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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
エルレイク侯爵領編
139/210

わたくし、疑わしきは罰する所存ですの

先生「えー……今日はみんなに哀しいお知らせがある」

生徒「え、また?」

先生「実は…………シリアスさんがご実家の近くで交通事故にあったらしい。現在入院中で、退院の目処はまだ立っていないそうだ」

カオス「えっそんな!そんな……嘘だ、俺、まだ……まだ、彼女に言えていないのに。彼女に言わないといけないことが、あるのに……っ」

生徒「カオス君……? もしかしてキミ、彼女のことが……?」


カオス「お前の背中、交通事故死した怨霊が憑いてるぞ……って」


生徒「そうだね! ソレもっと早く言ってあげないとね!?」

カオス「おかしいな……予定じゃ一週間前に良い御祓い紹介するはずだったのに」

生徒「おかしいなじゃないよ! もっと早く警告してあげようよ!」



 わたくしは幼子に語りかけるように、噛んで含めるように語り掛けました。


「ティタニス・ルタトゥー、わたくしのような若輩者が何をと思われるかもしれませんが、お聞きなさい。この世には、『理不尽』の権化……いえ、化身とも言うべき存在が、わたくしの知るだけでも3つ存在します」


 理不尽を体現する、3つの存在。

 1つ目は言うまでもないでしょう。

 菜切り包丁で竜を切り裂き、あまつ鍋の具材への変貌を導き。

 未知の生命体と友好を深めた結果、大陸を代表する大国同士の国家間騒動を誘発させる。

 癖のあり過ぎる言動で周囲を振り回しておきながら、本人は泰然自若とばかりに悠々と己の思うまま振舞う。

 これを理不尽と申さずして、何を理不尽と申しましょう。

 わたくしにとっては最も馴染み深く、最も長く接してきた『理不尽』の権化……わたくしの実兄、アロイヒ・エルレイク。


 ですがわたくしは、兄以外にも『理不尽』を2つばかり存じております。


「そして此方の人外の方々が、わたくしの知る『理不尽』の内2つになります」

「姫さん、その『理不尽シリーズ』に自分の名前と『エルレイク家』を足しとけ」

「何を申されますの、ロビン様。わたくしはあの方々に並び立てるような器ではありませんわ。ええ、決して理不尽だなどと」


 ロビン様と長閑にお話しさせていただきながら、わたくしはそっと理不尽の2……『いぬ(?)』のエキノを抱え上げ、体を強張らせるティタニスの膝にそっと乗せて差し上げました。

