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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
破滅の宴編
183/210

彼方よりの援護の手は、邪悪な影を追って表れ出でて 2

見る影もない『邪悪』。





 魔女さん1人では抑えるのに精一杯だった、黒騎士。

 精霊の力を手に入れたとしても、ギル達にとっては脅威だった黒騎士。

 彼は、もういない。

 竜殺しとして名を馳せた1人の奇行s……貴公子の手によって、黒騎士は天に還された。

 今となっては名残の様に、黒騎士の身体を覆っていた黒い結晶の幾許かが地面の上に残されているのみである。

 こうして元炭鉱夫のフランシス(54)さんは、ようやっと『死』という魂の平安を賜るに至った。

 彼の魂が変貌を遂げた元人間の肉体を離れる際、果たして殺害に及んだ下手人に対して感謝の念を抱いたのか否かは……この場の誰も知る由のないことだ。


 光輝く、まるで神話に謳われるような尋常ならざる剣を携え。

 亜麻色の髪をふわりと揺らして。

 竜殺貴公子は小首を傾げて身動きの叶わない『精霊騎士』達に問いかけた。


「そっちの『龍』っぽいのも倒して良い感じ?」


 指差し尋ねた侯爵家の御子息に、『精霊騎士』達はこぞって頷いた。

 もう言葉もない。

 気分としては「どうぞどうぞやっちゃって」というものである。

 だからアロイヒは、旧友達の望むままに動いた。

 色々と行動には大きな問題が多いものの……貴公子様はなんだかんだと素直な気性だったので。

 その踏み込みに、躊躇いは僅かにもない。

 ぶぅんと大きな音を立てて剣を振り上げて。

 無造作に、振り下ろした。


 叩きつけられる、鋭い刃。

 響き渡る衝突音。

 金属と金属を擦れ合わせるような不快な音が、人間達の耳を突き刺す。


 ――アロイヒは、剣を、邪龍にではなく。

 邪龍を戒め留める、結界壁に叩きつけていた。


 邪魔だ、と……アロイヒの口元が僅かに動いて声もなく呟いた。


 相手が違うぞ、とエラルが叫びかける。

 だが叫ぶ前に、思い至った。

 斬りつけるには、邪龍の動きを封じる結界が障害になっているのだと。

 皮肉なことだ。

 今となっては戒めであった筈の結界が、邪悪な龍を守る盾となってしまっている。


 だが、彼らの渾身の努力によって結ばれた、『盾』は。

 アロイヒに対しては……あまりに脆く、無力だった。



 ――ざくっ



 鍔迫り合いじみた擦過音の果てに、鈍く響いた。

 図太い(ザイル)に、刃を入れたような音が。

 得体の知れぬ『負担』が、『精霊騎士』達の肩に一気にかかる。

 謎の過負荷。

 結界に入った、傷。

 損傷を受けて結界全体に走った反動が、力の行使者である『精霊騎士』達に伝わったが故の『負担』だ。

 彼らは結界の維持に更なる労力を強いられ、大きな負担を強いられた。


「あんなに堅固な結界だったのに……それに、あんな無造作に一撃を通す(・・)なんて」


 アロイヒの化け物ぶりに、もう唖然とするしかない。

 まだまだアロイヒという男を見誤っていたかと、魔女さんが信じられない思いでへたり込んだ。

 『精霊騎士』の5人は自分達に跳ね返って来た衝撃を抑え込むのに、難しい顔をして脂汗を浮かべている。

 声を出す余力もなく、結界に注視した。

 邪龍を解き放つ訳にはいかないという思いから来る、最後の意地だった。


 しかしどんなに頑張って意地を張っても。

 歩く人災は頓着してはくれない。

 

