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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
破滅の宴編
173/210

その頃、ギルは遠地で救い主に出会い 2




 鉄の柵に隔てられ、里という名目の檻に閉じ込められる『贄の民』。

 彼らの姿を世間の目から隠し続ける鉄の檻には、『力』があった。

 閉じ込めた者達の存在を、隠蔽するという『力』が――。


「はっきり言うと、あの邪龍に未だ彼らが見つからずに済んでいるのは、あの『鉄柵』のお陰よ」

 

 魔女さんは、里をぐるりと取り囲む柵のお陰だという。

 あの柵が閉じ込めた者達の存在を覆い隠しているからこそ、未だ彼らは邪龍の襲撃を免れているのだと。

 だが邪龍は魔女やギルと最初に対峙した折、『贄の民』の壮年男性――バグボルトの身を回収している。

 腕をはじめとする部位の欠損、出血量夥しく。

 既に致命傷といっても過言ではない重体だったが、強い力を持つ邪悪な存在……あの龍を前にしては、半死半生だろうが死んでいようが関係はないという。

 最低限の情報は、既に引きずり出されていると見て良い。

 その証拠に、という訳ではないが。

 既にギル達はこの一ヶ月の間……何度も、それこそ何度もあの邪龍の姿を目撃している。

 準備が整わぬ内は戦っても勝ち目はないと、姿に気付いた時点で退かざるを得ないと、いつも撤退していた。

 最後に邪龍を目撃したのは、それほど前のことではない。

 この森の近辺で、既に何度も。


 相手が油断ならない、遥か格上だからこそ。

 対決には万難を排して挑まなくてはならない。

 邪龍と競り合う為だけに、一か月という時間を要して精霊から力を借り受けてきた。

 人外に相対するには、人外の力を得なければならない。

 そうとまでして、邪龍に立ち向かわなければならなかった。


 どちらも欲するモノは同じ。

 それに邪龍を放っておけば……いずれは、ミレーゼ様の前に立ちはだかる。その未来を予期しておいて何もしなかったとなれば、どんな叱責を受けることか。

 だからこそ、邪龍はここで止める。その覚悟で。


 そして時は、もう目前だ。


 どちらが先に『贄の民』を確保するのか。

 彼らの身柄を鉄柵より外に出せば、邪龍にたちまちその存在を感知されるだろう。

 嗅ぎつけて向かってきたが、最後……争いは免れない。


「里のすぐ近くで準備できたら良かったんだけど……岩山ばかりで大地を水平に保てない。地形ががったがただから安定しないのよね」


 溜息交じりに、魔女さんが零す。

 その手にあるのは魔法の杖。

 魔女さんは、平らに均された地面……森の外の地面に、大きく。

 二重に重ねて描いた円の中に、不思議な図形が重なり合って生み出された幾何学模様を描き出している。

 好きな人はとっても大好きな、浪漫の結晶……魔法陣だ。


「この陣を発動させたら、アロイヒの妹が指定したって場所に一瞬で人々を運べるわ。だけど発動は1度きり……里の人間全員を、この陣の上に連れて来なきゃいけない。それまで邪龍を相手に持ち堪えられる?」

「それがやるべきことなら……お嬢様の命を遂行する為なら何としてでも!」

「……いつも思うんだけど、ギル。アンタ『エルレイク家』に洗脳されてない?」

「失礼ですね、魔女さんてば!」


 他の面々は、今までのギルの言動を思い出して当然の疑惑だと思ったが、それはさておき。

 戦闘員の揃った『精霊騎士』達は、ほとんどが既に戦う覚悟を決めていた。

 エラル以外。


「あの、何度も言うけどね? 私は文官なんだけど。非戦闘員なんだけど……」

「大丈夫よ、アンタに戦いは望んでないから。『精霊の騎士』は国防の要として建国からずっと結界を張り続けている精霊達の力を貸し与えられた存在なのよ? アンタ達が5人揃えば、国を守っているのと同じ結界の簡易版を行使できるのよ! 結界で邪龍イーヴァル・ヴィンタールスクを閉じ込め、封じる。その間に『贄の民』であるタリッサさんが里の人達の避難誘導をして、ついでに掻っ攫う」

 

 完璧だわ、と鼻息荒く宣言する魔女さん。

 しかしその計画には、神秘に程遠い堅実な生活を営んできたエラルは不安しか感じない。

 そんなに上手く行くのだろうか?

