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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
エルレイク侯爵領編
142/210

身内に似すぎておりますと、困惑もひとしおですわね




 鉱物の精霊である故か、または積み重ねた歳月による経験の賜物か。

 精霊カダルダルクの剣術は、不思議生物とは思えぬ程に習熟したモノでした。

 精霊らしく不思議攻撃も加えてはおいでですが、用いる手数のほぼ9割は物理。なんという肉体派。

 このような精霊の方も、いらっしゃるのですね。

 ですが、剣に優れている事実が、可哀想な方の誤解を加速させてしまっておいでのようです。

 合間に交えられる非現実的な攻撃(例:地面隆起)に関しても、兄の非現実的な噂の数々が図らずしも「彼ならこの程度、出来てもおかしくない」という謎の信憑性を生み出してしまっている様子。

 途中から追加で参戦した3人目の不審じn……『贄の民』と思わしき壮年男性をも同時に相手取り、決して引かずに足止めの任を全うするカダルダルクには見事という他ありません。

 領内最強ともいわれるギルの考察では、壮年の殿方はかなりの腕前ということですが。

 では、2人を相手に完封状態に持ち込んでいるカダルダルクの技量は、如何ばかりでしょうか。


「カダ様!」

「カダ様!」

「大地の補修作業終了()()た!」


 カダルダルクが2人を抑えこんでいる間、水鏡にはチラチラと映っておりましたが……アダマンタイトの平精霊とでも申しましょうか。

 『アダ』と全く同型の姿を取る小さな精霊が、3名。

 カダルダルクに呼びかけながら、ぴょこぴょこと飛び跳ねる姿が水鏡に映し出されました。

 大地の補修作業?

 見れば、『始王祖』様が砕いた大地の大穴が、不思議なことに跡形もなく消えうせておりました。埋め戻した跡すらありません。

 どのような手段で、あの穴を塞ぎましたの?

 精霊による神秘の御業による奇跡が地味に発揮されましたの?

 カダルダルクは足止めとして、時間稼ぎに注力し下さっておりましたが。

 彼?が『贄の民』の注意を引いている間に、平精霊達が己の役目を見事に達成した、ということでしょうか。


「よし、よくやったお前達! 撤収するぞ」

「「「いえっさぁ!」」」


 びしっと動きを揃えて礼を取ると、アダマンタイトの精霊達は霞か霧の如くふっと姿を消してしまわれました。


 突如、戦っていた……いえ、自分達をあしらっていた相手が。

 目の前から幻のように掻き消えるという事態に。

 『贄の民』の2人は目を見開き……

 女性の方が、わなわなと身を震わせる様子が水鏡越しでも、はっきりと窺うことができました。

 激情に支配されてしまわれたのでしょうか。

 彼女は、整った顔をくしゃりと歪め、取り乱したかのように叫ばれたのです。


「……っど、どこまで、どこまで私をコケにするつもりなのアロイヒ・エルレイク――――ッ!!」


 濡れ衣です。

 ですが、お兄様も方々で様々なことをやらかしておられるようですから……例え濡れ衣だとしても、完全に冤罪だとしても。

 似たような案件を引き起こし、彼女と酷似した展開を経て兄を怨みに思う方が1……いえ、10人か20人はいても不思議ではないような気が致しました。


 そして。


「主さん、主さん! エルレイク様、カダルダルク只今戻りました!」


 水鏡の向こうで憤慨する女性とは裏腹な、明るく嬉しそうな様子で。

 先程まで彼女達を翻弄していた精霊が、わたくし達の目の前にぱっと現れたのです。

 瞬間移動、ですわね。

 やはり兄の様に見えても、この方も人外の一種なのだと実感致しました。

 兄には、瞬間移動など出来ませんもの。

 ふと兄ならば……と不穏な言葉が胸中を過ぎりましたが。

 いいえ、やはり出来なかったように思えます。その筈です。


「主さん、主さん、カダルダルクは頑張りました!」

「うむ、よくやった」

「こわかったよ、主さん……!」


 先程までとは打って変わって、明るく陽気に。

 ですがどことなく情けない様子で。

 幼子の手で抱き締められるサイズの人形を掲げ持ち、頬擦りするアロイヒ・エルレイク(に、見える精霊)。

 なんとシュールな光景でしょう。

 可能でしたら、兄の姿で(外見だけは)愛らしいお人形に懐くのは止めていただきたいのですけれど……

 姿のモデルとなった者の身内である分、余計にわたくしの心臓に大きなダメージが重なります。

 視界の端の方で、ロビン様が笑い崩れている姿がチラリと見えました。

 少し、笑い過ぎではなくて……?