 エキノは前足をティタニスの肩にかけて伸びあがり、


「にゃー」


 ティタニスの頬を、小さなピンク色の舌で舐め回し始めました。

 みるみる得体の知れないイキモノの唾液塗れとなっていくティタニス……。


「ちょ、わぶっ、やめ……っな、なん、身体が痺れてきたーっ!?」


 どうやら得体の知れないイキモノの唾液には、得体の知れない効能があったようです。

 地面の上で身悶えるティタニスの動きが、徐々に鈍っていきます。

 わたくしも今後、気を付けると致しましょう。

 クレイにも『いぬ(?)』に舐められることのなきよう、気を付けさせねばなりません。


「ささ、『始王祖』様……よろしくお願い致します」

「南無妙法蓮華経」


 そうして目標の身動きが取れなくなったところで、『理不尽』の権化が3……人外人形『始王祖』エルレイク様を投入致します。

 『始王祖』様は身悶える拍子に横倒しとなり、地面の上に身を投げ出して転倒したティタニスへと気負いもなしに近付いて行かれます。

 体の自由を奪われても、視線のやり場には自由が残っていたのでしょう。

 ティタニスの目は、『始王祖』様を追っておりましたが……

 倒れたティタニスの頭部側に、歩み寄られて。

 『始王祖』様は真上から、ティタニスの顔を覗きこみました。

 恐らくティタニスからは、『始王祖』様の無表情が逆さに見えているはずです。

 『始王祖』様は、無言でじぃっとじぃぃぃぃぃぃいっと、ティタニスを凝視しております。身体は人形ですので、瞬きすることもありません。

 文字通り、凝視しているのです。

 ティタニスの全身から、冷汗としか思えない液体が分泌され始めました。

 視線に耐えられなくなったのでしょうか。

 もしくは心に(やま)しいところでもあるのでしょうか。

 疾しいところは当然、あるとは思いますけれど……

 ティタニスは『始王祖』様の視線から逃れる様に、目を瞑ろうとなさいました。

 ですが。


「目を瞑ってはならない」


 『始王祖』様は容赦なさいませんでした。

 人形の小さく細い指で、ティタニスの両眼の瞼を強制的に開かせたまま固定してしまわれました。

 『始王祖』様の両手は、ティタニスを全力でドライアイにするつもりなのでしょうか。

 瞬きすら許さず、瞳の奥に潜む深淵の底の底まで覗きこむかのようです。

 そうして、実際。

 偉大なる人外様は、事実として容疑者の深淵を強制的に読み取り、心の奥深くまで暴こうとしておられるのでしょう。


「ほう、成程」

「エルレイク様? 終わりましたの?」

「有無。大体(・・)のところは読み取れた」

「もう、ですの……?」

「嘘は吐かぬ。吐く必要とて無い」


 ――『始王祖』様は仰いました。

 自分は人間の記憶を読み取ることが出来る、と。

 実体を失い、人形の身体に封じ込められた為、精度は落ちるとのことでしたが……時間をかければ問題ないとのことでした。

 時間と申しましても、ほんの数分から数十分のこと。

 ものは試しとお願いしてみたのですが、成功したそうです。

 この方も概ね、存在丸ごと反則ではありませんかしら。


 記憶を読み取ったとは申しましても、人間とは感性や価値観、考え方、精神構造の異なる『精霊エルレイク』様のこと。

 どのような記憶が有益か必要かなど、情報の取捨選択面では引き出すべき情報の判別に難がある様ですけれど。

 基本的には此方で提示をお願いした情報以外、教えてはいただけないと思った方が良さそうです。

 些細な情報も大きな情報も、彼の方にとっては均一に同程度の価値しかないのかもしれません。

 重要度の置き所が、人間のわたくし達とは異なるようですから。


「では『始王祖』様、お答えくださいませ……このティタニス・ルタトゥーが何者かを」

「人間だが」

「……」

「ふむ。この答えでは不服らしい。では何者かという質問の意図するところ、意味を測る為の基準を答えよ」

「……それでは、この方の来歴などを」

