兄の手による道を辿り、わたくしは報復の時を迎える 2
龍は、消えた。
破壊の跡と、混沌の名残を残して。
崩落する神殿の中、時を加速させていく滅びの足音。
長い歴史を誇った古い神殿は今、本格的に終焉(物理)を迎えようとしていた。
「なんだろうね、なんだろうか……なんだか懐かしい匂いのする人外さんだね。ご機嫌よう」
「この肉体は復活して以来、つい先程までそなた等の父御が長年装着していた指輪に封じられておったからな。未だ無味無臭だ」
「ああ、そっか。この人外さん、故郷の匂いがする!」
「……わたくしには全然わかりませんわ。お兄様の嗅覚はどうなっておりますの? 後、聞き捨てならないのですけれど……お父様の指輪が、なんですって?」
「此方をご覧あれ」
「っ!? お、お父様の……当主の指輪が――!!」
「わあ、真っ二つだね。綺麗に半分こだ!」
「半分こだ、じゃありませんわよ、お兄様! 一体何方と分け合うおつもりですの!」
「ミレーゼちゃん、落ち着こうね。これ多分、ギメルリングの類じゃないかな。アンティークなのは勿論だけど、繋ぎ目がわからないように施された細工も精巧だし随分と値が張りそうだね。無理やり抉じ開けられて一部破損しているみたいだから、その分価値が下がるけど」
「あの、お兄様? 家宝の指輪の価格を査定するのは止めて下さいませんか」
「人間にしてみれば何世代と前の時代に、この肉体は指輪の中に封じられた……久しぶりの娑婆は流石に解放感が違う。狭苦しい人形の身体が如何に息苦しかったのか、今になって理解した心地だ」
「『始王祖』様? 一体何方に封じらr……いえ、お答えいただかなくても結構です。何となく察しましたわ」
「無論、そなた等の先祖の業による仕業。復活したてピチピチの傷一つ見当たらない肉体だったというのに、手荒な無造作さで封じてくれよった。黒歌鳥が」
「言わなくても結構だと申しましたのに……!」
破壊の現場に残されたのは、兄と妹。
不審な青年と、オマール海老を抱えて眠る3歳児。
そして、震える宗教国家の上層部に名を連ねていた老人達。
命じられるがままに動いていた下っ端の役人や騎士達は常軌を逸した光景の中、成す術もなく右往左往と走り回る。
走りまわりながら、さりげなく自己判断で撤退する者、多数。
その中には白衣をまとった者も数名紛れていたのだが……逃走しようとする端から、白衣の者だけは別だと。
「お兄様、白衣を足止めして下さいませ」
「うん? ……こんな感じ、かな」
目敏く、見逃すことなく。
無邪気に(見える)笑みを浮かべた妹の言葉に促され、兄の投げつけたナイフが行く手を遮り、牽制し、彼らだけは逃れること叶わずにいた。
的確に白衣の裾が、壁や大きな瓦礫にナイフで縫い止められる。
堅い石で出来た建材に、ナイフは易々と柄元近くまで埋まっていた。
「……あのナイフ、どこからお持ちになられましたの?」
「コートの下に常備していたナイフだよ」
「まさか食卓用ナイフでこのような芸当をお見せいただけるとは」
常軌を逸した光景に、逃亡を図っていた者達が硬直する。
圧倒的武力を個人で所有する兄の、本来の目的とする使いどころが訪れていたようだ。
妹からしても制御の難しい兄ではあるが……現在は幸いなことに、ある程度は妹のお願いを聞いてくれるつもりがあるらしい。
それはやはり妹の願いが、『家の敵』という兄にとっても他人事ではない対象を目的としているからなのだろうか。
無力な存在と成り果てた彼らに。
崩壊の真っ只中、慌てて逃げるべき状況下であるというのに……状況をわかっているのか、いないのか。
