彷徨う果てにエルレイクの血は指輪と出会う 1
最近、暫くなんだかシリアスさんが頑張っておいでですが。
そういう展開が続くことで、後々のカオス君がより素晴らしいものになるのではないかと思っています。
そう、今はカオス君がより輝く為……彼を際立たせる為のシリアス展開。
対比が大きくなればなるほど、楽しくなると信じております。
ミレーゼ様が連れて行かれたことで、式典の会場は騒然としていた。
取り残されたウェズライン王国の使節団も、予期していなかった事態を前にどこか茫然としている。
だが、呆けて放って置ける事態ではない。
特にその思いを強くしているのは……『青いランタン』に属する、少年達だ。
「――ルッコラ!」
頭目であるピートが、この場にいない事になっている少年の名を呼ぶ。
鋭い声に、返って来る筈のない応えが間髪入れずに返された。
潜伏していた少年が、未だ近くをうろうろと歩き回る信者達の隙間からさりげなく現れる。
その姿は他の信者と同じ簡素な法衣で……彼が『教主国』の人間に自然と紛れ込んでいたことが知れる。
「此処にいます!」
「……いや、なんでお前ここにいんだよ」
「ピートが呼んだんだけど」
即座に応じた声に対して、しかし彼らの頭が見せた反応は、舌打ち。
苛々した様子で、少年は黒髪の犬(?)使いを睨みつける。
「そうじゃねーっての。即座に追えよ……ちんたらこんなとこで足踏みしてんじゃねえ!」
「いえ、それが。追うべきだとは僕も思うんだけど」
「……何か理由があるってのか?」
「ミレーゼ様が連れて行かれたのは、この建物の最深部……第5区画の奥なんです。僕が手に入れられた身分じゃ、入れても第3区画まで……第4、第5区画は警戒が厳し過ぎて生身ではちょっと無理です」
「生身じゃなかったらイケるのかよ!?」
「っていうかルッコラでも侵入でいないってどういうこと」
「そんなに厳重な場所が存在するのか……!?」
「僕では追跡できないので、急ぎ代わりに超小型犬を差し向けましたけど……僕には他に術もなく。追えなくて、済みません」
「あ、それでも犬は差し向けたんだ……」
「ああ、えっと、そうか……うん。やれる限りの手は打ったってんだな?」
「はい」
「そうか……それでも、まあ、少しでも近くにいるかどうかで対応の幅も変わるだろ。それに、なんとか侵入できる余地がどっかにはあるかもしんねーし? 無理を言うようで悪いが、つべこべ言わずに侵入経路探して、追え」
「ピートがそう言うなら。それじゃあ僕は改めてミレーゼ様を追っかけますけど……何か有事の際には、この子を通して呼んでください」
そう言って、ルッコラは。
ピートの両手に、まふっとした毛並みのきt……犬(?)を乗せた。
たっぷりした立派な胸毛が人の目を引く、尻尾を5本ばかり生やした犬(?)。
吸いつくような毛皮の手触りに……ピートの手が、離れない。
謎の拘束力に縛られて、両手共に不自由だ。
「お、おいルッコラ!?」
「それじゃあ僕はミレーゼ様を追いかけますから! 急ぎますね」
「ルッコラー!!」
まるで影の如く密やかに、素早く音もなく。
犬使いルッコラは、人並みに紛れて姿を消した。
ピートの両手の上に、哲学的な眼差しの犬(?)を残して。
→ ぴーと は のろわれている
仮にも使節団の一員として、彼らは参加している。
だが本来の目的は外交などではなく……いや、ある意味国際問題を引っさげてきたので、外交が目的といえなくもないが。
本来は、彼らはミレーゼ様が『教主国』を弾劾する際の補助としてこの場に参加した筈だった。
しかし当のミレーゼ様の身柄が『教主国』に奪われてしまった。
動こうにも此処は勝手のわからぬ敵地。
迂闊な真似は憚られる。
こんな状況で、ピート達はどうするべきなのか。
彼らも彼らなりに考えたのだが……天啓の如く、1つの考えが脳裏を貫いた。
――それは。
自分達に出来る限りの義を通さなければ。
