アダマンタイトは見ていた……そうです
兄の顔で現れたカダルダルクの印象がどうにも強過ぎまして、すっかりと忘れ果てておりましたが。
今回の珍事は、1人の少年から発生したものでしたわよね。
即ち、わたくしの足下に転がる蓑むs……いえ、すまk……囚われの虜囚、ティタニス・ルタトゥー。
彼を追って現れたものと思わしき女性は、カダルダルクを見るなり名乗りを受けずとも言い当てました。
彼の方の顔が、『アロイヒ・エルレイク』のものだと。
……無駄に方々に顔を売り歩いている兄のことですので、無駄に面識のある方が量産されておりましても、不思議はありませんが。
ですが彼女は、カダルダルクと渡り合っている間にも違和感を覚えることなく。精霊を『アロイヒ・エルレイク』と信じきっているご様子でした。
兄のことを直接知る方であれば、違和感しかないような場面が幾つもありましたのに。
以上のことから導き出される結論は、こうです。
彼女は『アロイヒ・エルレイク』をある程度の『知識』として知っていた。
しかし、直接知っている訳ではない。
また、化け物級の力量と身分と地位を兼ね備えている相手に対し、何の釈明も無しに彼女は剣を向けました。
相手が『竜殺貴公子』と知れば、大概の方はまず戦闘回避の為に言葉を尽くされようとするのではなくて?
ですのに、彼女は躊躇いなく剣を向けた。
つまり意識の根底に敵対する意思があったということです。
戦闘を回避するという発想が、元よりなかったということです。
これらの事実は、何を意味するのでしょう。
我が領地の、深刻な問題が発生した山にて。
次々と遭遇する不審な人物達。
複雑な背景を抱えていることは、彼らの身の上からも明らかです。
……偶然の遭遇で済ませるには、不審な部分が多すぎます。
符号が合い過ぎていると感じてしまうのは、わたくしの思い過ごしでしょうか?
「――ですので、改めて尋問の時間を設けてみては、と思っておりますの」
「賛成」
「右に同じく」
相談の結果、満場一致でティタニス容疑者の行く末が決定致しました。
ですが、ただ尋問を試みても先程と同じ結果になるのは目に見えています。
まず彼の事情を追及する前に、ある程度の『尋問材料』と成り得る情報を集めるべきでしょう。
集めるとは申しましても、わたくしに出来ることなど限られているのですけれど。
わたくしは、傍観する体勢で『始王祖』様に構っている精霊……
カダルダルクに声をかけました。
「カダルダルク、貴方はこの山に根差す鉱脈を司っているのですわよね?」
「ん? まあ、そうなるが……」
「でしたら、この山で起きた物事の情報収集にも、ある程度の融通を利かせていただきたいのですけれど……如何かしら」
幼女らしく、愛らしく。
わたくしは見上げる兄と同じ顔を、少々腹立たしく思いながらもにっこりと笑んでみせました。
脅迫する意思も威圧する意思もありませんが、目まできちんと笑みの形を刻んでいたかは保証できかねます。
わたくし、まだ8歳の幼女ですので……綺麗に作り笑いを浮かべていられる自信はありませんわ。
わたくしの笑みを前にして。
精霊は、何故か目を泳がせつつ、ほんの少し仰け反りました。
今の反応は、どのような意味を持っていますの?
「あ、ああ……何を聞きたいんだ?」
「今は、地面に転がっているあの方について判断材料となる情報を欲しているところですの。どうやらアダマンタイトの盗掘……あなた方を目下困らせている事態に何かしらの関与があるようなのですけれど。何かこの山で起きた変事など、彼に関わりそうな案件に心当たりはございませんか?」
「……エルレイク様、近頃の幼子は口が達者なのですね。本当にこれで人間の雛なので?」
「うむ、聡明な8歳児だと人間の間では評判のようだ」
「今はわたくしのことはよろしいのです。わたくしのことよりも、ティタニス・ルタトゥーについて伺わせていただきたいのですけれど?」
「ん? なんだその……蓑虫? え、人間?」
「人間です、ティタニス・ルタトゥーです」
「どれどれ……、あ。」
簀巻きにされた、不審者の方。
顔を確かめんと精霊は手を差し伸べ……
面相を見た瞬間、鉱物の精霊は間の抜けた声を上げられたのです。
結果から申しますと、カダルダルクはティタニスのことを御存知でした。
知らぬ方がおかしいと言わんばかりの反応で。
それも無理からぬことです。
精霊は、わたくし達の欲している情報を既に持っていらっしゃったのですから。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「……やはり、何度数えても同じね」
疲れきった私の言葉に、同意を示すかの如く薄く眼を伏せる。
先程の戦闘……あの男、アロイヒ・エルレイクに勝ち逃げされたことが、私達2人の神経を苛む。
仇敵ともいえる対象の1人に見えたというのに、今の私達に残っているのは重く圧し掛かる疲労感と、灼熱の如き憎悪。
怒りと屈辱を忘れることはできない。
今にもふつふつと、腹の奥から湧き上がるものがある。
それから敢えて目を逸らし、気を紛らわせる。
殺意を向けるべき対象は、目の前にいない。
その状態で1人怒りを滾らせることの、なんて虚しいこと。
精神力をギリギリまで削り、何でもないようなふりをして『仕事』へと目を向ける。
やるべきことをこなすことに集中することで、何とか自分を抑えた。
仕事に向き合えば向き合ったで、別の苛立ちが湧きあがるのだけれど。
「ティタン……あの子は一体何を考えているのかしら」
どう数えても、何度自分の目で確認しても。
どうしても足りない数、3。
3人、あるべき数が足りない。
ティタンがそいつらを、逃がしてしまったから。
逃げたから、追った。
隠れたから、引きずりだして。
ようよう刈り取った命は、それでも足りない。
私達の目を逃れて、逃げるに成功したモノがいる。
目の前に、今にも転がりそうな丸いもの。
並べて陳列された『首』は、薄汚い男達のモノ。
恥ずべきこと、憎むべきこと。
恥知らずにも人ならざる者に縋り、媚びて生き長らえた愚物の末裔。
それがどれほど消費されようと、どれだけ食い潰されようと。
切り捨てることに些かの躊躇いもない。
何とも思うものはなく、今では汚らしさに眉間へと皺が寄るくらい。
どうでも良い存在だけど、計算が狂うのは問題外だわ。
「他の者達は生き埋めで済ませたけれど……僅かなりとも機密を知ってしまったモノは、確実に抹消し証拠を提出せよと上からのお達しよ。それをあの子も知っているでしょうに……」
居場所を失っても良いの、あの子は?