「この者の来歴か……では、遡ること16万582年前……」

「何を遡って16万年などという数字が出てきますの!?」

「固有種としての確立と民族の発祥を遡れば、そのくらいであろう。種族的な変容の歴史を辿るとして、種の起源などを含めればもう少し……そう、23億年ほど加算できるが」

「お待ちになって。エルレイク様の『来歴』という言葉に対する認識と、わたくしの想定する意味合いに無視できかねる齟齬があるようです」


 想定以上に途方もない数字が出てきて、頭痛がしそうです。

 何故『来歴』という言葉が、種の起源に繋がるのでしょうか。

 予想以上に隔たる、認識の壁を感じてしまいます。

 感覚が違い過ぎて、まるでわかり合える気が致しません。

 ……『始王祖』様から必要な情報を授けていただくことは諦めた方がよろしいようです。

 ですが、意味の曖昧さを排除した具体的な内容に関しては、とても有用な情報をお聞きすることが叶いそうです。


 折角記憶を読み取っていただいたのですから、利用しない手はありません。


「――では、ティタニスの弱味は何かありませんか?」

「具体的には、どのような?」

「そうですわね……」


 どのような情報であれば、万民に共通して『弱味』と成り得るでしょうか。

 わたくしは少々考えました。

 性格が悪いと定評のある方々の顔を想起して、彼らであればどのような質問をするだろうと……考えた末に、わたくしは躊躇いを振り棄てて『始王祖』様にお尋ねしました。

 この時、わたくしの顔はいっそ穏やかとも言えるものでした。


「『始王祖』様……ティタニスが就寝中、最後に粗相をしたのが何歳の時のことか、教えていただけませんか? 可能であれば、初恋の相手の名前などもお教え下さい」

「その程度の情報であれば、造作もないこと」

「では、最近で何方か異性を怒らせた記憶などは、何かありますか?」

「問題ない」

「最も大事にしているモノと、ティタニスの隠しておきたい個人の秘事……現在の好きな女性のお名前など」

「そうさな……ふむ、何やら該当する記憶があるようだ」

「まあ『始王祖』様、素敵ですわ」


 快く応じて下さった『始王祖』様は、わかり合えない相手ではありましても、わたくしにとって親切な方であることは疑いようのない方でした。

 何やら地面近くより「んーっんぅぅっ」と呻く声が聞こえたような気が致しましたが……きっとわたくしの気のせいですわね。




 

 ティタニス容疑者と少しお話(・・)させていただくのに、有益な情報を『始王祖』様より少々分けていただきました。

 さあ、これで準備は完了と言えるでしょうか。

 どうやら重要なことはティタニス容疑者本人から聞き出さねばならない、という事態に若干のもどかしさを覚えますが……致し方のなきこと。

 地面と仲良くして下さっていたティタニス容疑者の状態を、元の通り木にもたれかかった姿勢に戻します。

 エキノにも唾液の塗布を止めさせましたので、体の痺れは間もなく治ることでしょう。

 痺れが消えれば、舌も回るようになるはずです。

 わたくしは彼の正面に立ちました。

 座った方と、立った姿勢の私。

 身長差があるとはいえ、この状態でしたらわたくしの視点の方が高くあります。

 威圧的になり過ぎぬよう、だからといって下に見られることのないようにお話しさせていただきましょう。


「先程は不躾にも、貴方の個人情報を許可なく提示していただきましたけれど……ご安心下さいませ? 決して、ええ、決して他方に流布することのない様に配慮致しますわ。もっとも、貴方がわたくし達に親切に振舞って下さるなら……ですけれど」

「下手な脅迫だな……なんで俺、幼女に脅迫されてるんだろう」

「まあ、下手な脅迫だなどと……ただわたくしは、お願いをしておりますのよ? わたくしに優しくしていただきたいと、ただ願っているだけですわ。ですが……わたくし実は、腕利きの工作員や情報の扱いを得意とする方に少し伝手がありますの」

