兄の偉業が大きすぎて、眩暈を感じてしまうわたくしは器が小さいのでしょうか
先生「おはよう、みんな揃ってるかー?」
生徒「せんせーい、シリアスさんがいませーん」
先生「あー……今日はみんなに悲しいお知らせがある!留学生のシリアスさんだが、ご実家から「スグキトク チチカエレ」という電報が届いたそうでな。地元のバミューダトライアングルに急遽帰国することとなった」
生徒「せんせー、シリアスさん……帰ってくる?」
先生「今のところ復学の目処はついていないが、みんな、シリアスさんのお父さんが持ち直すことを祈ろう。……では、黙祷!」
生徒「せんせい、シリアスさんのお父さん死んでないよ! まだ!」
口を引き結び、黙りこんでいたことも何時のことか。
ティタニス……ティタンは、とてもお喋りになりましたわ。
「#####%“$$$%#####……」
ただし、何を言っているのか判読できないのですけれど。
エキノ、やりすぎではなくて……?
仕方がなく、わたくし達は少年が現実に復帰するまで待つこととなりました。どうか戻っていらして……何かしらの情報を聞き出す前に、彼方へ飛び立ってはなりません。
強張った顔つきのギルは引いているかと思いきや、予想以上にしっかりとした様子で容疑者少年の介抱を請け負って下さいました。
「手を煩わせますわね、ギル」
「なんのこれしき! 若様と遠乗りに出かけた時に比べれば……」
「ギル? 遠乗りで一体お兄様と何がありましたの? ギル?」
「お嬢様……若様は、偉大な方でした」
「本当に、一体何が……」
どうやらギルはギルの方で、今までに何やら壮絶な体験を重ねて来ていたらしく(兄の仕業)、この程度の異常事態には耐性が出来ているようです。
では、安心して道行に付き合わせることが出来ますわね!
わたくしは安心して、目には見えない何かを視線で追っている可哀想な方も、ギルに預けることとしました。
時間を無駄にするものでもありませんし、わたくし達はティタニスが正気に戻るまで……『始王祖』様のお話でも窺うと致しましょう。
「エルレイク様? どうやらあの少年の素情に何やら心当たりがおありのようですけれど……『贄の民』とは、何なのです」
「この地に住まう民、ひとしく皆の祖先であろう」
「さらっと爆弾発言が飛び出してしまいましたわ。わたくしは、一体どうすれば」
「誤りは言うておらぬ。この地に住まう民草の祖は、かつて沈んだ大陸にて『栄えの民』と呼ばれていた。だが故郷を失い呼ばれた名は『贄の民』……その者共が迫害の末に辿り着き、築き上げたのがこの王国」
「あの、エルレイク様」
「何か」
「お言葉が確かなのでしたら……あのティタンという方は我が国の人間ということでしょうか」
「否」
「ここで否定ですの?」
「この地にて繁栄した民を、『贄の民』とはもう誰も呼ばぬ。長き年月が流れるに従い、この国の民は姿すらも変容した」
「お言葉から察するに……わたくし達の祖先は、ティタンと同様のものであった、と? 白金の髪に不思議な光沢のある褐色の肌だったと?」
「加えて『金瞳』という特徴も付け加えるが良い。全身金色の身体は拝金趣味の極悪人共に大層好かれたと、かつて『贄の民』の長老が言っておった」
「わたくし達とは随分と違いますのね……違うということはつまり、外見的特徴が削ぎ落される程の年月が過ぎたということですわよね。王宮で見た肖像画通りでしたら、軽く数百年以上、我が国の王族には表れていない特徴だと思われるのですけれど」
「しかり。だがそれは長き年月の中で大陸固有の人種と混じり合った末のこと。血が混じるのだから仕方のないこと」
「では、祖先の外見的特徴を色濃く残すあの方は何なのです? わたくし達をとうに『贄の民』と呼べなくなった存在とするのでしたら……あのティタニスという方は?」
「今の世に残る『贄の民』の末裔の中でも極めて原種に近い……人為的な血統管理によって祖先の特徴を色濃く残すように調整された種であろう。血筋を管理されている状況から、正しく今の世に残る『贄の民』……社会的に虐げられる環境下で生き延びてきたモノと推測する」
「……以上、『始王祖』様から得られた情報を整理するに、あのティタニス・ルタトゥーという殿方はとてもレアな人種ということですわね」
