彼方よりの援護の手は、邪悪な影を追って現れ出でて 1
前回から場面は少し巻き戻りまして……状況はギルたちの方に転換します。
立ち枯れの森の中、突如として現れた男は……ペンギンのエプロンと三角巾を着用していた。
長身の人間揃いの祖国に置いて、小柄に分類されるその体躯。
どこかあどけなさが残る、少年めいた柔らかな顔立ち(童顔)。
日向を思わせる雰囲気にそぐわない、雷神の如き剣の冴え。
その全てを、『精霊騎士』の5人と魔女は知っていた。
とてもよく、見知っていた。
今ここで来るのか、と――
まるで計ったかのような登場に、声も出ない。
そんな中で。
先程とは別の衝動にわなわなと肩を震わせて。
とうとう堪え切れずにエラルが叫んだ。
「い……っ今までどこをほっつき歩いていたんだ、この阿呆イヒがぁぁぁああああああああああっ!!」
万感の思いが込められた、その叫び。
何ヶ月も実体のない珍獣を探すような思いで、見つかる筈もない相手を探し続けた男の悲哀である。
彼らの目の前に現れた、青年。
その名は――アロイヒ・エルレイク。
エルレイク家の長子にして、今では侯爵の位を継ぐ者。(←本人認知してないが)
そして剣の天災(誤字に非ず)として知られる……高名な竜殺しの若者である。
力を求められるその場に、空気をクラッシュされるのは仕方ないにしても……彼の参戦が叶えば何よりの助力といえた。
都合の良い展開に、旧知の者達には驚くなという方が難しい。
「あ、エラル。今日も元気だね、久しぶり」
だが、当の珍獣はエラルの叫びにも動じない。
全力で叫び過ぎて肩で息する様子も、さらりと微風の如く流してしまっている。
阿呆呼ばわりされた青年は、罵り言葉もどこ吹く風と気にすることなく。←慣れ
無邪気な無垢さを秘めて、にこりと笑った。
その姿はこの非常時だというのに、常と全く変わらない。
エラルの渾身の叫びに触発されたように、忠実なる従者ギルがまろび出そうになってぐっと踏み留まった。
本当ならば、今すぐ側に駆け寄りたい。
そんな気持ちを押し殺し、堪え切れない衝動を声という形で昇華させる。
「若様――っどうして、此方に? この近くにいらしたんですか!?」
「そ、そうだ! お前、今まで何処で何してたんだ!?」
「ああ、ギル。それにロビンかい? 君達も息災なようだね。見てごらん、あんなに太陽の光が燦々と降り注ぐ……気持ちの良い昼下がりだよ」
「え、あ、確かに今日はお天気良いっすね」
「だろう? だからね……実は僕、この近くの河川敷で、コロポックルの皆さんとバーベキューしてたところなんだ」
「お前一体何してんだよ!」
「若様、コロポックルって何ですか?」
「コロポックルは、コロポックル……緑陰に紛れて生活を営む小人な妖精さん達だよ。彼らは誇り高い狩猟採集民だけど……どうも身体が小さいせいか、狩猟が上手くいかないらしいんだ」
「それ狩猟民族って言って良いんすか」
「もう何年も碌にお肉を食べていないって言うから……。だから、お肉をたくさん食べてもらいたいなって」
「それで、肉を提供した……と」
「その通り! 僕の手持ちのブロック肉もすぐに食べ尽くされちゃってね。今は丁度、彼らのリクエストに応えて5度目のバッファロー狩りにきたところだったんだ」
「既に4頭食ってる!」
「食べ過ぎよ、コロポックル達!!」
「どんだけ食ったんだコロポックル!」
「あははっ それだけお腹が空いてたんだよ。皆ね。たくさん食べられるって健康で良いよね!」
「なあ、アロイヒ。そいつらコロポックルじゃなくって餓鬼なんじゃねえか……?」
頬笑みながら、アロイヒは首を傾げる。
よくみるとその背後……足下には絶命したバッファローが転がっていた。
この辺にはバッファローなんていなかった筈なのに……思考力が弱ってぼんやりとしたまま、タリッサは思った。
目の前で既に人間を止めていたとは言え、父をすぱっと切り捨てられ……彼女の思考能力はストライキに突入している。
なんだか、何も認識できない気すらして来ていた。
「それで、アロイヒ。この場に介入してきたということは……君のこと、私達に助勢する気ありと考えて良いのかな?」
アロイヒの言動には、既にエラルやロビンがぎゃいぎゃいとツッコミを入れている。
この場にこれ以上、アロイヒの言動を気にする人間は不要と判断して。
多人数でアロイヒに相対することに慣れた元級友の1人として、ジャスティは話の進行役を担うことにした。
いつまでもアロイヒへのツッコミに腐心していては話が進まない。
それを重々理解した、昔馴染みとしての経験からくる判断だ。
ジャスティからの問いかけを受けて、アロイヒはふわりと微笑んだ。
「そうだね。なんだか良くわからないけど、みんな大変そうだし。――手が離せないようなら、僕がそいつらの相手を引きうけても構わないよ?」
アロイヒは右手の包丁を臨終したバッファローさんの眉間に突き刺した。
その代わりと言わんばかりに……背負っていた一振りの剣を、すらりと引き抜き両手で握った。
青年の立ち姿、その構えには一切の隙が見出せない。
本人はただ自然体で立っているだけだというのに。
さあ、どうする、邪悪なる龍イーヴァル・ヴィンタールスクよ。
人型兵器ver.剣鬼が降臨してしまったぞ――?
