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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
破滅への足音編 ~少年たちの怨敵~
154/210

人の恨みとは、実に恐ろしきものなのですね



 久方ぶりにお会いした彼らの第一声は、高揚し、浮かれたモノでした。


「ああっ! ミレーゼ様がいるー!!」


 どちらかと申しますと冷めた眼差しをなさっていた筈の、ミモザ。

 シビアな価値観の元に、冷静に現実を見据えた方だったように思われるのですが……

 隠し扉を通じて第5王子の居室に現れた彼は、常とは様子が異なるように見受けられます。


 率直に申し上げて、とても子供らしい(・・・・・)……明るいお顔をなさっておいでです。

 これが他の方……例えば一般的なご家庭の少年であれば、微笑ましい光景でしかありませんのに。

 ですが該当者が無邪気さとは無縁であるはずのミモザだと気付いてしまえば、異様な光景のようにしか思えません。

 現に、わたくし、一目見た瞬間に別人だと判断を下しかけてしまいましたもの。

 わたくしの知る『ミモザ』と同一人物だと言いきるには、頬の明るみや瞳の輝きが異常事態の発生を告げています。

 客観的に見れば、おかしなところなどありませんのよ?

 ですが、『童心に返ったミモザ』など正気とは思えません。

 これも何かの演技で、裏の思惑があるのでしょうか?

 演技の達者な彼が本気で演じれば、恐らくわたくしに見破る術はありません。

 同盟者であるわたくし相手に、敢えて演技をする必要性に迫られているようには、到底思えないのですけれど。

 いっそ無邪気な笑みに、わたくしも視線を逸らさずにはいられません。

 今日はミモザを直視出来そうにありませんわ。

 本当に、彼に一体何が起きてしまいましたの?


「ピート……ミモザは誰かに頭でも殴られてしまいましたの? こう、花瓶か何かで」

「普通に殺人未遂事件の発生だな。けど違ぇよ」

「まあ……では、脳の病気に? なんて恐ろしい……」

「それも違うっての。ま、奴が浮かれはしゃいでんのが不気味だってのは認めっけどな。それもこれもちっと喜び過ぎてるだけだ」

「喜んで、いますの? ですが、何故、わたくしに満面の笑みを向けて……?」

「そりゃ、お前に感謝してんだろ」

「……感謝?」


 わたくしは恐らく、何とも言い難い表情を浮かべていたのでしょう。

 ピートが、(しか)とわたくしに同情めいた眼差しを注いでいますもの。

 どんな理由があろうとも、憐みの目で見られるなどわたくしの矜持が許しませんわ。

 これは怖気づいている場合ではありません。

 一体どのような魂胆をお持ちなのか……こうなれば、直接本人に確認を取るのみです。


「ミモザ、どうして貴方はわたくしに笑みを向けておいでなのかしら」

「ミレーゼ様! それが聞いてほしいんだけど、実はミレーゼ様のお陰で良いことがあったんだ」

「はあ、良いこと……ですか」


 何方か有力貴族の御大がスポンサーに名乗りを上げて下さった、などでしょうか?

 ミモザの『良いこと』など、利益に通じるお話しか予想できません。


「そう……良いこと、だよ」

「意味深ですわね?」

「ふ、ふふあはは……っ」


 急にミモザが声を上げて笑いだしました。

 どことなく仄暗い響きを伴った笑声に、何とはなしにうすら寒いものを感じます。

 本当に、何事ですの?

