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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
破滅への足音編 ~少年たちの怨敵~
159/210

神の威を借る不届き者たち



 そこは、うまいことやった詐欺師の国。

 


 ――かつて、人間と仲が良くなった精霊がいた。

 風の強い嵐の日に生まれた、強いが無垢な精霊だった。

 自分の宿した自然の力が、人間にどう作用するか知ることなく。

 自身も嵐の如き荒々しさで、風を纏って踊ることを好んだ。


 精霊が踊れば決まってその日は嵐になった。

 場所を替え、時を置いて精霊は日々踊り続けた。

 嵐になると人間は家の中に閉じこもるので、人間を見たこともない。

 ただ他の精霊から、ぼんやりとした話を聞くだけ。

 人間の話は他の動物の話と異なり、話す精霊によって様々に色を変え、意味を変え、性質を変えた。

 まるでくるくると色を変える虹の様。

 嵐を身に纏って踊り終えた後、荒々しい風の吹き抜けた空に輝く雨粒の色。様々な光を宿す虹が、精霊は殊の外好きだった。

 きっと人間も虹のように美しいに違いないと、無垢故に思いこむ。


 人間は弱いらしい。

 嵐の中で平然と動き回れる生き物はほとんどいない。

 殊更に人間が弱いというのであれば、尚のこと。

 すぐに死ぬ儚いイキモノだと口にした精霊もいる。

 嵐の日に生まれた精霊は、うっかり殺してしまわないように気をつけねばならないと自分に言い聞かせる。

 嵐になれば、人間には出会えない。

 だから精霊は、踊ることを我慢した。

 風の中で踊ることは、存在意義のようなものだったけれど。

 それでも好奇心を満たす為、精霊は一時踊ることを封印した。


 そうして、出会ったのが。

 輝く瞳と無邪気な微笑みの下に、醜い執着と憎悪を隠した青年だった。

 誰よりも親切そうな顔をして、誰よりも他を利用して踏みつけ、自分の利にすることを常に考えている。

 恐らくその時代の誰よりも、『人間らしい人間』だった。


 精霊と青年は、すぐに仲良くなった。

 青年が誰よりも精霊に優しく、親切だったから。

 美しい仮面を被った青年の真実に、無垢な精霊は気付かない。

 そのまま騙され、ボロボロに擦り切れるまで利用され、身も心も壊された後まで使い潰された。

 もう使えぬとなれば祀り上げられ、実体のない面影だけを綺麗に繕った偶像として旗印に据えられた。

 精霊の玉は、既に青年に握られ離されることはない。



 時は数千年を超えて万に近いほども、昔のこと。

 大陸を席巻する一大帝国は多くの国を平らげ、虐げ、属国の民に魂までも隷属することを強いた。

 小国の貴族であったことから、見せしめに青年の家は底辺まで陥れられた。

 当時、そういう話はどこにでもあった。

 他人を食い物にして裕福に浸っていた少年時代は瓦解し、農奴として慣れぬ過酷な土地に移送され、開墾の為に身も心も擦り切れる日々。

 最初に利用したのが誰だったかは、もうわからない。

 青年はいつの間にか、息をするように簡単に他者を騙し、利用し、それとわからないように切り捨てるようになっていた。


 ――「隣家の純朴な小娘を口先と萎れた花で誑し込み」


 奴隷に与えられる食料は乏しい。

 育ち盛りの身体により多くの食い物を欲し、3歳年上の隣家の女を利用した。

 各家に割り当てられる食料は、限られている。

 老いた祖母の食事係だった彼女が、誰の食い物をくれていたのか……恋に浮かされた馬鹿女の事情など、彼の知ったことではない。

 彼はただ、愛を囁いたのと同じ口で、己の空腹を嘆いただけだ。


 ――「血気に逸る単純な若者を偽りの手柄話で陥れ」


 日々の労苦に見合うだけの休息は、奴隷の身では与えられない。

 休み欲しさに自分の親友面をしてくる鬱陶しい少年を利用する。

 彼の耳に、森の奥にいるという怪物の話を囁いた。

 無理やり付き合わされた風を装って森に分け入り、わざと怪我をした。

 彼の分まで少年が労働を肩代わりしたのは、彼が頼んだ訳ではない。

 自分でやると言ったのだ。

 少年がどれだけ衰弱しようと、自分で決めたことなら文句はあるまい。

 

