そうして全ては、平穏無事に幕を閉じ 1 ~『始王祖』様の場合~
書けば書く程完結が遠のいているような気がするのは何故でしょうね?(錯覚)
我がエルレイク侯爵家の没落に端を発する騒動は、大陸でも古く名高い宗教の中心地――『教主国』の中枢の崩壊を以て終局と相成りました。
お父様やお母様がお亡くなりになったばかりの頃には、まさかここまでの大事が未来に控えていようとは思いもよりませんでしたわ。
一時は仇敵の巨大さに眩暈を覚えたこともありますが……成せば何とかなるものなのですわね?
何とか無事に、諸悪の根源共を締め上げることが出来ました。
これも全ては、周囲の人脈に恵まれたが故でしょう。
多くの方の手助けと、都合よく空から駆け付けて下さったお兄様の影響力のお陰です。
…………お兄様、人間ですわよね?
改めて思い出すと、兄の正体に疑問が生じます。
あの方は本当に、わたくしと同じ生命体なのでしょうか。
確かに父母を同じくする、血の繋がりも濃い相手の筈ですのに、何やら未知の生命体であるような錯覚が。
……きっと気のせいですわね。
あら? どなたです。わたくしの兄に相違ないと納得の声を上げられた方は。少々お話しを窺わせていただきたいのですけれど、是非とも挙手して下さいませ。納得の意味を問いますわよ。
何はともあれ、物事の終わりには結末をハッキリ明確にしておく必要がございます。
それというのも、此度の騒動に関して王妃様に書面にて報告するよう申しつけられてしまいましたので。
国への報告なしに、色々とやらかしてしまいましたものね。
わたくしの保護監督を必要とする8歳という幼い年齢を考慮して、お咎めはなしとなりました。
ですが事後でも構わないので、ちゃんと報告するようにと求められてしまったのです。つまりは、レポートを提出せねばなりません。
……ある程度の虚偽も必要ですわね。
明らかに出来ない幾らかの物事は偽りを交えて誤魔化しつつ、全体的に話の筋に齟齬が生じないよう、わたくしは同じくレポートの提出を申しつけられたというアレン様やピート達と示し合せて密かに打ち合わせを重ねました。
王妃様も裏を取られるでしょうし、何らかの調査の手が入ることでしょう。
虚偽申告が発覚しないよう、口裏合わせは重要です。
打ち合わせを重ね、レポートを書きながら、わたくしはついつい今までを何度も振り返ってしまいました。
期間にすれば然程長い間ではなかったように思います。
ですが、何とも濃密で……本当に濃い日々でした。
わたくしの目も遠くなろうというものです。
様々な紆余曲折を経て、我がエルレイク家は再興を成し遂げました。
『教主国』の工作で毟り取られた物を、公的に契約無効を訴えて取り返しただけとも申せますけれど。
神殿崩壊のどさくさで『教主国』の悪事の諸々を立証する丸秘文書をごっそり持ち出すことに成功したお陰で、物事はわたくしが満足できる程度にはスムーズに進みました。
様々な雑事を片付けた後には、我が家はかつての……両親が亡くなった、直後の姿を取り戻しておりました。
……勿論、家中に紛れ込んだ密偵の類はもうおりませんけれど。
それでもまるで、時間が巻き戻ったかのようで。
何故にここに、両親がいないのかと……感傷を覚えて、寂しさが込み上げます。
ああ、本当に。
両親の姿がないことを除けば、何もかもが没落する前に戻ったかの様です。
我が家の没落から波及した、様々な影響は濃く残ります。
そして……我が家は、『元通り』となりましたが。
場所によっては、『元通り』とはいかない―― 一連の事件が片付いた後、目に見えて残る変化も、幾つかありました。
それも、少々無視出来かねる『変化』が……寄りにも寄って、王城に。
「良きに計らえ」
「ははははは……なあ、王妃よ」
「いかがなさいました、陛下」
「我が物顔で玉座に居座る、この得体の知れない男は何者であろうか……不敬罪で首を切られたいのだろうか?」
