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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
伯爵家居候編
18/210

真夜中探検隊…それ即ち深夜徘徊、ですわよね?

 夜中のことです。

 入浴も済ませ、後は寝台に潜り込むだけ。

 その段階になって、わたくしは不振な物音に気付きました。


「………アレンさま、なにをなさってまゆの」

「ミレーゼ……って、なんかふらふら?」


 不埒者でもいるのかと、テラスに続く窓に寄ってみれば…

 そこにいたのは、寝巻きの上からショールを羽織ったアレン様。

 ここはわたくしとクレイに与えられた寝室の、テラス。

 何故アレン様がこんなところにいらっしゃるの?


「アレンひゃま、ねむ、眠やないと…」

「呂律回ってないんだけど…」

「ううゆ…」


 ……………眠気に弱いのは、子供の常だと思いますわ。

 う、うぅ…眠気で頭がふらふらします。口も上手く回りません。

 体が船にでもいるように、前後に揺れているのが自分でもわかってしまいます。

 意識はあるのですが、どうにも肉体は体の欲求に素直で困ります。

 しっかり受け答えをしたいのですが…この口調では締まりませんわ。


 今にも前のめりに転んでしまいそうな、わたくし。

 そんなわたくしを、アレン様は思わずといった体で支えて下さいました。

 その弾みでわたくしの部屋へと入ってしまいますが…仕方ありませんわね。

 ですが鍵がかかっていたはずですのに、どうやってこのテラスまで?


「ねえしゃま、だいじょうぶ…?」

「クレイ」

 

 寝台の天蓋から、おずおずと顔を出すクレイ。

 不審者がいるかもしれないから隠れていなさいと言いましたが…

 侵入者が顔見知りであることに気付いて、隠れていられなくなったようです。

 わたくしが手招きすると、ててっと駆け寄ってきました。

 そのまま、力加減なくわたくしに抱きついてきます。

 ふらふらしていたわたくしは満足に受け止めることも出来ず、されるがまま。

 クレイ、姉様…内臓が潰れそうですわ。


「うわ、ちょっ……大丈夫か?」

「うぅー…らいりょう、…大丈夫、でふ」


 そんなわたくし達をアレン様が苦笑で誘導して下さいました。

 立たせたままでいると危険だと判断なさったのでしょう。

 わたくし達はアレン様の導きで、窓辺のテーブルセットに着席します。

 1人では椅子に座れない弟を、当然の如く膝に乗せようとしたのですが…

 わたくしの状態が普段と違うからでしょうか?

