表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
エルレイク侯爵領編
136/210

わたくし、尋問は少々苦手なのですけれど……

容疑者への扱いが軽く拷問一歩手前。



 その指令は承服できないと思った。

 だから俺は……



 反抗の意思は前から燻っていた。

 だが一族の意思だといわれると、個としての俺は弱い。

 納得できないと思っていても、それが悲願だといわれると躊躇いが生じる。

 ああ、そうか。

 そうなのか。

 一族の意思であれば……俺という『個』の意思は食い潰されるのみ。

 全体で一つのイキモノの様に、俺達は連携して動かねばならない。


 大きな力の前に屈服するのか。

 それには否と心が叫ぶ。

 一族の未来を闇に閉ざして良いのか。

 それにも否と、心が叫ぶ。

 だが一族の為に、他を……かつての同胞達の子孫を地獄に落としても良いのかといわれると…………


 一族の恨み、一族の悲願。

 言いたいことはわかるつもりだ。

 だが、どうしても俺は迷ってしまう。

 果たして、本当にそれで良いのか――と。


 自分達が惨憺たる歴史を歩んできたからといって。

 自分達の運命が他者に食い散らかされる過酷な状況だからといって。

 だからと、その悲運を他の者に押し付けるのは正しいのか?

 同じどん底の底、地獄の真っただ中に突き落としても構わないのか?

 自分達が嫌だと思うモノを、他者に強要しても良いのか。

 

 悩めば悩むほど、出口は見えない。

 答えは見えているのに、それを成す術が見当たらない。

 悩み、もがいて誰が助ける。

 見えない出口を探して、見つけることは出来るのか。


 出口の見えない闇を彷徨う、我らが一族。

 だが、ようやっと見つけた出口は本当に出口なのか……?

 闇から出ることができたとして、その先が本当に『外』だと誰がわかる。

 闇の外には光があると、皆は無邪気に信じている。


 だけど。

 闇の外に本当に『光』はあると。

 誰がそれを証明できるのか……?


 一族が見つけた『出口』は本当に『出口』なのか。

 それか、もしくは……


 もしかしたら、更なる闇へと通じる『入口』なのかもしれない。



 俺のことを考え過ぎだと、大人達は言う。 

 だけど考えずして、どうして未来を見定めることが出来るのか。

 思考の袋小路の中、一族への愛着と己の意思の挟間で悩む。


 悩んで、悩んで、悩んで……


 どうしようもなくなった時。

 俺の手は、手に馴染んだ短剣を握りしめていた。


 どうしても承服できないと思った。

 一族の者ではないからと……彼らを地獄に落とすことなど。


 だから、俺は。



 姉とも呼んだ人の、腕を刺した。




   ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・



 ギルとロビン様の凄まじい手腕により、物の数秒で容疑者の捕獲は完了致しました。

 見事な手際でしたわ。

 思ったよりも小柄だった容疑者は、ギルの所持品である毛布とロビン様の荒縄によって絵に描いたような布団巻き状態で確保されました。

 抵抗する暇もないとはこのことですわね。

 ですが抵抗する意思も、元よりあったのかどうか……。

 確保された容疑者は、どこかぼんやりと焦点の定まらない眼差しで空を見るばかり。

 空虚さの感じられる様子は……考える意思を放棄しているように見えます。

 自暴自棄、というのでしょうか。


「――さて、どうします? お嬢様」

「お、じょう……?」


 ぼんやりとしたまま、容疑者の視線がわたくしを捕えました。

 一瞬、驚きに見開かれます。

 モノを言うよりも雄弁な眼差しは、容疑者の心情を物語るようです。

 わたくしの勘が正しければ、容疑者は恐らくこう思っているはず。


『何故、こんな幼女が山奥に……?』


 わたくしを見くびっていただいては困ります。

 幼女と思って油断なさいませんようにお気をつけなさいませ?


 どんな時でも最初の挨拶は淑女の礼儀。

 わたくしは優雅に見えるよう、指先にまで気を配って淑女の礼をして見せました。

 このような奇異な状況下ですもの。

 相手に考えさせる猶予を与えてはなりません。

 そう、思考を攪乱させるのです。

 貴族の幼女(わたくし)という場違いな存在によって。


「初めてお目にかかります、怪しく不審な御方。出会い頭に少々不躾ではありましたが……わたくし達の供応に、暫しお付き合いいただいてもよろしいでしょうか? ああ、貴方に拒否権はありませんので、あしからず」


 ぽかん、と。

 容疑者は間の抜けたお顔でわたくしを見るのみ。

 恐らく、わたくしの言葉の内容すら理解できていないのではないでしょうか。

 言葉は通じますわよね……?

 明らかに異国の気配を感じさせる容姿を備えておいでですので、言葉が通じると確信を持って判断はできませんが……

 わたくし達の大陸は全土で共通の言語を用いていたはず。

 余程の遠方からいらしたとしても、同じ大陸に住んでいるのでしたら……同じ大陸の方ですわよね?