「随分と大胆不敵な自殺志願者ですこと。ですが陛下、取り押さえたくとも見えない壁に阻まれて近づくことも叶わないとあっては、どうしようもありませんわ。衛兵達も取り押さえることすら出来ずにおりましてよ」
「魔法使い達の見解は? 答えを出すと約した3日はとうに過ぎてしもうたぞ」
「それは、王にお仕えする魔の使い手の長である私からご報告致します。この4日、近寄ることは出来なかったものの、あらゆる角度から観察を試みた末の結論なのですが……」
「前置きは構わん。早う結論を述べよ」
「は。ではご報告申し上げます。玉座に居座る不届き者ですが……どうやら人にあらぬナニかであるようでして、のう。推測ではありますが、東洋の神秘的生命体『妖怪』の一種ではないかと……」
「……何故、東の果て地で幻とされる生命体が我が城の我が玉座に現れるのだ」
「あらあら……アロイヒがまた何か余計なお土産でも持ってきたのかしら。丁度帰ってきておりますものね、あの子」
「なんと傍迷惑な……」
「しかしあの人外青年、我が国の建国図を記したとされる地下講堂の壁画に描かれた御方にどことなく似ておりますなぁ。……お衣装が似ておりますゆえ、そう見えるのでしょうか」
「待て、魔術師長。聞き捨てならん情報が、今……!」
「おや? 陛下はご覧になったことがありませなんだか。ほれ、地下にありますでしょう。謎の広間が……話によりますれば、革命の際に陥落した旧王朝時代の城の名残だそうですが、そこに描かれておりましたぞ。陛下のご先祖、英雄ルーゼント王が根絶やしにした旧王家の祖とされる王国の守護精霊エルレイクが……見れば見るほど、よく似ておりますのう」
「魔術師長? しみじみしているところ、悪いんだが……色々と聞き捨てならんのだが」
「陛下、一先ずエルレイク家の者を招聘致しましょう?」
「……だがあの家は、なあ。今はまだ混乱しておろう。それに親御を亡くしたばかりの子供らを呼び立てても、何かを知っておるとは思えんのだが」
「あら、アロイヒは立派に成人していましてよ」
「それこそあの者が知るはずなかろう! 知っているとは到底思えんし、親御から何か聞いておるとも思えん」
――何故そうなったのかは不明ですが、わたくし達が祖国に帰還した直後、王城の真ん中が『始王祖』様に占拠されたと聞きます。
謎の人外として王城の方々を困惑の極みに叩き落した後、一頻り玉座の座り心地を堪能し(ふかふかしていて座ってみたかったそうです)、5日という時間を経て自ら勝手にお姿を消されるまで誰も玉座の周囲には近寄ることが叶わなかったとか……。
我ながら、無関係を主張したくなる『変化』です。
何がどうしてそうなったのか理解しかねるのですが、当家の指輪に封じられていた肉体を取り戻して完全体になったと仰っていましたから。
……完全体になったが故、なのでしょうね。
最早わたくしの側を離れずにいる必要はないらしく、『始王祖』様は完璧に自由な存在と成り果てました。あらゆる意味で。
王国を守る結界と、旧王家の御先祖様との契約があるとのことで、今後の結界維持に努めるおつもりはあるようですけれど。ですがそれも拠点を王城の地下(『黒歌衆』の拠点)と定めたことで責務は果たしたと、帰る場所を決めれば後は問題無いだろうとばかりに自由にあちこちに出没し始める始末。困ったことに王国の中心にいれば結界は問題なく作動するらしく、王都の範囲内であればどこであろうと出入り自由という……いえ、王城の地下に形代とかいうモノを置きさえすれば王都すら離れることが可能らしいのです。
由々しき事態です。
しかも王城を行動の中心としてしまったばかりに、城内のあちこちで目撃情報が上がるようになってしまわれたと……。
『始王祖』様は完全に、王城の都市伝説と化しました。
大人しく地下に引きこもっていて下されば良いものを……。
もう誰も束縛することは叶わず、わたくしも彼の方を縛る楔とは最早なり得ません。
