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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
エルレイク侯爵領編
141/210

見れば見るほど、お気の毒にと言って差し上げたくなるのは何故でしょうね

シリアスさんの所在について、感想欄で冴えたご意見を頂きました。

だから、頑張ってみました。




 地底から光を巻き上げる様にして。

 勢いよく飛び出してきたのは、亜麻色の髪の男。

 どこかで見た顔だ。

 ……報告書に添付されていた、肖像画と同じ顔。


「そんな、まさか……アロイヒ・エルレイク!?」


 何故、こんなところに……あんな場所から!

 人間離れした男だとは聞いていたけれど、地の底から現れるのは完全に想定外だわ。

 あの愚昧な男は、アロイヒ・エルレイクは国外に出奔と言っていたのに……念の為に差し向けた細作達は何をしているの。

 足止めが失敗したということ?


 有り得ない。

 後をつけていた者達は、国内でも優秀な者ばかり。

 最後に確認した時、遥か南の洋上で見失ったとは聞いていた。

 見失った地点を中心に捜索範囲を広げ、行方を追跡中だと。

 だけど距離から計算しても……こんなに早く舞い戻るなんて。

 不可能だわ。

 少なくともそれが、人間であったなら。


「やはり……アロイヒ・エルレイクは精霊の先祖返りであったのね」


 精霊とは、距離すらも一瞬でなかったことにしてしまうの?

 見る間に恐るべき速度で崖を這いあ……駆け上がってきた『アロイヒ・エルレイク』は私の眼前に躍り出る。

 その右手に、何よりも恐れるべきモノ。

 純粋なアダマンタイトで精製されたという、長剣を携えて。


 対峙する、男女。

 亜麻色の髪に青玉の瞳を有する青年と。

 白金色の髪に琥珀の瞳を有する女性と。

 それは傍目に見るだけであれば、凄まじく絵になる対峙であった。

 互いの間に横たわる、剣呑な空気を無視することが可能であれば。

 

 青年が言う。

 軽々とふるう大剣を、ぴたりと女性に向けて。


「主命によりて、前を塞がせていただく」


 女性が言う。

 包帯の巻かれた左肩を庇いながら、先の折れた刺突剣を構えて。


「……分は悪いとしても、こちらも引く訳にはいかないのよ」


 両者は互いの引けない理由を背に、戦いに身を投じようとしていた。

 どちらかの目的が、果たされるまで――。




   ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・




「何事ですの、この状況」


 交錯する、鋭い眼差し。

 視線だけで牽制し、先を読み、相手の手を予測する。

 わたくしは水鏡に映った状況に居た堪れない思いです。

 そっと目を逸らして、見なかったことにしてしまいたい。


()の様子が気になるって言ったのはお嬢様ですよ?」

「だからと申しまして、これ程に不可解な方法で状況を中継されるとは思いも寄りませんでしたわ」


 壊すのは容易く、しかし修復は難しい。

 世に普遍の常識ですわね?

 わたくし達を奈落に突き落とした『始王祖』様は足踏み1つで大地を砕き、大穴をこさえて下さいましたが……

 閉じる方法は、然程容易ではないようです。

 実力行使による、時間稼ぎを必要とせねばならない程に。


 わたくし達の落された穴の底は、地底窟に繋がっておりました。

 アダマンタイト鉱脈の奥深くに生じた、天然の洞窟。

 理解の及ばぬ事態でしたけれど、『始王祖』様は落下途中の空間を歪ませ、わたくし達を此処に導いたのだと仰いました。

 アダマンタイトの精霊たる、アダ達……の、長である『カダルダルク』という精霊が住まう、この場所へ。

 

