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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
エルレイク侯爵領編
144/210

わたくしの拙い説得では不足がありますでしょうけれど

 後半、何か出てきました。

 あっれ、おっかしぃな……こいつ出す予定なかったのに。



「――……といった経緯で、この少年は仲間達と決別の道に踏み出してしまったらしい。と、私の配下が報告している」

「微に入り細に穿ちと、詳細な報告御苦労でしてよ。青少年の赤裸々な懊悩ぶりがよくわかる報告でしたわ。この方、見事な袋小路に迷い込んでいましたのね?」

「んーっ! んぅ――っっっ!!」


 足下で蠢く、ティタニス(17)。

 精霊の報告が確かであれば、彼は行き場がないということですわね。

 狙われ易い背景を持っていながら、所属を失う等と……多方面へ狙ってほしいと懇願するようなもの。

 わたくしは彼の期待にお応えするに(やぶさ)かではありませんわよ?

 無償で人の願いを叶えられるなどと図々しくも厚顔な発言は出来ませんけれど……わたくしの為に労を負う方々の尽力に目を瞑り、さも善人であるかの如く適正な対価もなしに救済の手を差し伸べられる程、わたくしは身の程を知らないつもりはありませんけれど。

 今回は、わたくしも意を曲げても構いませんわよ?

 これは人助け……ええ、人助けですわ。

 

 そろそろ、『敵』の内情に精通した情報源が欲しいと思っていたところですの。

 渡りに船とはこのことですわね。

 後ろ盾を失った青年1人保護(・・)することで、必要なモノが手に入るのでしたら……対価としては、適正と言えるのではないかしら。

 当然、わたくしの方にもいつ何時暴発するとも知れない爆弾を抱え込む様な、無視の出来ないリスクを抱え込む覚悟が必要ですけれど。

 事情を抱えた迷える子羊の1人や2人……抱え込めるだけの度量が、わたくしにあれば良いのですが。


「さて、ティタニス・ルタトゥー……取引の時間です。以後はわたくしの軍門に下り、わたくしの意に従いなさい」


 青年を睥睨し、一方的に告げたわたくし。

 承認の言葉を得る為に、ティタニスの猿轡を自らの手で外します。

 今まで自由を奪われ続けていた青年は、未だ稚い幼女相手だと申しますのに、わたくしのことをキッと睨み上げて反抗的なご様子。

 わたくしのような幼き者を相手に余裕を失っていては、大成出来ませんわよ?

 大人とは、何事にも心に余裕が必要です。そう、必要なのです。

 わたくしは幼き身ですので、適用外ですけれど。


 何事も喋るまい、此方の思惑通りにはすまいと。

 付け入る隙を見せまいとしてか、頑なに口を引き結び、わたくしを睨みあげるティタニス(17)。

 反抗的なお年頃というものでしょうか。

 どうでもよろしいことですけれど、この場には他にも威容を誇る人外の面々や明らかにわたくしよりも年長者の方々がいらっしゃいますのに……何故、わたくしを睨みつけるのでしょうね?

 わたくしも心外です。

 睨まれ続けるのも不快というもの。


「……このように敵意を向けられては、ご自身の立場への理解を深めていただく他にありませんわね」


 頑なな青年の態度に、わたくしは早々に見切りをつけることとしました。

 無駄に時間を費やしても、彼の心は折r……わたくしの提案を呑んでは下さらないでしょう。今のままでしたら。

 アプローチの方向性を変える必要があります。

 効果のない手段に拘っても、無駄というものですものね?

 わたくしは効果的(・・・)な手段をお持ちの方に声をかけることと致しました。


「――カダルダルク、貴方はアダマンタイトの精霊……ですわね」

「はいはい、そうだけど」

「そして、ティタニス・ルタトゥーが庇い立てした強制労働者……鉱山夫の殆どは、アダマンタイトの鉱脈に生き埋めにされた。然程前のことではなく、今日の日の出前頃に」

「……あ、このお姫様ホントに黒歌鳥の子孫だ」

「どういう意味かしら?」

「いえいえ、末恐ろしいなぁって思っただけだ」

「そう……さて、ティタニス・ルタトゥー? 貴方にご質問なのですけれど……生き埋めにされた方々に残された猶予は如何程だと思われます?」

「!?」

「今朝のことであれば……まだ、空気も体力も残っておいでかもしれませんわね。時間とともに消費され、淀んでいくのでしょうけれど」

「な……っ!?」


 わたくしのどんな言にも反応すまいとしていた青年が、あっさりと動揺を見せる。

 彼の隠しだて出来なかった反応に、わたくしは勝機を見出しました。


「カダルダルク! わたくしの要求するところ、お分かりですわね?」

「えーと……ちょっと待て? 急ピッチで実行するから、少し時間が欲しい」

「まあ、よろしくてよ? 今日中にお願いしますわ」


 本来、精神生命体たる精霊の中でも有力な存在ですもの。

 ご自身の領域である鉱脈範囲内で、少々の無理を通すくらいは容易ですわよね?


