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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
破滅の宴編
171/210

敵地ですもの、主力を率いて参りますわ




 『教主国』……一般にその名で知られる国は、大陸全土に真っ白なイメージで印象が定着しているとお聞きしたことがあります。

 実際に足を運び、わたくしも深く納得致しました。

 宗教的な意味合いで『白』なのかと、安易に考えていたのですけれど。

 どうやら宗教色の外に、もっと安直な理由が内在していたようです。


 『教主国』は、自然物以外が一面真っ白な国でした。

 

 立ち並ぶ家々は白き漆喰で身を染めて、通りを舗装する煉瓦はどのような手法で作られたものなのか……間近で見れば一般的な赤煉瓦と変わりなく見えますのに、陽光を浴びると白く光りを照り返します。

 まあ、なんて。

 なんて……眩しい街並みでしょう。


「っていうか目に痛いわよね」

「レナお姉様、わたくしが折角言葉を濁しましたのに」

「ねえしゃまー……おめめ、ちかちかぁ。いたいぃ」

「まあ、クレイ! 目が痛いの? 姉様がすぐに何とかしてあげますわ」

「待って。君、何する気?」

「光を照り返す特質上、特に眩しい道々の煉瓦を砕かせて回りましたら、目の痛みも軽減しそうなものではありませんこと?」

「治安維持部隊に捕まんぞ、おい」


 呆れたような物言いで、ピートがわたくしの肩を掴みます。

 この手は何ですの?

 わたくしの行動を、抑止するおつもりですの?

 ……常であれば貴族の子女に対して不作法な、と。

 ピートの行動を堂々と咎めて謝罪の1つも引き出すところなのですけれど……。

 

「……今のわたくしの立場では、ピートを退けることすら出来かねますのね」

「人が歩きだす時間になれば、道の煉瓦も人並みに遮られて少しマシになるよ。それまでの我慢だろう、『ミケーネ(・・ ・)』」

「アレン様のお言葉通りになればよろしいのですけど」


 苦笑を深め、肩を竦めて。

 わたくしを宥めるように、アレン様は声を繰り返しました。


「今の君は、目立っちゃ駄目なんだよね? ね、『ミケーネ』」


 『教主国』の祭典を数日後に控えた、この日。

 わたくしを含めたウェズライン王国からの使節団は『教主国』の首都へと到着いたしました。

 使節の代表たる正使には、国からの敬意を示して第1王子殿下が自ら名を連ねておいでです。

 そして正使に次ぐ立場であるべき副使の名には、わたくし……『ミレーゼ・エルレイク』の名が堂々と掲げられました。

 勿論、わたくしの名前だけが。

 8歳の幼い貴族令嬢に、正式な外交使節としての実務を求める者はおりません。

 わたくしはただ『教主国』から待望されている者として、友好を深める為に公的な立場を与えられて使節に同行しているだけ……と認識されておりました。

 わたくしが何を狙っているのかなど、エルレイクの令嬢といえども所詮は8歳児よ、と侮ってかかっていらっしゃる大人の方々には想像も及んではいないようです。

 副使自体、わたくしの他にも2名がおりますものね。

 使節団の副責任者としての立場と義務と権力は、実質そちらの2名が担当されておいでで、わたくしには実権など皆無と言っても構わないでしょう。

 ……副使の身分は正式にいただいたものですから、いざとなれば『副使』の肩書を掲げて自らの意を通すだけの心積もりはありますけれど。

 大人の方々は「子供である」というだけで侮って下さいますので、人目を欺きたい場合には好都合です。

 時と場合によっては8歳児の無力さに歯痒い思いをすることもありますけれど、今回は事を起こすまで精々侮っていただきましょう。

 警戒されて、行動を阻まれ、計画を阻止されては堪りませんもの。


 今回の使節団派遣に際して、わたくしの同行は個人の意志が介在したものではなく、『教主国』と友好を図りたい国としての思惑によるもの……と、皆様はお思いになっていらっしゃるようです。

