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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
遠距離従者ギルの冒険編
161/210

召喚魔法は発動し……なかった、のです


 

 女に向けて手を伸ばし、未だ足掻こうと動かぬ身体を揺する。

 そんな血溜りの哀れで滑稽な玩具(ニンゲン)の心を、今は邪悪なソレが懇切丁寧に1つ1つへし折っていたところだった。

 だがそれも、もう半ば厭いてきている。

 そろそろ手足から順に擦り潰してあの世に送ってやろうか、と。

 魔女が乱入したのは丁度、ソレが残忍なことを考えている頃合いだった。

 そこに広がっているのは一種の絶望……地獄の惨劇、血の饗宴。

 残酷な虐殺現場(まだ辛うじて死んでない)に他ならない。

 そんな場所に義務とはいえ嫌々ながらに飛びこまざるを得なかった魔女の心は、チワワの如く小刻みに振動していた。


『おや、おやおや、おや……これは思わぬところで面白いモノが。ちっぽけでみすぼらしいが、【魔女】だな? 何代目の魔女かは知らないが……棲み処に戻れ、とは。誰に向って口を利いている』

「アンタよ、アンタ! アンタ、黒歌鳥にやり込められて棲み処に閉じ込められてるはずでしょう。何故こんなところに出て来ているの!」

『その名を口にするな……!! 黒歌鳥? 黒歌鳥だと!? 貴様、あやつが手配した守役か……!』

「そ、その通りよ! 物凄く不本意だけど。物凄く、不本意だけど……!!」


 魔女は邪悪なソレを前にして、遠い記憶の底に投げ捨て、忌まわしさのあまり封じた古い記憶を思い出す。

 柔和な、優しそうな笑みを浮かべて。

 涼やかな、それ自体が音楽のような声を響かせ。

 宝石の様な輝きを持つ瞳を、無感情にすうっと細めた。

 あの悪魔(・・)(※魔女による主観的表現)は、魔女の魂を封じた宝石を握りしめ、歌うように軽やかな抑揚で告げたのだ。


『――貴女に子守をお願いしたい、と。頭を伏して頼んでいるのです』


 その姿はとても頭を伏しているようには僅かな一欠片だって見えなかったし、更に言うなら『お願い』しているようにはもっと見えなかった。

 それは『要請(おねがい)』ではなく、どうみても『強要(おねがい)』だ。

 しかも文字通り、魔女の命を掌に握り込んだままという悪質さ。

 怖れ慄く魔女をちっとも気にすることなく、首を傾げて黒歌鳥は『お願い』を滔々と述べてくる。


『何を思ったのか、アレは『エルレイク』への執着が激しいようなので……その古巣に閉じ込められるのなら、きっと本望でしょう。あのまま深く眠らせてしまう予定ですが、時々眠りが浅くなる時もあるでしょう。そう言う時に、貴女には『子守歌』を歌ってあげてほしいのです。……必要とあらば、無理にでも『結界』から出ないように押し込めて置いて下さい』


 自分勝手なことを言う、と。

 思ったけれど魔女には口に出せなかった。


『頭の狂ったアレは不確定要素でしかない。自由にのさばらせておくのは危険なので……閉じ込めるのも仕方ありませんよね?』


 そう言って薄く微笑む黒歌鳥の姿は不気味で……神話に出てくる化け物のように見えたのは、気のせいだろうか。

 思っていても、やはり魔女には口に出せなかったのだが。


『……では、お願いしましたから。任期が終わる前にアレが『結界』を破って解き放たれたり、結果として領地が滅ぶようなことがあれば………………………………わかってますね?』


 あの時、魔女は黒歌鳥の目を直視していられず……さっと目を逸らすことしか、出来なかった。

 逸らした先で、ただ蟻の行列が通り過ぎるのだけを数えていた。

 そうでもして気を紛らわせていなければ、きっと恐怖で発狂していた。


『では、万が一のことがあれば『教主国』の土地にでも追いやって下さい。私も何か事あれば……復活するだけの用意はしておくつもりです。私が目覚めた時、事と次第によっては貴女にもう1度お会いしなければならなくなりますね』


 そう言って、好き放題に言いたいことだけを言って、悠々と去って行った黒歌鳥。

 その声は鮮明に耳に焼きついて……

 まるで昨日の事のように思い出せる。

 それは疑いようもなく、全力で恐怖だった。


『出来れば、お互いにもう二度とお会いすることのない様に……冥府の神にでも祈っておきましょう。どうぞ健闘を、賢き森の魔女殿?』


 別れの際の青年の言葉を記憶から引きずり出して、魔女は思う。

 目の前にいる『邪悪』と無意識に比較して、魔女は思う。


 …………負けてないな、と。


 あの恐怖をもたらす魔の権化(※魔女の主観的表現)に再会しないでいる為にも。

 魔女は己の全身全霊で以て……明らかに己よりも格上である、『邪悪』に立ち向かわねばならなかった。

 黒歌鳥に再会しない為に!

 黒歌鳥に再会しない為に……!