 誰もが思っていたが、エラルの疑心はより一層強かった。



 森の監視を行う神官兵達の心を完膚なきまでにべっきぼっきとへし折って。

 異様な活躍を見せたアンドレとジャスティも合流し、一同は森へと踏み入った。

 結界を張る、つまりは邪龍と対峙する場所にも既に目は付けてある。

 用意が整って、後。


 『精霊の騎士』達と邪悪なる龍は、互いに潰し合うようにして争うこととなる。


 魔女さんが推測していた通り、龍の出現はすぐだった。

 里から連れ出した民の1人目が、柵から離れて50mと行かない内に。

 空に、龍の咆哮が轟いた。

 あまりの迫力と、声量がもたらす衝撃に、タリッサと彼女に率いられた民人が転倒する。立っていられずにへたり込んだ、その眼前に。

 漆黒の靄を身に纏い、輪郭さえ朧なナニかが……魔女さん曰く『邪龍』と呼ばれた存在が舞い降りる。

 まるで、地上に君臨するように。


「――今よ!」


 木陰に隠れたまま、目の前に現れた龍の威容に木に縋りついて立ち竦んでいた青年達へと。

 鼓舞するように、魔女さんの声が飛ぶ。

 我に返っていち早く飛び出したのは、アンドレ。

 筋肉の鎧に覆われた大柄な体からは予想もつかないほどの俊敏な動きで、野生を感じさせる素早さで。

 アンドレは、龍の背後から回り込む。

 それぞればらばらに隠れていた『精霊騎士』達は、アンドレの動きにつられるようにして……あらかじめ打ち合わせてあった通りの立ち位置へと駆け込んでいく。

 等間隔に、5人の男達が龍を取り囲んだ。

 相手に息を吐く間など与えてはならない。

 魔女さんの号令が、男達に飛ぶ。


「さあ、結界を張るのよ……!」


 だが、ここで。

 時間がなかったせいで、半ばぶっつけ本番だったが為に。

 結界を張る当人達から疑問の声が発生した。


「「「どうやって!?」」」


 まず先に、そこから説明しておこうよ。魔女さん。


 しまった、と頭を抱えて。

 魔女さんが頭を抱えて呻いた。

 呻きながらも、何とか指示を出そうと頑張っている。


「え、えーとね? 念じなさい。結界を張るのは思念の力よ、だから念じるのよ! この地に留め、決して此処から先へは通すまいって」

「無茶言わないで下さいって魔女さん。俺なんて超常現象とは無縁な一般人なんすから、不思議なことはいきなり言われても……」

「嘘を吐くなー! お前はあの阿呆に生まれた時から臣従の誓いを立てちゃってるんだろ!? 乳兄弟として一緒に育ったんだろ! それで不思議や超常現象とは無縁とか何を言う!」

「エラルの言うとーりだぞ、てめぇ。あの存在そのものが不思議の塊と常時一緒に居て不慣れとか言ってんじゃねーよ!」


 自分はまともな一般人とぬかしたギルに、他の『精霊の騎士』達から一斉にブーイングが殺到した。余裕である。強敵を前にして何をしているというのか。

 魔女さんはますます頭痛が酷くなるのを感じながら、更に言葉を重ねる。


「えーと、口では何か空々しいこと言ってるけど、ギルとロビンは現時点で完璧よ。あと何故かアンドレも。だけどジャスティとエラル! アンタ達2人は全然張れてないじゃない! このままじゃ結界も不完全なままよ……!」