 なんとも言い難い顔で眺めるわたくし。

 あの異様な光景に踏み込むのは気が引けます。

 ですが、わたくしの弟はわたくしと違い、勇敢な子であったようです。


「おにーしゃまー」

 

 とてとてとて、と。

 先程まで、ギルを相手に遊んでいただいていましたのに。

 兄がそこにいると、勘違いしてしまったのでしょう。

 無理もありませんが。


 クレイは小さな歩幅でちょこちょこと足を動かし、両手を伸ばして兄に近寄っていきます。

 ……普段全く姿を見ないのですっかり忘れておりましたが、思い起こしてみればクレイは一応、兄に懐いておりましたわね。腹立たしいことです。


「おにーしゃま、こんにちゃー」

「うん? なんだこの子どm……ハッ? 黒歌鳥の気配がする、だと!?」

「あう?」

「お、おま、おままままっ黒歌鳥の、エルレイク家の末裔(おこ)様か!?」

「う? ねえしゃまぁ、おにーしゃまがへんー」

「クレイ……お兄様が変なことは、今に始まったことではありませんわよ? あの方は紛うことなき『奇人変人』の(たぐい)です」

「おい、姫さん……。慈愛の眼差しで誤解を助長させてやんなよ。早く弟君に目の前のアロイヒはアロイヒ(偽)だって教えてやれって。(アロイヒ)本人じゃねぇってよ」

「まあ、わたくしったら。物事は正しき認識を教えよ、と父の教えをついつい踏襲してしまいましたわ」

「いや、姫さんの回答は斜めにズレてっからな?」


 兄がいつにも増して変だと訴える、クレイ。

 ですが兄が変なのはいつものことですわよね?と。

 心の中で思ってしまったが最後、ついつい正直なところを口に出して教え諭してしまったようです。

 わたくしったら、正直が過ぎますわ。

 

 カダルダルク様の本来のお姿がどういったモノかは、存じませんけれど。

 今のお姿は兄そのもの。

 これでは幼い弟に誤解を招くのも致し方ありませんし、あのお姿のままでは幾ら口で言い含んだところで、納得はしませんでしょう。

 ですので、誤解だと伝える前に、カダルダルク様にはお姿を変じていただきたいものですわ。

 お姿を変えることが、容易であれば……ですが。

 あの……兄のお姿のままでは、わたくしにも心臓に悪いのですもの。

 まるで、兄本人を目の前にしているようで。


「主さん、エルレイク様、あのお子らはエルレイク家のお子でっ!? アロイヒ殿の血縁臭い気配(ニオイ)がするが、世に言う弟妹ってものだろうか!」

「うむ、相違ない」

「で、ですがでもでもですが、血族にしても遠い先祖の筈の黒歌鳥の気配がえらく濃厚に纏わりついてるんですが! 主さんからも、ですけれど!」

「つい先日まで、黒歌鳥の残留思念(タマシイのカケラ)と共におった故な。気配が染みついてしまったとしても不思議はない」

「残留思念!? そんなモノまで用意してたのか、あの地雷男!」


 じ、地雷男……。

 国家守護の要を担う、重要な5精霊の一角。

 カダルダルク様こそが、該当するアダマンタイトの精霊なのでしょう。

 わたくしは『始王祖』様との会話や物事の推移から、ほぼ確信に近いレベルで察しを付けているのですけれど。

 考えるまでもなく、重要な存在ですわよね?

 そのような重要な精霊に……地雷男と呼ばれるような、何をなさいましたの御先祖様――……!!

