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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
遠距離従者ギルの冒険編
165/210

生物の急所は中心線沿いに多いとお聞きしたことがありますわ



「――んな、なんで、こんなっことに、なってんすかねー!?」


 派手に動いていると、どうしても動きに合わせて声が途切れる。

 お陰で聞き苦しいことになっていたと思いますが。

 それでも魔女さんは俺の声を拾い上げ、律儀に返してくれました。


「そんなの! 私に言われても仕方がないわよー! 文句はイーヴァル・ヴィンタールスクに言いなさーい!!」


 叫ぶ魔女さんは、俺の肩の上。

 繰り出される黒い猛攻。

 槍の様な、棘のような、もしくは何かの角のような。

 鋭く尖った結晶体の様にも見える。

 砕け散った黒曜石の様な、透明すぎて闇が溶け込んだ水晶のような。

 生命の鼓動とは異質な無機質さ。

 何だかよくわからない材質の、やたら鋭い何か。

 これはやっぱり武器なんだと思います。

 ……ただ、目の前の謎のイキモノの、腕と同化してますけど。

 腕から黒曜石めいた結晶を生やしている時点で、イキモノと判ずるのに何だか抵抗がありますが。

 自律運動してるんだから、やっぱりイキモノのようにも思えます。


 事態は、急転直下に転がるモノですが。

 俺達が直面している自体は、俺や魔女さんにとって面倒で、嫌な方向に転がっている。

 そのお陰で命拾いしたって側面もありますが。

 そしてある意味で、俺の本領が発揮できる事態にもなりつつあります。

 修行を重ねて得意になった、肉体言語。

 つまりは搦め手も摩訶不思議な怪奇現象めいた反則技も省かれた、直接攻撃多めの荒事へ、と。

 いえ、相手の存在自体が複雑怪奇な怪奇現象っぽい感じなので、完全にそうだとは言い切れませんけど。火の玉やら氷の矢やらがばんばんびゅんびゅん飛び交わないだけ、大分マシかと。

 不思議なナニかを遣ってきたとしても、その種類がすっきり纏めて限定されるだけ、本当にマシです。


 

 あの時、俺の証言を耳にして、明らかに様子がおかしくなった『敵』。

 その前から大分トチ狂ってたよーな気がしますが。

 そこから、本格的におかしくなった……ような気もします。

 ついに発された主張は、俺には謎すぎるモノでした。


『エルレイクに望んでもらえないのなら、こんな玩具は要らない。小さい方が良いっていうなら……――『こいつら』の幼体を探さないと!』


 ですが、どうも魔女さんには察するもんがあったんですかね?

 『敵』の主張を聞いて、顔を青くさせてましたし。

 その阻止も、魔女さんはしようとしたんですが。


 そこに襲いかかってきたのが、この黒い生物(ナニか)……と。


 まるで『敵』の邪魔しようとした俺らのことを、更に邪魔しようっていうみたいに。

 槍のように突き出された突端には、未だ四肢を串刺しにされて磔にされた妙例のご婦人。

 例え何か後ろ暗い事情持ちだろうと、お嬢様の敵だろうと、主家に仇成す存在だろうと……何の前触れもなくいきなり武器ごと突き出されたら、此方も咄嗟に判断に迷ってしまう!

 ……主家の敵というだけで、血迷うことも躊躇いも必要ないんですけどね?

 あまりにも清々しい人権を無視した扱いに、ぎょっとすることくらいは大目に見てほしいものです。

 しかも黒いナニかの武器が突き出されきったところで、四肢に食い込んでいた結晶の……肉に食い込んだいた『棘』のようなモノが外されて。

 今の今まで磔にされていた女は、伸びる武器の勢いに押されて。

 俺達の方へと、投げだされてきた。

 まるで、ゴミでも放り捨てるように。

 華奢な女性でも、意識のない人間1人の重量はそこそこ(・・・・)のもので。

 こっちに落下してくる身体に押されるなり、もしくは受け止めるなり。

 1人分の重量を丸ごと抱えることになれば、どうあっても俺や魔女さんにとって事態は不利に転ぶんじゃないですかね。

 なので、非情と罵られるかもしれませんが。

 相手が無力な、それも軽くない負傷を負った女性だとしても。

 俺や魔女さんの命を守る為には『見捨てる』一択で……!

 そもそもあの(ひと)、お嬢様の敵っぽいし!


