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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
エルレイク侯爵領編
147/210

わたくしの一族には凝り性の先祖が多くいらしたようです

消えた遺体。

それは、果たしてどこに……?




「――旦那様と、奥様の……? いえ、そのような一団は来ておりませんが…………」

「……どういうことですの?」


 墓参の準備を整え、父母への供物を揃えるように……と。

 当然のことと指示を下したのですけれど。

 家令から返ってきた言葉は、わたくしを愕然とさせましたの。


 2人が心安らかに地下廟にて眠ることが出来るようにと。

 わたくしは、確かに手配致しましたのに。

 当時は未だお兄様に擬態していたアンリにも確認を取りました。

 彼女もまた、わたくしの両親はエルレイク侯爵領の城に送られたことを保証して下さったのですけれど。


 この城を守っていた使用人達は、一様にこう申したのです。


 2人の亡骸は、この城に送られて来てはいない――と。


 

「どういうことですの」



 わたくしが衝撃を受けたことを誰が責められることでしょう。

 確かに、エルレイク領へと見送りましたのに。

 確かに、絶対に、間違いなく。

 ですのに、此処にお2人はいない、と……


 お父様とお母様の亡骸は、どこへ消えてしまいましたの?

 2人は今……一体どこにいますの。

 行方を知っている方がいらしたら、どうか教えて下さいまし。


 わたくしは、誰にともなく。

 切に両親の行方が知れることを願いました。

 例え『亡骸』に、両親の魂が既になかったとしても。

 お父様とお母様のご遺体が、冒涜されることがあってはならない。

 お2人の行方を捜すことは、わたくしにとって急務と言えました。


「――ギル」

「はい、此処に」

「わたくしの望みは……わかっていてね?」

「はい。それは、俺の望みでもありますから」

「そう……では、貴方に頼んでもよろしいかしら。今この城に、貴方以上に腕の立つ者はおりませんもの。何があるか不明ですし、行方を掴むことには困難があるかもしれません。有事の際、対応できるだけの能力が必要なのです」

「は、心得て。どうかお任せを」


 亡骸とはいえ、有力侯爵家の当主夫妻。

 両親の護送は、手厚く行われました。

 没落する直前に送り出したので、何も惜しむこともなく。

 護衛も世話役も、充分以上に。


 順調であれば、既に辿りついていて然るべきもの。

 ですが行方不明となれば……何かがあったと、考えるべきでしょう。


 『何』が起きたのかは、知れません。

 熟練の腕を持つ警護の者達がいて、なお対処できなかった……起きてしまった『何か』が、生半可な者では荷が重すぎたということ。

 人格も腕も、信頼できる者でなければ差し向けることは出来ません。

 

 わたくしは、ギルに両親の亡骸の追跡と調査をさせることに致しました。

 元より、わたくしに動かせる手駒は僅かです。

 ギルは武者修行を繰り返して不在なことが多く、急な任務に旅立たせても支障はない筈です。

 城で働いている者には城での仕事があり、何かしらの役目についている者ばかりですもの。

 城に仕えていながら、固定の仕事がないのはギルくらいです。

 人格も腕も、この目で見て知っております。

 領内最強の呼び名も、恐らく誇張ではないのでしょう。

 ギル以外の者に、この仕事は任せられそうにありません。


 わたくしは、神妙な顔をするギルに告げました。

 不安そうに様子を見守る、使用人達の前で。

 彼だけに。


「ギル、貴方に命じます。どれだけの時間も、手間も、費用がかかっても構いません。何よりも優先して……確実に、お父様とお母様を見つけて戻りなさい」

「はい! 必ず、絶対にお2人をこの城にお連れします!」


 願わくは、両親の亡骸が失われていないことを。

 わたくしと、物事がよくわかっていないクレイと。

 同じ願いを持つ使用人達の願いを託され、ギルは両親捜索の為に出立することとなりました。


 『始王祖』様にお付き合いして、地下廟に潜った後に。


「…………あの、『始王祖』様? 非常時が発生してしまいましたので……出来ましたら地下廟への訪問は……」

「さあ、いざ暗闇の世界へ参ろうか」

「お、お話を聞いて下さいませー……」


 このお人形様は……マイペースにも程がありますわ!

