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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
楽しい陰謀編
169/210

御先祖様も時には頼りになるものですのね

初代エルレイク侯爵サージェス(黒歌鳥)

 特技:捏造




「お久しぶりですわね、アレン様」


 暗闇の中、月の明かりを光源にわたくしはアレン様と向き合いました。

 この1ヶ月、さぞご苦労なさったのでしょう。

 かつての屈託のなさは影を潜め、どことなく痩せてしまわれたようにも見えます。

 結果的にわたくしが追い込んだようなものです。

 わたくしの身代わりとして勤めた1ヶ月が、確実に心労として募った結果なのでしょうから。

 身代わりを仕向けたのはピートなのですが、わたくしも少々胸が痛む様な気が致します。

 そもそも原因は『始王祖』様にあるものと思っておりますので、わたくしのせいばかりではありませんけれど。


「み、みみみみみミレーゼ! 君、今まで一体どこに……!

「この1ヶ月は、ほとんど(・・・・)王宮におりましたわね」

「王宮!? え、だったら僕がここでこうしてミレーゼのふりをしてたのはなんでっ」

「しぃ、ですわよ。アレン様、お声が大きくなっておりますわ。部屋の外まで聞かれてしまいましてよ」

「あ、ごめん」


 アレン様の素直さは、美徳ですわね。

 わたくしもすぐにアレン様をお迎えに足を向けなかったことには罪悪感がありますので、なるべく優しく接しようと決めておりました。

 ですから優しく、アレン様に微笑みかけます。


「申し訳ありませんでした、アレン様」

「……何か理由があったんだよね?」

「ええ。ようやっと準備が整いましたので……」

「準備? 何をしてたんだよ」


「少々、『教主国』に訴訟を仕掛ける準備と証拠固めを」


「何やってたのさ!? 本当に何やってたのさ! え? 相手って大陸を席巻する宗教大国だよね? そんなところを訴えるって……大問題に発展しそうなのは僕の気のせい?」

「まあ、流石はブランシェイド家の御子息ですわね。アレン様! 御年に見合わぬ聡明さですわ。ええ、仰る通り大問題にしてみせます(・・・・・・)わ」

「ミレーゼさん何やらかす気!!?」


 この1ヶ月、本当に大変でした。

 わたくしだけでなく、『黒歌衆』までをも走り回らせてしまいましたもの。

 途中からはわざわざわたくしが足を運ぶ必要性のない事案ばかりでしたので、わたくしも最近は王宮の部屋を動かずに統括ばかりを行っていましたけれど……ですがわたくし、まだ8歳ですのよ?

 年齢に不相応な書類仕事は目が疲れてしぱしぱしてしまいました。

 眼精疲労が祟って目が悪くなってしまいましたら、どうしてくれましょうか。今後視力が低下するようなことがあれば、『教主国』に慰謝料を請求しようと思います。

 ……あら? 慰謝料を請求するのでしたら、支払い能力を残す為にも国を滅亡させる訳には参りませんわね?

 あらあら? よく考えずとも、国の原型を残して今後末永くお付き合い(・・・・・)させていただいた方が有益ですかしら。

 ………………半永久的に償いという形で色々絞り取る方が我が家の被った被害を補填するには良案かもしれません。

 受けた精神的苦痛を緩和させる為にも、追及の手を緩めるつもりはありませんけれど。

 ですが当初想定していたより、『結果的被害』を緩和させる為の手加減が必要かもしれませんわね?