 ――「農奴村の纏め役の後妻は無知を装い溺れさせ」

 ――「代官の家の老いた従僕は手助けを装い立場を奪い」

 ――「儲け話に飢えた無思慮な商人から財貨を騙し取り」

 ――「暇を持て余した残酷な貴婦人の人脈を譲らせた」


 誰も彼も、自分に欺かれているとは知らないままに堕ちていった。

 次々と相手を変えて、己の利を追求する。

 だがまるで寄生虫の様な己の所業が、青年の自尊心を傷つける。

 いつまでも誰かの思惑ひとつに左右される側でいる気はなかった。

 乗り換える相手を吟味し、自分の待遇を飛躍的に向上させる為に必要なものを――圧倒的な力を探していた。


「ほう? 精霊を、ね……」

「ええ。確かに捕まえたんでさぁ」

「あれらは人間の手が及ぶ存在じゃないんじゃなかったか?」

「インチキを疑ってるんで?」

「それは、確かな物証を見ないことには……な」

「ふふん。じゃあ見せて差し上げますがね、アレは捕まえるのに苦労したんで。見物料は別に請求したって構いませんよね?」

「ああ。それが本当に力ある精霊なら……。見るだけでも金貨1袋の価値はあるだろう」

「金貨、ひとふくろ……」

「本当に、力のある精霊なら……な」


 欲に満ちた男が、騙し取った財で商才を発揮し始めた男の元に来る。

 自分の手元に得難い『商品』があるのだと売り込む男。

 その手で示した先には、檻の中で人間を傷つけまいと縮こまる……キラキラと輝く嵐の精霊。

 一目で精霊の真価に気付いた彼は……


 精霊を助けに来た風を装い、物知らぬ精霊の目の前で男を殺した。

 この男は悪人で、精霊を害したから殺したのだと。

 自分は精霊を救ったのだと、味方なのだと。

 そう、優しい、優しい言葉で……丁寧に言い含めた。


 優しそうな美しい顔で、他人を弄び狂わせていく。

 その生き方が無垢過ぎる精霊に通用してしまったのが……帝国の、滅びの、はじまりだった。

 

 青年の名は、今に伝わっていない。

 だがその存在は、大陸の諸国家でよく知られていた。(ウェズラインを除く)

 ……誰にも裏の素顔を見せることなく、頂点を目指して貪欲に人々の信心を呑みこみ、陥落させていった無名の詐欺師。

 彼の人こそ『教主国』の前身となったとある宗教の開祖……偉大なる神の力を借りて奴隷制を世に生み出した悪の帝国を打倒さんと、人々を導いた善き指導者『教主』だった。




   ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・



 地の底深くに封じられし、我らが偉大なりし神

 戒めを解くのは気高く貴き乙女

 人智及ばぬ英傑の、人とは異なる紅い一滴(みず)

