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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
破滅の宴編
175/210

此方ではわたくしがいよいよ決戦の場に見えんとして 

前回とはところ変わって、ミレーゼ様は……?




 遠い『教主国』の辺境でギルが三角巾&ペンギンエプロンの救い主に光を見出していた、丁度その頃。

 『教主国』のまさに中心といえる場所では、ミレーゼ・エルレイク(8さい)が窮地に陥らんとしていた。




   ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・




 本当に、困りますわ。

 ギルからの連絡を待っている間にも、刻一刻と刻限が迫ります。

 もう、待っている猶予は……ありません。

 待ち望む連絡を得られないまま、祭典の開始まで秒読み段階に入ってしまいました。

 使節団の一員として、祭儀に臨む為。

 わたくしはウェズライン王国の使節団に用意された席に着きます。

 副使の席には『始王祖(かえだま)』様に座っていただいておりますが……ミケーネ(わたくし)も団員に数えられる身、式典の間は此方を動けそうにありません。

 ……糾弾の準備を整えてきた身としては、是が非でもありませんけれど。


 厳粛な空気に満ちた此処は、『教主国』の首都。

 ……いえ、此方の国では『聖都』と呼ぶのでしたね。

 自らをして聖なる都を名乗る厚かましさには失笑を禁じ得ませんが。


 何でも本日粛々と開催される祭典の主役といえる、『教祖』の終焉の地であることを有難がって『聖都』と呼ぶことが慣習付いているようなのですが……

 彼ら曰く『異教徒』に当たるわたくしと致しましては、これといって特段有難味がある訳でもなく。

 わたくしも土地の慣習に習って『聖都』とお呼び致しますが、内心では『聖都(笑)』と思わず笑ってしまいそうになります。


 当家への暴力的な干渉の数々を思いますと、どうしても。

 とてもではありませんが黒幕の皆様が根城としておられます『都』に『聖なる』という言葉を冠する事に違和感を覚えてしまうのです。

 疑問を呈さずにはいられない都ではありますが、長い歴史の中を宗教の中心地として栄えただけはあり、内実はともあれ見栄えだけは素晴らしいものがございます。

 内実はともあれ。

 見栄えだけは。

 彼らの総本山であり、『聖都』の中心でもある『大神殿』の奥に位置する『大聖堂』は、中でもとりわけ熱を入れて建設されたのだろうと察せられます。

 ですがわたくしとしましては、やはり『大神殿』なのか『大聖堂』なのか明確にして下さいませ、と思ってしまうのです。

 この荘厳さを前に、思うところがない訳ではありませんが。


 本当に高雅な物を見て知って育ってきた上流階級の方々でも、並の胆力では平然としてはいられないことでしょう。

 他者を無理矢理圧倒し、捩じ伏せようとするような、精神的な暴威がそこかしこに込められているのです。

 さりげない演出効果の積み重ねによるものですので、多くの方は意識することもなく、気付くよりも早く心を絡め取られることでしょう。

 個々は些細なものですが……最終的には互いに増幅し合う形で、この場に足を踏み入れた者の心を屈服させる。

 恐らく、信仰も利用しておりますわね。根深く信仰心を植え付けられた者である程、教え込まれた『教え』に訴えかける作用があるようです。

 自覚する前に、容易に心を支配される。


「……本当に、『巧み』な空間ですこと」


 狙っての心理効果は、今も昔も変わらずに作用しているのでしょう。

 大聖堂に足を運ぶ前までは騒然としていた各国のお歴々が、この場では厳粛な空間に呑まれて等しく整然と頭を垂れていらっしゃるのですもの。


 わたくしは頭を下げるつもりなどありませんが。

 

 これは、決戦の場としては分の悪い場所を選んでしまったのかもしれません。

 足を運んだことで、地の利の不利を頭では理解しているつもりでも、実感してはいなかったのだと気付かせられてしまいました。

 彼らは、『信仰』を掴まれている。

 この場を支配する者に、否応なく精神面で大きな物を握られているのだと……目の前にした人々の様子にハッキリと思い知らされてしまったのです。

 洗脳されていると言っても構いません。

 相手に有利な場で勝負をしようだなどと……わたくしの甘さを突き付けられる思いです。


 それはそれとして。

 彼らは頭を下げた姿勢のまま、微動だにせず待ち続けるおつもりなのでしょうか。

 祭典の進行に、何らかの動きがあるまで?

 もしや、祭典を執り行う主催者である、『教主国』のトップが足を運ばれるまで殊勝に頭を下げ続けるおつもりなのでしょうか。

 ……姿勢として苦しい物があると思うのですけれど、皆様は構いませんの?

