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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
破滅への足音編 ~少年たちの怨敵~
157/210

先祖の因果を子孫に押し付けるのはいい加減にして下さいませ




 ピートの取り出した、1冊の本。

 【黒選歌集】……当家の始祖である、サージェス・エルレイクの遺した書。

 残留思念とかいう不可思議なモノの宿る書ですわ。

 御先祖様の亡くなった段階で、この書は新たな情報を得ることも叶わず封印されていたのですけれど……

 今回、お聞きしたいのは『始王祖』様に関することです。

 ほぼ全てにおいて未知の存在に等しい『始王祖』様。

 わたくしにとっても理解の及ばぬ御方です。

 ですが『始王祖』様を人形に封じた御先祖様当人であれば……

 やはり、何かしらの助言を期待してしまうのも、致し方ありませんわよね?


 ですが、事の経緯を御説明させていただいたところ。

 『黒選歌集』の反応は、思いも寄らぬ方向へと及びましたの。


【教主国、教主国……あの老害の…………サージェスの有する血筋が露見でもしたか? 誰の血を引いているのか……今頃? いや、ここ数百あるいは数十年で……か?

 ――血統の確認と工作の準備に年数をかけて、今頃になったということか。サージェスの隠蔽工作を、易々と突破できたとも思えないが。根拠に何かを掴まれた……?】



 大体のところを説明し終えましたところ。

 ぶわり、と。

 何やら『黒選歌集』が一気に黒く染まりゆくという謎の現象が発生したのですが。

 常であれば金色の文字が浮かびますのに……。


「……おい、ミレーゼ? ページがみるみる内に浸食されてってんだが……マジで黒い書になりつつあんだが」

「なんだろうね、このバグ。この本も古いらしいし、ボケた?」

「よ~く見ると、細っかい字で端から余白を食い潰していってるように見えるけど……」

「あ、あら? 本当ですわね……細か過ぎて読めませんわ」

「ルーペ、誰か持ってこーい!」

「えぇ……ルーペでもこれは無理じゃない? 辛うじて文字だってわかるけど、潰れちゃって読めないし」

「なんなんだ、この無駄な暴走」

「あ、あの? 『黒選歌集』……御先祖様! ご自分の世界に閉じこもらないで下さいませ! わたくし、教主国から『聖女』に、とのお声を頂いておりますのよ。本気でお受けする気は皆無ですけれど、この機に乗じてわたくし共の利になるように事を運びたいと思っていますの。何かご助言いただけることはありませんか? 具体的に申しますと……古い時代のものでも構いませんので、教主国の汚辱となるような弱味など」


【 ――『教主国』の? 『聖女』? ああ、まだあったんだ 】


 唐突に。

 まるでハッと正気に戻ったかのように。

 黒く染まったページがざぁっと音を立てて白紙に戻り……

 何事もなかったかのように、金色の文字が浮かび上がりました。

 あまりに唐突な豹変ぶりに、思考が一瞬置いて行かれそうになります。

 『黒選歌集』を正気に戻したキーワードは……『聖女』、でしょうか?

 ですが何やら……含むものがあるような。


【サージェスがアレだけ念入りに引っ掻き回しておいたのに。遠からず制度は廃止されると踏んでいたんだが……しぶといものだ】

「………………わたくしの気のせいでなければ……何やら、不穏なニュアンスが感じられたのですけれど。気のせいではありませんわよね?」

「HAHAHA……ミレーゼ、てめぇの一族先祖代々地雷作り過ぎだろ。なんだ? 地雷職人の家系なんか、おい」

「じ、地雷職人だなどと……酷い言いがかりですわ! 当家がピートの思うような、不穏な家系だなどと……気のせいですわ。ええ、きっと。たった今、先ほど、何やら不穏なお言葉を怪しげな書よりいただいてしまったような気も致しますが、全てはみな気のせいです」

