当家の霊廟は初代様の趣味によるものにございます
城の地下奥深く。
辿り着いた回廊の先に広がる空間は、恐らく王宮のホールにも匹敵するのではないかしら。
広さも、手間のかけようも、同等と言って差し支えないように思えます。
当家の祖、初代エルレイク侯爵サージェス・エルレイク。
多彩な才能で知られる彼の方が人生の最後に、心血を注いで作り上げた空間ですもの。
今もこうして、わたくし達に同行した皆を圧倒し、言葉を奪っているようです。
見慣れたわたくしや、クレイにとっては常と変わらぬ様子にむしろ安堵致しますけれど。
室内の中央に、初代様がお眠りになっている霊廟が御座います。
大きな一枚板の黒曜石から削り出したという、どこにも繋ぎ目の存在しない霊廟。
出入り口には旧王朝を現王朝の祖である英雄王が滅ぼす様の織り込まれたタペストリー。
あの布を捲った先に、初代様を納めた祠が存在していることを、わたくしは知っています。
天井近くの壁に、そして床の東西南北を起点とした四方八方に配された石は魔光玉。
自然と発せられる光が、安寧を思わせる仄かさで空間全体を照らし出しております。
魔光玉に刻み込まれた当家の家紋と呪術的な意味を持つという古代文字による屈折が光を揺らめかせ、まるで波のように淡く脈打つ様は流動的。
空間全体に何度も何度も流れ押し寄せる様は、本当に海の波に揺蕩っているかのようです。
天井にはエルレイクの城を中心としたエルレイク領の地形を記した絵地図。
城の位置に大きくエルレイク家の紋章が彫り込まれ、古の魔物の姿が誇示されております。
染料の効果でしょうか……線に沿って光が走り、闇の中に黒歌鳥が浮き上がって見えました。
床のタイルにはエルレイク領の空……記号と線によって描かれた天体運行図。
また床面の全体を使うように大きく、二重の五芒星が互い違いに2つ描かれております。
角度を変えるようにして描かれた4つの五芒星もまた、染料の効果なのでしょうか。
淡い光を発する様子は、神秘的な雰囲気を形成しているように思えます。
星の線は古代文字によって構成され、複雑な光が折り重なって見えることでしょう。
五芒星の角に位置する場所には小さな色違いの塔が建てられております。
全長2.5m程の、塔。
初代様の祠の方に向けて彫り付けられた家紋には、色違いの玉。
握り拳大の魔光玉が嵌め込まれ、蛍のような燐光を放っておりました。
それぞれこの塔の中に、歴代当主の亡骸は納められているのです。
わたくしは最後に見た時と変わらぬ光景を細かく目で確かめ、納得を込めて頷きました。
「どうやら、此処は変わりないようですね」
「待てコラ」
何故かロビン様が、平然とするわたくしの肩をがっしと掴まれました。
少々指が食い込み、動きを制限されるようで不愉快ですわ。
何か余程、仰りたいことがおありなのでしょうか。
わたくしは小首を傾げ、ロビン様の引き攣った顔を見上げました。
彼女の表情に浮かぶのは、なんとも言い難い不思議な表情で……
何と申しましたか……ピート達が口にしていた「ドン引き」という言葉を思い起こしました。
「ロビン様?」
「なあ、姫さん。此処は……なんだ?」
「我が一族、代々の地下霊廟ですわ」
「ほう、一族の霊廟……なあ、姫さん。ひとつ良いか?」
「はい、なんでしょうか」
「なあ、あのさ?
いつから、黒魔術系地下組織のアジトを『霊廟』って呼ぶようになったんだ?