 見聞きするのも初めての外見的特徴に、自信が持てません。

 ですが言葉が通じなかったとしても、何とかお話しさせていただくより他にはありません。

 こういう行動を、尋問――というのでしょうけれど。

 あまり恐喝めいたことは得意ではありませんし、尋問も上手く行える自信はありませんが……。


 発想を変えましょう。


 わたくしの不得意であれば、得意そうな協力者に代替わりしていただけば良いのです。

 言葉が通じるか否か不確かなのでしたら、言葉の通じそうな方に代弁をお願いすれば良いのです。


 尋問……『青いランタン』の方々でしたら、楽々とこなすのでしょうけれど。

 この場で容疑者からお話を聞き出せそうな方は……


 わたくしの目は、まさに適任というべき者達を見つけました。


 一応、完全に任せきる前に僅かなりと努力をしてみせましょう。

 いきなり『彼ら』に任せるのは流石に不憫ですもの。 

 まずは意思疎通が可能かどうか……ですわよね。

 

 わたくしはギルとロビン様を信じましょう。

 2人の……補縛術の確かさを。

 しっかりと縛られていることを目で確認し、わたくしは容疑者に近寄りました。


「お嬢様、危ないですよ」

「止めんなよ、ギル。お姫さんには姫さんなりに考えあってのことだろ」

「でも……っ」

「案じる必要はありませんわ、ギル。……確かに『容疑者』は縛られているのですもの」


 わたくしは、容疑者の頬にそっと両手を添えました。

 我ながら大人に比べて小さく、細い指だと思います。

 大きな方から見れば、何とも頼りなくか弱く見えることでしょう。

 ですがこの小さな手にも、出来ることがあるのです。


 わたくしは容疑者の両頬に添えた手に、そっと力を込めました。


 ぶぎゅっ

 

「ふふ……滑稽なお顔ですわね」


 わたくしの振舞いに、容疑者が目を白黒させるのが分かりました。


「ロビンさ、ロビンお嬢さん! 本当にお嬢様は考えあってのことなんでしょーか!」

「うろたえんな、ギル! あのお姫さんが考えなしに何かするとは思えねぇ……っ」

「……2人とも、わたくしのことを過信しているのではなくて? ねえ、貴方もそうは思いませんこと?」

「う、え、あ……?」

「貴方、喋れませんの?」

「うぅ……」

「警戒の眼差しが突き刺さりますわねぇ。お顔が滑稽ですので、迫力に欠けますけれど」

「だ、だれのせ……っ」

「まあ、お話できるのではありませんか」

「あ」

「わたくし、ミレーゼと申します。貴方のお名前は?」

「……」


 だんまり、ですわね。

 言葉が通じることは確認が取れました。

 これ以上は尋問に長けた方にお任せするのが最良でしょう。

 わたくしはギルに指示して容疑者の上体を起こしていただくと、木に背をつける形で持たせかけました。

 これで支えがなくとも、顔を見てお話できますわね。

 お話するに支障はないことを確認し、わたくしは両手で持ち上げました。


 容疑者の正面に、そっと『エキノ』を置きました。


 『エキノ』の背に『始王祖』様が乗っておられましたが……

 わたくしは見なかったことにして、さり気無く目を逸らします。

 人道に反する行為かもしれないと、自覚してはおりましたが……わたくしは頼りになり過ぎる人外コンビに容疑者の行く末を託すことと致しました。

 洗n……お願いを聞いてもらうことに実績のある『エキノ』ほど、尋問官に相応しいイキモノはこの場において他におりません。

 

 気をしっかりお持ちになってね。


 わたくしは容疑者の明日を思って顔を逸らしました。

 人としての尊厳を踏み躙られた姿を記憶に留めずにおくのが、わたくしにとってせめての情けといえるでしょう。


 顔を逸らしていたわたくしは、すぐには気付けませんでした。

 『犬(?)』の背中で……『始王祖』様が興味深げにじっと容疑者を見ていたことに。

 

「そなた、『贄の民』だな」

「……!?」


 『始王祖』様に声を掛けられた容疑者の反応は、顕著といえました。

 反応を引き出した原因が『始王祖』様のお言葉に寄るものか、目の前で自律行動する奇怪な人形という怪しげな存在によるものなのか、わたくしの目から見て判断は出来かねましたけれど。