 穢れなく、世にも稀なる血をその身に受け継ぐ

 乙女を捧げよ

 天に地に、尊き鮮血降り注がせよ

 やがて神を封じる束縛も、末裔(すえ)の血によって浄化される

 乙女を捧げ、神を解き放つべし

       ――『赤の予言禁書(教主国 国立宝物殿所蔵)』より



 ただただ白い。

 限りなく白い。

 他の者とは異なり、金糸でも銀糸でも刺繍の1つも入っていない。

 だが刺繍1つ入っていないというのに、より豪奢に見える。

 そんな『白』という記号めいた印象を代と共に重ねて、代々の『教主国』代表は信者である民衆にまで『白い』という潔癖な印象を植え付ける。

 真っ白な服装は視覚効果で、それだけで潔癖なイメージを押し付けた。

 だがその老人の本質を、『白い』と捉えることは……

 大きな誤りであると、民衆は知らない。


 シンプルな中に圧倒されるような気品があるのは、身に纏った者の資質故か、それとも計算され尽くした演出なのか。

 老人と同じ地位に到達した、過去の先達がずらりと肖像画となり回廊に並んでいる。

 見較べることによって、周囲は後者であると知っていた。


 だが知っていても、口にはできない。

 さもそれが老人ただ1人の得難い資質であるかのように褒め称える。

 それが出来ない者は、炎天下に乾き死んだ蛙のように一顧だにされない中で命を落としていく。

 それが、この国の……『教主国』の実情である。


 権力者には追従せよ。

 有力者には追従せよ。

 誰よりも早く雌伏する獅子を見つけ出し、己の立ち位置を見極めてバランス必至の綱を渡る。

 下から突き上げてくる中途半端な未熟者達は蹴落とし、真っ当な心根の正義感が現れれば罠に嵌めて永久牢へと投獄する。

 そうやって、この国の中枢に巣食う者共は何代にも渡って国の支配権を左右してきた。

 誰もが頂点を目指し、足掻き、尻尾を出さぬように細心の注意を払って暗躍を重ねる。

 誰にも気付かれずに上手いことやった者のみが、誰かの気付いた時には権力への階段を二段飛ばしで駆け上がって行けるのだ。

 失敗すれば、即失脚。

 今日も波乱とスリルに満ちた駆け引き(シーソーゲーム)が、多くの者の寿命を削る。


 ――俗物達の伏魔殿。

 かつては繁栄の中に崇高な理想と教義を掲げた一大宗教国家『教主国』の、それが今の姿である。


 だが、それでも。

 この国が信仰に根ざし、宗教という確固たる思想と精神性、それに基づく影響力を根幹として存在していることもまた……事実である。

 時に『宗教』を利用し、自分達の都合の良い様に話を摩り替え。

 詭弁を弄すことに長けた信仰の亡者達が、神の名を騙って信者達を好きに動かす。

 俗物達の、伏魔殿。

 だがこの国の持つ影響力(ちから)は――即物的な愚者に与えるには、あまりに大きく危険に過ぎた。



 神は目に見えないものか?

 ――否。

 信仰に生きる者達は、神を目に見える存在だという。

 だが今の世に、その御姿を実際に見たモノはいない。


 彼らが信じる『教典』によると、こうだ。

 かつて神は邪悪に封じ込められたのだという。

 では神とは、邪悪なナニかに負ける程度の存在なのか?

 それに信者は否と答えた。

 神は自ら封じられることで、未熟な人類が悪影響を受けぬように邪悪の力をも封じ込めたのだと。

 やがて人間が邪悪なる力に屈さぬ強さを手に入れた時、神は我らの前に再び姿を現すだろう……と。


 人々が語り継ぐ、歴史の中で。

 神の姿・存在・意思……人間の語る全ては、その時々によって都合よく姿を変える。

 元より人間にとって完全に都合のよい存在(かみ)などいない。

 彼らの崇める『神』はそもそもからして都合よく作られた偶像も同然。

 ……『神』自らが人間に教えを示したことなどないのだから、それも当然なのだが。

 人間は、自分に都合の良い作り話をさも事実だというように、不都合に目を塞いで信じ込むのが、とてもとても得意なのだから。


 そうして都合よく改変されながら、歴史は流れ流れて数百、数千と時を重ねて。

 自分の語る言葉こそ真実だと思いこんだ人間達が、何代も、何代も、何代も何代も代を重ねて。

 捏造された神話と、予言と、教義を人々は事実として信じている。

 祖先の嘘に、気付くこともなく。


 大陸全土を信仰の面で掌握した彼らに、異を唱えるものは既にいない。

 信心深い人々が存在する限り、『教主国』の威光は翳らない。

 安泰であるはずの宗教国家。

 誰も彼もが信者であるなら、刃向かえる者はいない。


 しかしその威光にも、数千年をかけてゆっくりと翳りが差していた。

 原因は明らかだと、『教主国』の首脳は口々に言う。


 ――ウェズライン王国


 大陸の者達と祖を異にする、異教の民。

 血が混じり合った為か、環境に適応してか、今では風貌において大陸の民と異なるところは目に見えない。

 『教主国』の老害共は悪魔の擬態だと、皮を剥げば本性を現すだろうと正気を疑う思い込みを信じている。

 かつて沈んだ大陸から移住してきた者達は、信仰の形も精神性も『教主国』の掲げる教義とは大きく異なっていた。

 だからこそ精神的支柱(宗教)を握られた他の国々の様に『教主国』に唯々諾々と従うこともなく、真っ向から圧力をかけても屈することがない。

 あの国が力を持つだけで、『教主国』は絶対的な存在ではないと暗に示されているようなものである。

 ウェズライン王国が対立的・反抗的な立場を表明する度、他の国々が抱える不満までも噴き出しそうになる。

 国力の殆どを『信仰の力』等という形のないモノに頼っている国である。

 それが通じない国は、脅威でしかない。

 神の威光と威圧が通じぬ国に、更にはある一定範囲内の国土を削れぬことがわかりきっている国に、口では何と言おうと彼らは恐れを抱いていた。

 