花の様に無邪気に微笑む8歳の幼女によって。
悠長に『なにか』が起きようとしていた。
8歳女児の視線の先には、死して安息を得ることも許されずに傀儡として無理やり動かされていた両親の亡骸。
敢えて言うまでもないことだが、彼女は怒っていた。
「うふふ」
笑う。
「うふふふふふふ……」
ミレーゼ様が、笑う。
未だかつてないほどに、彼女は腹の底から激怒していた。
同時に、かつてないほどに仄暗く愉悦混じりの喜びを感じていた。
憎い相手の生殺与奪を握っている――その暗い喜びに、自然と笑みが込み上げる。
自分の背後には兄が――人型最終兵器がいる。
兄の威を借るようだが隔絶した能力を見せつける戦士を味方に控えさせているとなれば、生半可な相手は敵にもならない。
今まで受けた屈辱、侮辱の数々が脳裡を焼く。
腸が煮えくりかえるとはこの事か。
この愚昧な者共、何遍殺しても……飽き足らぬ。
だが殺してしまっては、そこで終ってしまう。
復讐も、償わせることも、自分の気が済んでいようといまいと命を奪ってしまえばそこでお仕舞いだ。
感情に任せて即物的な道に走れば、失墜させられた家の名誉を取り戻すことも出来ない。
貶められたエルレイク家の名を取り戻すには、周到な根回しと緻密な計画を要する。充分な準備を終えずして、どうして彼らを楽にしてやれるだろう。
本当に腹立たしいことだが……報復にも、それ相応の手順を要する。その一事が、幼女の怒りが噴き出すことを食い止めていた。
ただ堪え切れない衝動が、微笑みという形で零れおちる。
それは幼い子供が浮かべるものとは到底思えない、凄絶な笑みだった。
――安らかに死ねると思うなよ?
目の前の幼女が、そんな副音声が今にも聞こえてきそうなオーラを背負っているのは……老人達の気のせいなのだろうか。
死期でも感じ取ったのか、ただでさえ老い先短い老人達の顔から生気が抜けていく。まるで漂白されたように驚きの白さ。
「貴方がたの罪、咎、全て……絶対に忘れたとも、心当たりがないとも言わせませんわ? 至近のところでは、わたくしを亡き者にしようとしたことと、亡き両親への仕打ち。つい先程のことですもの。まさかもう既に痴呆を発症したとは………………間違っても、仰いませんわよね?」
幼女が念を押してくる声は淡々としたもので、ドスが利いている訳でもないのに妙な迫力がある。
老人達は8歳児の迫力に呑まれかけるも、培った政治家的判断、対応の仕方に従って肯定を避けようとしたのだが。
僅かでも逃げ道を探そうとすることすら、ミレーゼ様は許さなかった。
「言い逃れは、余命を縮める行為とご理解いただけますかしら」
人道にもとる邪悪な行いと非難されて然るべき仕打ちを、元々老人達はミレーゼ様に強いようとしていた。
当然ながら、事情に疎い余計な人員に目撃されては今後に差し障る。
寄って、秘儀の間には徹底した人払いが行われていた。
こうして建物が崩壊を始めた今となっても、追加の人員が駆け付けてくることはないのだから……余程、徹底したのだろう。
それが老人達の徒となったのだから、皮肉以外の何物でもない。
そう、この場には多少なりと老人達の本来の目的に通じている……即ち、広義の意味での『関係者』しかおらず。
ミレーゼ様がどれ程の暴挙に出ようとも、真っ向から否を唱えられるような無関係な者は1人もいない。
既に最初から人払い……目撃者が排された状況下で。
ミレーゼ様は、手に取った扇をつい今しがた自分の真横に落下してきた瓦礫に叩きつけた。
