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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
遠距離従者ギルの冒険編
163/210

どちらのエルレイクを指しておいででしょうか?




 イーヴァル・ヴィンタールスク。

 それが奴の名だと魔女さんは言った。

 この世とあの世のあわい、昼と夜のさかい。

 物質と非物質の境界線。

 それらが全て曖昧で、確固たるくくりの無かった原初の時代から生き続ける、いにしえの存在の1つだと。

 それが狂って世の摂理からはみ出した存在だと。


 だけど今それ、別に重要な情報じゃないし。


『ふ、くく……ふはは…………っあはははあはははははは!! 面白い! 面白い面白いオモシロイ!! でもつまらない。もっと、もっともっともっと……踊ってみせてよ!』


「ま、魔女さーん! 敵がいきなりとち狂いましたー!」

「いつものことよ!」

「い、いつも?」

「アレが奴のデフォルトよ!」

「え、嘘でしょ」

「デフォルトよ!!」

「……うわぁ」


 必死に、命がけで。

 今までにこれほどに神経が細る思いをしたことはないってくらい。

 ギリギリの瀬戸際で剣を振るう。

 こんな時になんとなく重要そうなことを語られても、頭に入るワケもなく。

 重要なのは斬るべきモノの正体とかじゃなく、斬れるか否か、斬れなければ……どうすれば斬れるようになるのか。

 魔女さんも敵の名前とかじゃなく、弱点の1つも語ってくれれば良いのに。

 塞がりきっていない、古傷の位置とか。


 知っていたら既に魔女さんが攻撃しているだろうけど。


 帯状に細く、千枚通しの様に尖った闇が一瞬で具象化する。

 実体を持つのは、ほんのわずか数秒。

 だけどその数秒で、(わだかま)る闇……敵本体を取り巻く全方位に串刺し攻撃が走る。

 この攻撃も、3度目。

 前の2回は魔女さんが防ぐのに便乗させてもらった。

 だが、今回は。


 前の2回で見覚えたタイミングを計り……自力での防衛を図る。

 闇の針を全て避けるのは難しい。

 だから確実に急所を狙ってくるモノに絞り、剣で弾k…………あ。


魔女(まっじょ)さーん! 剣が折れましたー!」

「役立たず!!」

「酷いっす!」

「うっかり折れるようなナマクラで戦ってるんじゃないわ!」

(なまく)らって……この剣、翡晶竜の牙から削り出した業物なんですが」

「翡晶竜!? なんでたかが一貴族の使用人に過ぎないのに、そんな凄い素材の剣を所持してるのよ」

「若様が成人の祝いにって贈ってくれたヤツです! 鍛冶師のところに素材持ち込みで!」

「その牙1つで砦が建つわよ!? 持ってきたのが牙だけってことはないでしょう。他の素材はどうしたの!」

「肉は骨を出汁に鍋にしたと……」

「あいつの食生活、一体どうなってるの!?」


 若様の普段の食生活。

 それは中々に謎に満ちた事案です。

 何しろ放浪していることの方が多いお方ですからねー。

 偶にほんの少しお供させていただいた時も、大概の場合は俺が音を上げてギブアップ。

 そしてリタイアからの再び修行……

 ですが僅かにご一緒させていただいた時の記憶を思い返せば……


 …………取敢えず、ヌエとかいう放電体質の獣は意外に美味でした。

 舌先がぴりぴりしたのが、ちょっと刺激的。

 どうみてもゲテモノと言わんばかりの外見だったが、味は狸に似ていた。


「ちょっと、何を遠い顔なんてしてるのよ!? そんな余裕ないでしょ!」

「あ、すんません!」


 闇の凝った針は、間断なく襲い掛かってくる。

 獲物を失った俺の無防備を案じてのことだと思う。

 魔女さんが、俺を庇うように前に立つ。

 小さな彼女の背中で、俺を守ろうとする。

 

 ……あ~ぁ、苦労して絶好の位置取りに成功しそうだったのに。


 俺の動きを囮同然に、あと少しで魔女さんはイーヴァルなんたらの背後樹上に回れた筈だった。

 身を隠しながらの、急所狙いの一撃。

 それも死角からとなれば、今まで以上の効果が望めたろうに。

 これは俺の未熟のせい。

 未熟を曝した上に、他所事でダラダラしていたせいだ。


「ギル! ……もう、良いわ。無茶を頼んで悪かったわね。ここはもう良いから……逃げなさい」

「魔女さん、何を言うんすか!」

「武器を失った貴方に、何ができるって言うの!? 貴方、剣士なんでしょう」

「俺は、まだやれます! この程度でくたばる程度じゃ、俺は何時まで経ったって若様に追いつけやしませんから……!」

「だから、あんたの中のアロイヒの存在って一体!? どこまで神格化されてるの!」

「神格化なんかじゃないです。それに、まだまだ俺も終わりじゃない。武器なら……此処に、ある!」

「え゛っ」


 俺はダッシュで後方に下がった。

 逃げる為、なんかじゃない。

 此処で逃げて友達を見捨てるような下種に成り果てる……なんてことは有り得ない。

 魔女さんは、若様の友達でもある。

 此処で見捨てたら、若様に顔向けできなくなるでしょうが!


