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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
破滅の宴編
180/210

わたくしは己が手で決着をつけんと、白き衣の老人と相対し 1

今回はミレーゼ様視点




 縋れるモノの1つもなく。

 国の最深部……その更なる奥深くへと、わたくしは連行されてしまいました訳ですが。

 わたくしは、信じております。

 このような事態に直面した時のことを考えなかった訳ではありませんもの。

 ですから、わたくしを助けに……『青いランタン』の方々が駆け付けて下さると、信じていますわ。

 ……わたくしの期待を、無碍には致しませんわよね? ピート?


 彼らは必ず来て下さると、信じております。

 ですので。


 今の私がすべきことは……時間稼ぎ、に尽きますわ。


 だからこそ、わたくしは問いましょう。

 わたくしを此処まで連れて来て下さった方々に。

 ……わたくしを聖女などという、頭の浮かれた生贄にしようと目論む…………この、ご老人達に。


「――皆様、とても手荒な御招待ですこと。この仕打ち、わたくしの名を……御承知の上で、なさいましたの?」


 身一つで連れて来られてしまった現状、わたくしに切れる切り札(カード)は多くはありません。

 特にわたくしの身上に関しましては……慎重な取り扱いが必要です。

 もう半ば以上、わたくしの正体を御存知の上での蛮行だとは予想が付いておりますけれど。

 もしかすると、万が一のことではありますが、わたくしが真実『ミケーネ・ティリンス』という名の少女だと信じた上での行動かも知れません。

 そうであった場合、わたくしの本当の名を明かすことが吉と出るか凶と出るか……賭けではありますけれど。


 まあ十割方、わたくしの正体を知った上でのことだとは思います。

 皆様……わたくしが替え玉と入れ替わっていることを良いことに、わたくしを『ミケーネ』として闇に葬るおつもりですわね……?

 だとしても、諦める訳には参りません。

 尊い命は、誰しも1つだけしか持っていないのですから。

 わたくしはわたくしを守る為に、最後まで足掻かなくては。

 幼い弟を遺してなど、死んでも死にきれませんわ!


 ですから、何としても話しに彼らを引きずりこまなくては。

 何事も話し合いです。

 幼いこの身ではがむしゃらに暴れたところで、高が知れております。

 暴れるだけ、すぐに拘束されて終わりですわ。

 交渉の席でこそ、わたくしは十全に足掻くことが出来るのですから……議論を重ねることで、時間を稼がなくては。


 ですが、良い機会でもあります。

 折角、わたくしの疑問の答えを全て知っていそうな方々が眼前に揃っていらっしゃるのですもの……この機に、わたくしの疑問を全てぶつけるのも一興でしょう。


 ですから、わたくしは重ねて問いかけます。

 わたくしの前方……室内を神々しく照らす、薔薇窓の光の中に佇む白い法衣の老害に。


「しらを切るのはお止め下さいませ? 貴方がたはとうに御存知なのでしょう? わたくしこそがミレーゼ・エルレイクだと……御存知なのでしょう?」


 わたくしはとうとう名乗ってしまいました。

 さあ、ご老人方? わたくしの名乗りに何と返しますの?

 彼らの反応を見定めなくてはなりません。

 反応如何によって、今後の方針を……決めるつもりですけど。

 口火を切ってしまえば、少々堪えが利かなくなって参りました。

 仕方ありませんわ。

 わたくしだって、堪え性の足りないお年頃ですもの。

 苛立っていることもあり、この際ですから聞いておきたいことは全て聞いてしまおうかしら、と。


「わたくし、かねてより貴方がたにお聞きしてみたいと、そう思っておりましたの」


 本来は会話の糸口を掴み、話をすすめ、少しずつ情報を小出しにして腹の探り合いを有利に進めるべきところなのですけれど。

 抑えの利かないふりをしておいた方が、ただの8歳児と見て油断して下さるかしら?という思いつきもあり。

 わたくしは少々自制を忘れて、かねてよりずっと胸の内で燻らせていた……あらゆる疑惑を、ついついご老人方にぶつけてしまいそうになってしまったのです。


「我がエルレイク家にどのような悪感情を持ってのことかは存知ませんが……エルレイク家を陥れ、権威を奪おうと謀ったのも貴方がたなのでしょう? 兄の気性を利用し、家から引き離し、貴方がたの良い様に家から富と権力を毟り取る。他にも、ずっとわたくしのことを探していらしたのも貴方がたなのでしょう? 何をなさりたいのか不明瞭ですが……当家に害成そうとしていたことは明らかですわ! 貴方がたは、何を目的に動いているのです!」


 いつになく、暴力的な気持ちに支配されておりました。

 少しだけ抑えの利いた部分を総動員して、全ての情報を無為に開示することだけは食い止めましたけれど。

 わたくしがどこまで知っているのか、どこまで彼らの足を掴んでいるのか……無償で丁寧に教えて差し上げるほそ、わたくしは単純ではないつもりです。

 ……自制が出来ていない時点で、わたくしもまだまだですけれど。

 感情に容易く支配されてしまう程度の理性しか持ち合わせておりませんでした……なんて言い訳にもなりません。

 これは、心を鍛え直す必要があるようです。


「ふむ、冥土の土産に教えてやるかの。さかしらぶった童女に、どこまで理解できるかは知らぬが……ありとあらゆる災禍は、そなたの家の業が深すぎた故の事と心得ることじゃな」


 老人の口が、小さく言葉を刻むのが目に映りました。


 ――儂らの大望の、邪魔をするからじゃ。


 ……あ、隠す気ゼロですのね。

 そして殺意を誤魔化すおつもりもありませんわね?