 本当に……手をかけさせて下さいますのね、『教主国』は。


 1ヶ月の間、証拠を固めるにもとても苦労を致しました。

 これも『教主国』を追い落とす為と奮起し、方々で探りを入れ……とても8歳の幼女が担うような仕事ではないものばかり体験する羽目となりました。

 特に苦労致しましたのは、『贄の民』に関する案件です。

 わたくし達、ウェズラインの民と起源を辿れば同胞に当たるという、虐げられる異民族の方々。

 『教主国』の汚点をなるべく多くこの機に責任追及し、名と信用を失墜させて地に落とす。

 汚点として公表するに、民族差別と奴隷民扱い程に適したネタも他に早々ありませんわよね。

 この大陸で、犯罪奴隷以外の奴隷は基本的に禁じられていますのに。

 宗教という精神的支柱を担い、国々の主導を自認する国の首脳陣が……己が国の民にすら秘匿して、奴隷化させた一族を何世代も何十世代も延々と囲い続けていた、だなどと。

 ええ、ええ、これ程に突っつき甲斐のある明確な汚点ですもの。

 彼らの問題に関与し、奴隷解放の要求と合わせてウェズライン(こちら)の喧嘩に摩り替える……素敵な国家間騒動が展開されそうですわよね?

 ですが口で言うのは簡単ですが、『教主国』に表だって追求し、ウェズライン王国との問題として挙げる為には証明する必要があります。

 我が国を蚊帳の外にするのではなく、我が国こそが当事者だと声を大にする為には……我らがウェズラインの民と、外見上の特徴は全く異なる『贄の民』が同一民族であると歴史的に証明せねばならないのです。

 証明するにも、ウェズラインの民と『贄の民』が拉致という形で強制的に決別させられてから、既に何千年も経っていますのに。

 この証拠を見出すのが、やはり最も苦労致しました。

 歴史的な根拠など、そもそも年単位、もしくは百年単位で探すようなものです。

 しかも我が王国は、1度王朝が代わっているのですもの。

 それも親族間での穏便な移行ではありません。

 血と泥と鉄を用いての、戦乱による王朝交代。

 革命で古の王都は1度灰となり、焦土と化しました。

 忌むべきものと唾棄された前王朝に纏わるモノ……特に王朝の正当性を訴えるような資料は(ことごと)く廃棄されるか封じられるか……もしくは戦で焼けてしまった後なのです。

 もしも民族の起源を証明するものがあるとすれば、失われた膨大な過去の資料にこそあったのではないでしょうか。

 あまりに多くの歴史書が失われ、我が国の建国に関する逸話は失伝扱いなのですもの。『贄の民』の祖先に当たる方々が拉致されたのは建国よりも昔のこととお聞きしますし、いきなり探し始めてすぐに証拠が見つかれば奇跡という他ないでしょう。


 糸口は見つからず、どこを探すべきか手詰まりとなり。

 わたくしは少しでも古い時代の方であれば何か御存知ではないかと……そもそも、この国の建国に関する逸話にもどうやらお詳しいようでしたわね、と思いだしたこともあり。

 忙しくなったことで長らく放置していた、『黒選歌集』を手に取ったのです。

 御先祖様(残留思念)、どうかお知恵を貸して下さいまし。


 果たして、御先祖様のお言葉は。

 わたくしの目からぼろっと鱗を剥ぎ取るような素晴らしいモノでした。



【証拠?――見つからないのであれば、捏造す(つく)れば良いじゃないか】



 流石は御先祖様……!

 初代侯爵の肩書に相応しい、貴族的なお考えです。

 戦乱を乗り切って新しい世を拓いた方は、仰せになる事が違いますわね!

 わたくしも何故、思い至らなかったのでしょう……正攻法ばかりが世を渡る秘訣ではないと、あんなにお父様やお母様から生前お話を聞いておりましたのに!

 あらゆる道を模索し、数多の方法から最適な物を取捨選択して臨機応変に世を渡ることこそ、我がエルレイク家の本分と申せましょう。

 曇った眼は晴れ渡り、天啓を授かった心地でした。


 ですが、まあ……今回の場合は。


 何の用途に用いる為、何の証拠を探しているのか。

 『黒選歌集』に改めてどのような資料を捏z……作成したらよろしいかしら、と御先祖様の英知をお求めしたところ。

 思いがけないお答えをいただくことが出来ました。


【『贄の民』がウェズライン王国民から分断された同胞である証拠? それならエルレイク侯爵領の城の裏山を探してみると良い。あれ実はウェズライン王国初代王の王墓だから。副葬品として埋葬されている物の中に『贄の民』との繋がりを示す品が何点かあった筈だよ。

ああ、それからエルレイクの城の隠し地下書庫にも物的証拠と、前王朝時代に編纂された歴史書をはじめとした紙媒体の資料が……】


 何という灯台もと暗し……証拠を探して迷走したあの時間は何だったのでしょう。

 今まで相談しなかったことで、どれ程の時間を無駄にしてしまったことか……何故寄りにも寄って、御先祖様が的確な証拠の在り処を御存知なのです!?