「え、姫さん? そんな結論に至んのか?」
神妙に『始王祖』様のお話に耳を傾けていたロビン様が、わたくしを見ます。
彼女の眼差しは、わたくしの人間性を疑っているかのようです。
……彼女の考えることが、わからぬ訳ではありません。
ですがわたくしとしましても……いきなり突き付けられた情報が手に余ります。
正直に申しまして、どのように判断を下せば良いものか……
せめて現実逃避がてらに、思考する猶予をいただきたいと思うのです。
「『贄の民』はかつて大陸固有の人間どもに『奴隷』として渇望された民……今に色濃く血を残すこの者も、血統管理された奴隷の末裔というところであろう。まだ『贄の民』の奴隷が残っていたことは、流れた時間の長さを思えば驚嘆に値する」
「『始王祖』様、断定が早すぎますわ! もう少し此方にも思考する猶予をお与え下さいまし!」
「これほど貴重な種が、何の枷もなく放流されているとは思えぬが……どこか近くに、この者の飼い主かそれに類する者の痕跡があるのではないか。あるいはこうしている間にも、回収する為の人間が此方に向かっておるのやもしれぬ」
「更に思考を割かねばならない問題を、淡々とした言葉で大量投棄するのは止めて下さいませ……! せめて棒読みではなく、もっと驚いたような口調で言って下さいません!?」
悠長に悩む暇は、『始王祖』エルレイク様によって潰されてしまいました。
建国したわたくし達の祖先が取りこぼした人種……つまりは奴隷として生き延びてきた、かつての同胞という『贄の民』。
袂を分けてから何百年が経過したのかは存じませんけれど。
もう既にわたくし達とは別の人種と言い換えて良いのではないでしょうか。根源的なものは同一だとしても、見比べても同じ人種だと答える方はおられないでしょう。
肌の色も髪や目の色も違いますのに、わたくし達の祖先は同じ。
生き証人の人形に断言されても、不思議と思えるばかり。
同じ種の末裔が、これほど姿のかけ離れたものになるのですから。
自分でも人形の言葉が信じられるのか疑わしく思うばかりです。
そうして彼らは、類い希なる外見を祖先から受け継いだばかりに。
そうして彼らは、祖を同じくする我が国の庇護のないばかりに。
建国から気の遠くなるような時間が経過した今も、奴隷として虐げられているのだろうと『始王祖』様は仰せられるのです。
故に、万が一にも起源を同じくする我が国で保護を主張されぬよう、極めて限られた人間達の間で秘匿されて種を存続させられてきたのだろうと。
幼いわたくしの想像力では、限界があります。
ただぼんやりと、『始王祖』様の推測は残酷で、とてつもない地獄の様な話なのではないかと。
深く考えることも出来ずに、辛い目に遭ってきた方々なのだろうと理解浅く受け取ることしかできません。
きっと、同情されてしかるべき存在のはずだと。
そう、思うのですけれど。
だからと申しまして容赦する理由にはなりませんわよね?
それとこれとは話が別という言葉がありますし。
目の前の少年が不審者である現実に変わりはないのですから。
「ですので、容疑者の所持品検査を始めたいと思います」
「大層な話を聞いた後だってぇのに容赦ねーな。ブレなさすぎだぜ、姫さん」
「わたくし、どのような品に注意を払えば良いのか……所持品検査は初めてですの。経験のないことですので、ロビン様、ご指導のほどよろしくお願いいたしますわ」
「大貴族のお姫様が所持品検査に手慣れてたら引くっつーの」
「あら? ロビン様も貴族の御令嬢ですわよね」
「…………よーし、まずは隠し持っている武器がないかから探してくぞ」
「とは申しましても、この方、とても薄着なのですけれど。お臍がチラチラと……慎みのない方ですわね。淑女の卵としましては大変目に毒です」
「あー……? そこは奴隷だからじゃね? コイツの衣装、薄っぺらいけど明らかに金かかってんじゃん。見栄え重視っつの? こういう服しか支給されてねーのかもしれねぇ。見てられねえっつんなら所持品検査は俺とあのギルって奴に任せて、姫さんは下がってな」
「まあ、下がりませんわよ? 何事も経験と申しますし、この体験も後々何かの役に立つ時が来るかもしれませんもの。手順を覚えて損はありません」