  

 何が彼の頭をお馬鹿さんへと変じさせてしまったのでしょうか。

 正直に申しますと……ドン引きしそうなわたくしがいます。

 最近、わたくしの精神を疲弊させようとしているとしか思えない人外の方々に比べれば、精神力の摩耗も微々たるものではあるのですけれど。

 むしろ何事か企んでいそうな含みを察して、逆に安堵致しました。

 やはり、お腹に何か含むところがあってこそのミモザですわね、と。


「何事があったと申しますの、ピート。ミモザにとって何かしらの素敵な事があったのでしょう?」

「……お前が持ち込んだ案件、希少金属(アダマンタイト)の密売問題が関係してる」

「詳しく窺いましょう」

「実はな? お前らがいない間にこっちも計画を進めっとくかってことで、アレやったんだわ」

「アレ、ですの? ……もしや、お兄様の?」

「おう。アロイヒの筆跡と手紙の例文になりそうなヤツ掻き集めて、偽の告発文をエラル・ブランシェイド宛てに送りつけてやったぜ? 大量にな」

「まあ、わたくしがせねばと思っていましたのに……有難うございます、ピート。お陰で手間が省けたようですわね」

「こっちもただたらたらと遊んでるわけにゃいかねーしな」

「ですが、今のお話とミモザにどのような関わりが?」

「ふふ? それはね、ミレーゼ様」


 ミモザではお話にならないかと思い、改めてピートに説明をお願いしていたのですけれど。

 ミモザ本人が黙ってはいられなかったらしく、わたくし達にうっとりと恋に夢見る乙女のような微笑みを浮かべ、朗らかに仰いましたの。


「僕が誰よりも憎む復讐相手を、どさくさに乗じて陥れるのに成功したんだ! それも濡れ衣じゃなくって、実際の罪状をネタに、ね❤」

「まあ、おめでとうござい、ま、す……?」


 ミモザの笑顔は、今まで見た中で1番素敵に輝いておりました。

 笑顔の下から何かが這い出してきそうなオーラを感じます。

 ですが、復讐相手???

 ミモザには、復讐を望む相手がいた、ということですわよね?

 ……これこそ深く追求しない方が身の為と思えます。

 藪をつついて蛇を出す、とは昔の方も巧みな表現をしたものです。

 まさに、今。

 ミモザには蛇を連想させる……執念と憎悪に歪んだ暗黒のナニかが感じられるのは、恐らく気のせいではありますまい。



 何やら覗いてはならない深淵に直面してしまいそうで、深く知りたいと思えませんでしたけれど。

 ミモザには復讐を望む相手がいるそうです。

 前々から相手を陥れ、復讐を遂げる為に情報収集や裏工作を怠らず監視していた相手が。


 ……さる『劇場』の『支配人』。

 ミモザにとって、どのような因縁がある相手なのかは存知ません。

 ですが彼の怒り、恨みを買った時点で……ご愁傷様でしたと言って差し上げたく思います。

 そして間接的に、ではありますが……『支配人』と呼ばれる男は、わたくしにとっても完全に無関係とは言い切れぬ相手でしたの。


 わたくしが直接存知ている訳ではありませんので、彼の人のお人柄は知り得ません。

 ただわたくしにとって知ることとは、『支配人』の肩書を持つ彼の人が非道な罪を重ねていること。

 わたくしが知るだけでも、重罪を2つ。

 ……彼の『劇場』に所属していたアンリ――ヴィヴィアンを、本人の意思を踏み潰して売り飛ばした非合法な人身売買の罪。

 そして、おぞましいことに。

 一見してただのチェス盤の如く偽装された、『アダマンタイトの精霊』を強制使役する道具を『劇場』に多数隠し持ち、他者の暗殺等、後ろ暗い目的を持つ方への貸出とアリバイ作りをセットした悪質な『裏の商売』を行っている罪。

 これだけを見ても、『支配人』が裁かれるべき人物であることは疑いようがありません。


 ミモザ曰く、ですけれど。

 『支配人』は人柄からして碌でもない御仁のようです。

 貴族や大商人といった、利益のある相手を前にした時には温厚に快活に、好ましい人物を演じる姿こそまさに『演技』に通ずる世界に身を置く者のそれ。

 残忍にして非道な性質は裏の仕事に深く関わり、果ては自分の支配する『劇場』所属の俳優で切り捨てても構わないと思った者を人身売買のルートに流す極悪人。 

 当の『支配人』が今回の希少金属密売や、密売から発展した暗殺代行業に深く関わっていることを知った時……ミモザはまさに蛇の笑みを浮かべ、歓喜の笑みを浮かべたそうです。