 魔女さんの言葉通り、邪龍は結界を張ろうとする『精霊の騎士』達に煩わしげな顔を向けるものの、行動の制限はかかっていないようだ。

 鬱陶しいとの言葉を口にすることもなく、ただ動作で『煩わしいもの』を排除しようとした。

 黒い靄の向こうから、全方位に向けて放たれた衝撃波。

 『騎士』達を庇い、魔女さんはそれを1人で抑え込もうとするが……抑え込めるはずもなく。

 吹っ飛ばされそうになりながら、更に彼女は大きな声で叫んだ。


「上手く念じられないって言うんなら、発想を変えなさい! ジャスティ、エラル、アンタ達はアロイヒの学友だったんでしょ!? だったら……アイツを ア ロ イ ヒ だ と 思 う の よ !

やらかしちゃった直後のアロイヒだって! そう思ったら、ここから逃がす訳にはいかないんじゃない!?」


 魔女さんの声が、四方に届くや否や。

 邪龍を囲んで5つの方向に散っていた『精霊騎士』達の間に光の線が走り、張り巡らされていく。

 光は自然と星の形に似た図形を成して更に強い輝きを発する。



 瞬く間に、結界が完成した。



「………………えらく堅固な結界ね」


 あっさりと完成した結界は、魔女さんの想定以上に強いモノだった。

 邪龍の全身を、光の帯が絡め取ろうとしている。

 拘束してやろうという念が強過ぎたが故に、結界壁から邪龍へと向けて無数の光が伸びていた。


『なんだ、これは……このような小癪な術、すぐに振り切って……!』


 全身に巻きついてくる光の帯を、漆黒が食い荒らそうと靄の奥から挑みかかる。

 しかし拘束はまるで鳥もちのような粘着性を発揮し、漆黒と絡まりあって締め付けを強めていった。

 食い千切ろうとした口にも、引き千切ろうとした龍の腕にも。

 光はしつこく絡みついていく。

 邪龍の纏う漆黒が集中して光を呑みこめば、束縛の一部も消失するが……時間をかける間に、他の部位を抑える光が強まっていく。

 どちらの力が先に潰えるか、まるで食い合い、潰し合うように。


「この結界は、ウェズライン王国を守る結界の簡易版……元を辿れば、『始王祖』が配下である精霊達を要に配し、自分の力を注いで強化した結界の力を引き継いでいる。邪龍よりも格上の『始王祖』が僅かなりと力を託した結界よ。アンタでも簡単には破れない!」

『く……っ エルレイクの力か! だがそれも微弱……っ時間さえかければ、こんなもの!』

「その時間をかけている間に、こっちも動くのよ!」


 魔女が合図を送り、『贄の民』に行動を促す。

 彼らは拘束された邪龍に恐る恐ると視線を向けたが……やがて、思い切って行動に出る。

 駆け足で、里の門から飛び出し。

 前もって指示されていた方向を目指して走り出した。

 