 元々、強制的に労働させられていたという方々は、わたくしにとっても敵の喉元に牙を突き立てる為に重要な情報源と申せましょう。

 彼らの証言を得て、いざという時には証言台に立っていただく。

 完膚なきまでに『敵』を叩き潰す為にも、彼らの保護は肝要。

 証人は多ければ多いほど、場の状況を有利に進める切り札となりますもの。

 許容量にも限界がありますので、全てを保護するという訳にも参りませんけれど。

 わたくしが管理しきれる人数に限定してのお話ですが……幸い、エルレイクの城が落されていなかったお陰で当初想定していたよりは多くの人数を引き受けることが出来るようです。

 保護している間は、エルレイク家の役に立つよう働いていただきますけれど。

 

 保護することは、元より確定しておりました。

 ですがわたくしの目論見など、おくびにも出さぬ態度でティタニス(17)を見下ろします。

 わたくしの意図を悟らせる訳には参りません。

 ご自身が、『彼ら』の命綱を握っているのだと。

 ご自身の行動が、彼らの延命を可能にするのだと。

 そう錯覚させることが、今は何より重要です。

 絶対に、元より救出する予定だった等と悟らせてはなりません。

 

 わたくしは、懐から取り出した扇を大きく広げ。

 口元を隠し、目元だけでにっこりと微笑んで見せました。

 警戒心を殺し、敵愾心を削ぐように穏やかに、無邪気に。


 何故かティタニス(17)が身震いしたのですけれど。

 今の反応は、どういう意味ですの……?

 別に怒りはしませんので、是非とも意図するところをお聞きしたいわ。

 時間に余裕が出来れば、是非とも問い詰めさせていただきたいところです。

 

「息の詰まる閉塞感に、指先さえ見通せぬ暗闇……貴方の案じる皆様が、今でもまともな精神を保てていられればよろしいですわね?」


 人間の精神は、さほど強靭に保てはしないモノだと伺います。

 ほんの少しのきっかけで、容易に狂うのだと。

 エルレイク家の先祖からの申し送りに、書かれておりました。

 斯様な事態に、追い詰められて生き埋めにされた方々が陥っていなければよろしいのですけれど……


 発狂していては、証言していただくにも信憑性に問題が出ますもの。

 復調を図る為の手厚い看護も、今のわたくしには少々難しい状況ですし。

 病院を手配して、目を離した隙に王家の密偵『黒歌衆』に身柄を確保されかねませんわ。

 わたくしの手札をそう易々と渡すつもりはなくってよ。


「さあ、どうなさいます? ティタニス・ルタトゥー? 今ならまだ……間に合うやもしれませんわよ?」


 既にアダマンタイトの精霊達が確保に走って下さっていますけれど。

 幸い、アダマンタイトの隠し鉱脈ごと生き埋めにされたらしく、埋められた場所は精霊達にとっては庭も同然。

 ですが保護(・・)した強制労働者達をティタニスに面会させるかどうかは、彼の返答次第です。


 果たして、青年の返答は。



「…………っ貴女の命には、全て従おう。従う、と……誓う。

だから、彼らを……っ彼らの、命を!」


 ――どうか、助けてくれ。

 自分のこの身を引き換えに捧げるから。





 この日、わたくしの元に。

 秘匿された少数民族の青年が、1名ほど下りました。

 ですが、誰も跪けとは申しておりませんわよ……?

 屈した、軍門に下った。

 ロビン様とギルの囁きには、わたくしもそっと耳を塞ぎました。

 彼はあくまで協力者。

 ええ、協力者ですとも。

 決して、決して……下僕などではございませんわよ?

