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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
破滅への足音編 ~少年たちの怨敵~
156/210

替え玉作戦が本格的に走り出そうとしている気が致します

 何故か。

 本当に、何故か……ですけれど。

 何故かわたくしの身代りに、アレン様(10歳:♂)がエルレイク侯爵家の令嬢として敵地に送り込まれて生活中……という事態に相成ってしまったそうです。

 何故、こんな事態に……


「……どのような経緯があって、アレン様を身代りに等という不可解な事態が起きたのかは、存知ませんけれど」

「あー……消去法?」

「消去法? ピート、貴方の旗下にはミモザを筆頭に演技達者な方が幾人もいらした筈ですわよね?」

「そりゃ、ミモザやらは『演技』達者だろうさ。けどな、ミレーゼ、考えてもみろ。これが短時間の、わかりきったお芝居とかならまだしも……もしくは使用人みてぇな労働階級の人間なら、まだしも、だ。お前みてぇな大貴族の御令嬢だぞ。貴族生活の詳細を知らねぇ奴が、想像だけで成りきれると思ってんのか」

「つまり、演技の幅の問題ということかしら。経験がなく、想像の及ばぬ仕来りや生活習慣を模倣するには無理があった……と?」

「そういうこった。想像力で補うには限界があらぁ。俺達『青いランタン』は貧困層のドブ育ちなんでな。お上品な生活を戸惑いなく流すにゃ無理がある」

「貴方が口にするには、今の言葉に説得力は皆無でしてよ。『ピート』」

「『第5王子(ひきこもり)』の難易度と比べんな。まあ、つまりはそういうこった。こっちになりきるには不安要素が有り過ぎた。ある程度は状況を理解し、立ち位置を読み取り、臨機応変に淑女に成り済まして大人しく生活できる奴……ってなると、該当者はあまりに少ねぇ」

「ですが、他にはいらっしゃいませんでしたの?」

「……ちなみにオスカーと2択だったんだが、お前、オスカーの方が良かったのかよ」


 わたくしは、暫し沈黙してしまいました。

 オスカー様、オスカー様……ですか。

 我がエルレイク家よりも高位の貴族、公爵家の嫡子。

 加えてわたくしの身代りを、というには……なんと申しましょう。

 身長も、体格も、8歳の女児と言い張るには無理のある御方です。

 わたくしは思うのです。

 オスカー様こそ、選んではならない方の筆頭だと。


「オスカー様は、論外でしょう。公爵家のご嫡男ですわよ? 身分、立場的にも……選んではいけない方の最たるものです」

「俺も同感だ。だからこそ、アレンを押し込んだんだけどな」

「なんと無謀な……アレン様でも、少々無理が過ぎますわ」


 ……ですが、良い機会かもしれません。

 最初はわたくしの替え玉に、アレン様をと聞いて取り乱しましたが……淑女は常に平静であらねばなりませんもの。

 そして平静に考えれば、思い浮かぶ案がありました。


「ですがわたくしの身柄を、怪しむべきところが要求しているとなれば……この機に、わたくしの身柄を何故要求するのか、探ることは叶いませんかしら?」

 

 加えて、当家に余計な手出しをして下さった証拠も見つけることが出来れば申し分ありませんわね。


「お前……自ら率先して、囮になる気か!」

「虎穴に入らずんば、虎児を得ずという格言を御存知かしら?」

「だからってなぁ……相手の思惑が掴めてねぇってのに、どうすんだよ。ミレーゼをどうしたいのかすら不明じゃねーか。どんな危険があるのか、何に備えなきゃなんねーのかもわかってねぇだろ」

「ですが、此方からある程度の反応を引き出すように動かねば、状況にも動きが出ないのではなくて?」

「それは下策だろ。俺は反対だぜ、姫さん」

「まあ、ロビン様……険しいお顔」

「険しくもなるさ。随分と年下の、こんな小さなお嬢ちゃんを危険に突っ込ませるなんざ……俺の血が、俺の責務が、そして何より俺自身の矜持が許さねぇ」

「……どうしてなのでしょう。わたくし、いま久々に年齢相応の幼子としての扱いをしていただけたような気が致しますわ」

「いや、ミレーゼを『ただの8歳児』扱いは大分無理が……」

「ピート、何か仰いまして?」

「……いや」


 わたくしを案じて下さっているのでしょう。

 ロビン様の眼差しは真摯なものでした。

 裏など、疑いようのない程に。

 真実、わたくしを危険に近づけさせることはならないと。

 ……本当に、このように手厚い扱いを受けたのは随分と久しぶりに感じるのですが、何故かしら。


「ロビン様はわたくしのことを、本当に心配して下さっておいでですのね」

「当然だろ。姫さんはか……かよわい?女の子じゃねーか。それでなくともエルレイク侯爵家の姫さんだ。俺の家は、アンタの先祖に大きな恩と、義務と、覆しきれねぇ序列(借り)がある。もう本人にゃ返せねえが、子孫の姫さんを丁重に扱う理由にはなるぜ」

「……? それは、どういう……」

「ま、それに姫さんはあの阿呆の妹だしな。元級友のよしみだ。守ってやんぜ、姫さん?」

「どう致しましょう……ロビン様がわたくしの知る中で最も男前な方に思えてきて戸惑いが隠せませんわ。特に兄を思うと不甲斐無さに切なさを覚えてしまいそうです」

「あの阿呆(アホ)イヒより上かい。光栄だな」


 ロビン様は兄の元級友ですので、年齢にして23歳。

 年月の積み重ねによるものなのでしょうか……頼りに思わせる、この包容力は。


「ロビン様は偽りなくわたくしを案じて下さっているようですので、わたくしも思うところを申しますけれど……」

「ん?」

「わたくし、思いますの。ピートの仰る通り、どのような危険があるのか……わたくしのことを相手がどうなさりたいのか、不明瞭だからこそ。近く潜り込むことで知れることもあるのではないかと。


