当家の主は代々とてもエネルギッシュな肉体を有しておいでのようです
我が一族の偉大なる祖先を指して、掛けられましたのは看過出来かねる不穏な疑惑。
『始王祖』様、贄とはどのような意図で以て仰いますの?
当家の始祖が、子孫に当たる代々の当主を贄にしていた……とは。
余りにも、聞き捨てなりません。
「どのような意図とは? 言葉の通りだが」
「何故、当家の祖に子孫を犠牲とする必要があるのです」
未だ幼いわたくしですけれど、『贄』という言葉の意味くらいでしたら存じているつもりですわ!
納得のいく返答を得られなければ……わたくしは、無機質なお人形を幾つか…………破損させてしまうやもしれません。
贄との言葉に、感じるものがあったのでしょうか。
返答を求めるわたくしを前に、『始王祖』様との間に挟まれる形となってしまわれたティタニスが、何やら居心地が悪そうに顔をしかめて身動いでいらっしゃいました。
納得のいくまで、はしたなくも執拗に追及してしまいました。
ですが心情的には致し方なきことと思われません?
ええ、淑女らしくなかろうと、捨て置くことは出来かねますもの。
そうして言葉の応酬を精神的疲労の極致に至るまで続けたところ。
得られた答えは……当初、わたくしが予想していたものとは若干異なるものでした。
「……結界の原動力、ですの?」
「有無。加えて、非常時の備えに力を蓄える機構も備えているようだ」
『始王祖』様のお答えは、以下の様なものでした。
先日、アダマンタイトの鉱脈を確認すべく足を運ばせていただいた折、『始王祖』様のお言葉によれば結界……の、痕跡がございました。
既に破壊されたものではありましたが、説明によりますとアダマンタイト鉱脈へと向かうモノを阻むように張り巡らされた……不可視の障壁、があったのだと。
エルレイク家の者であれば、阻まれないそうなのですけれど。
破壊されてしまったとは申しましても、彼の結界が数百年以上の年月に渡って山中に張り巡らされ、アダマンタイトの精霊達を脅かす無用の輩を追い返していたことは事実。
国家守護の精霊を守っていたのは、初代様が遺した?とされる結界???
ですが作ったからと、結界は何百年も何もせずとも維持できるものではないのだそうです。
何でも他の存在を阻むことは当然ながら、結界自体が存在するだけでもエネルギーを凄まじい勢いで消費していくらしく、力の補給が出来ねば長くは保っていられないものなのだとか。
なんということでしょう、国家の守りを更に守る為に張られた防壁は、恐ろしいまでに燃費が悪い代物だったのです。
結界を張った方が全盛期の『始王祖』様の如く、圧倒的な力を有した方が強力な力を予め与えておいででしたら、話は違うそうなのですが……全盛期の『始王祖』様が何者だったのかは、兎も角。
人外の方ですら労を要する作業ですのに、只人である初代様がかつての『始王祖』様レベルで燃費の優れた結界を設置出来る筈もなく。
従来の結界では不足があると考え、初代様は独自の改良を施した物を設置したそうなのです。
「試行錯誤の結果であろうな。本来であればすぐさま力を失って摩耗していくところを、遠く離れた場所……此処から補給路を繋ぎ、外部に力の補給地を用意したことで何百年と保たせていたと見える」
工夫と努力の賜物ですわね……とでも言わせたいのでしょうか。
頭も痛くなりそうなほど、悩ましいことですけれど。
どうやら当家は先祖代々、国を守るためとは申せ知らぬ間に犠牲を強いられ続けていたようです。
なんということでしょう。
先程きっぱりと否定致しましたのに……まさかの、ロビン様の「何かの儀式会場か」というお言葉が的中してしまいました。
「………………『生贄』ではなく『贄』である分、まだ救いはあると思うべきなのでしょうか」
『始王祖』様は仰いました。
代々、「当主の亡骸」を『贄』としていたのだと。
つまりは生きたまま犠牲にしたのではなく、亡くなり、魂の失せた肉体から結界へと『力』を流し込んでいたのだと。
既に永遠の眠りへと落ちた亡骸に、『力』と呼ばれるようなものがあるのか否か……疑問なのですけれど、何かしら良くわからないエネルギーを有しているそうです。
死してなお、謎の活力が身体に隠されているとでもいうのでしょうか。
周囲の力を勝手に取り込み、自動的に力の補給&消費が出来る結界を張っていたのであれば、山は2年と7ヶ月ほどで死の山と化していただろうとのことですが……年数が具体的過ぎて、妙な信憑性があります。
2年と7ヶ月で山ひとつ死の山に変えてしまうような結界。
エルレイク家当主の亡骸は、1人で100年分程の力を供給すると『始王祖』様はお見立てになられました。
…………2年7ヶ月で死の山を作る結界を、100年ですか。
力とやらの変換効率がどうなっているのか、凄まじく気にかかります。
ですが幾らなんでも、既に亡くなっているからと遺体を都合よく扱われるのは……何やら冒涜されているようで心穏やかではいられません。
例え、国防の為だとしても。
……王家への忠厚き臣下として、国民として、先祖の行いを受け入れるべきなのでしょうか。悩ましく思います。
「……エルレイクの当主が贄になるっつっても、100年もインターバルはねぇでしょう。余分な『力』はどうなってんですかい?」
『始王祖』様のお言葉に頭を押さえて項垂れていらっしゃったロビン様が、お人柄に似つかわしくない恐る恐るといった態で『始王祖』様に疑問を定義なさいました。
確かに、先代の当主が亡くなってから100年以上当主を続ける方はいらっしゃらないでしょう。
100年が経つ前に死して次代の当主が立てられる筈です。
……ロビン様の仰られた通り、1代につき数十年分の余剰が出ますわね。
「非常用に、この地に貯め込まれている」
「簡潔なお返事、有難うございます。ですが……力とやらを貯蓄されて、真上に立つ当家の城は大丈夫なのでしょうか……?」
いつか、暴発致しませんか?
