わたくしのお兄様の武勇伝(裏側の真実編)
今回はミレーゼがアレンの持つアロイヒ英雄像クラッシュに走ります。
「えーっと、さ………そうだ! アレのことはどう聞いてる?」
「アレとはどれのことですの?」
これ以上わたくしの意志に任せて話をさせても、似たような話ばかりになると察してのことでしょうか。アレン様は気まずそうに首を捻り、ご自分から話題を提供しようと言葉を繋いでおられます。
ですが明確な言葉が出てこないので質問を返しましたら、アレン様は一度呻かれた後、急にパッと明るい表情をなさったのです。
そして嬉しそうに、大体の相手に通じるだろう言葉を仰られました。
「ミゼヴィレハ高原の竜退治、だよ」
しかし首を傾げるわたくし。
そんなわたくしの反応を見て、アレン様が「え?」という顔をなさいました。
「まさか、知らない? ミゼヴィレハだよ、ミゼヴィレハ!」
「いえ、どこかで聞いた様な気はしますので、知ってはいると思うのですが…」
「アレだよ、学生キャンプ!」
「! ああ、わかりました。わたくしも確かに耳にしたことがございます」
「そ、そうか…でもそれじゃやっぱり詳しく話を聞くことはできないか…」
「わたくし自身は分かりませんけれど…兄の関係者から、話を聞いたことなら」
「それで良いよ! 俺にも教えてくれないか」
「構いませんけれど…アレン様がご存知のところを教えていただけませんか?
もしかしたら既にアレン様もご存知で、情報が重複するかもしれませんもの」
「そっか、わかった」
そう言って、うきうきと語り始めるアレン様。
本当に素直な方なのですね…物凄く、嬉しそうな笑顔。
見ているだけで、こちらまで嬉しい感情に引き込まれそうな笑顔です。
わたくしがそんなことを考えているとは、気付くこともないでしょうけれど。
アレン様はわたくしの兄の武勇伝を想像しているのでしょうか。
どこか夢見るような顔で、彼の語りは始まりました。
「王立学校の生徒達が夏のひと時、ミゼヴィレハ高原にキャンプに向かって…
そこに、竜が出たんだ。怯え、逃げ惑う学生達がもう駄目だと思った時――颯爽と駆けつけ、戦ったのはアロイヒ様!」
「駆けつけたも何も、お兄様もそのキャンプに参加していましたのよ?」
間。
アレン様が自分の世界からわたくしへと目を移し、一瞬固まったような。
ですが直ぐに思い直されたのでしょう。再び熱く語りだしました。
「みんなの逃げる時間を稼ぎ、たった1人で竜を倒したって!」
「ちなみに装備は包丁と割烹着、長靴だったそうですわ」
再び、間。
興奮のままに握った拳はそのままに、わたくしの顔を見て硬直されています。
わたくしも何となくじっと見つめてしまい、2人お互いの顔を見ていました。
どうやらアレン様は、対外向けの情報のさわり部分…
都合の悪い部分を削がれたお話しか知らないようです。
エラル様にお聞きにならなかったのでしょうか…現場にいたはずですのに。
「真相を、お話致しましょう」
こほんと1つ、咳払い。
わたくしは卓に着いた皆様のお顔を順に眺め、口調を改め真実を暴露します。
「王立学校は毎年、夏になると学年毎に分かれて野外宿泊訓練を行います」
その意義は学年生徒間の親睦と、いつか戦地等に出た際の為の宿泊訓練。
1週間かけて行われるそれは、学生達が楽しみにする行事の1つだそうです。
この訓練で学ぶことは野外で少しでも生き延びる術を学ぶこと。
そしてもう1つ。
貴族の子弟が殆どを占める、王立学校。
普段傅かれ、他人にお世話をしてもらうのが当然の者ばかり。
そういった者達を自分自身の力で頑張るしかない環境に連れ出すこと。
己のことを己でやることで、普段自分がどれだけ周囲に支えられているか。
そうやって支えてくれている者達への有難味を確認すること。
そうすることで下の者のことも考えられるように。
己が自分1人ではどれだけのことが出来ないか、知ることが出来るように。
貴族なんて、周囲の支えがなければ成立しない身分ですもの。
搾取できる側にいることで蔑ろにしているものは多いでしょう。
それらを知るという意味で、この宿泊訓練は素敵な行事だと思います。
確かに自分はこんなことも出来ないのかと吃驚するでしょうけれど。
当の学生達は、どちらかといえばお遊び感覚で楽しんでいるそうですが。
「当時、兄は17歳。エラル様と同学年になったばかりのことだそうです」
エラル様は入学から数ヶ月で5年分の学年を飛び級なさったそうです。
なのでエラル様には入学から初めての野外宿泊訓練だったとか。