 再会するようなことがあれば、次こそ殺られる……と。

 魔女は誰にともなく呟いていた。

 己の魂を封じ込めた宝石は、去り際に黒歌鳥から返してもらっている。

 もう何も盾に取られていないし、弱味もない。

 その筈なのに、恐怖だけで魔女の心は縛りあげられる。

 与えられた記憶があるだけで、魔女は黒歌鳥に逆らえなかった。

 忘れることに成功したとしても、魂の奥深く……根底に突き刺さった恐怖の針が抜けない限り、きっと魔女は従わざるを得ない。


 記憶によって己自身を縛りあげた。

 そのせいで魔女は……数百年ぶりに出来た友の誘いにさえ、乗れなかったのだから。

 

『――魔女さん!』

『魔女さん、僕達と一緒に行こう』

『僕と、ギルと、魔女さんの3人で。一緒に冒険に行かないか』


 あの『お願い』がある限り。

 私はこの『山』から離れることが出来ない。


『…………ごめんなさい。無理よ。役目があるもの』


 そう言った時、『彼』はとても残念そうな顔をしていた。


 ……が、「だったら山の中なら良いよね」と山脈中(・・・)を連れ回されたのは、今となっては良い思い出だ。(たぶん。)

 あの思い出をくれた友……達と、約束した。

 またいつか一緒に、冒険しようと。

 その約束を果たす為、2人にまた会う為にも。

 此処で退けない。

 此処で死ねない。

 だったら……こっちがやるしかない!


 己の限界を超えて、魔女は動く。

 ……『邪悪』を打倒さんと全力で頭を働かせる。

 切り札となり得る魔法を高速で編み続け、『邪悪』に挑みかかった。

 再会できないかもしれない。

 心の片隅でぽつりと思い、死すら覚悟して。

 死んだとしてもここで『邪悪』を食い止め、友たちが暮らすこの地を守るのだ……と。

 悲壮過ぎる決意を、堅く固く胸に誓って。



   ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・



 …………追ってみたは、良いものの。

 手がかりが全く見つからないんだが、どうしよう。

 全く何もない、なんてことは有り得ないと思っていた。

 だけどもしかしたら、お館様達のご遺体を連れ去った者共は余程用意周到に準備を重ねていたんだろうか?

 いくら、日数が経っているからと言って。

 目撃証言の1つも見つからないのはおかし過ぎる。

 どれだけ入念に準備を重ねたのか。

 それとも、そもそも街道を通らなかったんだろうか?

 王都からエルレイク侯爵領への道は、綺麗に整えられた街道が通っている。

 街道沿いには宿場町が点在し、どの分かれ道を進んだとしても街道を通っている限りは目撃証言が見つかるはず。

 そう、高をくくっていた。


 だけど王都を離れてから、最初の分岐点より遙かに手前に位置する宿場町ですら、証言者は皆無。

 しっかりと存在を主張していただろう『エルレイク侯爵領の家紋をつけた葬送行列』なんて目立つ筈の集団を見た者はどこにもいなかった。

 まだ手詰まりには早すぎる。

 なのに、途方に暮れてしまった。

 

 途方に暮れた俺は、ふと懐に手を伸ばす。

 そこには切り札となり得るアイテムが、2つ(・・)

 どちらも数年前、若様を通じて友情を結んだ『魔女』に貰った品だ。

 魔女の作った、魔法道具。

 世に稀なソレは、1つ売るだけで城が建てられると聞いたことがある。

 魔女さんが活用する為にくれたモノを、売る気は一切なかったが。


 これは……もしかして、これを使う時なのだろうか。


 だが持っているアイテムの性質上、なかなか踏ん切りがつかない。

 俺は馬の手綱を握ったまま、路傍の岩に腰を据えて思い悩んだ。

 使うべきか、使わないべきか。

 使うとして、どちら(・・・)を使うべきなのか。


 どちらも水晶細工の根付のような愛らしい飾りに見える。

 黄と黒の縞模様が特徴的な水晶は、会いたい人の元に転移するというもの。

 ……ただし、相手は選べるようで選べない。

 使用者が意識的か無意識的にかは、一切関係なく。

 それが潜在的な願望だったとしても、その時1番(・・)会いたい相手の元へ送ってくれるという道具だ。

 

「これを俺が使った場合……高確率で若様の元にしか飛べない気がする」


 そもそもの話が、自分で若様の従者として納得のいくレベルまで強くなれた時、その時にこそ従者の本分を全うする為の道具として魔女さんがくれたモノだったし。


 此方は却下だな、と。

 黄色と黒の水晶細工はさっさと懐にしまい直した。

 ……とすると、残されたのはもう一方。

 愛らしい桃の花を模った、紅水晶が揺れる飾り。

 此方はもっとシンプルな目的を持つ道具だった。


 それは、どうしようもなく困った時の備えだ。

 魔女さんの助けが欲しいと、心の底から思った時の為に……魔女さんが1度だけ、助けに飛んできてくれるという道具。


「此方を使うのが、妥当かも……な」


 もう自分の手には負えない。

 だけどこの使命は達成させなければならない。

 ……エルレイク家へのご恩に報いる為にも。


 いつかもっと困る時がくるかもしれないが。

 自分のことは二の次にしてでも、お館様達を探し出して差し上げたかった。


 だから、俺は。


「お願いだ、魔女さん……!」


 俺にとっては唯一の人外の友。

 若様を通じて仲良くなった、頼りになる魔法の使い手。

 魔女ラティアラを召喚する為、紅色の水晶を叩き割った。



 ――だが魔女さんは、俺の元へは飛んで来なかった。























 何故なら。


「誰よこの忙しい時に私を呼びつけようって馬鹿は! 私は今ものすっごく忙しいのよ!! 私に会いたかったら、そっちが私のところに来なさい!」


「……え゛っ」



 ――俺の方が、魔女さんの元に呼び出されたから。



 いきなり目の前に広がった悲惨な光景(どう見ても修羅場)に、驚き過ぎて心臓吐くかと思った。




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