 ミモザにとっての『敵』――『支配人』を地の底までも引き摺り下ろす、絶好の好機を投げ与えてくれた相手……わたくしに、本心からの感謝を捧げて。

 あの、一方的に、わたくしの感知せぬ方面から感謝されても困るのですけれど。


「幸い、前々からあの『劇場』の内部深くに食い込んだ相手と繋ぎは取ってたんだよね。勿論、此方側に引き込んだよ? 相手の罪悪感と因縁を執拗に突っつき回せるくらい『母さん』に似ていて良かったって思ったし」

「あの……ミモザ? 貴方が一体何をなさっていたのか存知ませんが、わたくしは別に詳細をお願いしてはおりませんわよね? 深く聞きたいとは思っていないのですけれど」

「『竜殺貴公子の告発文』のお陰で、『劇場』はがっちり検挙対象だ。証拠固めの捜査がどこまで進んだか……毎日進捗を確かめる度に、甘いお菓子をプレゼントされたみたいな気分になるんだ」

「恍惚と頬を染めて悩ましいお姿ですわね? ですがわたくしは特に感慨を抱いたりは致しませんので……今のお姿は、是非、ミモザの信奉者の方々を相手に御披露しては下さいません?」

「ふふふふふ……数々の犯罪を証立てする重要書類の保管場所は既に調べがついているし、『内通者』からも写しを提出させているんだよ? 後はこれを立入調査の時、さも調査員が見つけたように体裁を整えれば社会的抹殺の完了だ♪ 調査員の買収も上手く進んでいるし……こんなに状況が僕にとって美味しく運んでくれたのも、全部ミレーゼ様のお陰だよ!」

「いま、いまわたくし、謂れのない功績を押し付けられつつある気が……! わたくしは何もしておりませんわよ!?」


 わたくしも他人を陥れるな、とは申しませんけれど。

 さもわたくしが陥れる行為に一枚噛んだかのような物言いは納得できかねます。

 わたくしも一人前の淑女を目指す身ですもの。

 己の罪は己の罪として背負っても構いませんが、覚えのない策略の共謀者とされることは承服できかねます。

 例え相手が悪人だとしても、悪事を暴く為だとしても。

 自分の行いには、自分で責任を負いたく思いますもの。

 関与せず、関知せぬモノを押し付けられては、責任の所在が把握しきれません。

 これではわたくしも、責任を取りきれませんわ。


「社会的な抹殺が完了したら、ちゃんと余所に奪われないよう身柄を確保しなくちゃね……『黒歌衆』の管轄だ、とでもしてしまおうかと思っているよ。『黒歌衆』に借りを作ってしまうけれど、それであの下種の身柄を回収できるなら……構わないよね、ピート?」

「ああ、ああ、はいはい。お前が前々から虎視眈々と狙ってた獲物だってことは知ってるし、別に邪魔はしねぇよ。構わねぇから好きにしとけ。だからいい加減、その病んだ笑みは止めろ。目が怖ぇんだよ」

「感謝するよ、ピート! ああ、本当に! 僕、ピートの配下で……『青いランタン』の一員で良かった!」

「喜ぶのは良いけどよ? 仇敵の身柄を確保したからって『青いランタン』のチビ共に顔向け出来ねぇ様なことはすんなよ。あとねぐらにある備品(・・)使いてぇなら消毒洗浄くらいはしとけよ? 知らねぇ内に破傷風で使い物にならなくなっちまったら、肝心の情報が吐き出させられなくなっちまう」

「大丈夫だよ……ちゃぁんと、心得ているから。あっという間に終わらせてあげるなんて、僕の気が済まないしね……?」


 心から晴れやかに微笑む、ミモザ。

 今にも大草原の真ん中で明日への希望や人生への賛歌を歌い出しそうなご様子です。

 時と場所と場合さえ違えば、聖堂に刻まれた天使の壁画もかくや、といった笑顔なのですけれど……。

 どのような状況下であの笑みを得ているのか知ってしまいますと、どんな輝かしい笑顔であろうと空恐ろしさしか覚えません。

 何故でしょう、風邪を引いているわけではありませんのに……ぞくぞくと、悪寒が致します。

 人に恨まれるとは、憎まれるとは恐ろしいことですのね。


 わたくしも気を付けましょう。

 何かを成す時は、無為に恨まれ得る余地を残してはならないということを。

 …………憎悪が此方に向くことの無いよう、気を付ければ大丈夫ですわよね?