 元より斬れと既に許可は出ているのだ。

 それに邪魔とあれば、遠慮をしないのも当然で。

 『精霊騎士』達も思い至っていなかったようだが、アロイヒを邪龍にぶつけるのであれば……もう足止めの為の結界は必要ない。

 必要ないと思えるだけの、(剣才限定で)信頼は積み重なっている。

 いきなり破られようとしたので、咄嗟に抵抗してしまったが。

 もう彼らが結界を張り続けている意義はなかったのだ。


「魔女さん、あの龍斬った方が良いんだよね?」

「ええ、間違いなく」

「だったら――結界も斬っちゃうけど、問題ないよね」


 それでも一応は、と魔女さんに最後の確認を取り。

 魔女は無言の頷きを以てGOサインを出した。

 肯定を得たことに目を細め、アロイヒは力を増して再度踏み込む。

 結界に切れ目を入れ、食い込んだ剣。

 それを、更に奥深くまで押し込むように。 



 そして。


 ――ぱきょんっ



 どこか間抜けな音を伴って、結界が粉々に砕け散った。

 力ある邪龍を、地に縫い止め続けていた結界が。

 アロイヒは満足気に息をつき、『精霊騎士』達は全身の力を使い果たした疲労で地に膝をついた。

 筋骨隆々とした恵まれた肉体と、無尽蔵の体力を備えていたアンドレですらも、息は絶え絶えと力尽きる寸前で。

 立つ気力すら、もうない。

 座り込んだまま、倒れ込んだまま。

 彼らにはもう、アロイヒと邪龍の行方を見守る以外にやれることはなかった。


 時間をかければ可能だっただろうが。

 それでも自分の力ですぐには食い破る事の叶わなかった結界。

 それをほんの2歩の踏み込みで断ち切ったアロイヒに向けられる邪龍の目には、もう油断はない。

 アロイヒが人間の規格を超えた強者であることに、最早疑いはない。

 実体を持たない邪龍(じぶん)を剣士如きがどうにか出来るとは思えないが――だが、警戒をするに足る相手だ。

 とぐろを巻いていた蛇の様な形状の輪郭をくねらせ、黒い靄に包まれた巨大なナニかが首を伸ばす。アロイヒを見下ろすように、視点を上げる。

 邪悪なる龍の巨体は、蛇そのものであればアロイヒなど1口で飲み込んでしまえるだろう。

 

 自分を見下ろす、実体のない蛇体に。

 アロイヒは無造作に近づき。

 何の考えもなく、剣を振るった。


「えい」


 あまりに問答無用な生きる人災、アロイヒくん23歳。

 彼の剣の一振りは――レーザー光線すらも両断する!

 無造作な一閃。

 しかしその一閃で、邪龍の全身を包んでいた黒い靄の一部分……首を曝け出すような部分に、すぱっと切れ目が生じた。

 真っ直ぐ一直線に分かたれた靄と靄の間から、赤黒い蛇腹がチラリ。

 今まで輪郭は見えてもぼやけるばかりで、はっきりとは現れなかった邪龍の姿。その一端が、確かにそこに存在した。

 邪龍はびっくりである。

 何故なら絶対に物理攻撃ではどうにもならない筈の……黒い靄が、剣で切られてしまったのだから。


『な、なな……なんだとぅ!?』

「邪龍め、驚け。驚くが良い! いまお前が感じているその衝撃こそ……僕らがアロイヒとの学校生活で近しく感じていた『理不尽』の気配だ馬鹿者め!!」


 衝撃に身を震わせる、邪龍。

 その身体が大きいが為に、のたうつ振動や動揺に端を発する影響の諸々が側近くにぶっ倒れている5人の『精霊騎士』達を直撃した。

 だが彼らは、アロイヒのアレコレに付き合わされることに関しては一日の長がある。

 全身疲労困憊で動くのも億劫であるのに……慣れた動作で、即時に物陰へと避難する姿は効率的に洗練されている。

 この場に、邪龍の側近くにいるのは危険と判断して全員が漏れなく避難を完了させた。賢明な判断である。

 アロイヒも一応、旧友達を気遣う気持ちがあったのだろうか。

 彼らが距離を取るのを確認し終えてから、改めて光輝く剣を龍へと向ける。

 深みを増した声で、宣言した。


「それじゃあ――成敗!」


 言葉と共に放たれた、横薙ぎの一撃。

 全てを薙ぎ倒そうとするような、衝撃と剣風。

 空気を切り裂いて伝播する斬撃は、触れてはいない筈のものまで断ち切った。

 邪龍のいる方角へ向けて、周囲の木々や岩といった自然物が次々に見えない斬撃によって切り倒され、へし折られていく。

 ――今の非物質化した己には、物理攻撃は効かぬ。

 自分から触れることは叶うが、他の何人たりとも――古の精霊(エルレイク)は別として――龍の身体に如何なる影響も及ぼすことは叶わないと。

 そう思っていた筈の邪龍だが、しかし。

 直前までは回避する素振りを見せなかったものの、直前になって思い出されたのは両断された黒い靄。

 嫌な予感が、龍の長い背骨を駆け上がる。

 咄嗟に、無意識に。

 龍は悪い予感に支配され、突き動かされて。


『ぐ……ぐおぉぉおおおおおおっ』


 直前で身を捩った。

 高みへと(もた)げられていた龍の首が、地に伏せる。

 無理のある動作であったが故に勢いを止められず、顔面から地を削ることとなったが……そのような些事には既に構っていられなかった。


 何故なら。


 巨体故に回避し損ねた、背の突起の一端が。

 