最初の年にレアな幻獣に遭遇してしまわれるなんて…
運がよいのでしょうか、それとも悪いのでしょうか。
そうそう、余談ですが王立学校では飛び級が出来るのは5年までなのだとか。
実習等、体験学習の単位の関係上、それ以上は許可が下りないようですわね。
何らかの個人的な課外活動を実習単位に変換する裏技もあるそうですが…
エラル様がそれをお知りになったのは、卒業間際のことだったそうです。
そのため、エラル様は卒業まで兄と一緒だったそうですわ…。
一方の兄は学校が好きだったので飛び級を考えたことはなく、むしろ留年しようかと思ったことがあるそうです。しかし何が何でも兄を最短時間で卒業させると意気込む教師陣の妨害に遭い、留年できなかったと言っていましたわね…
………王立学校の先生方には、わたくしも頭の下がる思いです。
「野外宿泊訓練では、同じ教室の生徒同士で小規模な班を作り、1週間の命運を共にします。兄も勿論班の1員として作業分担による担当を割り当てられましたが…1年生から同じ時間を過ごしてきた班員も、そこは既に悟っていたのでしょう」
物資調達や、薪拾い。
1人でどこかに行かせたら、ふらふら何をするかわからない。
目を離せない兄で、申し訳ありません。
だからといって野営地の設営を任せれば、面白そうの一言で何をするか…
「結果、兄には炊事担当の使命が与えられました」
「す、炊事担当…!? え、侯爵家嫡男の手料理…?」
あら、アレン様とレナお姉様のお顔が引き攣っていますわね…。
確かに字面的に、とても食べられる代物には思えません。
王立学校に通うのは貴族が殆ど。
食べられる物を作れる人は滅多にいません。
ですので教師監督の下、皆で調理の仕方を学びながらの調理実習をやるとか。
事前に、そういう学習もするそうですけれど。
そうするうちに己の適正を見つけたり、得意料理を覚えたり。
毎年の宿泊訓練でも、年を重ねるごとに大体役目が固定化してくるので、高学年になると美味しい食事を作れる炊事担当者もいるとか。
ですが。
「兄は子供の頃から1人で山や森に出かけては野営を繰り返していました」
ひと、それを野生児と申します。
野営といいますか…ふらふらしていただけですわね。
ですが、そういった経験で培われたものもあったのです。
「おにーしゃま、にゃいにゃい! みょりにしゅんでるのー」
「…クレイ、お兄様は森に住んでいたのではありませんよ?」
「やまー?」
「いえ、お兄様は普段いなかっただけで、住まいはわたくし達と一緒…」
「うゅ???」
「いえ、何でもありませんわ」
どうやら兄は、弟に同居人と認識されていなかったようです。
まあ、それも仕方ありませんが…
兄はそれだけ頻繁に、家を空けてふらふらしていましたから。
そしてふらふらする内に、調理の仕方を独力で身につけました。
野宿を繰り返している内に、美味しい物を食べたくて試行錯誤したとのこと。
要は食い意地と順応性。
美味しくない木の実や肉を切ったり焼いたり煮たりしている内に、大雑把ながら調理の真似事が出来るようになったのです。
1人放っておくと、ナニを調理するかわからないという恐怖はありますが…
そのあたりの監督さえしていれば、普通に食べられる物が出来上がります。
だから、兄に与えられた使命は炊事係。
食事が絡めば変なことはしないだろうと推察したご学友は見事です。
宿泊訓練に初参加で勝手の分からないエラル様は、兄の監督係りになりました。
「そして、悲劇は起きたのです」
「ひ、悲劇………竜の来襲、だよな」
「そうでもあり、そうでもありません」
「? 意味が少しよく分からない」
「この事件に遭遇した関係者は、こう呼ぶそうです」
――『竜鍋事件』、と。
「りゅ、竜…鍋ぇ!?」
「え………ナベ?」
困惑と、疑念。
きっとこの名称も初耳だったのでしょう。
アレン様もレナお姉様も、物凄いお顔をされています。
「時は丁度、お昼前。宿泊訓練の生徒は昼餉の支度に走り回っておりました。
そして、森の中から現れたのです。具z………ドラゴンが!」
「ちょっと待て、いま具材って。具材って、言いかけた、よな…?」
「ぼく、おにゃべ、しゅきー!」
「え、食べた? 食べたの、ねえ」
「……ドラゴンの出現で、当然の如く逃げ惑う生徒達!」
「流した!?」
「アンタ、このまま有耶無耶にするつもりね!」
「非常時に慌てふためいた皆様は、ご自分で逃げるのに必死! 普通であれば、どんな屈強な戦士も竜には勝てませんもの。一目散に逃げた彼らが、侯爵家嫡男……兄がいないことに気付いたのは、避難先で点呼を取ってからだったそうです。