 そうして、先ほど。

 『始王祖』様の招聘に応じて地上へと駆け上がっていった……兄に酷似した謎の人物こそ、アダマンタイトの精霊を率いる『カダルダルク』だと仰います。

 わたくし達が落下した後、状況がどのように推移するのか。

 測り知れない不安から、わたくしは確かめずには置かれないと思いました。

 心情を訴えたところ、『始王祖』様が『水鏡』なる手法で地上の光景を見せて下さったのですが……


「……片方が兄の姿をしているという時点で、わたくしにはあの女性がお可哀想にしか思えませんわ」

「奇遇だな。俺も阿呆イヒが相手かと思うと、喜劇にしか見えねーよ」

「若様に立ち向かわれようとは……勇気のある女性ですね」


 三者三様、わたくし達は思い思いに感想を口にしました。

 感想に共通する意見は、兄の相手をしようなどと正気の沙汰ではない……といったところでしょうか。


「おにーしゃま、いじめちゃめっにゃんだよー」

「クレイ、この人はお兄様ではありませんわ。別の方です」

「べつー?」


 興味津津と、背の届かぬ水鏡を覗きこもうとするクレイ。

 危うい様子に、わたくしはクレイを抱きとめました。

 水鏡に映る姿があまりに兄に酷似している為でしょう。

 別人だと聞いても納得のいかない様子で、クレイはしきりと首を傾げていました。

 クレイが首を傾げるのも、致し方ありません。

 血縁でもなくこれ程に似ている、というのは不自然です。

 どのような因果で、あの精霊は兄にしか見えない……兄そのもの、人間そのもののお姿をされているのでしょう。

 『グランパリブル』様は、光る球体といった様子でしたのに。

 同じ精霊で、斯様に差が出るモノなのでしょうか。

 疑問を訴えるべき相手は、御1人しかおりません。


「『始王祖』様、どういうことですの?」

「数千年を人の世に関わらず眠っていた身に、尋ねられても望む答えは得られまい。だが、敢えて語るのであれば……」

「前振りはよろしいので、明確な答えを仰って下さい」

「カダルダルクはアダマンタイト、即ち金属の精霊である。そうして精霊の性質に、宿る本質は多大な影響を落とすもの。本質とは、即ち精霊の身と同一である」

「誰か、通訳をお願い致します」

「諦めんな、姫さん。初っ端から投げるなよ、多分この場じゃアンタが1番頭良くて理解力あんだから」

「自力で頑張る様に、と仰いますの?」

「俺はアテにすんな」

「御自身を卑下してはなりませんわ。ロビン様も王立学校を出られた方であることは、間違いないのですから。

わたくしなど、所詮は未だ8歳の小娘とも呼べぬ幼子(おさなご)の身……褒めていただけるのは光栄ですけれど、年長者に頭の働きで敵うものではありませんわ」

「この顔、本気で言ってやがる……! それが嫌味にしか聞こえねぇとか俺の頭が邪推し過ぎなのか!?」

「理解力や応用力に関しましても、わたくしよりも年長者であるギルの方がずっと優れていますわよね?」

「あっはははははは……お嬢様、買いかぶりは止めて下さいよ。俺の心臓がドッキリし過ぎて止まっても知りませんよ?」

「クレイ、大人というモノはこのように謙遜の姿勢を見せることで、己を慎み深く謙虚な人間だと見せたがりますのよ。自分を下げて相手を持ち上げることで、己の印象を優位に運ぼうとしますの」

「けんそー? うりゅしゃいの?」

「ふふ、『喧騒』ではなく『謙遜』です。まだ3歳のクレイには早かったかしら」

「8歳児にも十分早ぇと思うんだがな、俺は……」


 話が脇道に逸れてしまいました。

 いま、個人の基礎学力や順応性など、特筆すべきことではありませんでしたわね。

 わたくしとしたことが……やはり、わたくしは未だ幼いのでしょう。

 自分のすべきこと、確認事項、諸事の優先事項をわかっていながら、興味関心が余所事に向いてしまうのですもの。

 これではじっとしていられない子供のようです。

 自分の集中力が如何に惰弱か、露呈させてしまうようですわ。

 今は待っていても、望む答えを得られぬことは確か。

 大人達はどうやらわたくしに望む答えを提示して下さる気はないようですし、これも成長の糧として臨むべき試練なのでしょう。

 わたくしは頭を悩ませ、今ひとつ何を仰っているのか測りかねる『始王祖』様のお言葉を慎重に噛み砕きました。

 