「な、何が言いたい……っ」

「わたくしは幼女ですので、我儘やお強請(ねだ)りは大人に許容していただけますのよ。優しくして下さらなければ、わたくしも八つ当たりをしてしまうかもしれません。


――そう、『教主国』に貴方の極めて個人的な情報を……流してしまうやもしれませんわね? 」


「っ!!?」


 わたくしは最も愛らしく見える角度で微笑み、ティタニス容疑者の頬にそっと手を添えました。

 息を呑む動作に、見開かれた眼に、動揺が見て取れます。


「ど、どうし……いや、それがどうした」

「ふふ? 動揺が隠し切れていませんわよ?」

「……」

「黙り込むのは、あまり良い手とは思えませんわね」


 わたくしに注がれる警戒の眼差しは、一層の鋭さを増して。

 あまりに刺々しく、殺気混じりの強い視線。

 ですが、殺気がなんだというのでしょう。

 わたくしはティタニス容疑者の頬に添えた手をそっと滑らせ……彼の眦に指で触れ、ぐいっと上下バラバラに引っ張って差し上げました。


「まあ、変なお顔」

「…………」


 容疑者は思った以上に我慢強い様子ですけれど……

 微かに揺れる眼差しが、わたくしに勝利を予感させます。


「なあ、姫さん」

「何ですの、ロビン様。今は良いところでしてよ」

「いや、そりゃそうなんだけどよ。ちょいと質問! なんで『教主国』に限定?」

「あら、ロビン様はおわかりになりませんでした?」


 今は本当に、良いところなのですけれど。

 ですがロビン様の質問にお答えすることで、ティタニス容疑者の動揺をより誘えそうです。

 わたくしは余裕を感じさせるよう、ゆったりと考えを述べました。


「この方、『教主国』の出身ですわよ」


 わたくしは、敢えて断定する口調で申しました。

 わたくしとクレイ以外の人間(・・)が、息を呑みます。

 驚きと困惑と、戸惑いと。

 立場は違えど、彼らが抱いた感情はよく似ておりました。


「えっと、そうなんですか? お嬢様」

「なんでそう思うんだよ、姫さん。さっき、別にエルレイク様にも、そいつの出身なんざ聞いちゃいなかったろ」

「まあ、ロビン様? 聞くまでもないことですもの。聞かずとも明らかなことを、敢えてわざわざ質問する意味はありませんでしょう?」

「明らかって、んな素振りあったか……?」

「ありまわしたわよ。この世で『銀怪』に過剰反応するのは、何かしらの関わりが有る者……2国どちらかの出身者だけです」

「そういやさっき、『銀怪』になんか反応してましたね。それはもう、思わせぶりな程に」

「ええ。先程の『銀怪』に対する反応から見て、『帝国』か『教主国』の出身であることは確実。ですが素情の特殊性を考えると、『帝国』の方ではないでしょう。『教主国』の方ですわ」

「断定されますが、お嬢様……根拠は」

「根拠と申しますか……歴史の長さだけ見ても、『帝国』は有り得ませんわ」

 

 『帝国』は建国から300年、周辺国の中では比較的新しい部類の国です。

 建国より数千年を数える我が国の歴史には、当然ながら到底及びません。

 ……我が国の建国前から奴隷として『贄の民』を管理していたとすれば、最低でもウェズライン王国よりも古く長い歴史を持つ組織……もしくは組織の持つ何かしらの権利を継承している必要があります。

 『帝国』は完全なる新興国。

 数千年と長く何かしらの計画を維持し続けられるような背景はありません。


 古い歴史を持たない『帝国』に対し、『教主国』はどうでしょうか。

 『教主国』であれば、長い年月をかけての特定一族に対する血統操作は可能というのが、わたくしの結論です。

 此方の国の方が、条件的に整っているのは確かです。

 何故なら彼の大国は、我が国よりも更に数千年古く、深い歴史を有する国なのですもの。


 大陸の宗教的な主導国として、最も長い歴史を誇る『教主国』。

 宗教の力は偉大ですわ……神の威光を前に、滅ぼそうと考える者がいないのですから、歴史が長く続くのは当然でしょう。

 むしろ『贄の民』を現代まで存続させるなど、あの国の他には無理な相談ではないでしょうか。

 どこの国が最初に主導したか否かは問題ではありません。

 どこの国が主導していたとしても、彼の国の干渉なしに計画を維持できたはずがないのです。

 何故なら長い歴史の中で、いずれの国も少なからず1度か2度は王朝なり政権なりの交代劇が起きておりますもの(我が国含)。


「ああ、そうですね。宗教を主軸にした国だけあって、統制が取れ過ぎてて気持ち悪いですよねー、あの国。うちの国は別にあの宗教が国教って訳でもないし、影響うっすいですけど」

「確かに長い時間をかけてっとなると、血統調整なんて、あの国じゃないと無理かもしれねぇ……ってのはあるか」


 わたくしが滔々と持論を述べてみたところ、どうやらロビン様やギルにも納得していただけたようです。

 2人も深く頷きを交わしております。

 

「いま思い出したのですけれど、あの国の秘儀には『黄金の天使』が舞い降りて奇跡を起こす、祝福するといった噂がありましたわよね。ティタニスの外見には、『生きた黄金』と言われれば納得するだけの材料がありませんこと?」

「ああ、ああ、成程? 特別な奇跡扱いで、人心掌握の一助にしてたってか? これだけ大陸の人間と違うと、神秘的に見えるしな。そりゃあカリスマ増すわー」


 やはり、考えれば考えるほど『教主国』を疑うしかありません。

 彼の国で血統管理されていたと思わしき奴隷少年が、此処にいること。

 どう考えても不審さが増していく一方です。

 更に我がエルレイク領だけでなく国全体で重大事と化しつつあるアダマンタイトの盗掘に関与しているとなれば……


 物的証拠など、特に必要ありません。

 疑わしい。ただ疑わしいというだけで充分なのです。



 そう。


 わたくしの怒りを買うに、十分ですわよね?



 我が国の難題の背後に、わたくしは『教主国』の影を見ました。






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