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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
完結編
192/210

そうして全ては、平穏無事に幕を閉じ 2 ~アロイヒ・エルレイク~

ご両親は偉大だった。




「――え。お父様とお母様が?」


 『教主国』の老害共を皆で寄って集って締め上げた結果、エルレイク家の名誉は回復しましたが……名誉の回復だけでは済まされない問題が、幾つか残されておりました。

 中でも繊細な問題に発展し易く、わたくしでも着手に躊躇うモノが、1つ。

 国を離れていた為に、何も御存知ではないお兄様。

 兄に、両親の死を初めとする状況説明という難しい仕事が残っておりました。

 自分を産み育ててくれた両親の訃報です。

 破天荒な兄を育てるのは人並ならぬ苦労があったと思われるのですが、両親は兄に向き合うことを放棄せずに最期まで親としてあり続けた……客観的に見ても寛大で素晴らしい『両親』だったと思います。

 兄も両親を慕っておりました。

 わたくしは家族として側で見てきたこともありますし、幼心に兄の敬慕を察することが出来る程度には曇りのない感情だったことをしっております。

 わたくしだって、同じ立場です。

 同じ境遇の、同父母兄妹ですもの。

 ですが自分が伝える立場に立つとなると……相手が随分と年上の兄でも、やはり心苦しく思ってしまうのです。

 見かねて、エラル様が告知を変わろうかと提案して下さいましたが。

 わたくしはエラル様の提案を、お断りいたしました。

 やはりこれは、同じ立場を共有する者として……わたくしの、家族としての役割だと思いましたので。

 少し、勇気が必要でしたが。

 ……何分、何も知らない兄が両親の亡骸の首を刎ねてしまった光景も、見てしまいましたので。

 伝える勇気を振り絞るのに、少々時間を要しましたが……

 黙っていることはできないのです。

 そして、他者にわたくしの責任を押し付けることも。


 ですから、わたくしは。

 王都の屋敷に共に帰り着き、しかし例年であればこの時期は王都に滞在している筈の両親の姿が見当たらぬことに、首を傾げる兄に。

 わたくしは勇気を出して申し上げたのです。


「あ、お兄様。お父様とお母様がお亡くなりになりましたので、我が家の爵位と当主の座をお願いしますわね。煩雑な書類手続きと王城への申請は既に手筈を整えてございますので」

「Why?」

「身分が侯爵となりますので、官位も引き上げる方向で検討されているそうなのですけれど。お兄様、王城にほとんど出仕なさっていませんのに出世してしまいますわね」

「え? え? …………え???」

「本来ですと、先代当主(おとうさま)の葬送前に当主の代替わりを完遂させねばならなかったのですけれど……お父様とお母様の亡骸は、回収済みですし。埋葬されていなかったのですから、この際です。お兄様の爵位継承を待ってから、改めて3人で領地の霊廟に納めに行くと致しましょう。それまでは……お父様やお母様には申し訳ありませんが、棺の中に安置するに留めることとなりますが」

「……本当にどういうこと?」

「立派に当主を継いだお姿を、お父様方には霊廟から見守っていただきましょうね!」

「ちょっと待って。ミケちゃん、ちゃんと説明」


 → 兄 は こんらん している!


「え、っと……何か月前だっけ、でも最後に会った時は2人とも元気だったよね? 数か月で、って……え?」


 怪訝そのものといった表情で、押し寄せる疑問に眉間を寄せて。

 兄は理解し難いとばかりに問いかけてきます。

 情報を秘匿する気はありません。

 わたくしはなるべく神妙な顔で、兄の問いに応答致しました。

 

「ええ、お元気でしたわ。ですが、人間の死とは時に呆気なく、時に突然降りかかるもの。お父様達がお亡くなりになった馬車の事故も……おっといけない(棒)。事故ではなく、事故に見せかけた他殺でしたわね(棒)」