 更に、受け入れ難いことに。


 あの国の者共は悉く、邪悪なる化け物の血を引くのである。

 少なくとも『教主国』の老害共はそう信じていた。


 邪悪なる化け物、即ち荒ぶる『神』を封じた怪物『エルレイク』。

 人の姿をしているが、決定的に人とは違うナニか。

 『教主国』では『精霊』を、教義によって善き精霊―天使―と悪しき精霊―悪魔―とに分けて考えている。

 人間から見た主観に大きく左右されるソレ。

 ソレに照らし合わせて『エルレイク』とはつまり『悪の権化』『悪魔の王』……と、考えられていた。

 絶望を従えた破壊の権化であり、理性など最初から持たぬ暴虐の王であり、人間と見れば引き千切り、食い殺す人間の敵なのだと。


 凄まじい誤解である。


 言いがかりも甚だしいと、『教主国』曰く『聖地を取り戻す為の聖戦』でウェズライン王国に『破滅の光』を振り撒かれて以来、表だって口にすることはないが。←『始王祖』様の力を使った当時の国王に、『始王祖』ビームを喰らった模様。

 あの国は絶望の権化が裏で糸を引く悪魔の国だ。

 それが今でもまことしやかに『教主国』上層部で噂されている事実である。


 そんな『極悪非道な悪魔の国』に対抗する為にも。

 『教主国』の権威をより一層高め、確固としたものとする為にも。

 彼らはここ千年くらい本気(マジ)で『神の復活』方法を模索していた。


 彼らが『神』と呼ぶモノを本当に復活させたければ、ウェズライン王国の王宮を地下深くからひっくり返すように大爆発させた上で、『始王祖エルレイク』を完全完璧に存在丸ごと消滅させる勢いで抹殺しなければならないのだが。

 知らないって幸せなことである。

 それが出来れば、とうの昔にやっている。


 だがそれが出来ずにいるところの、『教主国』上層部は。

 遥か古より彼らの宗教に極秘の重要文書として伝わる-眉唾物の-『予言書』に書かれた言葉を真に受けていた。

 俗物ばかりに成り果てたとはいえ、不確かな存在を『神』と崇めて頑張っちゃっている、詐欺師発祥の国である。

 皆様、根本的に信心深かった。

 どれだけ真っ黒に染まり、手を汚そうと。

 どれだけ権謀術数に馴染み、他人を蹴り落とすことに喜びを見出そうと。

 彼らはそもそもからして『神』の存在を疑わない……信心深くも頑迷なご老体の集団だったのである。


 彼らは信じていた。

 信じてしまっていた。

 『予言書(眉唾)』に記された、神の復活を匂わせる一節を。

 信じてはいけないモノを、信じてしまっていたのである。


 何にも染まることのない、浮いて見えるほどの(クリーンホワイト)(海老に非ず)。

 まさに純白と視覚に迫る法衣を身に纏った痩せ型老人が、体格からは予想のつかない張りのある声で高らかと訴える。


「神の復活に生贄を必要とすることは、伝承からも明らかといえよう。我らが神に、では何者を捧げるべきかという議論にはもう何百年と時を費やし、(つい)ぞ真の答えを得ること叶わずにここまできてしまった」

「戒めを解くのは気高く貴き乙女。人智及ばぬ英傑の、人とは異なる紅い一滴(みず)……でしたな」

「世にも稀なる血をその身に受け継ぐ、とも予言書には記されておりますぞ」

「ですが我らの祖も何百年とかけ、大陸中の希少価値の高い血筋の娘は捧げておりましょう。記録にも残されておることです」

「我らの権威が届く限り、ありとあらゆる土地から名誉ある『聖女』の名を用いて乙女を集めたではありませぬか。残されておるのは、我らの権威が届かぬ地……のみ、ですからな」