初代様は、真に何を思われてこのような仕掛けを遺されたのでしょうか。
何も子々孫々にまで因果の及ぶ仕掛けにせずともよろしいではありませんか。
我が先祖ながら……偉大な方だとは思いますけれど、何か思考回路に突き抜けたものがございません?
そもそも、『力』などという曖昧な表現がまかり立つようなモノを貯め込まれて『非常用』と申されましても、使い道も不明なら使用方法も不明なのですけれど。
非常用として残すのであれば、使用を前提とした取扱説明書のひとつも残して下さいませんと困ります。
わたくしが心底困り果てた顔で、『力』などという得体の知れないナニかに思いを馳せていましたところ。
元より、これこそが目的でしたのか。
人外人形は作り物の目元を薄く細め、満足げに申されたのです。
「必要量はやはり満たしてあるようだ。折角あるのだし、使わせてもらおう。……今時分、自然界にだとて、これ程の力を貯め込んだ場も珍しい故な」
なにやら、不穏なことを口にされました。
あら? 今何か……
……力の使い道に関わるようなことを仰いました?
死の山を作る結界を、100年規模で保たせられる、力(貯蓄注意)の?
『始王祖』様が使う、と。
わたくしの空耳でなければ、使うと仰せに聞こえました。
聞き様によっては、気の遠くなるような膨大な量を、使うと。
「…………何に使うおつもりですの! 当家の先祖代々に縁あるものですのに、使われてしまうおつもりですか!?」
「使っても問題はあるまい。元をただせば結界用、しかして結界はとうの昔に破壊されている。今更動力を送る必要は何処にもなし」
「言われてみればお言葉の通りなのですけれど……!」
何故でしょう。
このお人形が使う、と。
まだ用途などお聞きしていないにも関わらず、目を覆いたくなる惨事が引き起こされる予感しか致しません。
御先祖様は、真に厄介な遺産を遺されました。
そうして、お止めしようにも。
不可思議な業に縁もゆかりもない、幼子たるわたくしには……
どのようにして制止すればよろしいのか、皆目見当もつきません。
何しろどのようにして扱えば良いものか不明ですし、どこにあるのかも存知ませんので。
お人形は身軽にティタニスの肩から飛び降り、向かわれた先は、初代様の眠っていらっしゃる祠の屋根。
元よりお止めすること、叶わず。
屋根飾りの1つと見て取れるレリーフに『始王祖』様が手を伸ばされると……
ぞぶり、と。
浮き彫りにされた『黒歌鳥』の、頭部。
瞳代りに埋め込まれた宝玉。
黒く艶やかな光を照り返す宝玉に、『始王祖』様の腕が沈み込む様子は、少し距離のあるわたくし達にも見ることが出来ました。
まるでぬかるんだ泥沼に、手を突き入れるかの如く。
『始王祖』様は、我が先祖代々の貯蓄に手を伸ばされたのです。
固い筈の石に沈んだ人形の腕。
探る様に動いた腕の先、指先へと僅かに力が込められるような……力を込める直前の様な動作が、伝わった後。
――瞬間。
地下の筈の室内を、眩い光が切り裂きました。
え。
なにが、おきるんですの。
わたくしの想像を超えた異常事態が、いままさに――
外部バッテリー(霊廟)に充填されてていた、黒歌鳥(精霊としての)復活用エネルギー。
それを『始王祖』様に横取りされてしまったようです。
『始王祖』様(ガチ人外)と黒歌鳥(腹黒暗躍家)……
使うにしても、一体どっちの方がマシだったのでしょう。
某英雄王
「どんな化け物が、ヤツと名を並び立たされてんのかなんざ、知んねぇが……どんな野郎だろうと、あの魔物よりゃマシだ!!」
某吟遊詩人
「へえ、そうなんですか」
某英雄王
「ひ……っ」
某吟遊詩人
「どうやら陛下は、寝惚けていらっしゃるようですね。より良い夢の中へと誘われますよう……子守唄を歌ってさしあげましょうか、 お 義 父 さ ま ?」
某英雄王
「ごめんなさい!!」