「おいこら一体何に活かすってんだ。お姫様が所持品検査の経験を活かすって……暗殺者対策か、それとも旦那の浮気対策か」
「ですが、奴隷の衣装ですか……でしたら仕方ありませんわね。このような山奥まで、登山には向かない装備で……ご苦労様です、と正気に戻られたら声をかけて差し上げましょう」
「姫さん、さりげなく胸を抉りかねねぇから。そのいたわりはちょっと考えなおしてやれ」
「いたわり?」
「え?」
「え?」
「……おい、労わりに見せかけた皮肉か!?」
「あらあらまあまあ……うふふ、ロビン様ったら。大声を上げてはしたなくってよ」
「怖ぇ。怖ぇぞ、この8歳児」
考えてみましたら、ティタニス不審者は丁度よろしいことに正気を失っている真っ最中です。
今でしたら、些細な抵抗を受けることなく、此方の好きなままに出来るのではないでしょうか。
人権侵害の人生を歩んできた方の尊厳を踏み躙るのは、とても心が痛みますが……罪悪感程度の影響にはこの際、目を瞑ると致しましょう。
この機に正気であったら抵抗必至の確認事項を幾つか澄ませてしまいましょう。
わたくし達の中で最も腕力を有しているだろうギルには、念の為にティタニス不審者の両腕を押さえておいていただくことにしました。途中で正気に返り、抵抗されては此方が危険ですもの。
今は人手も足りませんし、令嬢手ずからこのような雑事に手を出すのは褒められた行為ではないかもしれませんが……
ええ、お手伝い、励みますわ。
「クレイ、今から宝探しゲームを始めますわよ~」
「ねえしゃま、ほんと!?」
「ええ、お姉様はクレイに嘘など吐きませんわ」
「きゃあい! やったぁ!」
クレイもお手伝いに否やはないようです。
本当に良い子ですわ。
「お、おい、姫さん……?」
「わたくしの弟は、とても聡い子ですのよ。ロビン様」
わたくしとロビンお姉様がお話している間にも、クレイの宝探しはギルが見ていて下さいました。
お陰でわたくしも安心です。
「ほーらクレイ坊ちゃま、このお兄ちゃんのポケットの中もないない~」
「にゃいにゃーい……あっちゃ!」
「お嬢様、クレイ坊ちゃまが何か見つけましたよ」
ギルが口で「ぱんぱかぱーん」と声をかける中。
クレイが掲げたモノは、鉄製のナニか。
短い先の尖った棒に、丸い輪がついております。
「ほら、ロビン様も御覧下さい。ギルの方はもう既に順応しておりますわ。この対応力は当家の使用人の誇るところですわよ」
「な、馴らされてやがる……!」
「ところでクレイは何を見つけたのかしら」
「これは、あ~……寸鉄ですね」
他にも何かないものかと、色々と探してみます。
「胃袋とか、体の中まで探しときましょうか」
「胃を探すとは? 体内に何をどう隠すというのです」
「えーとですね、まず対象物を消化できない素材で作った袋に入れて……」
「おい、止めろ。姫さんにいらねぇ知識を増やしてやんな」
「主家の方の疑問にお答えするのは、家臣の務めかと思うんですが」
「お前らんとこの忠義のあり方、間違っちゃいねぇが絶対に捩くれてやがる……! 質問されたからって御令嬢に余計なことまで教えてやんなよ!」
「人体の中であれば、この妖魔が精査出来るそうだぞ」
「し、『始王祖』様……妖魔、というのは」
「こやつだ」
「エキノ……」
「にゃー」
「!? お、お嬢様! いまこの狐、にゃーって鳴きましたよ!?」
「落ち着きなさい、ギル……このイキモノは、狐ではなく『犬(?)』…………だ、そうですわよ」
「嘘だ! 絶対に嘘だ! どっからどう見ても狐じゃないですか!」
「ええと、説明が難しいですわね……後回しにしましょう。『始王祖』様、精査というのは?」
「やらせてみるが良い」
わたくし達の、見守る前で。
エキノの目が、カッと光を放ちました。
「め、目が! 目がぁぁ!!」
「光った! 光りましたよ!? 目からビーム!?」
エキノが放った光は、ティタニスを眩く強く照らし出します。
更には体を透過し、後ろの木々にティタニスの影を焼き付けました。
あの光、何なのでしょうね……。
異様な光に照らされる、ティタニス少年の安否が気遣われます。
これが、精査……ですの?