 俺の腕は今、魔女さん1人でいっぱいいっぱいなんで。

 重量オーバーということで、悪く思わないでほしいっす。


 それでも女性を見捨てることへの罪悪感で、自己弁護を重ねながら取るべき道を選びとる。

 それで、隙が出来た訳でもないんですから。

 俺は咄嗟に身の危険を感じて、魔女さんの手を引いて後方に大きく下がっていました。

 女性の身は、地面に投げ出され。

 ひとつ呼吸するくらいの僅かな時間差で、俺達がいたところを黒いナニかが唸りを上げて過ぎっていく。

 そんな俺達2人を追いかけるように掛けられたのは、『敵』の声。 


『邪魔だ。鬱陶しい。どうにかしろ』


 『どうにかしろ』と、注文を受けたのは。

 当然ながら、俺達とは別の誰か。

 該当者は僅か3名。

 内1名は磔で、内1名は地面に突っ伏したままだくだくと血を流し……そんなもんが転がってることすら今初めて気付きましたけど、あれ、死体ですかね?

 なんか腕取れちゃってるし、広がってる血溜り具合から見ても危険な領域に行っちゃってる気がするんすけど。

 余所事に一瞬、気を取られた隙に。

 一気に間合いを詰めてくる異形の黒。

 思ったより、速かった……!

 その姿の形状は人間に近しいものがあるし、実際に肉体構造や関節の数、位置は人間と同じみたいなんですが。

 人間と大きさが違う訳でもない。

 なのに人間にはありえない大きな一歩。

 こいつの歩幅、どうなってるんすか……!?

 跳躍した訳でもないのに、一瞬で50m以上の距離を詰められた。

 大振りに振るわれた腕の先から、黒い結晶が分離して飛来する。

 飛礫(つぶて)ですか……!

 ぬらりと怪しい光沢が、本能的な危機感の反応を煽る。

 濡れたような光。

 え、毒? 毒でも塗ってあるんすか?


 俺は咄嗟に魔女さんの腕を掴んで引き寄せると、肩に担いで跳びました。

 腕を引くくらいじゃ、此処からは間に合わない。

 魔女さんは魔法を使って色々出来るけれど、本来の能力……身体的な能力は動体視力も含め、残念なことに鈍臭い部類に入ります。

 彼女本人の回避能力に任せていたら、あっという間に串刺しですよ。

 もっと大胆に、回避運動は俺に依存してもらう必要がありました。

 だから、肩に担いだんですが。


「こらー!! お、お、おろしなさーい!」


 本人には、滅茶苦茶不評でした。


「ちょっと、肩がお腹にめり込んで痛いのよ!」

「そんなこと言ってる場合ですか! なんなんでしょーね、あの黒いの!? 動きと結果が予想外に繋がらないんですけど!」

「は、はあ!?」

「あの黒いのの動きと結果が、結び付かないって言ってるんですよ! 過程を大分すっ飛ばしてるような違和感! 魔女さん、あんなの避けられないでしょ!」

「く……っ私に運動神経さえあれば!」

「あってもどうにもなりませんよ? むしろ素の能力が高い人ほど、アレの得体の知れなさが理解できなくって混乱しそうです」

「アンタは避けてるじゃない!」

「俺の場合は若様の薫陶の賜物です! 『予想外』はあの方で大分慣らされてますからー!」

「なんでちょっと得意げなの!?」


 本当に、あの黒いのは何なんでしょうか。

 動きはぎこちないし、武術の初歩も知らない素人のようだっていうのに。

 動作のイメージと実際が重ならない。

 凄まじい、違和。

 まるで俺の感覚が狂わされていくようで……大変だ、気持ち悪い!

 真面目に相手の動きや能力を分析して対応するタイプの武人だったら発狂しそう……いや、最初の方で既に意表をつかれて串刺しですね。

 本能で動き、思いつきと気まぐれで常人の予想を超える。

 そんな最強の剣士(アロイヒ)様と手合わせしたことがなければ、俺もとっくに腹を突き破られていたかもしれません。

 若様に授けられた経験が、辛うじて俺と魔女さんの命を守っている。そんな気がします。偉大なる若様万歳。

 それでもこちらの予測を狂わせる攻撃をしてくるので、迂闊に受ける訳にはいきません。

 最小限の回避運動も危険です。

 だって突き出された武器……というか相手の体の一部というか……とりあえずあの黒い結晶みたいなナニか、攻撃してきた後で変形したり、更に横から棘を突き出してきたりと変則的な多段攻撃してきますから!