 『始王祖』様に肩の上を占領されたティタニスでさえ、微妙な顔をしておりますのに。

 わたくしの両親が行方不明となったことは、『始王祖』様には重大ごとではないのかもしれません……。


 どちらにしても、追跡の指示は既に下しました。

 これ以上、わたくしに出来ることはありません。

 後はギルからの報告を待つばかりといえるでしょう。

 他にすべきことがある訳でもなく、『始王祖』様はわたくしをじっと見つめて待っておられます。

 早めに用事を済ませていただかねば、クレイと遊ぶ時間も取れません。


「……皆様、参りますわよ」


 仕方なし、という表現が似合う足取りではありましたけれど。

 わたくしは方々を率い、地下廟への道を下り始めました。



 地下廟の入口は、玄関ホールに隠されております。

 ホールの真ん中に設置された像は、お伽話の『精霊王』をモチーフにしたモノだと窺っております。

 床にしっかりと固定され、移動の叶わぬ『精霊王』。

 長く歴史のあるもので、なんでも初代様が手ずからお作りになったとか……吟遊詩人であらせられた方が、彫刻に秀でておられるなんて意外ですけれど。

 優美に首を傾げ、城の正面玄関を見つめる『精霊王』は玄関ホールの顔と申せましょう。先祖代々大切にしてきた像ですが、地下廟の入口は『精霊王』像の傍にあるのです。

 『精霊王』像には、寄り添う『狼』と『蛇』の像が付随しております。

 わたくしは、『狼』象の両目に指を突き刺しました。


「う、うわぁ……何やってんだよ、姫さん」

「地下廟に足を運ぶには、定められた手順に沿って初代様の仕掛けを動かさねばなりませんの。お気になさらず、捨て置いて下さいませ」

「狼の両目に指突っ込むのが!?」

「黒歌鳥の仕掛けかよ」

「俺は見るのも何度目かですけど、この一瞬は妙にドキッとします」

「……って他の人は平然と受け入れてる!? え、これって俺がおかしいのか? 俺の気にし過ぎ……?」

「その内、嫌でも慣れますよ……ティタニス君」

「その憐みに満ちた哀愁の目は何なんだ!? 嫌な予感が止まらない!」


 外野が少々煩く感じられますが、此方も順序良く作業を続けねばなりません。

 仕掛けの作動は最初の動きから15秒以内に全てを終わらせねば無効となってしまいますし、作動に失敗した時は潔く迅速に離脱せねば罠が発動して捕まってしまいます。

 侵入しようとした不届き者を活かさず殺さず、確実に息のある状態で捕える罠は、この城にあるトラップの中でも性質の悪さでは最たるものです。

 どういった心積もりで侵入を試みたのか、口を割らせるまでは絶対に逃げられない……自分で命も絶てない、凶悪な罠なのですもの。

 初代様が設置されたそうですが、先祖代々数百年に渡って重宝したという性能にはお墨付きの逸品ですわ。


 わたくしは狼の両目を突いた後、手早く指を動かしていきました。

 蛇の喉に手を潜り込ませて奥のスイッチを押し、蛇の頭部から背の半ばまでを窪みに沿って一直線に走らせ、狼の重ねた前足の間に隠されたレバーを動かし、蛇の角を横に倒してカチリと音が鳴るのを確認。

 次いで『精霊王』の衣の下に手を差し入れ、12の工程に沿って仕掛け作動の為の手順を踏み、狼の尾を2つに割って斜め32度の角度に動かし、最後に前に突き出される格好で動いた狼の両前足を同時に外側へ向かって捻り上げました。