 わたくしは特に敬う理由も御座いませんし、まだ難しいことを把握しろと申されても無理のある子供ですもの。

 子供に、他に追従する必要はありませんわ。

 頭を垂れて御来場を待つ必要もありません。

 このまま頭を上げたまま充分なところまで祭典が進むのを待つつもりでおります。


 ですが、残念なことに。

 わたくしの立てた計画……思惑は、望んだ通りの展開を得ることが叶いませんでした。


 予想外の方向から、『教主国』に先手を打たれてしまったのです。



 わたくしはある程度祭典が進行し、人々の意識が集まったところで弾劾の声をあげるつもりでおりました。

 ですが、機先を制するということは、何事においても一定の有効性を持ちます。

 今回も、同様に言えますでしょう。

 わたくしは、もっと早くに行動に出るべきだったのです。


 相手に、何らかの行動を取らせる余地を残すべきではありませんでした。


 祭典の始まりをようよう告げようと、するかのように。

 いえ、誰もが祭典の開催を宣言する為に、彼の方は檀上にお出でになられたのだと、そう思いました。

 ですが。

 崇高という言葉を具現化させようとして設計されたのだと窺える、この場で最も神聖な雰囲気を有する場……人々の注目を集める、祭壇の前にて。

 たっぷりと絹布を贅沢に使った、白い祭礼服の老人はゆるゆるとした足取りで人々の前に現れました。

 そして祭典の始まりではなく、一点を……わたくしの方をご覧になられて、仰ったのです。


「我々は、皆に告げねばならぬ。そう……神の託宣があったことを」


 あら? 何か世迷言を仰い始めましたわよ?

 わたくしの顔が、怪訝な物となります。

 ですが当方の戸惑いなど、遠い檀上に伝わる筈もなく。

 老人は、気真面目な顔で……世迷言を続けたのです。


「――御列席の皆に、喜びを以てこの事を告げましょう。いま、この場に、現代に蘇った聖女様がおられる。託宣の下に神の祝福を受け、いま我らに、救いをもたらす為に……」


 いきなり何を、と。

 わたくし達はぎょっとして、戸惑いにさざめきながら司祭の御1人らしき老人に注目を傾けてしまいます。

 ですが、これも宗教観の違いによるものでしょうか。

 

 この広い式典の会場の中。

 『教主国』の教えを奉ずる……他国から列席された使節団の方々や、この場に同席できる程に『教主国』の中で地位を得ておられる方々の反応は、我々とは違ったのです。

 我々……ウェズライン王国の、異なる宗教を信じる者達とは。


 彼らの反応は、一言に纏めれば……こう評することが出来ました。


 ――熱狂的、と。


 聖女のなんたるかも、役職が形骸化して久しい現代となっては、民間に広く正確に伝わってなどいないことでしょう。

 『聖女』という言葉の印象だけで、本質を極め付けている節もある筈です。

 ですが聖女は長く空位であり続けた、尊き位……現世に現れる、生きた聖人を意味します。

 例え本質を理解していなかろうと、信仰の厚さに個人差があるように、聖女を有難がる気持ちにも個人差があったとしても。

 

 『教祖』の冥福を祈る一大祭典の日に、聖女発見の報を聞く。

 それだけで、彼らの意気を高め上げ……理性を侵略して暴走させるには、充分だったのです。


 ざわざわ、と。

 彼らのざわめきは次第に大きくなり……司祭のいる前ですのに、貴賓席にいるわたくしの元までも信者達の興奮に満ちた声が届いてきました。


「聖女……? 聖女様、だと?」

「なんと有難い、おめでたい……」

「おお、我らをお救いになる為に降臨なされるとは」

「言い伝えの通り、きっと慈悲深き御方なのだろう」

「聖女様……」


「この場においでになるのだろう? 聖女様は何処」

「そうだ、どこにいらっしゃるんだ」

「この後、お出でになるのか? それとも誰か隠しているのか」

「聖女様は、聖女様は」

「一体どこにいらっしゃるんだ。勿体ぶらずに出てきて下さらないのか」


 …………この場に列席している、『教主国』の方々の殆どはどうやら真面目に信仰に仕える聖職者のようですわね。

 司祭の言葉の裏を疑う者など、1人もおりません。

 疑うどころか、早く聖女の姿を明らかにしてほしいと、眼前に降臨してほしいと熱望する声が次第に高まっていきます。


「……危険、ですわね」

「ああ、まずいな」


 わたくしと同じ想像をしたのでしょう。

 ピートが、露骨に顔をしかめて騒然とする『教主国』の方々を見ております。

 

