「お兄様に比べれば」は、どのような事柄であろうと些末事に思えてくる魔法の呪文ですもの
今までこれ程に堂々と、ルッコラ自身が異常な事態に参入している姿を包み隠さずに見せつけ……られたことは、そういえば前にもあったような気も致しますが。
ですがこれ程の異常を介して現れる姿は、やはり我が目を疑います。
『始王祖』様以外に、このような手段を用いる方を他に存知なかったのですけれど。
ルッコラ? 貴方……本当に人間、ですわよね?
今更、違うとは申しませんわよね?
別に人間でないなどと匂わされた訳ではない筈ですのに、何故か人外疑惑が勝手に浮上して参ります。
……いえ、このような登場を平然と果たす存在を『人間』に分別してよろしいのかしら?
幾らなんでも、無茶苦茶ですもの。
やはりルッコラ(11)は、人ではないやもしれません。
「る、ルッコラ……貴方、何故ここに?」
「ちょっと王都の方で色々あったんです」
「何がありましたら、このような人外的移動手段を習得できますの!? 此方にも色々ありましたけれど、このような非常識な手法を新たに習得した方は皆無ですわよ!」
「ああ、違うんです。移動手段のことじゃなくって……実は、悠長にミレーゼ様のお帰りを待っていられる事態じゃなくなっちゃったんです」
「…………つまり、この移動手段自体は、以前……から?」
「そこはあまり重要じゃありません!」
「いえ、絶対に重要ですわよ!? はっきりなさって下さいませ」
「それより、よく聞いて下さい。実はミレーゼ様には今すぐにでも王都に戻ってもらった方が良いだろうって……ピートがそう判断しました」
「そして、GOサインを出したのはピート……と」
「はい。そこで非常識は重々承知ですけど……ちょっと、僕の犬達に無理をさせました」
「無理をさせたからと可能になる事態ですの!? 前々から思っておりましたけれど、ルッコラ! 貴方が犬と呼ぶ存在は………………いえ、何でもありません」
何か言おうと思ったのですけれど、何と表現すれば的確にあの生物???のことを言い表すことが出来るのか……
わたくしには、言葉を見つけることが出来ませんでした。
クレイ、意気地のないお姉様を許してくれて?
もうこれは、わたくしの考えるべき領域を大きく超えているように思われます。
追及する気力もありませんし、今更この異常な生物(?)に言及しても効果的とは思われません。
わたくしは過ちを正せる程の勇気もなく、状況を流すことに致しました。
「な、なあ……? このユニークってか個性的っていうか……この小僧は一体?」
「ロビン様……」
「不審人物っすか? 不審人物っすよね。間違っても、若様ならともかく、お嬢様のお知り合いなんて……そんなことはないですよね! 若様じゃないんですから!」
「ぎ、ギル……」
「あ、あの、さ……俺が言う事じゃないかもしれない、けど。あの人間っぽく見える魔物に攻撃しなくって良いのか? 捨て駒になれっていうんなら文句は言わない。けど、ナイフの1本くらいは貸してくれないか。頼む」
「ティタニス……ええと、無用な心配をしてはいなくて?」
状況を流すことに致しました! 致しましたの!
お願いですから、流すことにさせて下さいませ!
……ですが、最低限の紹介はせねばなりませんわよね。
気を重くしながらも、わたくしは寂しくなって首を振ります。
あら、おかしいですわね。
貴族の令嬢と生まれたからには、徹底的に教え込まれる作法や心得といったものがあります。
常に自然な微笑みを浮かべ続けることも、心得の1つと言えましょう。
ですのに……何故でしょうね?
わたくしの笑みは今、淑女にあるまじきことですが……何だか、ぎこちなくなっているような気が致します。
「貴方がたに、残念なお知らせがございます」
「「ああ……」」
「え゛」
ルッコラの存在を今まで知らなかった方々。
ロビン様とギルの2人の目には、諦めが。
ティタニスの目には、困惑が浮かび上がっておりました。
「こちらは、わたくしが王都で大変お世話になった『とある組織』に所属する『犬(?)使い』ルッコラ。ルッコラ、彼らは……」
「あ、ミレーゼ様。大まかなところはエキノからの交信でもう知っていますから、紹介は結構ですよ」
「気にしてはなりません。気にしてはなりません、わたくし。1つ1つ細かい単語に気を取られてはなりません」
この世の不条理が肩に圧し掛かって来るようです。
わたくしはふっと目を逸らし、首を振って重く感じる何かを振り払おうと致しました。
「ええと、ご紹介に与りましたルッコラです。年齢は11歳。ドッグブリーダーの卵です」
「…………ドッグ?」
「はい、ドッグ」
ルッコラの簡単な自己紹介に、引っ掛かるものがあったのでしょう。
ロビン様は俯瞰するような眼差しで、ルッコラを見、ルッコラの騎乗している大型の『犬(?)』を見、再度ルッコラを見てからわたくしへと視線を移して参りました。
「なあ、姫さん」
「わたくしは何も答えませんわよ」
「……ここ、俺が何か言うべきとこか?」
「ロビン様の自由な御裁量にお任せ致します」
「うん、アレどう見ても狐だよな?」
「さらった仰いましたわね!? 誰もが思っていることを!」
「あと、妖術師のことを何時から『ドッグブリーダー』なんつうようになったんだ? 隠語の一種か、おい」
「……恐らく本人は、言葉通りの意味で仰っているつもりですわよ?」
そうですの……ロビン様は、ルッコラのことを『妖術師』だと判断なさったのですね。
わたくし、『妖術師』などという存在は御伽話の中だけかと思っておりましたわー……(大抵悪役)。
本物の『妖術師』とやらがどのようなモノかは存じませんので、わたくしには判断のつかないことです。
ロビン様は本物をご覧になったことが、お有りなのでしょうか?