 わたくしが、さりげなく思考を誘導した結果ですけれど。

 ですがわたくしの立場は国の上層部に形骸的なものながら大任を押し付けられた幼女、と印象付けることが出来ました。

 加えてわたくしは先頃、両親を亡くしたばかりの寄る辺なき身でございます。

 使節団の方々や、使節団の派遣に関わった方々が自ずと同情して下さるのも無理のないことでした。

 結果として、わたくしの待遇は悪くありません。

 王妃様の縁者ということもあり、とても気を遣っていただいております。

 どのくらい気を遣っていただいているのか、ということはわたくしの為に考慮された随行員の人数でも明らかです。

 ええ、幼い子供だということを考慮して下さったのでしょう。

 唯一の身内である弟に関しましては、わたくし自らごり押しした結果、同伴を認めていただけました。ですから共にいることも当然として。


 お世話係が、5名。

 レナお姉様と、ミモザ。そして『教主国』を糾弾する際に欠かせない証人としてアンリを登用致しました。他はティタニスと『青いランタン』からピートが選出した人員を紛れ込ませてあります。


 次に遊び(はなし)相手として同年代の子供が3名。

 こちらにはアレン様とオスカー様を当てました。


 更には子供の我儘対応係として、雑用係3名にピートとセルカ、セルマー。


 追加で『教主国』側の立場から世話役を1人、と通達もありました。

 ウェズライン王国にある『教主国』の施設から年若い修道女が1名派遣されてきたのですが……今、わたくしの隣には修道服を着たフィニア・フィニーが何食わぬ顔で過ごしております。

 ……ええ、入れ替わり済みです。

 フィニア・フィニーはウェズライン王国の女子修道院で生まれ育った経歴上、入れ替わりに対して不便を感じることなく容易に溶け込みました。

 本物の修道女が今どうしているのかは、教えていただいていませんので存じません。


 これらの人員(潜伏中の身内)で固められた集団の中に身を置いているのです。勿論、こうなるように裏から手を回した結果ではありますが……これだけ良く知る面々に囲まれれば、わたくしも安心することが出来ます。

 わたくしの認知外のことですけれど、人知れず影ながらルッコラ及び彼の率いる『青いランタン』の有能な方々が、わたくし達の側近くに潜んでいらっしゃるそうです。

 一体、どこに。

 どのような手段で以て。

 どうやって潜んでいるのかは聞かぬが花でございましょう。

 ……ええ、追及する気はありません。


「おい、『ミケーネ』。『始王s…………ミレーゼ(・・ ・)がお行儀悪いことになってんぞ』

「あら……まあ! ミレーゼ(・・ ・)様? 裾をからげてはなりません。足を見せるなど、はしたないことですわ!」

「……何故に?」

「人の世の慣習ですわ。淑女は足を露出致しませんのよ」


 副使として幼いながらに華美な正装を整えられ、着飾った身形で。

 ですが不可解そうな眼差しで我が身を見下ろし、どことなく不満そうな無表情で。

 畏まった少女の礼装を身に纏った『始王祖(ミレーゼ)』様が、どこか困った風にわたくしへと問いかけていらっしゃいました。


「これは裾を短くする必要があるのではないか? この身体は足が短い故、布が纏わりつくと不便でならぬ」

「……『ミレーゼ』様、令嬢としての言葉遣いを覚えていただくことはもう既に諦めましたけれど、せめて奇異な言動は控えていただけませんかしら。わたくしの名誉にかかわります」

「では、そなたが本来あるべき姿のままに過ごせば良かろうに」

「わたくしのままであることに身の危険を感じているのだと、申し上げませんでしたかしら? わたくしの側にあり、有事の際にはお力添えいただけるのでしょう? でしたらわたくしの替え玉1つ、快く引き受けて下さいませ」


 このことに、有無を言わせるつもりはありません。

 わたくしのことを狙う何者かの存在は推測が進んでいるとはいえ、全貌はまだまだ判然としていないのです。

 どこから、どのような形で、どのような結果を意図して狙われているのかも不明な点が多く存在します。

 このような状況で、何の対策も立てずに敵地へ足を運べましょうか。

 せめて最低限の自衛として、替え玉を立てねば動きようがありません。


 そして都合の良いことに。

 手近に丁度わたくしと背格好の良く似た……むしろ瓜二つの外見をお持ちの、暇そうな方がおひとり。

 折角、わたくしと双子と見紛うようなお姿をされているのですもの。

 活用しない手はありませんわよね?

 わたくしは使える手段()は惜しまない主義ですのよ?