 心配そうなお顔で、アレン様はクレイをひょいっと持ち上げてしまいました。

 そして代わりとばかり、ご自身のお膝にクレイを座らせています。

 クレイは人見知りや物怖じをしない子ですもの。

 きょとんとしたお顔で、アレン様をくりっと見上げておりました。


 ………今日のお昼は、図らずしもたっぷりお昼寝していましたものね。

 ブルグドーラ女史の、授業で。

 そのせいか、どうやらクレイはまだ目が冴えているようです。

 ただアレン様のお膝の上は慣れないのでしょうね。

 居心地が悪そうな顔で、もぞもぞと座り直す動きを繰り返しています。

 狭い場所で何度も何度も動くので、ずり落ちてしまいそう。

 そんなクレイを手で支えるアレン様のお姿は、とても微笑ましいものでした。


「アレンひゃま、しゅみま…すみま、せん」

「ミレーゼ、とても眠そうだけど…無理しないで寝たら? 僕はすぐお暇するし」

「いえ、しょんなわけにあ…」


 アレン様がわたくしを気遣って、そう言って下さっているのはわかります。

 ですが、そんな訳にはいきません。

 遭遇してしまった以上、わたくしはアレン様に聞かねばならないことが…


 ……………わかっているのですが、中々頭が働きません。

 お陰で、眠気に引きずられて口調も幼気なものに…


 正直申しますと、毎夜9時には寝るように躾けられた体が辛い状態です。

 精神が過剰に高ぶっている、または極度の緊張状態などの時はそれどころではないので眠気も飛ぶのですが…仕方がありません。

 頭を使うことで体を騙し騙し、目を覚ますことと致しましょう。

 考え事などで頭を使うと、眠気が一時的に遠退くことは経験でわかっています。


 ですが、招いてはいないとはいえ、お客(アレン)様がいらっしゃいます。

 お客様を放っておいて、1人計算や思索に没頭するのは失礼ですもの。

 ですから。

 わたくしは備え付けられていた遊興道具から、1つのケースを手に取ります。


「トランプ、いたしまひょう…」


 それは世に広く流布する、世界で最も有名なカードゲーム。

 わたくしは眠気覚まし兼アレン様の気を緩める手段に、カードを掲げました。










 カード遊びと言えば、これでしょう。

 唐突なアレン様の訪問と同じく唐突に始まったゲームの行方は、1つの決着を見せようとしていました。


「ロイヤルストレートフラッシュ」

「うぐっ………こ、降参…」

「ねえしゃま、しゅっごぉぉおいっ!」


 興じたゲームでアレン様を打ち負かすことが出来ました。

 カードを操っている間に、すっかり楽しくなってしまい、わたくしも本気です。

 お陰で眠気も覚めたようで、いつも通りのわたくしがいます。


「アレン様、わたくしの勝ちですわよね?」

「言うまでもなく完璧な完全勝利だったじゃないか…」

「勝利のご褒美に、1つお願いを聞いていただいてもよろしくて?」

「え、なに?」

「わたくし、アレン様にお伺いしたいことがありますの」

「あー………無茶なお願いじゃないなら、答えるけど」

「ふふ、有難うございます。では、お答え下さいませ」


 わたくしはカードを回収しながら、アレン様に首を傾げて見せました。


「それで、アレン様は何故この部屋のテラスにいらっしゃいましたの…?」

「う……」


 それは、わたくしの立場からすると当然の問いでした。

 アレン様は気まずそうなお顔で、そっと視線を逸らされてしまいます。

 あら…? 予想以上に困ったようなお顔で…何なのでしょうか。


「夜這いをかけられても、わたくしの年と立場ではお受けできかねるのですが…」

「よばいー? ばいー?」

「………よばい、て何?」

「なんでも古来の婚姻作法の1つ、だとか」

「婚………結婚!? いや、いやいやいや!?」

「おめでとーごじゃいまあしゅ? ………うぅ、ねえしゃまとっちゃやあ!!」

「クレイ!? 違う、違うからな! そんなつもりなかったんだ…!」


 あ、あら…アレン様のお顔が凄い勢いで赤く、………。

 違いましたのね。以前家庭教師から、深夜の来訪は夜這いかもしれないから注意せよ、と言われていたのですが…やはりわたくしの年齢では、早すぎますわよね。


「え、え、え…? 僕、よばい?ってのに間違えられるようなこと、したの!?」

「わたくしの伝え聞くところによると、夜這いとは深夜、男性が女性の寝室に何の先触れも予定もなく突然強引に進入し、そのまま女性の名誉も言い分も無視して強制的に妻にしてしまう行為、だそうです。今でも横行している、そうですが…」

「強盗じゃないか! それ強盗じゃないか!」

「ええ、わたくしもそう思います。家庭教師からは、『そのような行為を強要する男性は、結局のところ女性側の親族や女性本人に同意を求めて正式な関係を築く覚悟も信用も足りない相手であり、女性側の事情の一切や親族に対して斟酌できない器の小さな男である。そのまま略奪でもされようものなら一生家族には会えないかもしれず、そのような覚悟のできない嫁入りを強要するような相手は問題がある。よって、深夜に何者かの来訪を受けた時は夜這いを警戒し、決して何方も部屋に入れたはならない』…と」