「ロビン様、妖術師に既知の方でも?」
「いんや? けどアロイヒが前に戦ったことあるっつってたぜ?」
「あ、俺もそれ知ってます。なんでも怪我1つしていないのに何故か全身にぼろぼろの包帯を巻いていて、左腕に『灼熱の氷槍』って意味のよくわからない古語が刺青された男だったとか」
「実際、左手から氷の槍を発射してきたとか言ってたな」
「おにいさまぁぁあああああああっ」
あ、あの方は本当に、常日頃どのような体験をしていらっしゃいますの!?
わたくしの経験した事等、瑣末な事に思えてくるようです。
日常に潜む、非日常。
最も伝説に近いところを生きているのは、兄なのかもしれません。
兄を思い出すと、本当に今更、ルッコラのことなど気にするようなことではない気がしてきました。
ルッコラの不思議一切に目を瞑り、忘れても構いませんわね。
兄を思えば、どうということもありません。どうということも。
「ルッコラ、ところでまだ聞いていなかったように思うのですけれど……ピートが、何故急遽わたくしの身柄を王都に移すよう仰いましたの?」
「ああ、そうそう。それが一大事なんでした」
「……一大事、とは?」
ピートをはじめ、『青いランタン』には優秀な方々が揃っておいでです。
わたくしが出来ることで、彼らに対応出来ないことなど本当はないのでないかと思える程に。
わたくしも所詮は経験の浅い、8歳児。
まだまだ彼らに技術でも経験でも知識量でも勝てるものないのかもしれません。仕方のないことですわね。
そして、ルッコラは『青いランタン』の幹部。
仲間達の能力は、わたくしよりもずっと深く御存知の筈。
ですのに、一大事と。わたくしの身が必要と。
彼らの言葉であれば、疑いを挟む余地は御座いません。
ですが一体、何事が起きたと申しますの……?
もしやわたくしの不在が、王妃様辺りに露見して……?
怪訝に眉を寄せるわたくしに、ルッコラは爆弾を投下致しました。
わたくしの思っている以上の、『一大事』を。
「実は、教主国が言って来たんだ。
ミレーゼ様を、『聖女候補』として教国に迎え入れたいって 」
わたくしの表情は、ルッコラの言葉によって固まりました。
幾ら幼くとも、忘れてはおりません。
我がエルレイク家が国より預かる、エルレイク侯爵領。
大事な守るべき領地において、国家守護に関わる重要な鉱山の盗掘・密売を行った者達。
彼らの背景に、教主国の影があったこと。
我らがウェズライン王国と祖先を同じくする一族を、未だに奴隷民として扱っている非人道的な国家が何処であるのか……ということ。
ええ、ええ、ほんの先日のことですもの。
わたくし、未だ全く忘れてはおりませんわよ?
そして、一生忘却することは有得ないことでしょう。
きな臭過ぎて、何を企んでいるものか……知れたものではありません。
わたくしの家に災いを成した、教主国が。
我が国どころか、我がエルレイク家をピンポイントで害そうとしているようにしか思えない、教主国が。
『聖女』等と……家庭教師に受けた教育が確かなのであれば、もう700年も前に廃れた制度を持ち出して、わたくしの身柄を寄越せと?
仮にも侯爵家の令嬢を相手に、要求するのですもの。
つまりは国を介して、正式に要請してきたということですわよね?
わたくし個人と致しましては、斯様な要請……検討するまでも無いのですけれど。
――誰か、教主国に鉄の槍でも降らせては下さらないでしょうか。
こう……国土、全域に。
貞淑たるべき淑女の卵としましては、褒められないことですけれど。
わたくしはつい、遠くのお星様に遠国の大きな不幸を願ってしまうのでした。
ミレーゼ様、婉曲に「滅べ」宣言。
・聖女
宗教上の象徴的な意味合いを持つ女性。
かつては50年に1人選出されており、教主国の中枢で幼い頃から教育(洗脳)されてきた若い女性が選ばれる。
就任期間は10年。神を讃える宗教行事で中心的役割を担う。
大体は教主国のお偉いさんの人気取りに利用される存在。
古い時代には重要な役割があったらしいが、時代とともに文献が散逸し、本来の役割は失われて久しい。
だが聖女を崇め敬う精神が信者達に根付いており、聖女がいる期間は国中が熱狂で沸く。お布施も平時の約3倍。
しかし凄まじい支持と国の指導者よりも聖女を重んじる風潮が権力者達に敬遠されるようになり、いつしかこじ付けられた適当な理由から制度も廃止。
役職自体は公的に残っているものの、該当者なしの状態でずるずる700年。
制度の復活も叫ばれて久しいが、下克上の旗印にされては叶わないので指導者達に聞き流されている。
 