反動で扇が圧し折れ、ばらばらに砕けてもおかしくなさそうな音を伴って、暴力の気配が間近に迫る。
短く息の詰まるような音を喉から鳴らして、間近にミレーゼ様の扇捌きを見せつけられた先頭の老人の身体が竦んだ。
「貴方がた……今後は常に、我が家中の者が貴方がたを狙っているものと思っていただけて?」
今なら殺すことも容易いが、ミレーゼ様は刃物を手に取ることなく。
ただ、両端の吊りあがった口元に見合わぬ強い眼差しで、老人達の顔を射抜く。
1人、1人、その人相を確かめてしっかりと記憶するように。
「ふふ。御安心なさって? わたくしにも情けはありますのよ……? かける相手は、選びますけれど」
言葉選びからして、全く安心できそうにない。
興味深そうに妹の振舞いを見守る兄は、止めようという気配すらなく。
ミレーゼ様の口端が、ますます吊りあがっていく。
満面の、笑み……と言いたいところだが。
目だけが笑っていない。
「こうも聖堂が破壊されては、神の威光とやらも面目丸潰れですわね? こうなっては生きていても無様な醜態を引きずり出されて責任を追及されるだけ……皆様に、わたくしが逃げ道を1つ差し上げましょう」
上機嫌に示される提案は、とうとうと歌うような声で。
つかえることなく滑らかに出てくる言葉は、恐らくきっと『逃げ道』などではない。
『逃げ道』に相反するナニかだ。
だが藁よりも頼りなく恐ろしいそれを掴む以外の道を、誰が老人達に提供してやれるというのか。
怒れるミレーゼ様を、前にして。
「皆様は、ここで瓦礫に潰されてお亡くなりになったことに致しましょう。ええ、わたくしが決めました……ここでお亡くなりになったのだ、と。勿論、本当にお命を奪うつもりはわりませんわ?」
殺すなど、手緩い。
報復は生かさず殺さず……死んだ方がマシだと思わせてこそ。
死んで栄光の中に逃げるなど、誰がさせるか。
まさに生殺し、生きたまま永劫に続く痛苦を与え、嬲り続けてこそ……この恨みに燃える胸もすこうかというもの。
「まずはこの惨状をどう致しましょうか……。
そうですわね、貴方がたが黒魔術に手を染めていた、という醜聞はいかがかしら。敬遠な信者である筈の方々が、実は悪魔崇拝の徒でした、なんて……ごくまれに聞く話ですわよね? 小説の世界にありそうで素敵なお話ですわね?
わたくしは貴方がたの手で生贄にされるところを、兄に救出されましたの。別に間違ったことは申して居りませんわよね? これは真実ですもの。
――この『事実』、大々的に発表させていただきますわね。それから先は……ふふ、永遠に償っていただきますので、そのおつもりでいて下さいましね?」
そう言って小さく愛らしい笑い声を零すミレーゼ様の小さな姿は可憐で……何故だかとても、見る者に寒気を感じさせるものだった。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「――ピート! ピート、しっかりしてっ」
涙交じりの、声が聞こえる。
切羽詰った、焦りに満ちた声。
もう久しく、聞いていない気がする。
昔、まだ何にも持っていなくて。
力らしい力もなくて。
成す術もなく食い物にされて潰されていくような、弱々しい身体を仲間同士で寄せ合って、零れ落ちそうな命にしがみ付きながらも命を削って。
そんなその日暮らしの毎日を送っていた、あの時。
あの頃には、ほとんど毎日のように耳にしていた。
自分を慕う仲間の、何かに懇願するような悲しげで悔しげな声。
仲間が、泣いてすがっている。
――つまり俺は、仲間に縋られるような状況にあるってこったな?