やれることをやっていなかった、と……後にミレーゼ様が知った時。
自分達、咎められるんじゃね?……と。
彼らの気持ちはひとつになった。
ひとつになったら、なってからが迅速だった。
ミレーゼ様が出来なかったこと、出来なくともやりたかったこと。
即ち本来の目的を……彼女の代わりに、自分達が『教主国』への弾劾の声を上げ、糾弾するべきだ、と。
本当であればこの場に最も同席しているべき被害者様がいないが……体面的には『ミレーゼ・エルレイク』ということになっている存在がいる。
『始王祖』を旗印よろしく矢面に出せば……
「って、いねえ!?」
……だがしかし! 彼らが気付いた時、いるべき場所……『ミレーゼ様』が鎮座しているべき『ウェズライン王国使節団副使の席』に『始王祖(女装)』様の姿はなかった。
目立つ筈の幼い姿は、完全に消えていた。
クレイちゃまの姿と一緒に。
ざぱっと。
荒波の如き勢いの良さで、少年達の顔から血の気が引いた。
真っ青になった顔で慌てて周囲を……目の届く範囲を見回すが、そのどこにも、人外(女装)と幼児の姿は見当たらない。
ミレーゼ様が何より、誰より大事にしているモノ……弟。
どこに居て何をやっていてもしぶとい生命力で図太く生き残っていそうな『始王祖』様は、兎も角として。
ミレーゼ様の可愛がっている弟さんの姿がどこにもないのは問題だ。
見失ったばかりか、目を離して迷子にさせてしまったとしたら……
「僕達の生命は、もしかしたらもう脅かされているのかもしれない」
ミモザのぽつりとした呟きは、少年達の中で「殺されるかもしれない」という言葉に変換されて強く響いた。
それはとても不吉な未来予想だった。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
なんだかんだで、臨機応変。
世知辛い世の中の、その中でも最たる場所……まさに最下層という言葉を体現する貧民街を器用に要領よく泳いで生き抜いてきた『青いランタン』の少年達はアドリブ能力と生存本能に長けている。
どんな状況下でも、自分のやるべきこと……生存確率を上げる選択には勘が働き、優秀だ。
矢面に立つべきミレーゼ様のお姿が本人、替え玉の別なく姿を消してしまった。
しかもクレイの姿もない。
……となれば、やるべきことは決まっている。
少年達の現場指揮官と化したピートは、即座にフィニア・フィニーにクレイの捜索を命じた。
本人は厭っている過去だが、これでも『教主国』傘下の女子修道院で生まれ育った身の上だ。
『教主国』の事情にも、他の少年達よりは詳しい。
それにフィニア・フィニーの記憶力と応用力があれば、『教主国』の施設内でも咎められずに動ける筈だ。
フィニア・フィニーが捜索に向かった後。
息を吐く猶予すらなく、少年達は更なる誤魔化し作業にかかる。
いつの間にか『始王祖』の姿が消えていたが……副使という立場を得てこの場にいる『ミレーゼ』不在という状況を作る訳にはいかない。
周囲に不審を抱かせることもまずいが……これから『教主国』に盛大に噛みつこうという時に、旗頭となるミレーゼ様のお姿がないと困るのだ。
だから、少年達は。
咄嗟に割と無茶な……しかし彼らの能力で何とか誤魔化せる方策を取った。
ミレーゼ様の替え玉である『始王祖』。
その更に替え玉を用意する、という。
大役を任されたのはミモザ。
その演技力を買ってのことではあるが……いかんせん、体格があまりに違うことだけが問題だ。
だがその明らかな誤差すらも、ミモザの演技力で騙し通して。
大きな不安と未来への恐怖を抱えたまま、少年達は無謀な戦いに乗り出すこととなる。
心象風景は、まさに戦場そのものだった。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
そして、その頃。
白く磨き抜かれた聖堂の広い、広い回廊の片端で。