 だから、俺は。

 魔女さんへの加勢を最後までやり遂げるべく。

 

 あらかじめ目を付けていた、『武器』に手を伸ばした。



「う、お、お……おぉぉぉおおおおおおおおおおっ!!」



「え。え、え……えっ!? えぇぇええええええええええええっ!?」


 何やら魔女さんの引っ繰り返った絶叫が響き渡ったが。

 俺の耳には留まらない。

 それよりも、武器を手に取る。

 いや、抱きかかえる(・・・・・・)……!!


 唸れ、俺の筋肉!

 全身の筋肉が、腕が、肩が、隆起する。

 腰に力を入れて……どっこいせー!



「ちょ、あんたバッカじゃないの!?」

「ば、馬鹿とは何ですか。魔女さん!」


 まだまだ戦闘継続可能、と。

 抱えた武器をぶんと振り回して具合を確かめつつ、何故か目を見開いている魔女さんに応える。

 これは良い棍棒だ。


「折れた木の幹抱えて振り回してる常識知らずがナニ言ってるのよー!」

「これは棍棒です、魔女さん!」

「そんなわけないでしょ!? どっから見てもどう見ても、それは『倒木』って言うのよー!」

「魔女さん……これは倒れたんじゃなく、戦闘の余波で切り倒されたものですよ」

「倒れたことには結局間違いないじゃない!」


 俺が持ち上げた、間に合わせの『武器』。

 それを異常だと魔女さんが叫ぶ。

 ……全長15m程の、倒木は絶対におかしいと。

 幸い、周囲の木々は魔女さんとイーヴァルなんたらの戦いの余波で薙ぎ倒されまくっている。

 振り回す分には支障はないと思うんだが。


「見なさい! あんたがあまりに非常識だから、イーヴァル・ヴィンタールスクまで呆れてるじゃないの!」

「え、呆れてる? 黒いもやもやに覆われて分かりませんが……」

「ぱっかーんと大口開けて唖然としてるのが見えないのー!?」


 唖然としているんですか、そうですか。

 相手は史上最悪の強敵さんって話なんですが。

 この程度で唖然とするような敵に後れを取ったとなったら主である若様の恥。

 俺はなおも『棍棒』の具合を確かめながら、1歩前へ。


 魔女さんが頭痛を堪えるように、額を手で覆っていた。


「ってちょっと待ちなさい。あんた、本当に❘倒木それで戦う気?」

「これくらいの荒行……こなせなくて若様の従者は務まりません! 大丈夫です、いつもやってる修行の方が大分無茶ですから」

「あんた普段何やってんの!?」

「俺なんてまだまだ未熟者で……エルレイク家にお仕えする使用人としてもお恥ずかしいレベルです。少しでも精進すべく己に厳しい修練を課すのはむしろ当然のこと!」

「使用人としてって……方向性ずれてない?」


 神経を極限まで酷使して、綱渡りも今なら笑って熟せそうなほどにギリギリの極限状態だった。

 そんな中で戦いながら、必死に強がりと気を紛らわせたい一心で無駄口、軽口を叩く。

 余裕がある?

 違います!

 むしろ逆で、余裕がないからこそ。

 ……今すぐ逃亡したくなる自分を繋ぎ留め、正気を保つ為の行為だった。

 真剣に、真面目に戦っている筈なのに。

 まるでおふざけのような態度を取らせられるくらいに追い詰められていた。

 敵は滅茶苦茶で、問答無用で、常識はずれで。

 強かった。


 魔女さんが足腰がたがた震わせながら、弱気なことを言うのにも納得させられるくらいに、強かった。

 相手はどう見ても明らかに、本気じゃない。

 俺達をいたぶって、弄んで、嘲笑交じりに遊んでいるっていうのに。


 若様。

 若様、若様。

 包丁一本で片手間に竜を鍋にしちゃうなんて、笑うか無表情になるしかないような武勇伝をお持ちの若様。

 若様なら、この敵を前にした時。

 一体、どうなさるんだろうか……

 無意識に比較して、自虐が胸に走る。


 悪足掻きだ。

 一種、錯乱していたのかもしれない。

 そんな往生際の悪さが、俺に倒木を担がせた。

 これを振り回して無理をしてでも、生き延びたい。

 だってまだ、お嬢様の命も果たしていないし。

 若様にだって、もう1度と言わず何度だって会いたい。

 いよいよと覚悟の時になったら、魔女さんを担いで、それこそ往生際も悪く逃亡に走ろうか……


 そう、逃げの思考が過った頃合いで。


 だけど予想外の方向から、俺の無理を証明するような軽口に……反応するモノがいた。


『――エルレイク! エルレイクだと!?』


 …………あれ?

 え、イーヴァルなんたらさん、あんたうちの主家のことを御存知で???


 何故か動揺もあらわに、大げさに。

 過剰ともいえる反応を示して、巨大すぎる存在だったはずの敵が仰け反った。

 その姿はあまりにも……なんというか、うん。

 戦場には、不似合いな感じで。

 今までの雰囲気とは、何かが異なっていた。





 翡晶竜 = 竜鍋事件の被害者(竜)にして主な食材。

 少年少女を蹂躙するはずが、キャンプに参加していて遭遇したアロイヒによって食材と化す。

 犯行に用いた凶器は何の変哲もない包丁であった模様。

 


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