自覚した途端、だった。
今までは痛覚が吹っ飛んでいやがったのか。
全身が、どうして無視出来ていたのかと不思議なくらいの痛みになぶられていた。
自分で確認するのが怖くて仕方がねぇが、こりゃ。
かなりの重症だと、咄嗟に判断する。
……けど、体が動かない訳じゃない。
意識して体を動かそうとする度、力の入った箇所に激痛が走る。
だが仲間が泣いてんだ。
仲間を泣かせることに較べりゃ、こんな――……
「マジいてぇ」
「ピート! 気がついた!」
目を開けて上半身を僅かに起こすと、何故か驚愕混じりの声が上がった。
「……あ゛? なに、俺いま目ぇ覚ましたことからして驚かれるような状態なのかよ」
「あー……うん、率直に言ってそうですね」
「正直者め。いま、どんな状況だ……?」
「『教主国』の中枢が崩壊しました」
「……あ?」
「『教主国』の中枢……国家の要、首都の中心地、いろんな言い方はありますけど、政治の機能を擁していた神殿が崩壊しました。いま、なんかもう瓦礫の山になっちゃってますね」
ルッコラの目は、マジだった。
「………………ミレーゼと、クレイは? あとついでに、あの人外」
「それについては、あちらをご覧下さい」
「……馬鹿が、動けねぇよ!」
自分達の頭目である少年の言葉にそれも尤もと、ルッコラとミモザの2人がピートの上体を抱え起こす。
側近くに接近した少年達の身体からは、隠しようのない血の匂いがした。
良く見れば、ミモザは頭に包帯を巻いている。
ルッコラもどこでどんな怪我をしたものか、手首に包帯を巻いていた。
2人がかりで起こされて、ピートは何はともあれ周囲の状況を把握するに努めようと視線を巡らせた。
そして、彼の目は見てしまったのだ。
崩れ落ちる神殿(元)の、残骸。
もう既にほとんど潰れてしまった、その正面玄関から悠々と歩いてくる男の姿を。
危険が差し迫っているとは微塵も感じさせない悠長な足取り。
だというのに、降り注ぐ瓦礫は青年の身体を掠りもしない。
危険地帯を歩いているのに、彼も彼が抱えた小柄な姿(俵担ぎ×2)も、どちらも傷1つついていない様子で。
その光景は、異常だとしか言えなかった。
ピートは、その異常を作り出している犯人の名前を知っている。
「……なんで奴が此処にいやがる?」
少年の顔は、心底嫌そうな何かを内包していた。
そして何となく。
本当に何となくだが……竜殺貴公子の為人を知るウェズライン王国関係者達はなんとなく神殿崩壊の真実を悟ったような気がして、そっと視線を逸らすと遠くへ彷徨わせた。
現場の混乱が激しいお陰で、まだ阿呆の姿に気付いた者は少ない。
誰よりも早く発見したのは、やはり故郷を同じくする者達で。
他国の者に見られるよりも先にと、駆け寄った使節団の代表……第1王子が問答無用で頭から毛布を被せて青年の姿を覆い隠す。
そのまま全員で一致団結して「奴はここにはいなかった」と隠蔽に走る協調性は、見事の一言だった。
奔走した誰もが言葉にはしないが、確信している。
国際的な大事を避けるため、責任の追及を受けない為に、ウェズライン王国から来ていた誰もが固く口を噤んだ。
――その日。
建国以来の長い歴史を中心となって紡ぎ続けてきた白亜の神殿が地上から姿を消した。
謎の崩壊の原因は、ようとして知れない。
一説によれば神の代弁者である筈の神殿上層部の者達が悪魔を讃える儀式を行い、神の怒りを買ったのだと囁かれている。
崩壊には他の国々の著名人や権力者といった重要人物達も巻き込まれたのだが、不幸中の幸いか『教主国』の関係者以外に命を落とした者は出なかった。
そしてその日、神殿の崩壊と共に泰然自若としていた国家の有り様そのものにも楔が打ち込まれていた。