 まだ幼い淑女の卵が、自身の2倍以上の年齢の殿方を屈服させて侍らせるなど……そのような外聞の悪い事実は一切ないと、ここに否定させていただきます。





   ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・




 助けてほしいと声をあげる時。

 それに応えるモノがいる。

 願いに相応の対価を捧げるのであれば。

 蹂躙する。虫を踏み躙るように。

 その為に必要な『力』は、全て与えよう。

 捧げられた対価が、願いを叶えるに足りるだけの価値を持つと。

 ――願いを叶えるのは、あくまで『私』。

 『私』に価値の足りることを認めさせられたのなら。

 願いが果たされるまで、『私』は全てを与えよう。


「た、たのむ! 助けてくれ!」

「見逃してくれ、お願いだ……っ」


『――五月蝿いよ?』


 蝿は嫌いだ。

 鬱陶しくて、煩わしい。

 うるさい分だけ、ぐちゃぐちゃに擂り潰したくなる。


 捧げると口にしたモノもくだらない。

 命だったらすぐにでも、こちらで勝手に摘み取れば良い。

 そもそも富も名誉も『私』には関係ない。

 金品を対価に挙げられても、未来の恩返しを誓われても。

 そんなもの、『私』には無価値だ。

 相手をするだけの価値もない。

 煩わされた腹いせに、そっと優しく内臓を掻き回して抉り出す。


 嗚呼、つまらない。

 つまらない、つまらない、つまらない。

 助けてほしい、逃げきりたいとか、家に帰りたいとか。

 そんな願いは如何でも良い。

 もっと面白い願いを口に出来ないの?


 エルレイク。

 君がいない世界は、いつまで経っても。

 どれだけ時が流れても。

 もうずっと、ずっとずっと、つまらないままだよ。


 ――さあて、これで2人。

 つまらない願いにつまらない対価を誓った2人。

 肉片となったモノ共に、払う意は何もない。

 興味が失せるのと同時に投げ捨てた。


 残りは1人。

 彼は何を捧げてくれるだろうか。


「あ、あわ、あ、ぁ、ぁぁ……」


『あれ、狂っちゃったかな……?』


 ニンゲンっていうのは、本当に脆い。

 肉も柔らかすぎるし、爪だって。

 骨も簡単に折れてしまうし、内臓はただ熱いだけ。

 精神は更に極め付け。

 肉以上に脆くて、柔らかくて壊れやすい。

 だけどその分、脆さに比例するように。


 時々(たま)に、此方の興が乗るくらいに面白いことを仕出かすのも、殆どはニンゲンだ。

 面白いことを言ったり、行ったり。

 過去に見聞きした例を思い出し、薄く期待が募る。

 

 嗚呼、これで期待が外れたら。

 より深い失望に、『私』はきっと溜息を吐くだろう。

 『私』に溜息を吐かせるだけ、身の程知らずに罪深い。

 失意を払わせた礼に、相応の苦痛を念入りに与えてしまいそうだ。


 生きているニンゲンは、もうあと1人。

 この1人は、面白いことをしてくれるかな……?


『さあ、願いを言いなよ。願いに払う対価を示しなよ。願い相応、それだけの価値があると思ったら……ちゃぁんと、叶えてアゲルから』


 這い蹲ったニンゲンは、まるで蛙みたいだね。

 踏み潰したら、ぐちゃって良い音がするかな。

 少しだけ、うずうずする。

 『私』に相対したモノは、願いを告げるのが世界のルール。

 気まぐれに無視することもあるけれど、原則は守るべきモノ。

 嗚呼、面倒だね。

 とてもとても面倒。

 もう願いとか如何でも良いから、踏んじゃっても良いかな。


 ゆっくりと振り上げた足。

 だけど、振り下ろす前に。

 ニンゲンは、無様ながらに願いを叫んだ。

 切れ切れに、だけどはっきりと。

 

 構わないからさっさと踏んでしまおうかとも思ったけれど。

 その願いが思いのほか面白そうなモノだったから。

 興味が湧いて、足を引く。

 まだ少し、楽しそうだ。

 楽しそうだったから、まだ少し……生かしておいてやるよ。




 その日、1人の青年が幼い令嬢の軍門に下った日。

 かつて精霊エルレイクが棲まっていた深山幽谷の奥の奥。

 湧水の輝く沢に、真紅の血が混じり流れ込む。

 流れ来た先には、小さな泉。

 泉のほとりには、長い年月を積み重ね過ぎて歪んだモノ。

 偶然にも崖から滑落した果てに、3人の鉱山夫は迷い込む。

 踏み込んだ結果、2人が命を落とそうとは誰が考えただろう。

 死を免れたのは、たった1人。

 1人の鉱山夫と、歪みを内包したナニか。

 両者の出会いを、幼女はまだ知らない――。


 ――自分をこんな目に遭わせた原因(ヤツら)全てに、復讐したい。


 彼らが、何を起こし。 

 それにどう巻き込まれるのかを。

 まだ、誰も知らずにいた。





 どうやら『始王祖エルレイク』様の残した宿題(暴走中)を発見してしまったようです。




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