 

「あの、貴方はわたくしの御先祖様を御存知ですの?」

「存知も何も……ハッいや、いやいや済まん。口止めされてるんで、こっちの口からは何も言えん」

「口止めを要するような、何かがありましたのね……」

「っ!! あ、あぅおう、えっと……あ、そ、そなたはアロイヒ殿の妹であるのか!?」

「え、ええ、アロイヒ・エルレイクはわたくしの兄ですが……誤魔化し方も話の逸らし方も、お得意ではなさそうですわね」

「な、なんのことだかっ!? それそ、それよりも! そなたの兄には6年前、過分に世話となった。本人にも既に伝えはしたが、改めて血族たるそなたに礼を伝えさせておくれ。我が一族が根こそぎ攫われる寸前だったのだ、6年前は」

「6年前……も、もしや、銀色の何かが関与している、などとは申しませんわよね……?」

「うん? 我らを襲った面妖なる者共のことを知っているか? あの『銀色』共を」

「あ、お話を聞く気が一気に失せてしまいましたわ」


 こ、この精霊もあの国際問題化した暴挙の関係者ですのー!!?

 わたくしは、荒れました。

 内心で、荒れました。

 淑女の嗜みとして、表には動揺の一切を出すことなく抑え込みましたけれど。

 お兄様……因果は廻る、ということではありませんわよね?

 廻りまわって、兄の暴挙のツケが回ってきた……などということではありませんわよね?

 

「ああ、誰かと思ったらカダさんか。前に見た時と姿が違うからわかりませんでしたよ。前の格好は止めたんで?」

「ぬ? おお! ギルではないか。うぬうぬ、以前に比べて背丈が伸びているじゃないか。人の子は成長が早いなぁ。今はアロイヒ殿の弟妹の供をしているのか?」

「そうなんですよ。ちなみに若様はいませんから」

「そうなのか? 6年前の返礼を、と思っていたのだが……会えないとは残念だ」

「あっはっは、会いたい時には会えない人ですからね。うちの若様。それでカダさん、なんで若様の姿になってんですか」

「ああ……この数千年で知る限り、物理的に最も強いのはこの者だったし、な。姿を借りれば自分も強くなれるような気がしたんだ」

「十分に強かったじゃないですか。姿は化けられても、技量まで真似できる訳じゃないんですよね? さっき水鏡?ってので見てましたけど、圧倒的でしたよ」

「あれは、長く生きているだけだ。長い経験が、培ったもの。年月をかければ誰だって到達できる……それに、本当に強くありたかったのは心の方さ。私は悲しいことに臆病者なんだ。さっきだって逃げたくなる気持ちを、アロイヒ殿の姿を借りることで必死に強く保っていたのさ」

「そんな風には見えませんでしたけど、ねえ……6年前だって、先頭に立って戦おうとしてたじゃないですか」

「6年前か。あの時は……また別の者の姿を借りていた」

「へえ、誰ですか。なんとなく、若様達に雰囲気が似てましたけど」

「ああ…………うん、黒歌鳥の」

「え゛?」

「あの姿を借りれば……誰よりも図太くあれそうな気がしたんだ。錯覚だったが。むしろ勝手に姿を借りたことが露見したらと思うと………………時間が経てば経つほど精神が摩耗して、辛かった!」

「じゃあなんでそんな姿に化けたんだよ!」


 色々と物申したいことの多く滲み出る、旧知らしきギルとカダルダルク様の会話。

 耐えがたいモノを感じられたのでしょうか。

 途中から、鋭い口調で会話に切り込み、ロビン様が色々と仰っているようでした。

 わたくしは会話に空恐ろしい物を感じてしまい、途中から意図的に意識を逸らしていたのですけれど。

 

「『始王祖』様……あの方、頼りになりますの?」

「覚悟を決めさえすれば」

「……往生際悪く足掻いている内は、どうにもならない方だということですのね」


 この国は一体どうなっているのでしょうね?

 何と申しましょうか……今までお会いした中で、碌な精霊がいらっしゃらないような気がします。

 残念な個性をお持ちの、国家守護の要達……。

 あのような方々を国の守りに配している時点で、もしや我が国は潜在的に大きな窮地に立たされているのではないでしょうか。

 精霊との面識が増えると同時に、わたくしは懸念も増えてしまうような気が致しました。




 ちなみにカダルダルクの姿は、6年前のアロイヒ・エルレイク(17)。

 相応に幼いはずだが、悲しいくらいに今の姿と変わっていない……。

 何故ならお兄様が童顔だから。



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