即ち、無用に人を驚かして回らぬように懇願する他は、もう『始王祖』様の良識と思いやりにお頼みするしかないという……目を逸らしたい現状が。
この状況では、関わり合いになれば『始王祖』様の問題行動に関する責任の一端を握らされるのではと危惧が募ります。
王家の方々に何か知らないかと尋ねられても、知らぬ存ぜぬで通すことこそ賢い選択だと思うのです。ええ、わたくしにはどうしようもないことですもの。
『始王祖』様の御身が自由になられたのでしたら、それこそわたくしにはもう何の関わり合いも無いはずですもの。
如何なる追求を受けても、間違っても一言だって彼の方について『知っている』とは言いますまい。
わたくしは口を堅く噤み、自由気ままにふらふらする人外様からそっと目を逸らしました。
『始王祖』様のことを思えば、思わず溜息が零れます。
どうして、悪い変化ばかりが目に付いてしまうのでしょう。
我が家を取り巻く問題が解決したのですから、良い変化も相応にあったはずですのに……何故か増えてしまった余計な問題ばかりに目をとられてしまうのです。
良い変化、良い変化……ええ、ちゃんとありましたわ。良い変化も。
…………………………あった、はず、ですわよね……?
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
人知れぬ王城の地下深く。
そこに『始王祖』は人の目には見えないねぐらを作った。
霊気の帯を幾重にも束ねて作ったハンモックの中に、ころんと1つ。
黒くてつやつや光る、卵が転がっている。
大きさは人の頭部より僅かに大きいくらい。
誰に暖められることもなく、孤独な闇の中で……しかし卵は独自の力でゆっくりと己が身を育んでいく。
100年、200年……それだけの時間を必要とする、緩やかさで。
ゆったりとした時間の中、時折ぴくりと胎動めいた動きで身を震わせながら、卵は深い眠りの中で夢を見る。
いつかこの硬い殻を破り、狭い褥から這い出る日を。
どこまでも広がる空の下、誰よりも獰猛に高らかな叫びを上げる日を。
時折、王国の祖となった精霊は卵を撫でて囁いた。
「――もう少し眠っておいで、イーヴァル・ヴィンタールスク。お前が暴れるには、まだまだ世界は平和に過ぎる」
戦乱の時こそお前の出番もあるだろう、と。
一大宗教国家への信頼という精神的な基軸を失い、微かに……長く絶えて久しかった乱世の気配を漂わせ始めた世を思う。
未だ平和は長く続きそうだ。
だが水面下で蠢く物がなかったことにはならない。
今から100年、200年が経った時には――
その時こそ、原初の頃を共に躍動した精霊と龍、彼らが日の目を見ることも……もしかしたら、あるのかもしれない。
精霊も別に乱世の到来を待っている訳ではない。
だけど人間が蔓延った今の時代は、のびのびと自由に翼を広げるには窮屈過ぎる。
乱世など起きるときには起こるものであるし、起きない時にはずっと気配も微塵とないものなのだ。
ただ今は、僅かにその予兆が感じられるというのみ。
退屈に殺されそうになっていた龍。
龍が全力で何かをするには、乱れきった世の到来したときこそ相応しい。
龍の暴虐に付き合うも付き合わないも、精霊自身の御心しだい。
その時になってみなければ、己の心がどちらに傾くかもしれない。
ただ、なんとなく。
乱れた時代の人の世に、エルレイクの血筋が残っていれば……
なんだか面白いことになるんじゃないかな、と。
龍ほどではないものの実は退屈を持て余した状態で、ほんの僅かに精霊は。
自分の望むまま。
感情と肉体を連動させて、遠慮なく発露を見せて。
思う様、体を動かす楽しさが巡ってくることを夢想した。
『始王祖』様式、何か問題が起きた時のほとぼりの冷まし方。
→ 一度肉体を滅して死んだことにし、時間をかけて再構築する。
某侯爵さん家のご子孫に、妙なフラグが立ちました。
回収するかどうかはまた別のお話。