「ええ、と……エルレイク様が仰りたいことは、つまり、『カダルダルク』は金属の精霊故に金属の性質を有する……ということでしょうか」

「然り。万物は流動するが如く刻々と姿を変えていくもの。だが中でも金属鉱物の精霊は変容の自由度が高い」

「もう少し、シンプルに言いかえることは出来ないのでしょうか」

「……『樹木』は自らの姿形を『成長』という形で変える。だが切り倒されれば、『木材』となり、『成長による変容』は不可能となる。一方、金属は人間の手で加工されようと、『金属』であることに変わりはなく、その性質は失われない。つまり、変容は他の自然物よりも容易でリスクが少ない」

「……つまり、どういうことですの?」


 わたくしの被害妄想でしょうか。

 物分かりの悪い子供を見るような目で、『始王祖』様に見られている気がしてなりません。

 彼の方の物言いが難解に過ぎると思うのですけれど、わたくしの理解力が低いだけなのでしょうか。


「カダルダルクは姿を変えることに柔軟な金属の性質を持つ故、姿の自由度が高い。あの者ほどの格があれば、自身の姿は変幻自在に近くなる……ただし、物質的な存在を模った姿に限るが」

「はじめからそう仰っていただけていれば、理解に然して時間を割かずとも済みましたのに……最初からシンプルに仰って下さいませ!」

「カダルダルクは根が臆病故、自身の認めた強きモノや尊敬するモノの姿を写し取って自信を勇気づける癖がある。大方、あの姿も何か思い入れがあってのことだろう」

「……何をなさいましたの、お兄様」


 いま、思い出しましたけれど。

 言われてみますと、以前……アダマンタイトの精霊と初めて遭遇した折、兄に恩を受けたとか何とか……

 あまり深く考えたくはありませんでしたが、確かに精霊(アダ)自身がはっきりと言っていたことを思い出しました。

 兄の顔の広さが、恐ろしい。


「なあ、俺さ……『始王祖』様と話が通じて、齟齬なく意思疎通が出来てる時点で、お姫さんの頭……めちゃめちゃ良い気がすんだけど。俺の気のせいか、おい」

「いやぁ……エルレイク家の方々は、皆さま聡明ですから。お嬢様の頭は、間違いなく俺よりも良いことだけは確かですね」

「…………そういやアロイヒの奴、あんだけ破天荒な奴だってのに学業の成績悪くはなかったんだよな。マジで理不尽だ」

「悪くないどころか、若様って成績良くありませんでしたっけ」

「……………………それはノーコメントだ。これ言うと、マジで首くくりたがる奴がいるしな」

「それは物騒ですね!」


 わたくしが頭を抱えていますのに。

 何やらロビン様とギルは2人、ひそひそと内緒話ですの?

 出会ったばかりですのに、2人は随分と仲のよろしいこと。

 ああ、この苦悩を分けて差し上げたい……!




   ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・




 陽光すらも、鋭く引き裂き。

 剣戟の音は心の底を痺れさせる。

 手足に走る鈍い感覚は、疲労だろうか。

 自分が今にも足をもつれさせそうなほど、体力の枯渇を感じているというのに。

 余裕の態で軽々と剣を振るう目の前の男は、どんな体力をしているのか。


「化け物め……!」


 思わず零れた悪態は、途切れる呼気に情けなく歪んだ。

 そもそも、私はこうして直々に剣をふるうような立場ではない。

 後ろから指揮を取り、手足の如く人々を動かすことこそが本領。

 戦闘員は別に用意していたというのに!

 全ての予定が、小さな歯車のズレから狂っていく。

 想定外に想定外が重なり、積まれ、私を押し潰そうと迫る……!


「はやくっ来な、さ、い……! バグボルト!」


 目の前の男は、信じられない技量だ。

 私自身、戦闘を得意としている訳ではない。

 だが、幼少の頃より訓練は受けていた。

 技術だけを見るなら、そこらの兵士には負けない。

 それでも、この目の前の男は規格外だ。

 華々しい戦果の数々を数え上げれば、玄人に及ばない私の腕でこれほど時間が保つはずはない。


 遊ばれている。

 時間をかけて嬲るように、弄ばれている。


 頭に血が上った。

 私を弄ぶなど……このような屈辱は、他にない。

 私で遊ぶことなど、誰にも許さない。

 許さない、許せない。

 この男を八つ裂きにしてやりたい。

 持て得る限りの手段を以て……叶うことなら、魂さえも引き裂いてしまいたい。

 恥辱は、いつか必ずこの手で返す。

 