 未だ黒い靄に包まれたままであったのに、靄ごとアロイヒの剣閃に斬り飛ばされていたからだ。

 斬られた瞬間、突起の在った位置は……避ける前であれば、事前に裂かれた靄の狭間から露出していた、喉笛両断コース。

 非物質化していなかったとしても背の突起はそれだけでかなりの強度・硬度を誇っていたというのに。それを言ってしまえば剣圧だけで刎ね飛ばしたのだ。

 邪悪なる龍イーヴァル・ヴィンタールスクさんの頭からは血の気が下がり、背筋がぞっとした。

 この男は今、我が肉体を傷つけた?

 触れられぬ筈の存在を、剣1つで傷つけてみせたというのか……?


 邪龍は、こんなに問答無用で、無茶苦茶で、凶悪なニンゲンを知らない。

 少なくとも、今までに見たことがな……かったような気がしないでもない。いや、そんな気がする。多分。

 何にせよ、有得ないことをやらかしたことに変わりはない。

 目の前の生き物は、本当に人間か――?


『ちょ、まて、おまっ……なんだ! なんなんだ、貴様は! 何者なんだ――!!』

「こんにちは! アロイヒ・エルレイク23歳です! 好きな楽器はピアノとマリンバ、よろしくね! そしてさようなら」

『そういうことを聞きたい訳じゃない!!』


 想像力の限界に挑戦してくる事態を前に。

 邪悪なる龍は混乱して動揺した。

 このまま此処にいれば……


「しかし、大きい蛇だね。これをバラしたら、どれくらい蒲焼が作れるかな?」

「うげっ アロイヒ? 蒲焼は是非ともウナギで作ってくれ! 蛇龍で蒲焼作っても、私達は食べるのを手伝ったりしないよ」

「それは困る。食料は可能な限り残さない主義なんだ。僕1人では消化きれないし……誰か、蒲焼に挑戦する勇者はいないか!」

「お前1人で挑戦してろ!! お前なら勇者の称号も対外的にはなんら遜色ないしぴったりだろ!? 対外的には、の話だけどな!」


 …………このまま、此処にいれば。


「あ、そうだ若様! お肉に飢えてるって肉食コロポックルさん達に持って行ったらどうですか! そんなにお肉が食べたいのなら、この際正体不明の謎肉でもお残しせずに食い尽してくれるんじゃ!?」

「それだ!!」

「あんたら、妖精さんに何食べさせようとしてるのよー!?」


 ………………蒲焼にされるーっ!!?