 最後にがぎょんっと音を立てて開いた蛇の胸部奥、12のパネルを定められた順番通りに押していけば……


「さあ、皆様。参りましょう?」


 『精霊王』の足下に、地下へと続く階段が開かれました。


 どうやら無事、15秒以内に全行程をなぞることが出来たようです。

 わたくしは達成感から、常よりも清々しい顔で笑んでいたことと思います。


「あら? どうしましたの、ロビン様?」

「………………なんて言って良いのかわかんねぇ」


 何故か、ロビン様とアンリが頭を抱えておられました。

 ティタニスも唖然とした様子で、口が開きっ放しですわね。

 お行儀が悪いですわ。


「……ちょっと極め過ぎだろ、エルレイク家」


 ロビン様が苦々しげに、ぼそりと何事か呟かれたのですけれど。

 彼女が何と口にされたのか、残念ながら聞き取ることは叶いませんでした。




 長く、長く、深い階段と回廊を繰り返し進み、侵入者対策の迷い道を進み。

 わたくし達は、城の最下層……エルレイク家代々の墓所へと到達致しました。

 此処に至るまでの所要時間は、1時間と30分というところでしょうか。


「あの道……帰りもまた、通るんですよね」


 アンリの眼差しは、何故か虚ろなものでした。


「性格悪ぃ……性格悪過ぎだろ、エルレイク家」


 ロビン様の眼差しは、何故か気迫に満ちて据わっておいででした。


「俺も此処は初めて来ましたが……もう思い出したくないですね!」


 ギル、その貼り付けたような笑みはどうしたことですの?

 常であれば泰然自若という言葉を連想する彼は、何故か大量の脂汗を流して前髪が額に張り付いておりました。


「…………俺は何も見ていない。何も見ていない。見ていない、見ていない、見て、いな……」


 そして、中空に向けて視線を固定させたまま、ぶつぶつと何事か呟き続ける『始王祖』様の足(ティタニス)

 何やら皆様、過剰な反応を示しておられるように思えますけれど。

 彼らの反応は、一体どうしたことでしょう?

 わたくしは首を傾げて、彼らに問いました。


「どうか致しましたの?」

「むしろエルレイク家の頭がどーかしてるぜ」

「まあ……当家への侮辱をなさるのでしたら、わたくしにも考えがございますわよ」

「侮辱じゃねーよ。当然の批判だ!」

「ろ、ロビン様、落ち着いて下さい! お嬢様も、今回はその……エルレイク家の方々以外にはちょっと荷の重い重すぎる道程だったってことを御理解いただけると感謝いたしますです!」

「あ、アンリ? 言葉使いが少々おかしくなっておりますわよ」

「私だって今日はちょっと冷静じゃいられなさそうなんで済みませんごめんなさい」

「貴女こそ落ち着きなさい、アンリ」

「こんな頭おかしいトラップルート、もう二度と通って堪るかクソったれ!」

「あ、あはは……ロビン様、もう一度通らないと現世に戻れませんよー…………気が重いですけど」

「??? 2人とも、どうなさいましたの」

「だからどうかしてんのはエルレイク家の奴らだっつってんだろ!」


 どうやらロビン様とアンリは、地下廟に至る道に問題があると思っておいでの様ですけれど……基本は真っ直ぐ進むだけの道でしたのに、何か問題が?


「……まさか行き止まりや壁に見えるところも全部まっすぐ(・・・・)進むなんざ、誰も思わねーよ」

「壁にしか見えないところに向けて、強引に押し出された時は本気でぶつかるとしか思いませんでした」

「横道や曲がり道に足を踏み出せば、未来永劫に地下道からは抜け出せなくなることも覚悟して下さいましね?」

「姫さんが言うとそれだけじゃ済みそうにねぇ気がすんのは何でだろうな……」


 基本は一本道の、廟への地下道。

 ですが代々凝り性の多い家系でしたので……

 何代にも渡って、地下道には増築・増設が繰り返されてきました。

 主に、トラップの。

 初代様の仕掛けもありましたのに、歴代当主が何人も関与した為、この道は到る所に死の道が開かれております。

 トラップアートが神がかりに得意とした先祖もおりますし、うっかり迷い込むと大変なことになりますわね。

 

「あ、あのお嬢様? 後ろ振り返ったら道が増えてるんですけど……」

「うわ、本当だ。見える範囲に、あんなに曲がり道無かったのに!?」

「ここは万魔殿か!」

「失礼ですわね、皆様……勿論、帰りもきちんとご案内致しますから安心なさって?」

「……安心出来ねぇ」


 何やら同行者の方々が不安を訴えるので、少々時間を取られてしまいましたが。

 目の前には地下とは思えぬ程に開けた空間。

 我がエルレイク家代々の先祖が眠る廟。

 死んだ魚のような目をした同行者の方々を気にかけている猶予はありません。

 なるべく早く、地上に戻りたいのですが……

 『始王祖』様は此処に、我が一族の墓所に、どのような用があるというのでしょうか。





 同行者のSAN値が心配デスね☆

 安定の精神被害、今回の被害者代表はエルレイク家への耐性がほとんど付いていないティタニス君でしょうか。



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