「クレイ、良いですか。人に恨まれるような生き方をしてはなりませんわよ。――少なくとも、表向きは」

「うー? もーて、みき? うりゃむ? ねえしゃま、ねえしゃま、しょれなぁに?」

「貴方にはまだ難しかったかしら? 今はお姉様の言葉だけ、覚えておきなさい。ね、クレイ?」

「あい! おびょえまーしゅ」


 ついつい、幼いクレイにはまだ理解の難しいお話をしてしまったようです。

 クレイが素直な良い子で良かった。

 もしかしたら意味がわからないからと、他の子であれば癇癪を起したかもしれませんもの。

 わたくしったら、気が急いてしまったようですわね。

 弟を無駄に混乱させるようなことを言い含めようだなどと、わたくし自身の幼児教育への未熟さを曝すような行いでした。

 クレイとお喋りする時は、もっときちんと会話の内容を吟味せねばなりませんわね。


「――さて、そんでミレーゼ? ミモザが狙ってる『支配人』の悪事を引きずり出すことが出来れば、だが。アンリが売られた際のルートやら顧客リストやらを引張り出せるかもしれねぇぜ?」

「つまり……もし上手くことが運べば、アンリを用いてわたくしの家を陥れた怨敵の素性が発覚すると?」

「ミモザが狙ってるの、アンリをミレーゼの敵とやらに売り飛ばした張本人だからな」

「……では、ことは重要ですわね。ミモザの空恐ろしい口上に、わたくしもうっかり注意が彷徨ってしまっておりましたけれど……こうなっては、ミモザには是非にも身柄確保を達成していただかなくては!」


 正規の調査機関に身柄が渡れば、情報の裏付けや何やらは正規の機関が行うことになります。

 この場合、わたくし共の方に調査結果に関する情報はきっと回してはいただくことが出来ない、となるに違いありません。

 わたくしは8歳の女児。

 重要な犯罪情報を、何方が流して下さるというのでしょう。

 ですが、相手はわたくしの敵に繋がること。

 大事なことは、己で掴んで把握しなくては。

 でなくば、敵に出し抜かれる事態となっても致し方ありませんもの。

 誰よりもわたくし自身が知らずして、どうすると言うのです?

 自分の敵は自分で把握し、そして自分の手で決着を着ける。

 きっとそれが、大人になることだとわたくしは思うのです。

 わたくしは未だ幼い身ですが……成長する為の第一歩として、成し遂げてみせます。

 どちらにせよ、自身と弟の安全を確保する為にも倒さねばならない相手がいることは確かです。

 自分で問題を解決できるようにならねば、いつまで経っても無念が残ります。


 これは、何としてもミモザに『支配人』とやらを回収していただかなくては……

 

 恐らく公的機関に取って望ましい事態ではないのでしょうけれど。

 わたくしはわたくし自身の名誉と目的の為、わたくし自身の手で我が家を陥れた愚か者に制裁を加える為……公的機関に先んじて敵の情報を入手せねばなりません。

 ほんの少し、気が進みませんけれど。

 わたくしの感情など、些細な問題ですもの。

 ですから、わたくしは……ミモザのことを、全力で応援させていただきます。


 


 皆様は覚えておいででしょうか……

 『青いランタン』がねぐらにする『廃病院』には、隠し通路や隠し部屋が存在し……そして、拷問器具がごろごろしていたことを。

 小林は自分で書いていて、何故かそのことをふっと思い出しました。

 ミモザ君、復讐に燃える暗黒面も程々に。

 


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