 わたくしの様な小娘など、耳に優しい甘言で惑わしてしまえば良いものの……素直に惑わされるつもりはありませんが。

 このような場で、真実を語り始めるのは三流の仕事ですわ。

 わたくしのことなど、きっと老いさらばえていようと腕一本でどうとでもなるとお思いですのね? その通りですけれど。

 わたくしなどもう手中にしたもの同然と、余裕がおありなのですわね?

 気の緩みからくる油断と過信は往々にして命取りと相場が決まっておりますのよ? 物理的に迫られては、わたくしには対抗のしようもありませんけれど。


 出方を窺おうにも直球で来られては、物理的な力(腕力)の不足が響いて受け止めきれない恐れがあります。

 言を弄して煙に巻く、舌戦の方を期待していたのですが。

 貴方がたは、もっと老獪に接して下さってもよろしいのよ?

 何より、わたくしこそが彼らの小賢しさを期待しておりましたのに。


 エルレイク家にふりかかったありとあらゆる災厄の責任所在について尋ねるわたくしに、老害聖職者達から返ってきたのは暗に肯定を示すもの。

 そのように潔く認めずとも、もっと往生際も悪く弁舌で逃げ惑って下さった方が、時間稼ぎにはなりましたものを。

 話の流れ上、答えを求めたわたくしに、老人の悪感情に塗れた醜悪な笑みが向けられます。

 正直に申し上げますと……気持ち悪いですわね。

 何やら自分に酔ったように、何事か語ろうとなさっておいでです。


「そなたが、自ら『存在しない身』に自らを落としこんでくれて助かったわい……予言の成就こそが我らが悲願。その為にも……」


 嫌な予感が致します。

 予感が何かは存じませんが、今、とても嫌な予感が致しました。


「今ここでそなたは我らが神の為、聖女として貴き犠牲を捧げるのじゃ……なに、案ずることはない。消えたそなたの代わりに『聖女』として振舞う『身代わり』もとうに用意してある故な……」


 ……やはりこの老害共は、碌な物ではありませんわね。

 わたくしに何をなさるつもりなのか、理解せずにはいられません。

 聖職者とは思えない醜悪な老人達を前に、わたくしの顔が自然と嫌悪で歪んでいくのがわかりました。

 物理的措置で対してくる相手を前に、か弱く非力な幼女(わたくし)の手でどこまで抵抗できるものか。

 本当に、『青いランタン』の方々には早く来ていただきたかったのですけれど。

 状況はますます切羽詰ったものへと変化しつつあります。

 ほんの僅かな距離を置いてわたくしを取り巻いていた、老害の手勢の方々が……じわり、と包囲の輪を縮めるのがわかりました。

 いよいよ、危険がこの身に及びそうです。


 ………………『青いランタン』の方々には、此方からお呼びする前に駆け付けていただきたかった。

 特に、ええ、特に……ルッコラ率いる、犬(?)以外の何方かに。

 この様なことになって、わたくしは無念でなりません。

 ですがこの身を守る為には、躊躇っている場合でもないのです。



 わたくしは、そっと懐に忍ばせていたモノに手を伸ばしました。

 ふさふさと柔らかく、『本体』から切り離した筈なのに何処となくどころか万遍無く温かみのある…………………………狐の尾のように見える、房飾りに。

 取り出した物は、一見してただの飾りの様にしか見えません。

 ですが……これは、犬(?)の尻尾の毛で作られた、緊急時用呼び出しアイテム(護身用)です。

 つまり。


 …………これを引っ張れば、アレが来ます。


 わたくしは、あらん限りの声を張り上げ。

 老いた聖職者達へと、勧告を重ねました。


「この道具(生命体?)を用いれば、たちどころにウェズライン王国使節団の皆様が駆け付けて下さいますわ! 悪事の全てを白日の下にさらしたくなければ……まずは100m、お下がりなさい!」


 さて、この脅し……犬(?)の脅威を知らぬ方々に、どこまで通用しますかしら?

 駆け付けるとは申しましたが、常識的に考えてそんな便利な道具が存在するとは誰も思わない筈。

 案の定、わたくしへと距離を詰めてくる男達の足は止まりません。

 隙をついて尾飾りを奪われぬよう、わたくしは全方位へ注意を向けます。

 もう片方の手にかつて兄より贈られた扇を取り出し、ぎゅっと握りしめました。

 近付く者があれば、この扇で殴る覚悟です。

 淑女にあるまじきことですが、我が身に迫る危険を易々と容認する訳には参りません。致し方のないことなのです。

 『教主国』の方々は暴力的な手段を1つも有していないものと、高をくくっていることでしょうから。

 わたくしは本気を示す為に。


 わたくしのことを侮って伸ばされてきた、手近な男の腕を。

 まずは手始めに扇で殴りつけました。


 以前、アレン様の目の前で。

 ブランシェイド家の猟犬を殴りつけたのと、同じ強さで。


「ぎゃいん!?」


 ……あら、犬の悲鳴みたいな声が人間の口からも出ますのね。


 


その頃、ミレーゼ様の追跡に走りだした犬(?)達は。

円陣を組むように座り込み、互いに顔を見合わせて。

首を傾げた後、一匹の鳴き声に合わせて。

一斉にバババッとその前足を上げて目的の方向を指し示す。


一匹一匹の指した、方向は。

ものの見事にバラバラだった。


「にゃー?」

「にゃぁあん???」

「きゅうん?????」

「にゃんにゃんにゃーん……」

「とっぴんぱらりのぷう」


 犬(?)達は、軒並み迷子になっていた。

 『始王祖』様がミレーゼ様の居場所を見失ったのと、大体同じ理由によって。

 彼らが自力でミレーゼ様の元までたどり着く可能性は薄い……


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