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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
破滅の宴編
178/210

彷徨う果てにエルレイクの血は指輪と出会う 2



 

 誰にも知られることなく、悟らせず。

 ミレーゼ様が掻っ攫われた直後、彼女に扮して替え玉を演じていた『始王祖』様はおっとりと首を傾げた。

 エルレイク家の霊廟で幾らかの力を奪い、元の通りとはいかないモノの確かに息づく魂の器(にくたい)を手に入れたことで、少しは精霊としての力も取り戻しつつあったが。

 その力はかつての肉体を失う前に比べれば、万全とは言えない。

 器の姿からして、彼に最適といえる形……本来の肉体には似ず、側にいた子孫(・・)に紛れるようにか擬態めいた形状を形成している時点で、己の力不足は目に見えて明らかだ。

 黒歌鳥の仕掛けと術でぎちぎちに縛られた人形の身体を脱したことで、『制約』は緩みを見せてはいたが。

 それでも完全に『制約』を破棄するには至っておらず、強制力は弱まったものの、未だに人形の頃から変わらぬルールに縛られている。

 

 ――『自分を目覚めさせた相手から離れてはならない。』


 何の思惑があってか、『始王祖』の魂を縛って黒歌鳥の課した強力な『制約』。

 その『制約』に従い、『始王祖』はそっと広間を抜け出した。

 彼は人間ではない。

 その気になれば、どんな生物にも感知させずに動くことが叶う。

 この時もまた、慌て叫ぶ者達のすぐ隣を、特に身を隠すことも急ぐこともなく悠々と通り過ぎていったのだが。

 すれ違った者達は、誰も『始王祖』の移動に気付かなかった。



 だが、回廊に出てすぐ。

 『始王祖』はままならぬ現状への不愉快に眉を寄せた。

 珍しい、その顔。

 滅多に現れない表情が、『不快』や『煩わしさ』を示す。


 己の手を、広げ。

 何かを掴み取る様に、2度3度と握り込む。

 先程まで、周囲にさほど気を払ってはいなかった。

 だから今まで意に留めることもなく、気付かなかったが……。


 白く小さく、短い子供の指は何を掴むこともなく。

 掴めない。


 その一事に『始王祖』は我が身の不完全さを意識した。

 

 『彼』は『約定』に従い、ミレーゼ様の元へ行こうとしていた。

 そのつもりで、1人回廊を歩いていたのである。

 だが、どうやらそれは簡単にはいかないらしい。

 『始王祖』の足は、止むを得ずに留められることとなる。


 ――まだ、このような建造物が遺っていようとは、な。

 精霊の姿を見ないと思えば、それも道理。


 何故、自らの足を止めることとなったのか。

 その理由と原因、両方に心当たりがあった。

 長く、永く、この大陸の誰よりも古くから生きてきた肉体を持つ妖k……精霊である彼には、知識と経験の両方に原因として該当する情報がある。

 『教主国』は大陸でも古い国だ。

 その各所には、多くの歴史的建造物がある。

 どうやら国の中枢である……この大神殿だか大聖堂だかも、古くから遺されてきた建造物の1つであったらしい。

 あまりに古すぎて、いつの時代に建てられたのかも定かではない程の。


 遙か古の、未だ人間と精霊の存在が今よりも近しかった頃の名残。

 特殊な建築技法による、絶えて久しい太古の仕掛けであった。

 精霊の存在を拒絶した思想の者達が生み出した『それ』は、魔除とされる。

 ……故意か偶然か、どちらによる産物かは知れないが。

 それは仕掛けを考え出した者の望みに応えるように、とある『効果』を生み出した。あるいは製作者の強い拒絶と嫌悪の感情が、ある種の呪いとなって発動したのかもしれない。

 魔除……というよりも、精霊除としての強い効果を持つ『それ』。

 それは、精霊の感覚を幻惑するのだという。

 

 鈍らせ、惑わし、狂わせる。

 精霊にとっては何とも気持ちの悪い空間だ。

 そのような場所に、敢えて好んで踏み入る精霊はいない。

 

 ……だが、精霊という精霊がいなくなれば必然に。

 仕掛けが施された建造物は、周辺を含めて自然の摂理がゆっくりと狂い出す。

 正しく自然の循環を整える存在(せいれい)が近寄らないのだから、当然である。

 やがて建物の仕掛けに幻惑された精霊のように、物質を伴って生きる生物達も感覚を狂わされていく。

 時が経つと共に、住民には必ず精霊の不在に起因する不幸が訪れる。

 この建築技法が廃れた原因も、そこにあった。


 だというのに。


 『教主国』は。

 

 そんな建物を国家の中枢として、現在に至るまで後生大事に保存しちゃっているのである。

 自分の感覚が狂わされていく事態を前に、現状を理解して『始王祖』は納得したように頷いた。


 ――ここは愚物の国か。


 史上最強の愚物国家(ばかのくに)として納得しちゃったらしい。


 よくよく見ると自然が狂っていく状況に抵抗しようとしてか、強引に狂いを調律しようと施された仕掛けの数々、あるいはその形跡、あるいはその残骸が建造物内のあちらこちらに見て取れる。

 ある程度は効果があるようで、些細な効果を持つ細工が積み重なって何とか環境悪化に抵抗しているようだ。

 僅かに、狂っていく速度の方が勝っていたが。

 涙ぐましい、その努力。

 恐らく環境が霊的に悪化していく原因が突き止められないまま試行錯誤を重ねたのだろう。

 ……霊的な環境保全機能を受け持つ仕掛けの中に『魔除』まで組み込まれているせいで、環境を悪化させたいのか悪化を食い止めたいのか、よくわからない感じになってしまっている。

