠居して雲隠れする為の算段を立ててほしいな。後、四六時中ずっとあの国に拘束されるのも嫌だ」

「わかってるよ。なぁに、指導者だろうが象徴だろうが、常に人前に出ずっぱりでなきゃ駄目な理由なんざねーだろ。そこはうまく調整してやっから安心しろ。実務は他の奴に任せるし、てめぇは指令のあった時、そう時々だ。時々、人前に姿を見せて印象操作して人身掌握して、それから適当に有難がられてりゃ充分だ。そんで適当なところで神の国に帰ったとか何とか適当な理由をでっちあげて引き上げちまえばバレねーよ。まあその場合、『神の子』の代弁者って肩書で新しい主導者確保しとかねえといけねぇがな」

「簡単そうに言うけど、それって大した無茶ぶりだよね。……最低でも月の半分はウェズライン(こっち)に居させてよ? 私だって故郷の水が一番肌に合うんだから」

「そこまで無理強いするつもりはねえな。神秘性を保つ為に露出を避けてるっつう路線で行けば人前に出るのも最小限に済ませられるだろ。月に2、3回程度に抑えられる計算だ」

「本当に、そこのところ頼むからね!」


 不服を隠さないまま、フィニア・フィニーはそれでも自分が祭り上げられることに承服する。

 複数の交換条件と、どこともしれない厳しい環境に追い詰められた母親の解放……『教主国』で『聖母』として厚遇される約束を取り付けて形ばかりの納得を示す。

 まだまだ心の底から納得した訳ではなかったが、もう文句を言う気はなかった。それなりに自分を尊重し、配慮してくれているのもわかっていたし、これが必要だとも効果的なことだとも理解していたからだ。 

 何しろ、『教主国』は本当にもうガタガタで。

 誰とは言わないが国庫の中身をごっそり持ちだした御方がいるので、国の運営も軋みだしているので。


 なのに、ミレーゼ様とエルレイク家への賠償能力を回復させ、これから末永く絞り取ることが出来るように調整しないといけないのだから。


 どこぞの御令嬢様が支払い能力に納得できるよう、影から『裏方』が手を入れねばならないのだ。

 一蓮托生、命運を共にする立場としては、それが引いては自分達の利益を守る形になる。

 

「あんま俺らに面倒回してばっかなら、こっちにも考えがあるけどな」

「ピート、強気だね。ミレーゼ様と反目する時は個人でやってね? 私は『教主国』の二の舞は演じたくない……」

「反目するつもりはねえよ。けどこっちの労力ばっか嵩んで、苦労のつりあいが取れなくなるようなら、ちっと盟約の形も考えなおさねえとなって思っただけだ」

「……まあ、こっちが許容できる範囲内で留まっている内に、早くミレーゼ様には帰って来てほしいよね。『教主国』の存続がどうのなんて、本来は私達の手を出せるような問題じゃないんだから」


 生かさず殺さず絞り取る。

 その方針では、今はどこにいるとも知れない『盟友』と『青いランタン』の間で既に意見も合致していた。

 その絞り取る先を、易々と滅亡させない為に。

 フィニア・フィニーを矢面に立て、『青いランタン』の裏工作が……始まる。

 

 上手くやり過ぎて1つの宗教国家がフィニア・フィニーの傀儡国家と化したのは、また別のお話。


「私、可愛いお嫁さんが欲しかったのにな。こんな立場引き受けさせられちゃって……まともな結婚できるかな」

「誰か適当に修道女から嫁さんもらえば? 神の啓示があったとか何とか言っとけば、面目立つし反対も出ねぇんじゃね? 『神の子(おまえ)』信じて心酔してる女なら、戒律どうのも置いて光栄だって跳び上がって喜ぶだろーよ」

「宗教に染まっちゃってる狂信者(むすめ)さんは、ちょっと……私は普通の女の子と、ごくごく有りふれた恋愛をして、ごくごく有りふれた結婚がしたかったの!」

「ごくごく、ありふれた……?」

「ちょっと、ピート。上から下までじろじろ見てきて……何か言いたいの?」

「無理じゃね」

「一言に集約された! ちょっと、何が無理なの!?」

「いや、だってなぁ……お前って恋愛にしろ結婚にしろ、相手にするにゃ特殊な部類だろ。見た目、中性的っちゃそうだが女寄りだし。それで女といちゃついてても同性カップルにしか見えねーよ」

「く、くぅ……っ良いよ、きっとどこかに私の運命の(ひと)がいるから!」

「そうか、見つかると良いな……いつか」

「それ見つかるとは欠片も思ってない反応だよね!?」


 普通の女性と恋に落ちたとしても、関係を隠さなければいけない。

 そんな立場になってしまった自分をフィニア・フィニーが嘆くのは、『神の子』の肩書を背負った5年後。皆がお年頃になった頃のことだった。




→ 教主国 は 青いランタン にのっとられた!


 ちなみにフィニア・フィニーは作中時間で12歳。

 5年後なら17歳になっておりますね!

 必要最低限の時間を『教主国』で神の子騙って過ごし、ウェズライン王国と行ったり来たりの二重生活。フィニア・フィニーは充実しつつもハードワークな日常を送っていそうです。

 


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