 だが、いくら拘束されていようとも。

 龍がそれを黙って見ているだろうか。


『下僕共よ、奴らを逃がすな! せめて幼女の1人なりと……捕まえろ!』


 龍は己を縛る拘束に忌々しげな視線を送りながら。

 大好きなお友達のエルレイクさんに持って行くお土産を優先した。


 邪龍の言葉を受けて、地中から黒い靄が吹き出し……

 異形の黒い騎士が、現れる。


 異様な黒騎士の出現、そしてその接近に。

 『贄の民』の間に動揺が走る。

 身近にいる(・・)というだけで感じる怖気。

 原型を残しながらも人間からかけ離れた姿に、人格を失った果ての狂気。

 これ(・・)が人間のなれの果てであることを、本能で察して……無力な人々は、怯えて立ちすくむ。

 かつてこの騎士に散々にやられ、磔にされた経験のあるタリッサもまた、心の奥底に残る恐怖に縛られた足を止めた。


 『精霊騎士』達は、動けない。

 邪龍を封じる結界を維持する為に、その場を離れられないのだ。

 もしも邪龍が結界破壊を優先するのであれば、黒騎士に『精霊の騎士』達への危害を命じていただろう。

 魔女さんの妨害はあっただろうが、再生能力の高い黒騎士であればやがては魔女さんの魔法を超えて騎士達に被害をもたらした筈だ。

 だが、それには時間がかかる。

 その間に、『お土産』に逃げられては元も子もないのだ。邪龍的に。


 だから、結界の破壊は自力で何とかすることにして。

 邪龍は黒騎士に『贄の民』の、特に幼女を捕まえる様に命令した。


 邪龍の傀儡、黒騎士は命令に忠実に動き出す。

 化け物と成り果てた体を引きずり、手段を問わずに。


 そうはさせまいと、魔女さんが黒騎士に躍りかかった。

 手に確りと握った杖を、全力でフルスイング。

 狙いは、黒騎士の首。

 今はちゃんとくっついているように見えるが、魔女さんは忘れていなかった。

 あの首は、1度ギルにかっ飛ばされている。

 くっついたように見えても、接続は甘い筈だ。


 そして魔女さんの推測は大当たりでした。


 固い杖で、思いっきり殴られて。

 黒騎士の首が飛んだ。

 高く、高く、屋根より高く飛んだ。

 無害そうな少女の外見を持つ魔女が、吹っ飛ばした。

 その衝撃映像に、黒騎士に怯えていた『贄の民』のか弱い女子供が恐怖の悲鳴を上げる。


 だが黒騎士は、首を飛ばしても止まらない。

 首とさよならしてしまった胴体が、何事もなかったかのように平然と歩みを進める。

 そのことにもまた、子供達の悲鳴が上がった。

 何という恐怖体験、トラウマに残らねば良いのですが。


 何のダメージも受けていなさそうな黒騎士の様子に、魔女さんの舌打ちが響いた。

 杖をぎゅぎゅっと握り直しながら、足止めを狙って火の球を放つ。

 相手がアンデットの類であれば、火の浄化は効果が高い。

 しかし狙いに反して、黒騎士の表面を覆っている黒い結晶が炎を弾き飛ばしてしまった。

 火の球を受けてなお、平然と歩みを進めるその姿。

 黒い結晶体を剥がさない限り、攻撃してもまともに効果は出ないことが知れた。

 まともに相対すれば、消耗戦の果てに魔女さんも膝をつくこととなるだろう。


 だが時間を稼げば目的は達せられる。

 止まらない黒騎士の姿に、魔女さんだけでは時間稼ぎですらまともに出来るか不確定だ。

 ならば、なるべく早く目的を達せられるよう……迅速な行動を促す他にない。

 動けずにいる『贄の民』に、魔女さんは叱咤の声を張り上げた。


「私がこいつの相手をしてる間に……今の内に、里の人達を、アンタの同胞達を逃がしなさい! はやく!!」


 竦んでいた身体に、魔女の声は沁み入って。

 突き動かされるように、一歩、二歩。

 足が動き始めれば、後は簡単だった。

 この場から脱する、逃げる、退避する。

 それは恐ろしい敵を前にした、生物の本能。

 タリッサは気丈に顔を上げ、仲間達の手を引き、背を押して走る。

 ミレーゼ様に授かった使命の行方は、タリッサに託された。

 


 


「シリアスさん、最近がんばってるね」

「あ、カオス君! うん、最近調子良いんだ。このまま最後まで頑張れたら良いんだけど……」

「そっか……ねえ、シリアスさん」

「うん? どうしたの、カオス君。そんな、真剣な顔で」

「君に、残念なお知らせがあるんだ」

「え……っ?」

「次回……次回はね、シリアスさん」

「カオス君? じ、次回が、どうしたの……っ?」

「次回は…………どうやら、僕が本気で出張る時が来ちゃったみたいなんだ」

「えっ!? そ、そんな……!?」



次回、あの人が出ます。


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