 阿呆兄ですが。

 加えて発想が一般的と言うには独特に過ぎますが。

 ですが頭の巡りは悪くない……むしろ本能的な直感力を持ち合わせている分、敏い兄の事です。

 わたくしの言葉だけで、理解に足る何かがあったのでしょう。

 もしくは、わたくしがお兄様と再会した『教主国』の現場情報の諸々に思い当たることがあったのかもしれません(白々)。

 そう、例えば……わたくし達の両親と全く同じ姿をした死人の傀儡、とか。


「………………『教主国』か」


 ぴたりと当てた兄の双眸は、ゆっくりと細められ。

 そして悔しそうに、仰ったのです。


「く……っあの時、僕がそれを知っていたなら」

「知っておいででしたら、どうなさいましたの?」

「ミケちゃん、親を殺された人には……仇討(ふくしゅう)する権利と義務があるんだよ」

「大丈夫ですわ。お兄様の分までわたくしが報復致しますから。60年計画で」

「お兄様の分は残してくれていないのかい、ミケちゃん」

「ミレーゼですわよ、お兄様。先程までお兄様もミレーゼとお呼びになっておられましたわよね?」

「ミケちゃんが良い子にしていたらちゃんと呼ぶよ」

「ミケちゃん呼びは悪い子への罰則的なものでしたの!?」

「だって僕に説明もなく、勝手に復讐終わらせちゃったんだよね?」

「誰にも知られない場所で現在進行形ですわ、お兄様」

「でも、僕にだって権利はあった筈だ。僕だってお父様達が殺されたと知っていれば……」


 稀にこういう時、お兄様との血の繋がりを実感いたします。

 ああ、わたくしと兄には同じ濃い血が流れていますのね、と。

 わたくしとしては兄に余計な情報を与えて暴走されでもしては事ですので、あの時は知られずにいるに越したことはなかったのですけれど。

 完全に制御不能の上、親を謀殺された怒りに狂う暴走超人なんて災害以外の何物でもありませんわ。

 わたくしの手に負えない事態に発展するのは予測がつきましたし、いざそうなってしまえばわたくしが介入する余地無く復讐の機会がなくなってしまいますもの。

 ですので、わたくしとしましては再会の時に余計な情報を開示せずにいたことはナイスな判断だったと思うのです。


 既に『教主国』の神殿跡地をピート達に漁っていただき、証拠物品と『教主国』の悪事の一切合切にいたる証拠書類は押収済みです。

 数々の不名誉も、祭礼に合わせて集結していた各国の身分高い方々に都合が良いと知らしめました。

 証拠という方々を黙らせられるだけの材料を揃えた今となっては、お兄様が少しくらい『やんちゃ』をなさったとしても構いはしないのですけれど。


 ですが、わたくしは思うのです。

 亡くなった方は、どこに行くのでしょう? ……と。


 我が国だけでも、様々な死生観を主張する書物が溢れています。

 死の先に何があるのか、亡くなった方はどこに行くのか。

 確たるものは、どこにもありません。

 両親のことを思えば、亡くなった方は死後に天に召されて永遠に幸福である……という意見を信じたいとは思います。

 でもそれは『信じたい』のであって、『盲信』するつもりはありません。

 天の楽園はあるとして、両親の死後の安寧を祈りますけれど。

 ですが確証がない段階で、本当に死後の楽園もしくは地獄があるとは断言出来ませんから……あるともないとも言いきれないモノを当てにして、報復を完遂したと思ってもよろしいのかしら?

 死後、あの方々がちゃんと地獄に落ちて下さる保証はないでしょう?


 だから死なせず、『この世の地獄』に落して差し上げる事に致しましたの。


 わたくし、報復は生かさず殺さず長く苦痛を味わっていただく派です。苦痛も肉体的なモノより精神的なモノの方を優先で。

 この要望に笑顔で応えて下さったルッコラはとても将来有望ですわよね。



 お兄様は両親の仇討が知らない間に終わったことを納得がいかないと、暫く拗ねておいででしたが。

 でも時間の経過と共に、やがて突然過ぎる『両親の死』という知らせに実感が湧いてきたのか……

 わたくしにも覚えがありますが、いきなり亡くなったと告げられても実感など湧きませんものね。

 亡骸を前にしても、訃報が信じられずに茫然としてしまう気持ち……わたくしにも、わかります。

 お兄様も時間を置いて、じわじわときたのでしょう。

 いつになく悄然と肩を落とし、落ち込んだ様子で。

 