 故に。

 暫くの間は、『始王祖』様が『ミレーゼ・エルレイク』です。


 是非、わたくしの代わりに来たるべき時まで矢面に立ち、わたくしにかかる危難を打ち払って下さいませ。

 わたくしは『ミレーゼ』よりは少々自由度の高い立場に身を潜め、名乗りを上げるべき時を待ちます。

 今のわたくしはクレイの子守役兼、『ミレーゼ』の遊び(はなし)相手の1人。

 遠縁の貴族の娘という触れ込みの、実在しない少女。


 ミケーネ・ティリンス、それが今のわたくしの偽名()です。


「そんで、ミレーゼ? 『祭』もいよいよ数日後ってとこになったが……当日の実際の動きについては? 実際の会場を今日は下見してきたんだろ。なんか変更点とかねぇか、最終確認しとこうぜ」

「最終確認……そうですわね。わたくしの方から1つ、懸念材料がございます」

「懸念材料、だと?」

「ギルからの連絡が、まだありませんの」

「あー……」


 どうしようもない、と仰るかのように。

 ピートが天を仰ぎます。

 わたくしも内心では天を仰ぎたい気持ちが溢れておりました。


 数か月前、亡き父母の亡骸を探索するように任せれば……何故かお父様やお母様の棺ではなく、ウェズライン王国内部にいた『教主国』との内通者や『教主国』の工作員として動いていた『贄の民』に関する有力情報を掴んできたギル。

 あの、わたくしがお願いしたお使いとは別の内容ですわよ?……と、無碍には出来ないだけの価値がギルの『お土産』にはありました。

 特に『教主国』の我が国、我がエルレイク領への暴挙を証し立てるには、『教主国』と『贄の民』の関与を明らかにせねばなりませんもの。

 本来のお願いとは異なったとしても、重要な案件であることは確かです。

 ですので、お父様やお母様のことを思えば胸が引き絞られる思いがしましたけれど。

 ギルには急遽、新たに得た情報に関する方面へと情報収集の手を伸ばしていただくことにしたのです。


 ギルの仕事に進展がある度、情報をやり取り致しました。

 ルッコラのきt……『犬(?)』を介して。

 進展は目覚ましく、方向転換を決めて良かったと思った程です。

 今は暗躍の最終段階として、『贄の民』を此方側に確h……保護する為、彼らの隠れ里に向かっているところ……の筈なのですが。

 最後の連絡から既に幾日か過ぎますけれど、未だ任務達成の知らせはありません。

 予定の段階では、今日には既に彼らの身柄を確保出来ていた筈でした。

 焦っても仕方のないことではありますが……『教主国』の糾弾を開始するまでには、『贄の民』生どr……保護の報せがほしいところなのですけれど。


 欲しい知らせが遅れれば、これ程に気が急くものなのですね。

 『贄の民』の保護と、お父様方のご遺体の発見。

 これら2つの報せが得られれば、最早気兼ねはありませんのに。

 お父様とお母様に関しては……『教主国』に運ばれた可能性が否めませんので、此度の滞在中に密かにルッコラが『教主国』の内部深く探ってくる予定です。

 ついでに見過ごせないモノがあれば、どんどん回収してくるようにお願いしてあります。

 きっと『教主国』の足下を掬えるような情報や物証がたくさん手に入ることでしょう。

 出所を申せなければ証拠能力も疑わしくなりますが、証拠としては使えなくとも脅迫材料には出来るかもしれませんもの。

 裏を取っておいてから調べる、という方法もありますものね。

 

 仕事を頼んだ方々の能力に疑いはありません。

 彼らは必ずやわたくしのお願いを叶えてくれると信じております。

 他人を信じるのはとても気力のいることですが……『教主国』に復讐を果たす為であれば、わたくしの気力程度、根こそぎ使い果たしても惜しくなどありませんわ。





ミレーゼ様の偽名

 最初は「エリーゼ」にしようかと思ったのですが。

 頭の中にぽんっと出てきて「ミケーネ」という単語が居座るんですよね……きっと先々月くらいに見に行った、ギリシャ展の影響です。アルテミス神象、美人様だったなぁ。


 終わりが見えてきたかな、と思いながら気付けば一年……投稿のペースが遅いせいですね。年内に終わらせるのは難しそうです。

 このお話、ラスボス候補が複数なのも展開に悩む原因の一端。

 どれをラスボスにするかで、お話の結末が微妙に変わってしまいそうです。

 いや、結末はもう半ば固まってるんですけどね?

 ↓ ちなみにラスボス候補(候補の半数は冗談です)。


a.お兄様

b.教主国のトップ

c.邪龍

d.王妃様

e.邪精霊

f.ミレーゼ様

g.お父様



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