クレイは連れて行かれた姉の姿を求めて彷徨っていた。
ぐすぐすと止むことなく鼻を鳴らして……明らかに、泣いている。
泣きながらも歩みだけは止めず、とぼとぼと、小さな背中をしょんぼりさせて。
姉を探して、歩き続ける。
「ねえしゃま、どこ……?」
両親が亡くなって以来、片時も離れたことのない姉。
その姿がないことが、クレイを不安のどん底に落としこんでいた。
「えぅ、ふ、えう……ねえさま」
熱狂に浮かされ、周囲を巻き込みながら大勢の人間が過ぎ去ったあとの回廊はしんと静まり返っている。
幼子の泣きじゃくる声だけが、虚しく響いた。
「…………ないたら、め」
目を頼りに周囲を見回すも、涙が邪魔で視界が歪む。
ぼろぼろと涙が零れおちるのを、クレイは何度も両手でぐいぐいと拭う。擦る。
涙を止めようとするのに、止まらない。
止め処なく流れる涙のせいで、視界はいつまで経っても鮮明にはならない。
どれだけ、どれだけ拭っても。
何度も何度も目を擦っても。
涙が尽きない限り、それは無駄な行為。
それでもクレイは手を止めることなく、涙を拭っては目元を赤くしていった。
この回廊に、誰も他にはいない。
誰の姿も見えない中を、小さな子供が歩き続ける。
だが、クレイの歩みに躊躇いも戸惑いもなかった。
確かに姉の姿を探しながら歩いている。
しかし道を訪ねる相手も、守ってくれる者もいないというのに。
何度分かれ道に差し掛かっただろう。
何枚の扉を、横手に過ぎ去っていっただろう。
何かを、誰かを探しているのであれば、道に惑い、あるいは扉を見ては開けようとするだろう。
だが淀みない。
定められた道を歩くように。
そこにはいないと、予めわかってでもいるかのように。
クレイの歩みは、余計なものに煩わされることなく。
迷い道に引っ掛かることもなく、自分でもわかっていないながらに……常に、同じ方向へ足を向けた。
意図してではないが。
まるで、姉がどの方向に連れて行かれたのか……心の根底の部分で、理解しているかのような歩みだった。
とぼ、とぼと歩く彼を。
やがて拾うモノがいる。
「……えぅ?」
「お前の助力が要る……クレイ・エルレイク」
クレイよりも僅か大きい、だが小柄だ。
ひらり、ひらりと風に揺れる、美しい絹織りの衣装を身に纏っていながら、衣の美しさに対して無造作な動きで。
泣き歩く幼子を、2本の白い腕が掬いあげた。
「しゅおーしゃ……?」
「姉の元へ疾く辿り着きたいと思うのであれば」
涼やかな声で告げたのは……クレイも、よく見知った人物で。
感情の籠らない眼差しが、ひたとクレイの顔を見ていた。
「このエルレイクに力を貸せ」
そう言って。
小柄な少年は、クレイの身体を抱き上げる。
クレイの姉が、いつもそうする時のように。
だからだろうか。
姉の腕の中にいる時の如き安心感を得て、クレイは頷いた。
「あい!」
彼の声はいつも、感情の揺らぎを含むことのない音だった。
無機質さを感じさせる響き。
だが今は……そこに、若干の困ったような色が乗っていた。
あまりに微かな色合いは、クレイに拾い上げられるようなものではなかったけれど。
だけど、クレイでも1つだけわかったものがある。
自らの応じる声に対し、彼の目元が微かに和らいだのだ。
本当に、微かな変化だったけれど。
いつも表情が変わらなくて。
いつも笑わない相手。
そんな彼が、いま自分に微笑んでくれたのだと。
クレイはわかりにくい表情の変化を、確かに感じ取っていた。
「えへへ……ほめりゃれた」
それが、なんだか。
クレイには、褒めてもらえたように感じた。
あたたかな、白い腕。
自分を守り、導いてくれる腕。
そうと信じられて、疑う余地を感じないのは何故なのか。
わからないけれど。
不思議な信頼感に、涙の水源は鎮まった。
いつの間にか、クレイの涙は止まっていた。
人外ご先祖とミレーゼ様の逆鱗幼児がタッグを組みました。