下された命に反するなんて、本当にどういうつもりなのかしら。
どれほど死んでも、いくら殺されても心は動かない。
この国の民草を消耗させようが虐げ様が構わない。
私達の先祖を裏切った者共の末裔なんて、滅んでくれてせいせいするくらい。
だから、こうやって命を刈り取ることも気持ちが悪いだけ。
良心に訴えるものは何もない。
だけど、それが私達の『普通』。
今になってもなお『贄』と呼ばれる私達の、共通認識。
その筈なのに。
あの子は、ティタンは違うとでも言うつもり?
指定された人数を誤魔化そうとした。
殺すべきモノを、逃がそうとした。
それだけで、私達にとっては背信行為に等しい。
だけど、それだけじゃない。
それだけではなく、あの子は私に刃を向けた。
刺された場所が、熱く疼く。
急所は外れていたけれど、刺した事実は変わらない。
薬で昂る精神を押さえ、痛覚を遮断していても気にせずにはいられない。
どこまでの覚悟を持って、あの子は『贄の民』を裏切ろうというのかしら……?
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「ああ、やっぱり。間違いない。彼は『ティタン』だ」
「カダルダルク、存じていて?」
「ええ、そりゃあ……私の可愛い眷属を、片っ端から誘拐しくさっている連中の頭目ですし」
「……どういうことですの?」
カダルダルクの眷属といえば、即ち『アダ』です。
アダマンタイトに宿る、幼子の様な精霊たち。
精霊の誘拐というと……やはり頭に浮かぶ文字は、『盗掘』の2文字。
人間とは常識が違う為、どこか要領を得ないお話ではありましたが……お聞きしたところを分析したところ、新事実が判明致しました。
ティタニス・ルタトゥー(17)。
彼は、アダマンタイトの盗掘に関して現場指揮を担っていたというのです。
随分と若々しい現場指揮官ですわね?
職務のほとんどには、どうやらお飾りめいた部分があったようですけれど。
ウェズライン王国の国内各地から、半ば攫うようにしてかき集められた鉱山夫に、人足達。
彼らの行動を制限し、指揮するのがかつてティタニスの仕事だったのだと言います。
話を聞いて思いますに、現場指揮というよりも監視する意味合いの方が強いのではないかしら。
王国守護の、アダマンタイト鉱脈。
逃げ場のない穴の底で、男達は懸命に命を長らえようとしていた。
彼らの直向きさに触れ、ティタンは少しずつ鉱山夫達に馴染んでいったのだが……
王国内の協力者であった、とある新興貴族の男。
欲を出した貴族の男が、盗掘したアダマンタイトで密かに密売を始めた。
王国上層部の目に、それが触れるのは時間の問題。
盗掘を続ける鉱山夫。
現場指揮を取る、ティタニス。
ティタニスの元に証拠隠滅の後、撤収するようにとの指令が届く。
証拠隠滅。
その為に指定された、方法は……
男達に情の湧いていたティタニスは、それを無理だと拒絶した。
何とか友人となった彼らを生かし、逃がそうと頭を悩ませる。
穏便な方法などある訳がないのに、丸く収まる道はないかと苦悩した。
そこにやってきた、女。
状況を見て、未だティタニスが証拠隠滅の為に動きだしていないことを察し、叱責が飛ぶ。
手間取っているものと判断した女は、自分がやるとすら言いだした。
彼女はティタニスを、弟のように可愛がっていたから。
多少の面倒は肩代わりしても構わないと、女なりの善意で。
動転したティタニスが思いつめた末に彼女を刺したのは、ミレーゼが山に登って来た朝のことだった。
そうして、一連の出来事を。
鉱脈にひっそりと輝くアダマンタイトを介して、精霊達が密かに見ていた。