「……ちょっと1週間くらい落ち込むから、放っておいてくれないか」


 力のない微笑で引籠り宣言を発した後、本当に自室に閉じこもって3日ほど部屋から出てきて下さいませんでした。

 一瞬、窓から脱走してまたどこかを放浪していないかとも思いましたが。

 ノックをすれば身動ぐ音が聞こえてきますので、やはり室内にいらっしゃるのでしょう。

 逃げなければ良いか、と思いました。

 何より、そっとしておいてほしい気持ちもわかりました。

 わたくしの時は、クレイと身を寄せ合って悲しみを分かち合いました。

 あの子の存在が慰めになり、再び立つ為の支えになった。

 でも兄は、わたくしや弟に頼ろうとはしません。

 歳の差がありますもの、致し方ありませんわよね……

 兄は、きっと。

 自分御1人の力で立ち直るおつもりなのでしょう。

 変に察してくる妹などは、側にいない方が良いのかもしれません。


 ですが弟妹に壁を置いた態度を取る兄が、癪に障りましたので。


 わたくしは兄の心情お構いなしに、強制的に兄の慰めとなりそうなモノを投入することに致しました。


「――という事ですので、ピート。よろしくお願い致します」

「何の呼び出しかと思いや、そんなことかよ……」


 ピートは何故か、がっくりと脱力しましたが。

 それでも快くわたくしの望みを叶えて下さいました。


 具体的に申しますと、兄の部屋の窓から『エキノとその仲間(×30匹)』を投入していただきましたの。


 兄の部屋は、最上階に位置しております。

 窓から放り込むとなれば、わたくしにはとても実行できませんから。

 身軽な盟友がいると、こういう時に便利ですわね?

 自分に出来ないことを可能にし、代行してくれる。

 友情(契約)とはとても素晴らしいモノだと思います。


 ――5分後、部屋の中から、凄まじい馬鹿笑いが響いてきました。

 アニマルセラピー(?)の効果は絶大なようです。


 











 1度は没落した物の、紆余曲折の末にエルレイク家は驚天動地の復活を遂げた。

 初めて両親の死を知った長子アロイヒも事実を厳粛に受け止め、改めて当主として侯爵位を拝命することになる。

 これから先も、たくさんの苦労があることだろう。(主に周囲に)

 ようやっと帰還を許されたエルレイク家の王都屋敷では、アロイヒの爵位継承を祝って盛大な宴が催された。

 エルレイク本家の生き残りである3兄妹の内、2名は未だ幼い。

 彼らの年齢を考慮され、宴は昼間に。

 よく晴れた太陽の光が降り注ぐ、ガーデンパーティの様相で開かれる。


 今まで誰も見たことの無いような、一風変わった催し物。

 大陸の各地から新しい当主の伝手を辿って取り寄せられた、貴族社会でも珍しい山海の珍味。

 それは後々まで語り草となる、新当主の力量を知らしめる盛大なものとなった。

 (ただし采配を振るったのはその妹。兄は物資調達係に勤めたとかなんとか……)


 本来であれば年齢を理由に参加が許されることのない社交界デビュー前の年少者達も、慶事であることと昼まであることから特例として宴に加わり、輪となって踊る。

 昼下がりの白い光の中、近頃王都で認められ始めた孤児……青いランタンの少年少女達が、楽団顔負けの音楽を披露する。

 天上の調べもかくやという歌声に、耳を傾け。

 王国で最も有名な吟遊詩人の末裔達は、我も負けじと先祖より伝わる寿ぎの歌をうたう。

 空へいっぱいに広がる歌声は、まるで光の様に降り注ぎ。

 どこからともなく風に乗って舞い散る白い花弁は、彼らの前途を祝しているかのようであった。




ミレーゼ様「ようやっと肩の荷が下りましたわー!」

ピート「そりゃ良かったな」

ミレーゼ様「クレイ、貴方もお姉様を祝ってくれて?」

クレイ「あい! ねえしゃま、おみぇでとー!」

ミレーゼ様「ありがとう、クレイ。お姉様は大満足ですわ!」


………………そうして喜んでいたミレーゼ様が、次回……?

皆様、次話でとうとう最終回でございます。

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