「その家庭教師の説明、8歳児にする説明じゃない…けど、それを暗記してるっぽいミレーゼが凄い……」

「ちなみに夜這いは相手が既婚女性であっても強行される恐れがあるそうです」

「何それ!? え、略奪婚!?」

「昔はそれがまかり通っていたというのですから、恐ろしいですわよね…」

「僕、そんな強盗まがいの野蛮人になったつもりはないよ!」

「そうですわよね。アレン様はお優しい方ですもの」

「え、そ、そうかな…」

「ですのでアレン様は、決して相手の心情を思いやらずに夜這いなどをする男性にはならないで下さいませ」

「信用していると見せかけて、全くの信頼ゼロ!?」

「男というのは元来狼であり、大多数の成人男性は信用してはならないそうです」

「………それも、家庭教師の教え?」

「はい。兄ともどもお世話になっていた、老学者の教えです」

「何だろう……その学者も、凄いよね……………」


「さて、戯言はこのくらいに致しまして」

「戯言!?」

「それでアレン様、本当のところどういった理由で忍んでいらしたのですか?

夜這い男扱いをされたくないのでしたら早々に仰って下さい」

「……………心配だった、んだけど」

「??? アレン様、お声が小さくて聞こえませんわ。クレイ、聞こえて?」

「んーん? なんにもー」

「もう、アレン様? ちゃんとお答え下さいませ」

「あー………その、これを探しにきたんだ」

  

  ちゃり…


 そう言ってアレン様が掲げましたのは、銀の十字架。

 アレン様の手の平より少し大きな十字架は、中心と四方に青玉の埋め込まれた立派なもの。彫りこまれた模様も、儀式的な意味を内包した古く伝統的なものです。


「それは、魔除の十字架……それも、とても古いものですわね」

「うん、そう。うちに古くから伝わってる。祖父にもらったんだ」

「それを探しにきた…というのは?」

「………前回、真夜中の探検をした時、ここに落としたらしくって」

「真夜中の探検…?」


 怪訝な顔で見つめますと、アレン様は気まずそうに苦笑いを浮かべられます。

 聞いてみましたところ、アレン様は皆の寝静まった深夜のお屋敷を、1人で探検するのがお好き…とのことです。明りもとうに落としてあり、とても暗く静かなお屋敷は、自分の知っている昼間のお屋敷ととても違うから…見て回るのが冒険しているみたいで楽しいと仰いますの。

 そして万が一、お化けが出た時の武器として十字架を持ち歩いていた、と。

 それって、お化けへの怖さを押してまでやる意味の有る行為なのですか…?

 前回の真夜中の探検…という名の深夜徘徊の際、この部屋のテラスに十字架を落としたそうですが。

 その部屋にわたくしやクレイが入ることになり、表立って入ることが出来なくなったので、わたくし達の不在時に密かな進入撤退を決めたそうです。 

 そうです、が………見事に見つかりましたわね。


「どうやって進入なさったのですか?」

「ベランダを伝って? 知らなかったかもしれないけど、僕の部屋ってここの丁度真上なんだよね」

「まあ、そうだったのですか…」


 まあ、お猿さん並の身のこなしですわね…少年は身が軽いって本当でしたのね。

 お兄様は少年じゃなくても、身のこなしが以上に軽かったですけれど。

 一般的な少年でも、屋敷の壁を伝った移動を苦なくこなすなんて。

 ………アレン様は、どうやら毎回部屋の窓から脱走を繰り返しているようです。

 転落防止に、ネットでも張り巡らせた方が……

 今度、エラル様に提案してみましょう。

 

 


ミレーゼもアレンも説明を真に受けているだけで、夜這いの意味は理解していません。

大人になってその意味を知ったら、いろいろな意味でアレンが物凄く頭を抱えて身悶えしそうな気がします。羞恥とかツッコミとか、その他諸々で。

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