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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
エルレイク侯爵領編
134/210

この言葉は侮辱と取ってもよろしくて?



 縋っても再考する余地のない虫けらだ。

 そう言わんばかりに蔑んだ眼差しの琥珀色。

 未来の栄光を信じたからこそ、故国を裏切り、保身すらも擲ったというのに。

 このままでは身の破滅。

 国の宝と成り得る希少金属の盗掘、密売、横流し。

 他国と通じての背信行為。

 不特定多数の他者へと害成す呪詛の斡旋。

 何に重きを置くかは個人の判断によって異なるだろう。

 だが、いずれも軽くはない罪だと子供でもわかるはず。

 罪の1つ1つを検分せずとも分かる。

 この罪は、どれを取っても斬首に値する。

 罪の数だけ首を落とされ、野辺にさらされて余りある。

 このままであれば……死は、免れない。


 血に塗れた未来が脳裏を過ぎる。

 それだけで息も止まってしまいそうな絶望が襲う。

 考えた。

 身も世もなく、考えに考えて、考え続けた。

 己の命を、財産を守る方法を。

 いや、財を失くしても構わない。

 ただ死にたくない。

 生き延びたい。

 その為にどうすれば。

 どうすれば、生き残る道となるのか。


 夜明けまでも考え続けた末、ようよう思い至る。

 自分は既に役立たずの足手纏いとして見捨てられた。

 自分を振り払った女の、見下す目が忘れられない。

 あの女を屈服させたい、鼻を明かしたい。

 そんな渦巻く感情が、最後の後押しとなる。


 そうだ、手土産を用意しよう。


 今度こそ自分のことを、無視できない男だと見直すような。

 細い両の(かいな)を広げ、身を投げ出し、自分の存在を敬わずにはいられなくなるような。

 手土産さえあれば、きっと『本国』も自分のことを歓迎するだろう。


 とらぬ狸の皮算用。

 輝く未来ばかりを夢想し、不都合なことは考えない。

 その甘い考えと判断が、男をそこまで追い詰めたというのに。


 自分がどれだけ虫のいいことを考えているのか、他人の身になぞらえて考えればわかることだろうに。

 人は誰しも、自分のこととなると頭のネジを緩めて考えてしまうもの。

 他人に対してはどこまでも冷酷になれる(やから)が、己だけは許容してもらえるとどうして考えることができたのか。

 利用価値のないと判断されるや捨てられるだけの人材と、自分が見なされていること。

 そんな客観的事実さえ、自身では気付くことなく。


「――そうだ、やはり死体では駄目だったのだ。生きたエルレイク(・・・・・)でなくては――」


 もう小娘に限らず、小僧でも構わない。


 朝焼けに照らされ、眩しい光の差し込む一室の中。

 金色の朝日に相応しからぬ陰湿な声が空虚に響く。

 男の暗い呟きが、新たなる災禍を招こうとしていた。




   ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・



 

 1晩の宿にと求めた部屋は、予想ほど不便には感じられませんでした。

 大衆用の宿ですので、もっと質素なものかと思っていたほどです。

 調度品は必要最低限ではありましたが、宿のご婦人が気を利かせて下さったのか、さり気無く飾られた花々に心が和みますわね。

 清潔に整えられた室内、ぴんと糊の効いた白いシーツ。

 香草が焚き占められているのか、程良く品の良い香りがしますわ。

 もう少し埃臭いものかと思っておりましたのに。


「少し狭いかもしれませんが、一般大衆用の宿も思ったほどは悪くありませんわね」

「こりゃ、バレてんな……」

「ロビン様? どういうことでしょうか」


 居心地良く過ごせそうだと、クレイを寝かしつけた後。

 ロビン様が頭を抱えて項垂れている姿が目に付きました。


「設備は大衆用の宿に毛が生えた程度だ。けどよ……気の使いようと急ごしらえでも精一杯持成します!っつう意欲がそこかしこから溢れてんだよ。深窓育ちのお姫さんにゃわかんねーだろうがよ」