あれ、どう見てもなんかやべぇ儀式の会場だろ。なあ、サバトでも始まるんだろ。
霊廟ってのは隠語か? 隠語なのか? 」
「ロビン様……? 何を仰っていますの?」
当家の霊廟に気に障るものでもあったのでしょうか。
ロビン様は嫌そうに顔をしかめ、頬を引き攣らせておいでです。
わたくしには面白味のよくわからない冗談を口にしていらっしゃいますし……
何か思うところでもあるのでしょうか。
「ロビン様? 何度も申しますけれど、此処はエルレイク家の一族が眠る霊廟ですわ。儀式の会場とは……一体どのような意味でしょうか」
「わかってねぇとは言わs……マジでわかってねぇのか?」
「理解しておりましたら、質問など致しませんが」
首を傾げるわたくしと、何もわかっていないでしょうに一緒に首を傾げてにぱっと笑うクレイ。
愛らしい、わたくしの弟。
ですがロビン様は、可愛いクレイを前にしていますのに、頭を抱えてしまわれました。
まあ、わたくしの弟の愛らしさを前に失礼ですわ。
「……じゃあ聞くが、なあ? ええと、例えばあのでっかい魔法陣はなんだよ?」
「魔法……陣???」
「………………床の星マークは一体何のつもりだ?」
「初代様の趣味ですわ」
「趣味の一言で片付けやがった……!」
「ロビン様も、好ましく思う図形や記号をお有りではなくて? わたくしもハンカチの刺繍などには、必ず季節に応じたお気に入りの図案を入れていただくことにしていますのよ」
本当は、淑女としては己の手で刺繍を入れるべきなのですけれど。
わたくしの未だ短い手指では、まだまだ拙く人にお見せ出来るようなモノはつくれませんの。お恥ずかしいことですわ。
侯爵家の娘として、小物といえども他人に侮られるようなレベルの物を持ち歩く訳には参りません。
わたくしが使用している小物の刺繍は、エルレイク家お抱えの針子に頼んでおります。
いずれ刺繍の腕も上達した暁には、是非とも自分で完成させた物を……と裁縫の腕も鋭意磨いていますわ。
「ハンカチの刺繍と同じレベルで語るのか、これを!? これを趣味だというのなら、俺は言わねばなるまい。お前ん家の先祖、絶対に趣味悪ぃってな!」
「まあ……他人の先祖をつかまえて、何というお言葉。この霊廟の様子も…………感じ入ったつもりで眺めていれば、次第に高尚なものに見えて参りませんこと?」
「おい、自己暗示入ってねぇか!? あとこの部屋はどんだけ眺めたって不気味にしか見えねーよ!!」
ロビン様曰く「ガキが間違いなく泣く。泣き喚くほど気味悪ぃ」とのことですが、実際に間違いなく子供であるわたくしやクレイですら少しも恐怖してはいませんのに……ロビン様は少々大袈裟なお言葉が過ぎるのではないかしら。
わたくしも他家の霊廟を拝見したことがある訳ではありませんけれど、ロビン様の御先祖様が祀られている廟とは余程趣が異なるのでしょう。
ロビン様のお家も古くから続く名家ですもの。
各家で独特の風習があるのは当然です。
家によって様々な家風がありますように、供養の仕方も家によって様々ですのね。
当家の場合は最も厚く祀られるべき初代様ご自身が、葬送の仕方から供養の手引きまで仔細に作法を書き残して下さいましたので、子孫であるわたくし共としましては先祖のお言葉に従うのみですわ。
わたくしが個人の供養には様々な形式があることに感心しておりますと、ふとティタニスの……訂正致します。ティタニスの肩を占領した、『始王祖』エルレイク様のお姿が目に留まりました。
地下霊廟に足を運びましたのも、『始王祖』様のご希望あってのことでしたわね。
あのお人形にどういう意図があってのことか……あまり良い予感は致しませんが、余人には予想もつかぬ言動を取る『始王祖』様のことです。
恐らく『始王祖』様には何かお考えが、あ…………るものと信じたいところですけれど、どのような意味・目的があるにせよ、わたくしには及びもつかぬ考えでもって行動されている方ですもの。
霊廟にいらしたことも何かしらの理由あってのことでしょう。恐らく。
ですが人知及ばぬ『始王祖』様が、当家の霊廟に何の用をお持ちなのでしょう?
この地下霊廟での先祖供養を引き継ぎ、これから先も管理していくのはエルレイク家の未来を担う……つまりはこの世に遺されたわたくし達姉弟の役目。
つまりはこの霊廟の責任は、わたくしの肩にあります。
……急に不安になって参りました。
本当にあのお人形が何のつもりかは存じませんが……
管理責任の一端を担うものとして、『始王祖』様の目的をお聞かせ願わなければなりませんわよね。
…………円滑な意思疎通が、適切な相談が出来るのか否か自信の程はありませんけれど。
「『始王祖』様、あの、少しよろしいですか?」
ティタニスという運動性能において少々マシな部類の移動手段を手に入れた『始王祖』様はゆっくりと観察して回る様に霊廟の中を移動しておいででした。
やがて当家の初代様が納められた祠の前で足を止め(させ)、気を引かれているご様子。
何かしきりと頷く様子を見せていらっしゃいますが……
「――やはりな」
「あの、何が「やはり」なのでしょうか」
他者へは無関心に自己完結なさっておいでですが。
やはり彼の方の思うところなど、凡人であり幼子たるわたくしに察せられるはずもなく。
わたくしはお人形の体を揺さぶりたくなる衝動を抑え、『始王祖』様との会話の糸口を引っ張り出すべく、繰り返しお声がけさせていただきました。
『始王祖』様は特に解説をして下さるわけではありませんけれど。
ですが根気強く話しかけていれば、ほろりと零れ出た言葉を拾うことが出来ます。
「やはり、己が子孫を……代々の直系の亡骸を、贄として扱ったか。黒歌鳥」
「 え゛ ? 」
…………
………………
……根気強く、言葉を拾おうとしたのですけれど。
今何か、聞き捨てならないことを仰いませんでした!?
このお人形――!!