 だけど、今は。

 どうやら仕切り直しのようね。

 ()が到着したことを、微かな物音で悟る。

 山野を中心に活動する時に用いる、鳥の声に似せた合図。

 頃合いとしても、これ以上の時はない。


 私に余裕はないし、持てる技量も敵わない。

 準備がいる。

 私が私らしく、自分の土俵で戦う為の……準備が。

 引き時を間違えれば、私の身も滅ぶだけ。

 誇りが許さないのは確かだけれど……確実に雪辱を願うなら、場を整えて機を見なければ。


 『バグボルト』は私とは違う。

 私のような(にわ)かではなく、地獄の様な訓練が育てた戦士。

 そして、戦場の奴隷として数十年を修羅の如く生きた男。

 彼は私とは一味違うわよ、アロイヒ・エルレイク……!



 

 丁度その頃、本物のアロイヒ・エルレイクは……

 遠い東の地にて、生産者の方と談笑しながら瑞々しい梨に舌鼓を打っていたのだが。

 そんなことなど、遠く離れた地にいる者達には知る由もなく。

 女は、見当違いの復讐心を芽吹かせ始めていた。



 ――その頃、本物のアロイヒは。


「へえ、この梨にはそんな謂れが……」

「そうなんだよ、あんちゃん。偉い仙人様の思し召しってやつさぁ」

「確かに、何かしらの奇跡があっても無理はない。驚くような瑞々しさ!」

「おうよ! この東方一帯に広がるどんな国の皇帝様だって、生産者に頭を下げなきゃ食えないって代物だからな!」

「はは、面白いと思うよ。本当に頭を下げないと、どんな強靭な顎でも歯も立たないなんてね」

「300年前、猛勇を謳われた李将軍の槍をも弾き返したってんだから大したもんだろう!? 一時は、この梨の皮で鎧を作っちゃどうだって話も出たんだぜ?」

「ああ、それは面白い企画だ。でも、オチ、読めましたよ?」

「お? 言ってみろや、あんちゃん!」

「ふふ……鎧にする以前に、梨の皮だし。腐っちゃったんじゃないかな?」

「おお! さっすが賢そうな顔してるもんなぁ。当たりだ、あんちゃん! 梨もう1個食いねぇ」

「いただきます! でも、本当に美味しい梨だ」

「……しっかしあんちゃん、アンタも大したもんだねぇ」

「え? そうかな……」

「アンタ、見たところ……どっか良いとこのお坊ちゃん、さしずめお貴族様なんじゃないかい? この辺じゃ見慣れない着物だけど、それでも単純な良し悪しくらいはわかるつもりだよ。それなのに躊躇いなく、梨が食いたいから分けてくれと俺に頭を下げやがった」

「参ったなぁ……今更かしこまられると、困るかな」

「貴族を否定しねーってことは、やっぱそうなんだな……あんちゃん、気さくな良い奴なのに。それでも貴族なのかぁ」

「何だかガッカリされているみたいだけど、この国の貴族はもしかして民衆の評判はあまり良くないんですか」

「庶民に良く言われる貴族なんざいるもんか! あ、いや、あんちゃんは別だぜ? アンタ、この国の貴族じゃねえし。それに面白いし」

「おじさんも気さくで良い人ですよ。おじさんの作った梨も美味しいし」

「おう、嬉しい言葉だねぇ……梨、もう1個食いな!」

「いただきます!」


 ……故郷で自分のドッペルゲンガーもどきが派手な大立ち回りを演じていることなど、知る由もなく。

 『竜殺貴公子』と呼ばれた本人は、遙か東の果てで生産者のおじさんと談笑しつつ、高級梨を腹いっぱい食べていた。


 アロイヒは『ただの人間』なので、魔法的な攻撃手段は持っていない。←

 だけど『カダルダルク』は精霊なので、戦闘中に超自然的事象を起こしたりと色々やらかしております。地面を隆起させたりとか。

 お姉さんの中で、『アロイヒ実像』に狂いが生じました。やったね!

 




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