 しかも在り処はエルレイク領ですの!?

 時間と労力を大幅に無駄にしてしまったことを知り、わたくしはどっと押し寄せる疲労感に打ちひしがれてしまいました。

 

 奇怪な書物の指示通りの場所には、示唆された通りの物がありました。

 軽く歴史的大発見ですわね。

 前王朝時代の歴史的資料など、王宮の資料室にもここまで詳細に記した物は御座いませんわよ。

 全て、前王朝時代の王都陥落の折に燃えてしまいましたもの。

 むしろ今一時に、これだけの貴重な資料が出てきたことで逆に不審がられはしないでしょうか。

 少し歴史書を流し読みしただけで、今の歴史的観点と常識を覆す新事実が目白押しなのですけれど。

 信憑性を疑われ、証拠能力を認められないのではないか。

 不安を訴えるわたくしに、近頃いきなり頼り甲斐を発揮し始めた御先祖様の異物……『黒選歌集』が断言なさいました。


【大丈夫だ。エルレイク家が出所に関与しているというだけで、大概の国は黙って容認するだろう。――むしろ、エルレイク家の名で根回しをしておくと良い。『教主国』を除いた古い国々満場一致で主張を認めてくれるかも知れないよ?】

「御先祖様のお言葉は、あまりにも……楽観的な見方ではありませんの?」

【それでも尚、大丈夫だと繰り返そう。長い歴史の中でエルレイク家が代々収集し続けてきた……各国の面白逸話やはっちゃけ醜聞の記録簿を片手に(あらかじ)め交渉して回れば…………此方の意に頷かない国は存在しないから】


 人はそれを弱味というのではないかしら、御先祖様。


 特に初代(サージェス)様の編纂なさった各国のお家騒動裏話の記録と、それぞれの王家が隠蔽してきた情報を記載済みの本当の(・・・)家系図が秀逸――って、初代様!?

 我が先祖ながら、凄まじく偉大な方だとは思っておりましたけれど。

 彼の方の情報網が謎めき過ぎて空恐ろしいものがあります。


 ……何はともあれ、必要な証拠と情報は揃いました。

 裏からの根回しも、黒歌衆を(勝手に)総動員して完了の報告を既に得ております。

 『教主国』の悪事を訴え、名声を地に塗れさせる準備は整いました。

 整った、と慎重に何度も確認を重ねたので間違いありません。


 後は、『教主国』を正式に訴えるだけです。

 訴えることで、わたくしにとっては全てが……本番が、始まることでしょう。

 人生を賭けた、一世一代の大勝負ですわ。

 必要な情報が揃いさえすれば、安心感が違います。

 負ける気は致しません。

 『教主国』と盛大に派手な喧嘩を繰り広げ……お兄様を呼び寄せられさえすれば、わたくしの大勝利ですわよ。

 

 ……ですから、必要なもの以上の情報からは、敢えて目を逸らしておこうかと思いますの。

 いえ、必要になったら使う覚悟もありますけれど。

 一先ずは初代様が編纂したという資料を幾つか手元に置いておくだけにして、先祖代々集積してきたという情報という名の負のコレクションは再び封じておくことに致しました。


 いつか日の目を見る――使うことになる、その日まで。







「鳴かぬなら、鳴く鳥に摩り替えようホトトギス」by黒歌鳥


ミレーゼちゃまの今日の収穫

 御先祖様の後世に遺しちゃいけない「(他人の)負の遺産」(弱み諸々)

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