 これはもう、ひたすら回避。

 回避しながら……俺達の勝ち目を、探すしかありません。

 

 一応、見当は既に付いています。


 攻撃してきた結晶の動きをはじめ、ひとつひとつの『動作の結果』は此方の予測を悉く狂わせていきますが……

 『動作』、『動き』、『肉体の運用』……動きそのものは、さっきも言いましたがぎこちないの一言。

 児戯のように、稚拙なものです。


 はっきり言って、隙その物はかなりあるんですよね。


 相手の間合いの広さが、踏み込むに圧倒的不利でも。

 予測のつかない動きが、此方に二の足を踏ませようとしてきても。


 やはり活路を得る為には、結局いつだって。

 最後は、渦中に飛び込む他に道もない。


 添え木を求める薔薇の蔓みたいな動きで、だけど素早く伸びてきた黒い結晶体にナイフ(食器)を投擲することで僅かに軌道をずらし。

 弾かれたナイフ(食器)の音が高く響く中。

 

 俺は魔女さんを投げ捨てました。


「ちょ、ちょっとぉぉおおおおおおおっ!?」

「ごめんなさい、魔女さん!」

「なんて誠意のない謝罪! ギル、アンタ後で覚えてなさいー!?」


 生き物ってヤツは、どうしたって咄嗟に大きな動きを目で追ってしまう。

 それは『動き』が自分の脅威になるかならないかを確かめずにはいられない、本能みたいなモノだと思うんすけど。

 今更ながら、思います。


 ……あの黒いの、イキモノですかね?


 というかそもそも、目はあるのか。


 わからないまま、魔女さんの動きに反応して視線はずれたモノと期待して。

 俺はスライディングするような恰好で、黒いナニかへの距離を詰めた。

 

 相手の懐へと滑り込む体。

 背筋を悪寒が駆け抜けた。

 認識の外から訴えかけてくる、危機の前兆。

 背中に近付く、気配の薄い害意。

 だけど。

 魔女さんの、声が聞こえた。


「ギルの……ぶぁぁぁあああああああっかぁぁ(馬鹿)!!」


 ゆらりと空気が震え、背後に灼熱を感じた。

 視界の端、めらりと業火の舌が周囲を侵す。

 迫り来る脅威への悪寒が、それと同時に遠退いていく。

 これは、魔女さんの援護だ。

 迫っていたナニかを、魔女さんが退けた。

 今も、退けてくれている。

 それがわかったから、舌を噛みそうになりながら俺も叫んだ。

 

「――魔女さん、ありがと!」

「馬鹿呼ばわりされてお礼を言うなんて、とんだ変態ね!?」


 酷い言いがかりだと思う。

 だけど反論する余裕は、もうどこにもない。

 ただただ専念すべき……『標的』が、目の前に迫る。

 手の届きそうな、一撃を入れるに足る距離に。


 手に握っているのは、鋭い破片。

 どさくさに紛れて、回避の合間に拾っておいたもの。


 砕け散った愛剣。

 若様にいただいた――翡晶竜の刃。


 強く握りしめた瞬間。

 柄代りに巻いた布越しに、刃が掌へと鋭く食い込む。

 皮膚を破り、肉を裂き、血が溢れ……自分の掌が負傷していくのを感じながら、短剣よりも短くなった刃を振るった。

 相手の何処を狙えば良いのか、生物と同じような位置に急所があるのか。

 確証も持てないまま、『ここを落とせば確実に死ぬ』と予想を付けて。


 狙うは首、一直線。


 スライディングの姿勢から前転を挟み……バネ仕掛けのイメージで、跳ね上げる。

 こんな短い刃で、首が落とせるのか。

 そんな不信は、過ぎる前に切り捨てた。

 信じることこそが、成功の秘訣。

 それが長いこと愛用してきた剣であれば、尚のこと。

 無理ではないのだと、やれない筈はないのだと。

 必ずやり抜くのだと、何より積んできた研鑽の日々を信じて。


 気が付いた時には、相手の首が落ちていた。

 






 だけど別に首が落ちても、相手は死ななかったという……

 世の中には、不思議なことがあるもんですね。




「シリアスさん、あんまり無理したら駄目」

「で、でも、だって……私だって、みんなのクラスの仲間だもん。私もがんばりたい……」

「でもシリアスさん、また調子を崩したら退院日が延びちゃうよ? 今は僕らに任せなって」

「今は体を治すことに専念しなくちゃ! 私だっているよ、シリアスさん。私達お友達でしょ?

シリアスさんの分も私、頑張っちゃうから。お任せしちゃって?」

「カオス君、コメディさん……ごめんね。私が入院なんてしちゃったから」

「悪いのはカオスさんを撥ねた車でしょ。気にしないで!」

「そうそう。体は大事にしないとね?」


シリアスさん、静養中。

しかしちょっとの無理を繰り返しては、退院日が伸びている様子。

果たして彼女は、このお話が終わるまでに退院できるのか。

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