 一応、環境悪化の勢いは削がれている。それでもじわじわと、本来の1万分の1くらいの進行速度で自然の循環バランスが崩れていっているようだったが。

 そしてその全てが、力ある精霊である『始王祖』様には如実に見て取れた。


「……何がしたいのであろうな、この建物の主は」


 なんとなく、苦い音を立てて風が吹いた。


 何千何万という悠久の時を生きる『始王祖』様と違って、人間は百年も生きない。

 『教主国』の基礎を築いた、最初の国主(せきにんしゃ)が建築の指揮を取り、この大聖堂は建てられた。

 その男は排他的な『神』の信奉者で、『神に従わぬ精霊』を唾棄すべき悪霊だと信じていた。

 やがて『大聖堂』を中心に奇怪な現象が続き、心身を病み損ねる者が出てくるに至って霊的なバランスが狂っているようだと気付いたのが8代目の国主(せきにんしゃ)

 『神に掛けられた封印(のろい)を解く為』という名目で呪術に通じていた男に依頼し、建物全体に自然界の霊的エネルギーを調律するような仕掛けを施すよう手を打った。

 ……が、呪術オタクだった男は建物に施されているのが失われた古代の技法だと一目で気付き、これを損なうのは何より惜しいと原因を見抜いていながら素知らぬ顔で保全した。悪い効果を相殺出来れば問題はないと判断し、誰にも報告すらしなかった。


 お陰で、今の時代にも精霊のありとあらゆる感覚を惑わし、狂わせる効果が御健在であらせられる訳ですが。

 現在の『始王祖』様は、かつてに比べて有得ないほどに弱体化している。

 その為、本来の力を十全に取り戻せていれば歯牙にもかけない精霊除の仕掛けに、きっちりしっかり幻惑されていた。


 方角が、わからない。

 掴めていた筈のもの、わかっていた筈のものが見えなくなっていく。

 いいや、見えている。

 見えてはいても……朧に霞み、ゆらりと揺れて惑わしてくる。

 強大な力を失くした精霊は、行くべき方向を完全に見失う。


 今の『始王祖』様は、『大聖堂』内限定の方向音痴だった。


 それでもその辺の精霊とは格からして違う。

 平衡感覚や五感、正気といったモノは問題なく働いているのだが。

 

 肝心要の、気配を探る能力がやられていた。

 『始王祖』様はミレーゼ様の行方を追おうと、その気配を探るのだが。

 …………何故か先程から、『始王祖』様の感覚に『条件に該当する件数』として訴えてくる気配の数は、4つ。

 なんとなくぼんやりと1つは随分と遠いところに存在しているような気がしたので、実質は3つだ。

 だが3つにしても数が多い。

 ミレーゼ様はいつの間に分裂なさったのだろうか?

 追うべき気配が複数発生見つかってしまった。

 それだけではない。

 気配があるのであれば、端から順番に巡れば良いこと。

 しかし感じ取れた気配の元へ歩もうとすれば、気配の居場所や距離感が頼りなく霞んで定まらなくなる。

 足を向ける先を、迷うくらいに。

 『始王祖』様は己の感覚が使い物にならないと判断した。


 さあ、こんな時はどうする?

 

 少年の姿(女装)をした精霊は、考える。

 対策はすぐに浮かんだ。

 自分は『精霊』であるから、感覚を惑わされる。

 ――では、『精霊』ではなく『人間』であれば?

 『精霊』の血を引き、その力を僅かなりと持っている『人間』であれば?

 感覚を狂わされるのは、あくまで『精霊』。

 『精霊』の血と力を引いていようと、その者が『人間』である限り……『精霊』そのものではないのだから、幻惑されはしないだろう。

 加えてその『人間』の持つ『精霊の血』が自身に近しいものであれば……今の『始王祖』様であれば、手を貸せる。能力が一時的に高まるよう、補助出来る。


 精霊の血を引きながらも限りなく遠い、ほとんど人間といえる者。

 そんな者が、必要だ。

 それも出来れば、『始王祖』に血の近しい……


 

 その時、丁度。


 『始王祖』様は回廊の向こうで「ねえしゃま」と姉を呼んで泣きながら、とぼとぼと歩く3歳児を発見した。





 『始王祖』様は、クレイを抱き上げる。

 クレイはほぼ人間だ。

 だが人外の血を……『エルレイク』の血を引いている。

 幻惑の効果を人間の血で打ち消し、求めるものを……エルレイクの血が引き寄せられる者を探すことが出来る。

 ミレーゼ様とクレイちゃまは、実の血を分けた姉弟だ。

 互いの血が、きっと無意識に引き合う。

 『始王祖』様にとって、この状況に最適の人材といえた。


「クレイ・エルレイク……血が求めるものを示せ」

「ちぃー? ねじゅみしゃん?」

「血だ」

「こーみょりしゃん!」


 無邪気な、しかし難しいことは一切関知しない幼子の声が響く。

 それを見下ろし、『始王祖』は1つこくりと頷いた。


「言い換えるとしよう。お前が『こっちに行きたい』と思う場所を示せば良い」

「うゆ? しめしめ?」

「しめしめではない。示す、という」


 そう言って、人外がやり方を示すように白い手をあげて。

 す、と遠くを指差した。


「クレイ・エルレイク。お前が行きたいと思う方向は?」

「あい!」


 ようやっと理解したと、にっぱり全開の笑顔で示して。

 3歳児は良い子に元気よく、素直に言われた通り指差した。

 いま現在、自分がなんとなく行きたいなぁと気を引かれた方向を。


 その小さな指は、順番に。

 迷いなく、狂いもなく。躊躇うことなく。


 3つの方向に指を向けた。


 ミレーゼ様分裂疑惑が勃発した。







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