――ですが、馬鹿正直に『わたくし本人』が行く必要もありませんわよね? 」


「おい? まさかの替え玉(アレンver.)続行か!?」

「うわー……僕、てっきりミレーゼ様の所在もはっきりしたし教主国の要求はきっぱりはっきり突っぱねて、危地にいるアレン様のことも正体が露見(バレ)る前に引き上げさせるものとばかり」

「私もそうすると思ってたよー……いや、教主国の内情を探ること自体は賛成なんだけどね。それで何か有力な弱味が見つからないとも限らないし。社会的弾圧の的に出来そうなネタでもあれば万々歳だし」

「さりげなく物騒だね。そういうの、嫌いじゃないけど」

「ミモザなら賛同すると思ってたよ?」


「盛り上がっているところ、申し訳ないのですけれど」


 わたくしの先を読もうとしてか、推論をさも確定事項かの様に語り合う『青いランタン』の方々に釘を差します。

 何も、わたくしはアレン様に辛い任務を続行していただくつもりなどありませんのよ?

 アレン様に無理を強いらずとも……


「実際に現地調査(・・・・)は他の適任者を随行員に混ぜるなり何なりして、お任せすると致しまして。

 

 替え玉自体は、適任の方が他にいらっしゃいますわよね? 」


 わたくしは、にっこりと微笑んで。

 視線を、わたくしの真横にいらっしゃる方へと流しました。

 上品な布張りソファの上、近くに寄って来る端から『犬(?)』を1匹1匹と捕まえては、ご自身の膝の上で積木の様に積み上げ続けている方に……

 ……え、今気付きましたが、『犬(?)』で何をなさっていますの!?


「…………おい、本当にこいつに影武者を任せる気か?」


 何故かピートの言葉は、『正気か?』という副音声が含まれていたような気が致しました。

 きっと、わたくしの気のせいでしょう。


「姫さん? 考え直せ。その方はまともな人間じゃ手に負えねぇって。望んだ通りの結果はまず出ねぇって」


 そうして、何故か。

 敬意を払い、自身より圧倒的上位の相手と敬っている筈のロビン様の、この仰り様。

 ロビン様? 敬っておいでですのよね?

 暗に何かを含む物言いで、様々な形で否定のお言葉をいただいてしまいました。

 わたくしはただ、意味ありげに『始王祖』様へと視線を流してみただけですのに。

 実際、わたくしが示唆したかったのは『犬(?)』の方なのですが。

 喋ることが出来ない、細かな指示が利かないという難点はありますが、造形に手を加えることが出来るのであれば、これほどの適任もいないのではないでしょうか。

 …………喋ることは、出来ませんのよね?



 わたくしが『始王祖』様や『犬(?)』を眺めて思案に暮れていますと、


「……そもそもの話、前提として『始王祖』というのはミレーゼ嬢から一定距離を離れられないという話じゃなかったかな」


 存在を忘れ果てかけていた『第5王子』殿下が、どこか困ったようなお顔で仰られました。

 ……ピートの方が目立つ言動を多く取りますので、うっかり存在を忘れかけておりましたわ。

 忘れかけていたなど、おくびにも出すことなく。

 素知らぬ顔でわたくしも話を合わせましょう。


「仰る通りですわ。わたくしも、お言葉の通りに記憶しております」

「それでは、『始王祖』を替え玉にする意味がないんじゃないか。送り出しても結局は、ミレーゼ嬢が側近くにいなくてはいけなくなるじゃないか」


 あら?

 ……うっかりしておりました。

 どうやら皆様、わたくしが替え玉として提示したのは『始王祖』様の方としてお話を進めておられるようです。

 わたくしが思案している間に、皆様のお言葉を否定するには時機を逸してしまいましたのね。

 己の考えに没頭していては、周囲の状況を把握するのに時間を要してしまいますのに。


「側近くに、ねぇ……さっきも言ったが、相手の狙いがまだわかってねえんだ。ほいほい手元にミレーゼを近づけて、取り返しのつかねぇ事態を招くかもしれねぇだろ」

「あの、皆様? 『始王祖』様については……」

「ピート、ここらで1度改めて、あの『始王祖』ってのの取り扱いについて確認しといたら?」

「ああそうだな。なんか姿やら大きさやら性能やら変わったっぽいし……何が変わったのかも正確に把握しといた方が良いか」


 わたくしの言葉を置き去りにして。

 フィニア・フィニーのお言葉に応える形でピートが懐から取り出したのは……


 当家に縁深い、謎の奇書。

 エルレイク家始祖の残留思念を宿した――『黒選歌集』。


 『黒歌衆』の拠点に安置されている筈の、書。

 ですのにここに……というよりも、ピートの手元にあるということは。


「無断拝借はいけないことですわよ、ピート」

「借りパクしたワケじゃねーよ」

「では何故、手元に持っていらっしゃるの……?」

 

 ですがピートにとって、『黒選歌集』は無用の長物ではないかと思えるのです。

 何しろ『黒選歌集』は……エルレイク家の末裔が手にしなければ、応じては下さらないのですから。

 

 

 

 


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