「エキノですもの……光るくらいはしますわ。多分」
「ぴっかぴかー! えきゅ、ぴかぴかー!」
「……なんで当家のお嬢様も坊ちゃまも動じないんですかね」
「いつか、この程度のことはするのではないかと思っていましたもの……」
「マジかよ、おい」
「ところでギル? 『びーむ』とは何ですの?」
「実は今まで誰にも言ったことはありませんでしたが……6年前、山中奥深くで若様が空から円盤に乗って飛来した謎の銀色生物に興味本位で野牛の丸焼きを振舞ったところ、若様を連れ帰りたいと主張し始めた銀色生物と激しい戦闘になられたことがあって……」
「待ちなさい。お兄様は何をなさっていますの」
「それで、銀色生物の目と思わしき赤・青・土留色の発光体が急にピカピカと点滅し始めたと思ったら……そこから、今あの狐が発射したような光の帯が……!」
「何を見ましたの? ギル、貴方は兄に同行して何を見たと……いえ、お兄様は一体何をしているのですか」
「若様は仰いました。銀色生物が目から放った……有機物を蒸発させる光を指して、「見よ、アレがビームだ」……と」
「あの、6年前なのですよね? 有機物を蒸発させる銀色生物とやらを相手にどうやって生還したのです」
「それは、若様が怪光線をすっぱり剣で両断して」
「お兄様……貴方は一体、どこに向かっておりますの?」
果たして、わたくしの兄は本当に人間でしょうか。
「……生還は良いのですけれど、銀色生物とやらはどうしましたの」
「あ、最終的に空に逃げたところを、若様が剣風で切り裂いて追い詰めました」
「剣風……? 素振りで墜落させましたの?!」
「追い詰めた銀色生物たちが土下座で降伏したので、他の人間に迷惑をかけない約束で山に放流しましたよ、若様が」
「お待ちなさい! どこの山に放流したというのです、どこの! しかも複数形でしたわよね、今!?」
わたくしは今、聞いてはならないことを耳にしたのでは……
どう考えても見逃すべきではない生物を、見逃した?
お兄様、何をなさっていますのーっ!!
「……聞きたくはありませんけれど、聞かずに捨て置くことは出来ませんわ。ギル、事件が起きたのはどちらの山中です。まさか、エルレイク領では……」
「ああ、そこはご安心を! 流石にご領地の近くだったら若様も心配で放置なんてしなかった……ん、じゃ、ないかな。多分」
「思いっきり歯切れが悪くなっているのですけれど……」
「で、でも本当にご安心を! 事件が起きたのは、この近くじゃある……りませんから! 全然、全然遠くです!」
「ギル、わたくしが納得できる答えを出していただけますわね?」
「…………事件が起きたのは、領地内の山だったんですけど。其処じゃエルレイクの城に近すぎるからと、若様が移動を促しまして」
「……何処に、ですの」
「環境を吟味して、『帝国』と『教主国』の国境の山中に連れてったみたいで」
こ、こんなところに国際問題の種がーっ!!
いえ、そもそも謎の生物を連れて越境とは……密出入国ですわよね!?
あ、あの阿呆な兄は……!
「な、なんという……なんということを!」
「なあ姫さん……」
「どうなさいました、ロビン様」
「あの阿呆のすることだっつぅから、然もありなんと聞き流してたっけどよ」
「……さもありなん、と」
ロビン様は、何やらもどかしそうな……
奥歯に物の挟まったような、困ったような顔をされていて。
囁くような震える声で、恐る恐ると仰いました。
「お、俺の気のせいなら、良いんだけどさ……帝国と教主国の国境線のあたりって…………どっかの山に未知のモンスターが出たとかっつって何年か前に大きな問題になんなかったっけか」
「「…………」」
「そんで、そんでよ……? 既存の魔物と特徴が一切一致しねぇもんだから、突然変異とかじゃなく……どっちかの国が生体実験の末に生み出した生物兵器が逃げ出したもんなんじゃねーか、とかなんとか……そんな感じの憶測が飛び交ってなかったか、なあ」
「「………………」」
「更には……2つの国が互いの国を指して、お前のとこの生物兵器だろうって言いがかりの泥仕合化して……今、国交が最悪の状態に陥ってなかったか、おい」
「「……………………」」
「確か問題の起点になった謎の化け物に与えられた公称が、『銀怪』……はは、銀だってよ、銀」
「「…………………………」」
ロビン様が口にした内容には、わたくしも耳にしたことがあります。
何年か前、父が深刻な顔で家臣と話していた情報と一致します。
父はどちらかの国が何食わぬ顔で、不始末を相手の国に押し付けようとしているのだろう……と、語っていたのですけれど。
恐らく世の多くの方は、軍事国家である『帝国』の脱走した生物兵器か何かだと思っているに違いありません。
ですが世に流布する憶測が「言いがかり」の可能性を強く含んでいることが……何やら、今の数分の間に露呈したような。
「……ギル」
「………………」
声をかけたら、忠実な我が家の家臣……ギルはふいっと視線を逸らしました。
彼の眼差しが向かうところ……ええ、明後日の方向というものですわね?