『教主国』の運営を司り、国家の舵取りをしていた複数名の老人達は姿を消し、生者の名簿から名を削られた。
教主国の頂点に胡坐をかいていた老人達の中で、都合が合わずに当日現場から遠い場所にいた者達もまた1人、また1人と退任に追い込まれ……例外なく、姿が消えた。
死んだとされるが、崩落に巻き込まれて亡くなったのか、責任の取り方の1つとして命を失ったのか……そのどちらが事実なのかは、語る者によって異なる推測が展開されてはっきりとしない。
だが彼らの姿が消えた後、書類上の計算よりも国庫の中身が大幅に目減りしている事実が知れた。
そのことで責任の追及を恐れての逃亡説まで流布されるようになり、国の上層部で人々の尊敬と信頼を集めていた権力者達にはいつしか侮蔑と怒りが寄せられ始めた。
既に何処にもいないことが、尚一層人々の不審を煽る。
否定も肯定も、誰にも出来ない。
だからこそ人々は自分の信じたいことを、信じたいように信じた。
国の名も、宗教としての顔も、見る見る内に穢されていく。
彼らの顔を描いた肖像画は、1つ残らず燃やされて。
それまでの国家への貢献度を考えれば、異常という他ない速度で……彼らの存在は、人々の記憶から存在丸ごと忌むべきものとされていった。
その後、『教主国』と呼ばれた国家はゆっくりじわじわと何者かの干渉によって弱体化の一途をたどった。
宗教面で多くの国々の支柱となり、精神的な支えであったというのに。
争うどこかの国あれば、仲裁に入り、またそのことに誰も文句を言わなかった。
新たな国王を迎えようという国あれば、彼らの承認を得ずしてそれが認められることもなく、戴冠に関する最終的な意思決定に『教主国』の名は真っ向から介入していた。
かつてはそれが認められていたというのに。
謎の崩壊以来、国としても精神的な支えとしても彼らの信頼と信用は失われていった。
今ではその顔色を窺って国家の行く末への干渉を甘んじる者達はいない。
――それは絶対的な指針を自ら唾棄する行為でもあり、やがては大きな混乱を招くこととなるのだが……
そのことを危険視する者も、少なからずいたのだが。
人々は自らの意思でもって、信じる事の出来なくなった『教主国』への盲目的な信仰を投げ捨てた。
秩序が滅びたとしても、それは人々の選んで招いた結果となる。
また、某月某日、某所にて。
遠いどこかの国で行方不明になったのと同じ数だけの老人達が、人の知らないところで惨めに阿鼻叫喚の悲鳴を上げていた。
彼らがいる場所は――、一種のアニマルふれあいランドだ。
ただし子供が喜ばない、精神汚染の危険性∞の。
「ひ、ひぃ……っこの狐が! この狐が!」
「駄目じゃトムソン! 犬と呼ばねば! あの悪童どもにまた折檻されてしまうぞぃ……っ」
「ううぅぅぅお犬様方、ご飯の時間ですぞー……じ、爺めがたんと配膳させていただきますので、なにとぞ! なにとぞお許しを!」
「ぎゃぁぁぁああああああっ後生ですじゃ! 後生ですじゃ!」
「ああ、バルサック老が!」
「長老がお犬様方の波に飲み込まれ……あ、あぅ、来るな……こっちに来るなぁぁあああああっ」
「く……バルサック老、サンゼムソン卿、主ら……あれほどブラッシングには細心の注意を払えと言うたじゃろうがぁ!」
「……駄目じゃ! 止まらぬ、こちらに押し寄せて!」
「ひっ食べないで! わし、全然瑞々しくないし、美味しくないと思いますぞー……だから食べないで! お願いぃぃっ」
「あ、ああっ バルトロマイのトラウマが……!」
「しっかりしろ! 落ち着くんじゃ、バルトロマイ!」
「にゅあー!」
「にゃー!」
「にゃー!」
「ひゃー!」
「にゃーん!」
「「ぎゃあぁぁぁああああああああああああああああああっ」」
ある時を境にルッコラが管理する犬(?)舎に、新しい世話係がたくさん増えた。