 恐らく怪奇自律人形に突如声をかけられれば、わたくしも動揺してしまうのではないかと思えます。

 わたくしやロビン様、ギルは客観的視点から『始王祖』様の怪しさに気付くことが出来ますが……

 当の怪しい張本人、『始王祖』様は疑問を覚えることもなく言葉を続けられます。


「今のこの時代に、ここまで純血に近い民が残っていようとは……恐らく血統の調整が行われた結果であろう。そなた、奴隷として捕らわれた者の末裔だな?」

「…………なんだよ、この人形。何かの呪いの品か」


 じっと容疑者を見つめる『始王祖』様はどうやら容疑者の素情に何らかの心当たりがある様子でしたが……

 今は一先ず、ようやっとまともに口を開いた容疑者の疑問にお答えすると致しましょう。


 彼の方は問われました。

 この人形は何か……と。

 わたくしはこの問いに対する言葉を、1つしか存じません。


「人外です」

「見ればわかるから……っ」


 じっとじぃぃっと見つめてくる、人形の虚ろな眼差し。

 見つめられることに耐えられないと思ったのか、他に理由があるのか。

 屈服するかのように項垂れた容疑者。

 感触で言えば、あと一押しで心も折れそうな気が致します。


 わたくしは観察していて、確かな手応えを感じておりました。

 ピートが「相手の心を圧し折ってからが本当の交渉だ」と申しておりましたもの……彼の格言を、わたくしも見習わせていただきましょう。


 わたくしは容疑者の正面に改めて座し、膝に『始王祖』様とエキノを乗せたまま人外コンビと同じくじぃっと容疑者を見つめました。

 見れば見るほど、不思議な容貌です。

 黄金色に身を染めて、これが生まれ持った色合いだというのでしょうか。


「改めて申しますが、わたくしの名はミレーゼ・エルレイク。貴方のお名前は何と仰いますの?」

「…………」

「10秒以内にお答えにならなければ、この不思議なお人形と毎夜同衾していただく予定ですので……10、9、8、7」

「待て! ど、どうきっ!?」

「おいおい姫さん、そりゃどうかって思うぜ」

「あら、どうしてですの? ロビン様」

「エルレイク様はほら、既婚者だろ? だってのに他人と同衾させるなんざ……奥方様に申し訳ねぇだろ」

「ああ、忘れていましたわ……このお人形、妻子持ちでしたわね」

「妻子持ち!? 人形なのに! え、なに? 生殖能力あるんですか……?」


 どうしてでしょうか。

 ギルも驚愕を隠さず唖然としておりますが……容疑者の方のお顔がどんどん青くなっているように思えます。

 ですが精神的に追い詰められるのであれば、ここは畳み掛けるべきでしょうか。


「どうします、容疑者の方。素直に此方の質問に答える決心をしていただけて? 不服と仰るのでしたら……不思議なお人形との添い寝に加えて、夜毎子守唄も付けていただくべきかしら。薄暗闇の中、朝まで延々とお人形の歌声を聴くというのも得がたい体験ですわね?」

「静かな湖畔の森影近く、どこからともなく声がする♪


  ――お前の生き胆を寄越せぇぇ……! 」


「まあ、『始王祖』様は大変お歌が上手ですのね!……と、このようにお人形も意外な歌唱力を発揮してくださるほど乗り気のようですけれど」

「夜闇に沈む寝室、疲れ果てて横たわる寝具の枕元……暗がりに光る、人形の目。何処を見ているとも知れない虚ろな眼差しで夜明けまで延々と単調な声が歌い続ける……それ怪奇現象じゃね?」

「ひ、ひぃ……っ」

「どう致しますの、容疑者さん。早々滅多に体験できない夜をお過ごしになられます? 当方と致しましては、まずは貴方のお名前を聞かせていただくだけで構いませんのよ……?」

「てぃ……ティタン! 俺の名前は、ティタンだ!」

「ほう。ティタン……本名、ティタニス・ルタトゥー17歳か。ルタトゥー氏直系の末裔のようだな」

「ってなんで俺の本名、即効で露見してるんだ! あとルタトゥーってなに!? 俺、氏なんて持ってない……」

「流石は『始王祖』様……問答無用の不条理ですわね。相手のお名前がすぐに分かるのでしたら、名前1つを聞き出すのに費やしたわたくし達の時間は何だったのでしょう」


 布団巻きで捕獲に成功した、謎の異国情緒溢れる青年(・・)

 彼の名はティタニスと仰るようです。

 こうして名前を出させることには成功致しました。

 この小さな一歩を糸口に……何故、このような場所に居るのか。結界やアダマンタイト鉱脈に何かしらの関与はあるのか。等々に関する自供を何とか得られるように事を運んでいただきましょう。

 勿論、エキノに。


 失敗した時には、ティタニス青年に怪奇現象の申し子の如きお人形と一晩仲良くしていただくのみです。

 彼の精神衛生的にも……早く素直になっていただけるよう、努力は惜しみませんわ。


  


 始王祖様の歌っているアレは小学校時代、同級生の歌っていた替え歌をアレンジ?したものです。私が聞いた替え歌は、生き胆じゃなくて紙を求めてましたけどね!


お知らせ:バレンタインについて

 バレンタインのネタを活動報告で募集した際、「没落メルトダウン」で!という中々にバレンタインとは絡めづらいリクエストがありやして。

 何とか期待にお応えしようと努力したのですが……自分でも謎の短編が出来上がりました。一応、2/14に合わせて投稿予定です。

 本編とは一切全く関係のないパラレル短編ですが、興味のある方はどうぞ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