【気のせい、ではないだろうね。実際に不穏な話だ】

「……どうしましょう。先祖の残留思念に肯定されてしまいました」


 この、【黒選歌集】が。

 引いては書に宿った御先祖様の残留思念が。

 不穏、と……穏やかではないと判断なさる事態、とは。

 どの程度の規模で不穏と仰っているのでしょうか。

 わたくしの予想を超えて大きいものなのでは、と思うと……


 不安な面持ちでわたくし達が見守る中。

 『黒選歌集』の白紙のページにさらさらと文字が浮かび上がりました。

 簡潔な言葉は、2つの単語を連ねたモノ。


 ――聖地奪還


 どのような意を込めてのお言葉なのでしょうか。

 困惑に染まった空気の中、『黒選歌集』は間を開けてさらりさらりと言葉を添えていかれました。


【古い時代に遡るが、教主国、または教主国に裏で扇動された国々が、この国(ウェズライン)に戦争を仕掛ける時、お題目に掲げられていた言葉だ】


 古い、時代。

 『黒選歌集』に宿った思念が古い、と表現するのですから……旧王朝時代のことになりますわね。

 前王朝の時に何かがあったかのような物言いですけれど。

 聖地とは、何のことです?

 今までに目を通した歴史書にもなかった言葉に、首を傾げます。


【まあそれも、敵国には『始王祖』との約定で張られた結界を越える手段もなく、それどころか『始王祖』の力を利用した前王朝の王族に撃退されるにつれて聞かなくなっていったけれどね】

「お題目、ということは……複数の国々が掲げて不自然ではないとされた……? 聖地とは、何なのです。我が国に、何の関係が……」

【この国の民とは異なる宗教観なので、受け入れ難いかもしれないが……教主国の言う、つまりはこの大陸の多くの国々で信仰されている『神』とは、何のことだと考える?】

「え……? 話のすり替え、ではありませんわよね……『神』とやらが、『聖地』に関連するのですわね? ですが、神……『神』、ですか」


 測らずしも、先だって思案した覚えのある問いかけです。

 ですがあの時も、結局結論を出すことは叶いませんでした。

 ナニか具体的な対象を指しての言葉ではない様に思っていたのですが……『黒選歌集』はハッキリと、何の事かと問いかけていらっしゃいます。

 つまりは『カミ』とはっきり当て嵌めることのできる、具体的な固定観念が存在する……?

 

 他国の宗教観に、未だ幼いわたくしが詳しい筈もなく。

 学びが足りないと仰せられては返す言葉もありませんが。

 わたくしは答えを見出すことが出来ず、口籠ってしまいました。

 このように答えに窮すなど……恥ずかしいことです。

 両親から手加減抜きの問答を仕掛けられた時以来、でしょうか。

 口籠ってしまった気恥ずかしさから、わたくしは俯いてしまいました。

 ……丁度、お膝の上に乗っているクレイの旋毛が見えます。

 わたくしは顔を上げることも出来ず、クレイの旋毛を指でぐるりとなぞり撫でました。

 

 わたくしの態度から、言葉は出ないとお察しになられたのでしょう。

 『黒選歌集』は、自らわたくし達に答えを明かして下さいました。


【教主国の口にする、『神』……それは】

「アルフレーディのことであるな」

【!!】

「おいこら元人形、アルフレーディ、ってなんだおい?」

「お前達も以前、この書より伝えられたであろ。狂精霊と人に呼ばれる存在に成り果てたモノのことだ。丁度、ここの地下に封じてある」

【こっちのセリフ掻っ攫われた……!】


 『始王祖』様は(たま)にアクティブになると、誰かしらの度肝を抜いて下さるので困ったものです。

 いきなりでしたが、彼のお言葉に誤りはないのでしょう。

 『黒選歌集』も、暗に言葉の正しさを認めておりますもの。

 ですが、わたくしの困惑はより一層深まりました。

 『狂精霊』との言葉は確かに以前、『黒選歌集』より伝えられております。

 あの時に窺った情報が正しいのであれば……『狂精霊』とは文字通り狂った精霊。しかも人に害成す恐ろしい存在……と仰っていたような。

 人に害成し、寄せ付けぬ危険な存在が、『神』?