「やはり、ウェズラインに鍵があると思うべき、ですじゃの」

「『末裔(すえ)の血』という一節が引っ掛かりますな……」

「しかしこの大陸で最も希少な血……『贄』共の血ならば、もう何度も」

「いやいや、考えてもみよ。末裔という一文があるのじゃ、やはり悪魔の血を引くウェズラインの血統に連なる者共の誰かじゃろ」

「それをいうのであれば、『贄』とてウェズラインの悪魔どもと同じ民の末裔じゃ」

「じゃがあやつらがウェズラインの者共と別れた後に、我らが神は封じられたのであろ? 封じた悪魔に与した者共となると、『贄』共はやはり違ったのやも知れん」

「同じ血統に類するのじゃ、代用できんもんかと既に何百人と捧げた後じゃがのう。結論を下すに、ちと遅すぎたかの?」

「なあに、『贄』はまだ何人もいる。絶滅させるはあまりに惜しいが、絶えぬ範囲であれば何人潰したとて構わぬて」

「ふほほほほほ、確かにのう。有能なモノは惜しいが、中には無能もおることじゃしな」

「才あるモノが生まれ易くはあるんですがなあ。不出来なモノも、数があればおりましょう」

「――皆の衆、雑談はそこまでじゃ」

「「「「はっ」」」」


 かつて魔物の名を持つ吟遊詩人が、裏から密かに『教主国』を引っ掻き回したことがあった。

 当時の騒動が元で、『聖女』という役職は名前のみで実際には存在しないものとなっている。

 その役職を復活させるべく、動いた老人がいた。

 何物にも染まらぬ白い(服の)老人……『教主国』の頂点に位置する『聖賢者』が厳かに己の企みを話し始めた。


「予言書に書かれた文言は、いずれ実現する『事実』。逆に言えば、現実に起こることしか書かれておらん。じゃというのに予言に適した乙女の存在が明らかならんと、先達の方々は随分と迷走したようじゃが……」

「直接『神』を封じた悪魔の末裔を辿ろうにも、『前王朝の血筋』は既に途絶えておりますからな。予言を読めば読む程に、とうに途絶えたあの血統こそが最も適しておる様に思えるのですがなぁ」

「であればと、あの国で『高貴』とされる家柄の娘で代用しようにも、のう。前王朝が滅びたどさくさで成り上がった、来歴の怪しいものばかりじゃ」

「――うむ。そこで皆の衆に儂からの報告じゃ」


 重々しく勿体ぶった声音で。

 周囲の老人共を、やはり老人が睥睨する。

 頑迷な老い耄ればかりの集団の中。

 自分の握った情報が如何に役立つか、己の優位性を証明するのか……夢想を巡らし、満足げに白い老人は告げた。


「――『サンプル』の解析をしていた者共より報告が上がっておる。やはり『あの一族』こそ、ウェズラインで最も『高貴な血筋』であるとな。怪物の一族は、やはり正真正銘化け物の末裔であると……今まで証拠を掴めずにおったが、これで確証を得るに至った。あの家の娘を『聖女』として召集するが、否やはあるまい?」


 白い服の老人の声は、余裕すらも感じさせる。

 自分の身に一切の危険が及ぶことはないと、全ての災厄を対岸に見下ろして。

 宗教を笠にきて肥大した自己正当性。

 自分こそが正しいのだと思い込んだ、独善的な思考。

 宗教人としての温かな声の奥に、隠しきれない醜悪さが滲む。

 己が出した『聖女』の言葉に賛否両論を重ねる上層部のメンバーすらも、まるで機械を動かす歯車を見るような無感動さで。

 どのような意見で否定されようとも、自分の出した『提案』が最終的な意思決定の要となることを疑いもしない。

 

 『教主国』の頂点(トップ)に駆け上がって以来、誰にも脅かされることなく富と権力を欲しいがまま自在に操作してきた老人は、自覚することもなく錯覚していた。

 

 この世界の中心は、自分なのだと。


 だから、どんな恐ろしいことでも思いつくままに実行できた。

 その結果にどんな悪しきことも、己に及ぶとは思い至りもせずに。


「偉大なる先人たちの無念を抱えたまま、この時代まで時をかけてしまったものじゃが……光明が見えたと思わぬか? 儂らの老い先短い命を終える前に、何としても『神の復活』という偉業を達成させていただきたいものじゃ」


 己の名が歴史に、ありとあらゆる記録に、『教主国』の新たな教典に載る。

 神の復活という偉業。

 それを成した先に更なる栄光があると。

 歴史に比類ない、『英雄』として名を残すことが出来るのだと。

 誰もが知らないではいられない、数千年来の偉人になる。

 そのような在りもしない未来を、夢想して。


「本音を言えば、『竜殺し』に娘でもおれば最適なのじゃがなあ……10年、20年と時を待てば話が変わるやも知れんが」


 喉の奥を震わすような、しわがれた声で老人は笑った。

 笑っていられるのも今の内だと、思いもせずに。

 遠くない未来に、笑う余裕すら消えうせた真顔で、身に迫る危機を回避しようと死に物狂いになる未来を知りもしないで。


「『竜殺し』に娘がおらんことには仕方がない……近親には変わらんのじゃ。当初の予定通り、『竜殺し』の娘ではなく妹御に大役を担って貰うとしようぞ」


 その言葉が自身の死刑宣告にも等しいと、破滅に(まみ)えるまで愚かな老人は気付きもしなかった。

 





保証など、どこにもない。

なのに人は根拠もなく思い込む。

自分だけは、絶対に大丈夫だと――


赤々と燃える災禍の炎。

注ぎ込まれたのは薪か油か、ナパームか。

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