 こうして見ていても明らかなのですが。

 彼らは、ただ純粋に信仰に生きているだけ。

 自らの信じるものに隠された側面や裏の有る無しを疑うこともなく……本当に、心の底から『神』とやらを信じているだけなのです。

 そして地上に置いて『神』に近しい至尊の位とされる、聖人や聖女といった特別な方々への敬愛を過剰に熱くしているだけ。

 これが『教主国』の重んじる『白』という色程に、黒とは無縁であれば良かったのですが。


 ……あの宣言に、どのような意図があるのか。

 わたくしは遅れを取ってしまったのやもしれません。

 何らかの思うところが含まれているのは明らかです。


 何故なら『聖女』として信者達の上に立つよう、要請を受けているのはミレーゼ・エルレイク(わたくし)なのですもの。


 聖女を求める声を扇動し……これは、ミレーゼ・エルレイクを強引に聖女の位へと引き上げる為の画策でしょうか。

 現在『副使』ミレーゼ・エルレイクの席には、わたくしに扮した『始王祖(女装)』様が代わりに座しているのですけれど。

 ……これが『ミレーゼ・エルレイク』を強引に聖女の位へと押し上げようとしての動きだとしても、相手はわたくしに見せかけた『始王祖』様……生半可な手段で彼の方をどうにか出来るとお思いにならないことです。あの方々は『ミレーゼ・エルレイク』の正体など御存知ありませんけれど。

 『始王祖(女装)』様がどう出られるか少々不安はありますが、信じるしかありません。

 言い逃れに成功しても、失敗しても……どちらの道も『ミレーゼ・エルレイク』の名に幾許かの傷が付く恐れはありますが、『始王祖』様が矢面に立っていて下さる限り、わたくし本体に実害は出ません。 

 全てをこの手に握って溢さずにいることは、こうなっては困難という他にありません。

 名よりも実を取ることに心苦しさを感じますが、何より、自分の命を優先して動くことが現在では最善と信z……


 この時、わたくしはきっと油断していたのでしょう。

 己の打った手を、過信し過ぎていたとも言えます。

 相手が形振り構わなくなった時、どのような事態があり得るか……わたくしは、もっとよく考えておくべきでした。


 わたくしの緩んだ思考を、張り飛ばすような衝撃と共に。

 檀上の老司祭はわたくしの……『始王祖(ミレーゼ)』ではなく『わたくし(ミケーネ)』の顔を確と見詰めてはっきりとした御声で宣言なさったのです。


「――あれなる娘御……ウェズライン王国よりいらした貴族の女人『ミケーネ・ティリンス』様こそ我らに光をもたらす聖女様の再来! 我らを救いに生まれた御方……その真なる目覚めを促すが為、今こそ我らの手で在るべき本来の居場所へとお運びするのです!」


 司祭の言葉は、ざわめく方々の声を退けて響き渡り。


 彼の声を耳にして、わたくし達は真顔で動きを止めました。


 ――『ミケーネ・ティリンス』

 司祭が告げた名は『教主国』に置けるわたくしの、偽名で。

 ……で、あればこそ。

 いま、名指しで指定されたのは……この場に『ミケーネ・ティリンス』として同席している、この『わたくし』で。


 会場内にひしめいていた、数えきれない『教主国』の教えを信じる方々。

 彼らの穢れなく真っ直ぐな……真っ直ぐ過ぎる、純粋な光に満ちた、眼差しが。

 1つとして逸れることなく、司祭に示された『わたくし』に、殺到した。


「「「………………」」」


 誰もが無言で、何も発せず。

 些細な動作すらも躊躇われ、直立不動のまま。

 ぎこちない表情で、わたくし達は互いの顔を見合わせました。

 これだけの注目を受けては……視線から、逃れる術などありません。

 しまった、と、アレン様が両手に顔を伏せて項垂れます。

 オスカー様は無駄に逃げ場を捜されておいでですが、逃げ場など当然ながら近くに存在する筈もなく。


「っ此方の動きを、読まれていたということですの?」

「やられた……。観念するんじゃねえぞ、みr……ミケーネ。何か手を考えろ」

「年少者のわたくしにばかり案を求めないでいただけます……?」


 途方に暮れる訳には、参りませんのに。

 想定していなかった展開を前に、わたくしの思考回路は一瞬真っ白になってしまいました。


 ……不覚にも先手を打たれてしまった、と。

 不甲斐無いことですが、わたくしは認めるより他にないようです。







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