 邪悪なる龍は、蛇の王は思った。

 此処から逃げよう……

 遠く、遥か遠くに逃げるんだ……。

 だって此処にいたら、蒲焼にされてしまうから。


 自分が殺される筈はない。

 相手に、その手段などない。

 そう思っていた筈なのに、何故か今では自信の欠片も湧いてこない。

 自分への信は微塵も得られず、逆にアロイヒの得体の知れなさに恐怖を感じた。

 食われる、という生存本能的な恐れも入り混じり。

 攻撃される前に逃げなくてはという強迫観念に取って代わられた。


 いくら常識外れでも、相手は人間。

 ……まだ、人間。

 ………………人間の枠内にいるはず。

 で、あれば……矮小なる人間に課せられた定めだが、あの男は地に縛り付けられた生き物だ。


 逃げ道は、空にしかなかった。


 そして、その時。

 逃亡に傾いた邪龍の背を押すような事態が起きる。


『――っ!? この、気配……エルレイク、君は、君がっ?』


 邪龍の首は、長く伸ばされて。

 茫然と、ある方角を……『教主国』の首都の方を向いた。

 邪龍だけでなく、驚きに目を見開いた魔女さんまでが同じ方角を見ている。

 ただならぬ雰囲気を身に纏い、魔女さんに至っては全身を震わせていた。


「こ、れは……まさか、復活したというの!?」


 邪龍と魔女さんが、同時に感じ取ったモノ。

 それは、『始王祖』……古の精霊エルレイクの、今までになく強い気配で。

 時は『始王祖』がエルレイク家当主の指輪から引きずり出した肉体を取り戻し、完全体へと戻った――丁度、その時であった。


「? なんだかよくわからないけど……敵を前に茫然とするなんて、随分と注意が足りないね」


 硬直していた邪龍に、何事か起きたのかと不思議に思いながら……それでも構わずに、アロイヒは再び剣を振るった。

 その一撃は鋭い。

 だが邪龍は、もう逃げることに躊躇いはなかった。

 襲い来る攻撃から逃れるべく、邪龍は空に駆け上がる。

 結局『エルレイク』へのお土産を用意することは出来なかったが……今はただただ、この得体の知れない生き物から逃れたかった。

 何よりもいち早く、この得体の知れない化け(アロイヒ)をどうにかしたいという思いが勝った。


 自分が知る限り最も強いイキモノ。

 ……『始王祖』に救いを求め、龍は空に躍り上がった。

 もう脇目を振る余裕すらも、皆無(ない)


「ああ、さよなら蒲焼くん……君は遠くに行ってしまうんだね」

「……って、なに見送ってんのよ!?」

「え?」


 逃げようとする邪龍を、見送りかけるアロイヒ。

 もう相手に戦意はないと見てか、構えていた剣を下げて空をただ眺め見上げる。

 そこに、魔女さんからの焦りに満ちた声が掛かった。


「何やってるのよ、追いかけなさい! そして殺れ」

「え? 逃げる者を敢えて追う必要が? 僕、降参を認めた生き物は実害がない限り逃がしてあげたいんだけど」

「あれは……いずれエルレイク家に害成す者よ! まず間違いなく! 今の内に後顧の憂いを絶っときなさい。お家の為にも!」

「それは困る。うちに害成すモノを放っておいたと知れたら、お父様やお母様に叱られてしまうな」

「…………」

「……あ、アロイヒ」

「若様……」


 皆の物悲しげな視線が、アロイヒに殺到した。

 何故そんな目で見られるのか。

 わからずに、アロイヒは小首を傾げるが。

 しかしすぐに、構っている暇はないと強い眼差しで空を見据えた。

 我が家に仇成すというのであれば……外敵は、即刻排除だ。


 追うと決めたら、電光石火。

 しかし、空を飛ぶ手段など人間には……ない、筈なのだが。


 だが、アロイヒは。


 即座に龍を追って、アロイヒも天へと……

 周囲の木々を足場に駆け上がり、跳んだ。

 時に敢えて枝をしならせ、その反動を跳躍力に変えて跳んだ。

 その動きには、悩みも躊躇いもなかった。

 迷うことなく、自分に出来る最善の手段を瞬時に理解した動作。

 人間の動きとは思えない俊敏さと跳躍力だった。

 アロイヒ、君は……天狗か何かに弟子入りしたことでもあるのかい?


 そうして大空へと翼もない身で飛び出したアロイヒは。

 目の前を大きな物がチラついたと見るや、即座に腕を伸ばしていた。

 龍の尾(非物質)を鷲掴みだ。

 本来、掴めない筈なのに。


『!? なんで触れる、貴様――っ』

「あははははっあははははははははははっ 逃がさぬよー、蒲焼!」


 そのまま、龍と貴公子は空に消えた。

 後に何とも言えない空気と、虚空に遠く響く笑い声だけを残して……



 邪悪なる龍は、ひたすらに――『教主国』の中心を目指す。

 そこから『始王祖』の気配が感じられたが為。

 ――その場には混沌と混乱が残された。

 アロイヒが切り捨てたバグボルトの残骸を前にぽかんとする女性、タリッサ。

 力の多くを失って疲労困憊の『精霊騎士』達。

 そして自らが発破をかけたモノの本当に空に行くとは思っていなかったが故に何とも言えない顔で立ち尽くす魔女さん。

 災禍が去った確信が持てずにおろおろとする『贄の民』の集団のただ中、茫然とした声が響く。


「……アロイヒ、本当に御両親の訃報を知らなかったんだな」


 大事なことを言いそびれて、『精霊騎士』達は頭を抱えた。





 そうして場面は、秘儀の間へと。

 束の間の血沸き肉踊る、邪龍にとっては生きた心地のしない空の旅路を経て。

 邪悪なる龍と、竜殺しの貴公子は幼い魂が今にも潰されんとする……秘儀の間へと現れた。

 邪龍の頭をアロイヒさんが剣の柄で殴った結果のこと。

 人はそれを 墜 落 という。



邪龍『がぎゃぁあぁああああああああかかかぺぎょぁぁぁぁあああああああああああああああああああっっっっっがふぅっ!?』


そして場面は、ミレーゼ様の元に戻る。

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