彼の態度が如実に表しておりました。
――『肯定』、を。
というか全力で国際騒動に発展しておりますわよ、お兄様―!!
「あ、あの『銀怪』を解き放っただと!?っお前ら、なんてことをしてくれたんだ!」
「ち、違いますわ! お前ら等と同一犯扱いされる覚えはありません! 悪いのは全て、どこかを放浪中の剣豪です!!」
「……で、その剣豪はエルレイク家の家紋を背負っている訳、だな」
「仰らないで、ロビン様―っ!!」
「って、ちょっと待って下さい、お嬢様! 糾弾してきた相手をよく見て!」
「え? ……あら」
ぴっかりと、エキノの眼光(物理)に照らされた……そこ。
敵意に目を吊り上げ、此方を見ているのは。
へそチラ少年、ティタニス・ルタトゥー。
……何時の間に、正気に戻ったのでしょう。
いえ、重要なのはそこではありませんわね。
重要なのは……
「おい……! あの銀色の怪物を野に放ったのは、アンタらなのか!?」
この方が、今。
我が家の他人に聞かせてはならない醜聞を耳にした、ということ。
「わたくし達ではありません! ですが……今の物言い、まるで直接的な被害を受けた覚えがあるようですわね」
「はっ……!!」
「貴方、とても素直な殿方でしたのね……?」
さて、どう致しましょう。
今は容疑者とは言え、未だ容疑が確定した訳ではない不審な少年。
ですがこの方が無罪だとしても……
どうやら、開放して差し上げることは出来なくなってしまったようです。
口封じは本意ではありませんが……どのように扱ったものでしょう。
いっそのこと、容疑が確定しませんかしら?
無関係な無実の一般市民だったという結末よりも、思いっきり当家の問題に関与している関係者(敵側)である方が……わたくしの良心も、これ以上痛まずに済むのですけれど。
「ねぇしゃま! ねえしゃまー!」
「はっ……クレイ、どうしましたの?」
深く思考に沈みこみ、少年の身柄をどう扱うべきかと考えている所でした。
わたくしの膝に、クレイがぎゅぅっと抱きついてきたのは。
ほえほえとご機嫌に、楽しそうに。
わたくしに、何かを掲げて差し出しました。
「ねえしゃま、ねえしゃま、きれぇなの、みちゅけたー!」
「え? まあ、本当に綺麗ね」
「あ、それは……!」
焦ったような、上擦った声が聞こえて。
思わず目を向けてみれば、しまったという顔をするティタニス・ルタトゥー容疑者。
彼の目は、クレイが掲げた綺麗な……『鉱石』に向けられています。
どうやら弟は、未だ『宝探しごっこ』に熱中していたようです。
そして、弟の手の中。
差しのべられた『鉱石』の特徴的な光沢や色合いには、見覚えがあります。
わたくし、記憶力は良い方ですのよ。
フィニア・フィニーには負けますけれど。
弟が手に持つ『鉱石』は、わたくしの眼が確かなら……
以前目にした、『アダマンタイト』そのもののように見えました。
とうとう決定的な、動かぬ証拠というべき品を見つけたと判断するべきでしょうか。
そう、この山に根差すアダマンタイト鉱脈……件の問題に関与を疑うに、十分な品を。
謎多き少年に、聞きたいことはまだ沢山あります。
このような事態と相成ったのですもの。
この地の統治を任された一族の者として……こうなったからには、充分以上に怪しいティタニス少年の身柄を確保して然るべき、ですわよね?
本文を書いている内に、気がつけばお兄様の武勇伝が増えている件。
あれ、こんなこと書く予定じゃ……
お兄様の逸話が増えるのは、大体このパターンです。
イヤ本当、今日の朝まで『銀怪』とか欠片も発想に無かったんですけどねー?