 わたくしの今まで推測した中でも、殊更突飛に感じられる答えという他にありません。

 害成すどころか、人を八つ裂きにするような存在という印象を受けていましたのに……危険な人外を『神』と崇めるなどと。

 教主国は、どのような教義を掲げていらしたかしら。

 何にせよ、危険物を崇めるなど……神経を疑わざるを得ません。


【……とはいっても、あの精霊を直接『神』と崇めたのも遙か古、教主国の前身となった宗教団体の話だ】


 いつになく真剣な筆記で、『黒選歌集』の告げた『神』の正体。

 あまり詳しいお話をして下さる気ではないようでしたが……

 わたくし達にも理解させやすく、という配慮でしょうか。

 『黒選歌集』は、要点のみを白紙のページに書き出して下さいました。


 ――『神』として祭り上げておきながら、実際は都合のよい道具として扱った。あの精霊が狂うよりも前の話になる。

 その頃の都合の良い話だけが後世に伝わり、真実を覆い隠したままに成長を遂げた宗教こそが教主国の母体。

 彼らとて、『神』と呼んだ精霊の実態など覚えてはいないだろう。


「人は、すぐに忘れる。それほどに彼らにとっては昔、ということであろう」

「染々と仰いますが、『始王祖』様にとっては『昔』ではございませんの……?」

「止めとけ、ミレーゼ。化け物にとっちゃ時間の感覚が違うんだろーぜ」

「きっとわたくし達とは感覚が違うのでしょうね……」


 ……『黒選歌集』のお言葉を信じるのなら、ですけれど。

 教主国が崇める『神』とやらが荒ぶって人間を退けていた土地が、ウェズライン王国が建国された土地で。

 『神』と呼ばれた精霊を封じ込めたのが、前王朝の始祖……『始王祖』様と、他大陸からの移民の方々で。

 わたくし達の王国は、『神』の眠る大地の真上に存在する……と。

 加えて王国の始祖の方々が『始王祖』様と交わした約定により、他国の侵略は問答無用で退け続けて数千年。

 ……まあ! なんと浅からぬ因縁でしょう。

 少し、いえ、とても……建国の偉業を達成した方々は、後世に特大の地雷を残し過ぎだと思われるのですが。

 わたくしの気のせいではありませんわよね……?


 『黒選歌集』のお言葉だけを根拠とするのでしたら、教主国が我が国に喧嘩を売ってくる裏には、ややこしい宗教的悲願か何かが根ざしている可能性あり……という図式が見えて参りました。

 勿論、彼の国と我が国の間には浅からぬ因縁を土台として、数千年に及ぶ歴史が御座います。

 最早、最初の因縁を両国の首脳陣が覚えているかどうかも定かではありません……いえ、確実に我が国の上層部は御存知ないことでしょう。

 何しろ現在の王朝は、前王朝を滅ぼして成り代わった英雄の末裔ですもの。

 英雄の進軍の際に腐った前王朝に連なる主だった方々は軒並み滅ぼされたというお話ですので、確実に現代には伝わっていない秘話となります。

 これでもしも教主国の側だけが大元の原因を覚えているとしたら……なんと虚しい1人相撲でしょうか。我が国では誰も覚えていませんのに。

 

 ですが……ですが、です。

 『黒選歌集』は重々しくも国の因縁とやらを語ってくださいましたが、先にも述べたとおり両国の間には数千年に及ぶ歴史が存在します。

 長い年月の間、互いにやり込めあったこともあれば、互いに陥れあったこともありましょう。

 ……というか実際に、先ほど『黒選歌集』が何やら不穏なことを仰っていましたし。

 他にも、祖父が外交を担当する座にいた頃の武勇伝が色々と……

 …………いえ、深く考えてはなりませんわね。


 とにかく、両国の間には積りに積もった因縁がございます。

 我が国が宗教的に彼の国に従わない、ほとんど唯一といっても良い国ですので、悪感情を向けられることは致し方ないことと思われます。

 元より宗教観からして違うのですから、精神的に対立するのは一種の必然と言えるかもしれません。

 相手が宗教国家では、相容れないのも無理からぬことです。

 

 ですので、結論ですが。

 建国にまつわる因縁だけで、今回の騒動に発展するとは思えません。

 何しろ年月だけは無駄にありましたもの。

 他の要因もあってのことではないか、とわたくしは思います。

 結局は証拠を掴み、目的を実際に確かめでもしないことには、相手国が何を思ってこのような暴挙に出たのかは不明のままです。

 ……もしかすると、他の国にもこのような後ろ暗い工作行為を繰り返しておいでなのかもしれませんし。

 やはりここは、内部に侵入(していただく)なり何なりして、情報を得ることこそが確実……ということでしょうか。


【――ああ、そうだ。言い忘れるところだったが、遙か古の時代、『教主国』の『聖女』とは宗教的シンボルであり……最終的には神に捧げる生贄としての役割を担っていたそうだ。軽々しく話に乗るのはお勧めしないが】

「な……っそういう重要なことは、早く仰って下さいましー!!」




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