「……あれ? 若様、剣替えたんですか? それ初めて見ます」
「ああ、これ? 実は前の剣、折れちゃってね。代わりに今はこれを使いだしたんだ。貰い物なんだけどね」
「折れた……って、アダマンタイトの剣が!?」
「今は代わりに、この剣を使っている」
アロイヒが握った剣は、以前使っていたアダマンタイトの剣よりも美しく優美でありながら、宿る気配は剣呑そのもの。
剣を使う者であれば、一目で『ただの剣』ではないことが察せられる。
「そんな業物を貰ったって、一体誰から……」
「うん、なんだか成り行きでね。家宝だって言うから最初は固辞したんだけど……『我らが大陸を、この地に生きる全ての生命をお救い下さった英雄にならば差し上げても何ら惜しむことはありませぬ! むしろ名誉と誇りましょう、どうぞお受取りを!!』……って一所懸命にお願いされちゃって」
「というかお前、本当に一体どこで何やってたんだよ!」
「英雄呼ばわりされるような何やったの!?」
「流石は若様! 何やってたのか知りませんけど!」
「あはは……僕はただ、思うがままに剣を振るっていただけなんだけどね。だけど丁度良い。この剣なら前の剣よりも全てに置いて格段に上の一振りだから……そんじょそこらの物の怪とは一味違いそうな、その黒いのも労せず斬れそうだ」
エモノの強度を心配せずに、力加減に困らず済むのって良いよね、と。
そう嘯きながら……アロイヒは掲げた剣をゆっくりと、残ったもう1人の黒騎士へと向ける。
鋼の色は硬質な金属の色。
だが。
アロイヒの眦が、静かな気迫を宿してきりりと吊りあがる。
それに、比例して。
突如、アロイヒの握る剣が……黄金の光に包まれた。
自ら光を発し、まるで目を刺す朝日の様に輝く。
「あ、あ、アロイヒ――!? その剣は、一体」
「これ? 『織刃・離魂』の剣『壱式』っていうらしいよ。ピカピカ光ったら切れ味アップでとってもお得!」
「そんな言い方で済ませて良いんですかー!?」
「光ることに疑問はないのか、この阿呆イヒ!」
今や唸りを上げて空気を震わせ、謎の貰い物『壱式』は周囲の空間さえ歪ませだした。
剣の周囲に見える景色が、歪曲していく。
理解を超えた只事とは思えない光景に、『精霊騎士』達は息を呑むが。
「~♪ ~~♪」
アロイヒは、鼻歌を歌っていた。
曲名は『我が遙かなる故郷、その豊饒の賜物 ~焼豚賛歌~』。
ちなみに作詞作曲は黒歌鳥と同じ年代の吟遊詩人だと言い伝えられる古歌だ。
肥え太った豚の旨味を讃える歌詞に、邪龍は怪訝な顔をした。
しかし選曲はアレでも、アロイヒは勇敢な剣士であることに違いない。
その実力を測りかね、目にする言動から器を見誤り……邪龍が警戒すら必要か不要か判断しかねている間に。
アロイヒは前触れなく、駆けた。
予備動作のない行動に、反応が出遅れる。
「出汁は豚骨♪ 御供は叉焼! 腹をくすぐるアナタの香が私の胃を狂わせる♪」
そして変な歌詞と共に。
たいして何かをするということもなく。
反撃の暇など微塵も与えてもらえずに。
黒騎士が、すれ違い様に斬り捨てられていた。
両断された傷口はいかなる作用によってか溶け崩れ、二度の再生を許されずに塵へと変わる。
それは、あまりに呆気ない。
何とも報われない……無念の最期。
鼻歌混じりに倒せてしまうくらい、アロイヒと黒騎士、その彼我の実力差はかけ離れていた。
見た目や言動によらず、アロイヒの実力は本物だ。
本物だからこそ――性質が悪いのだが。
あっさりと斬られ、消滅していく黒騎士を。
邪龍はかぱーっと大口開けて呆気に取られ、ただただ眺めていることしか出来なかった。
『――馬鹿な、我が力を十二分に注いでいたモノを……只人如きが、倒すだと……!?』
「馬鹿め! アレは只人じゃなくてアロイヒだ!!」
驚愕の叫びに、思わずとエラルが叫び返す。
邪龍は未だ、理解していない。
――次は、お前の番だと。
場に居合わせたモノ達をたちまちツッコミに変えてしまう……それがお兄様。