勿論ながら、責任者は顔面蒼白! 恐る恐る哨戒を出し、ここはせめて兄の遺品だけでも回収しようと、急に静かになった現場に戻ったそうです」
「その人も災難よねぇ…あたしだったらと考えると、嫌になっちゃうわ」
「自分の監督責任下で、大貴族の御曹司が死没………」
「終わったとしか言えないわね」
「ああ、終わった……」
「……ですが幸い、そうはなりませんでした。1人取り残されたと思われていた兄が、そこではけろりとした顔で…竜を、切り殺した後だったのです。
……………包丁で 」
「だからなんでそうなるんだ!? 侯爵家の方なら立派な剣をお持ちだろう!?」
「剣が手元にあったら何をするか分からないということで、必要な時以外は班長が預かっていたそうですわ。つまり没収ですわね。それもあって、兄の不在に気付いた時は班員一同生きた心地がしなかったそうです。兄の剣の才があれば逃げられたかもしれないけれど、手元に剣がなければ………と」
「そ、そうか……それじゃあアロイヒ様は、限られた武器しかない状況下で何とかされた訳だな。俺にはとても包丁で戦うなんて………流石アロイヒ様、凄い」
「手が届きそうな位置に接近するまで、竜に気付かなかったそうですけれどね。
人参をお花の形に飾り切りするのに夢中で」
「アロイヒ様は何をお考えだったのかな!?」
「その時は炊事担当の任務を達成することしか考えていなかったそうです」
「「……………」」
その時、兄の眼に映ったのは。
何もかもを放り出して人々が逃亡し、荒れた野営地。
そして放り出されて滅茶苦茶になった、他の班の昼餉の支度。
火を噴き、暴れる狂えるドラゴン。
…大きな体を持ち、何百人分の食を賄えるか期待の持てる、肉。
加えて、もう一言。
「兄は、その時、班長に『食材以外は切るなよ』と厳命されていたそうです」
「しょ、食材………」
兄の学年の皆々様が、静まり返った野営地に様子を見に戻ったとき。
彼らが見たのは、人類の敵わない世界最強の幻獣。
王侯が権威を示すのにこぞって求め、しかし決して手に入らない覇者。
偶然見つかった屍骸でさえ、巨万の富と交換される。
そんな、竜の。
「彼らが見たのは、準備万端整った鍋の準備と、次々鍋に投入されていく……
………………世界一の高級食材へと変貌を遂げた、竜の姿だったのです」
兄は竜を、食材と判断したようです。
多分大きいから食いでがある、くらいのことしか考えなかったのでしょう。
本来であれば、どう考えても王宮に献上するべきなのですが…
「結局回収できたのは、角と鱗、それからしっかり出汁をとられた後の竜の骨。
お肉の方は兄の「腐るぞ」の一言で、やむなく……学年全員で」
「結局食べたの!?」
「兄は極上の鶏肉みたいで美味だったと…」
「食べたんだな! 結局食べたんだな!?」
「空腹時に嗅いだスパイシーな香りには、誰も勝てなかったそうです」
「それでいいのか、王立学校…!!」
がっくりと肩を落とし、呻くアレン様。
聞くところによりますと、報告を受けた偉い人達も大体同じ反応を示したとか。
恐らく皆様、命の助かった安堵と非現実的な光景への衝撃で理性が振り切れてしまっていたのでしょう。きっとまともな精神状態ではなかったはずです。
しっかり全員、混乱していたのでしょうね。
最後には細かいことを気にせず命が助かったことを祝おう!と。
そういう判断に達し、竜鍋パーティが開催されたと。
げっそり疲れた顔で、そう語っていたエラル様の顔が忘れられません。
結局は全員が竜の肉を口にし、竜を肴に宴会を開いた負い目があるのでしょう。
竜を国に献上せずに食べた、という負い目。
とんでもない話しすぎて、身内にも話し難かったのでしょう。
もしくは話を聞いた人が、冗談だと判断したのか…
情報を秘匿した訳でもないのに、非常識な部分はすっかり綺麗に省かれて。
綺麗な英雄譚として、いつしか上辺だけの情報が流布するようになったのです。
そんな武勇伝に、多くの未来ある少年少女が魅了されて。
いつしか実態を知らない方々に、兄への英雄像が定着してしまいましたが…
実態を、それが虚構であると知っているわたくしとしましては、肩身の狭い気持ちになるのは仕方のないことなのでしょうか。
ちなみに竜鍋を口にした同学年の方々は軒並みステータスがupしたようです。
…が、目に見えないものが主なので、非日常に接しない平和な学生さん達はほとんど気付かなかったそうな。
周囲もみんなステータスupで判断基準も上がってましたからね。