どんな選考基準を経て選ばれたというのか、老い先短そうな老人ばかり……それもただ働きで配置されることになったらしいが、彼らの余生がどうなったのかは誰も知らない。
ただある時、とある王宮のとある一室にて。
とある少年達の間で、こんな会話が交わされたらしい。
「あの爺さんども、まだ元気なのか? あれから半年……俺の予想としちゃ、保って一か月そこらだと思ってたんだがな」
「御老体の方々にはなるべくどんぞk……健康で長生きしてほしい、というのがミレーゼ様のお願いでしたから。実は大陸の東方からこの国に流れてきたっていう父祖伝来の、妙な薬を彼らの食事に混ぜてみたんです。その効果じゃないかと……」
「それ妙薬な、妙薬。『妙な薬』って『な』は余計だろ……って、薬混ぜてんのか? その効果ってどういうこった」
「どうもこうも……無理なく長々と働いて貰う為に用量を調整しているのでお爺さん達は自覚して無いでしょうけど、今のご老人方は30~40代くらいの成人男性の平均程度に体力と身体能力を取り戻していますよ。寿命も相応に伸びているんじゃないかな」
「それ……ヤバい薬じゃ」
「平然と言ってるけどよ、おい。それって変な副作用があるんじゃねえだろうな。副作用がなくたって、そんな劇的に身体能力が向上してんなら脱走の心配とかあんだろ」
「副作用らしい副作用はないんですけど、うちの犬達の側近くじゃないと効果が出ないんですよね。犬から一定距離以上離れると途端に薬の効能が切れる、だけじゃなく……身体能力が向上していた間の揺り戻しが起きて、全身が重い疲労感と筋肉痛で潰されそうに。反動が大きいので、たぶん犬舎の出口から5mも離れたら、一歩も動けなくなります。それにそもそもご老人方は犬舎の出入り口がどこにあるかも、どういった手順で通れるのかも知らないので逃げようがないんですけど」
平然と異常なことを犬使いの少年が口にしている。
それは本当に大丈夫なのかとの思案が場に満ち、会話が不意に途切れた。
そんな中で、空気を変えようと思ったのか。
ミモザがそういえばといった風に口を開いた。
「でも、とにかく生きてるんだね。僕はてっきり、もうあの老人共はとうに死んでるんじゃないかと思ってた」
「あ? どういうこった」
「職業病かな、芝居の見過ぎって笑っても良いけど。そのくらいばかばかしいんだけど……老人どもは既に死んでいて、でも犬達にかルッコラにか、魂だけを地上に縛り付けられていてさ。それで自分達が死んでいることに気付けないまま、朽ち果てることも許されずに延々と犬の世話をさせられ続けてるんじゃないかと――……」
話す口ぶりは、軽く笑い混じりだ。
だが話すごとにミモザの顔は微かに強張り、引き攣っていく。
本人が妄想だと一笑に伏そうとしている内容を、想像し、ピート達の顔もまた引き攣っていった。
場には先程以上に妙な空気が流れていた。
そんな最中に置いて。
「……………………」
ルッコラは無言だった。
ただ、優しげな微笑みだけを浮かべている。
「ちょ、その意味ありげな笑みはナニ!?」
「なんで無言なんだ!?」
「あ、そういえばそろそろ犬達の散歩の時間ですね。僕はこれで失礼しまーす」
「待……っおい、せめて言葉だけでも否定していけー!!」
彼らの会話の、真偽のほどは確かめられることなく。
全てが闇の中というかのように、謎ばかりで終わった。
――答えはルッコラだけが知っている。
宗教の中心地崩壊!
その瓦礫の跡からはなんか悪事の跡がぼろぼろ見つかったそうです。
年度の切り替え、三月四月マジ忙しい。
繁忙期だけど、もうひと踏ん張り。
なんとか四月中には完結の目途をつけたいところ。
次回、もしくはその次くらいで最終回……といきたいものです。