「……ロビン様は、わたくしとクレイの素情が知れている、と?」

「あのめっちゃにこにこ顔の店主見た瞬間、なんか()な予感はしたんだよなあ……今頃、知らせがいっててもおかしくねぇと思うぜ」

「何故、露見してしまったのかしら……」

「今すぐに迎えが駆けつけてこないとこを見るに、今夜はまだ良さそうだが……明日は朝一で誰か来るんじゃねぇか?」

「では、明日は夜明け前に出立せねばなりませんわね。備えてすぐに就寝致しましょう。わたくし、まだ幼女ですので1日8時間は睡眠が必要ですもの」

「……胆が据わってんよな、この姫さん」


 今更、地の利のない土地で夜に飛び出す訳にもいきませんもの。

 わたくし達は過剰に引き留められることを予想し、使者の来ないだろう早朝……夜の明ける1刻ばかり前に出立する予定で就寝と相成りました。

 眠ることのない『始王祖(エルレイク)様』と、『犬(?)』を夜番に据えて。



 そうして迎えた、清々しさも未だ訪れぬ朝。

 わたくし達は宿を出るよりも先に出鼻を挫かれました。

 念の為、宿の裏口に回ったのですけれど……


「あれ? もう出立ですか。おはようございます、お嬢様」

「「「…………」」」


 未だおねむのクレイを、アンリに背負っていただいて。

 いざ出発と扉を開けたその先に……いたのは、好青年然とした1人の殿方。

 宿の築地塀に背を預け、明らかに遠出用と思われる荷と剣を携えていらっしゃいます。

 こちらに向ける爽やかな笑みが、人懐っこそうに雰囲気を和らげておいでです。

 面識はない方、と思うのですが。

 何やら……見覚えがあるような。

 にこにこと此方に笑みを向ける殿方に、ロビン様とアンリから警戒の目が向けられます。

 さりげなく背に庇われながら……わたくしはどこでこの殿方を見たのかしら、と。

 考えること、暫し。

 

 脳裏に蘇った心当たりは、『兄』でした。


「貴方……もしかするとカーラの息子のギルかしら」

「あれ、俺がわかるのお嬢様」

「んだよ、お姫さんの知ってる奴か? やっぱエルレイクの使用人ってことだよな」


 わたくしは名前を確かに言い当てたのでしょう。

 ギルは目を丸くし、驚いた顔でわたくしを見ています。


「ギルには2度ほどお会いしたことがあります。5歳と3歳の時に、それぞれ1度ほど」

「もう1つ機会を足しといて下さい。ミレーゼ様がお生まれになった時にも1度お目にかかっていますから」

「流石に赤子の頃は記憶にございませんわ」


 生まれた時のことは記憶にございませんが、他の2回に関してはよく覚えております。

 あの、兄に。

 誰もが制止を諦めている節のある、あの兄に。

 怯むことなく、兄を諌めて行動抑止を達成しようと奮闘していた彼の姿。


 彼のような果敢な若者は、他に見たことがありません。


 未だかつてない光景に、わたくしは『不屈の精神』を見ました。

 感動に値する根気と根性です。

 わたくしの記憶にも印象の強い人物として刻みこまれました。


「ロビン様、ギルは兄の乳兄弟であり、従者……そして、我がエルレイク領屈指の武人でもありますのよ。恐らく、1番の」

「お嬢様、それは違います」

「あら? わたくしはそう耳にしていてよ?」

 

 思いの外、強い口調で。

 若い者であれば少なからず讃える声に驕るものでしょうに……

 ギルは真剣な顔で、己が領で一の武人とされていることを否定します。


「エルレイク領で最も強い武をお持ちなのは、(アロイヒ)様です」


 彼の言葉は、確かに。

 ええ、確かに頷けるものではあるのですけれど……

 当然の事実かに見えて、彼の意見には穴があります。


「お兄様はエルレイク領に常時いらっしゃる訳ではありませんもの。エルレイク領出身で最もお強いと言われれば頷きも致しますが……領土内にいらっしゃらないことが多い方を数えて、領土内最強と呼ぶのは正しいのでしょうか」


 わたくしの中でお兄様は常に選外……いえ、番外の存在です。

 数に数えて無意識の内に頼りとしていては、いざという時に足下を掬われてしまいます。

 ですので、お兄様に関しては最初からいないモノと考え、精神的に頼ることのないよう数の外に放り出しておくべきではないかしら。


「お兄様のいない現状の(・・・)エルレイク領で最も強い……この言葉に偽りはあって?」

「だからと言って、ここで頷けるほど厚かましくもないんですけど。それに俺だって、エルレイク領に常にいる訳じゃ……」

「あら? 貴方は当家の使用人ではなかったかしら。今まで会う機会が少なかったのは、担当部署がわたくしの行動範囲を外れているからだと思っていたのですけれど」

「いえ、俺の仕事は若様の従者ですから」

「……ご苦労なさっておいでですわよね。身内として申し訳なく思いますわ」

「いやいや同情してほしくて言った訳じゃありませんよ!?」

「阿呆の従者……っつうことは、アロイヒにくっついてあっちこっち放浪しまくりってことか?」

「………………お嬢様、こちらの男女不明瞭な方はどちら様で? なんで若様のこと呼び捨てなんですか」

「ギル、此方はロビン様。お兄様の元ご学友にして伯爵令嬢という立場にある方ですので失礼のないように」

「はあ、はくしゃ…………令嬢、ですね。了解?しました。失礼致しました、ロビンお嬢?様??? 先程のご質問に対する回答ですが、俺がエルレイク領を離れる理由は若様の放浪について……ではありません」

「まあ、そうなのですか? わたくしも兄について不在なのかと思ったのですけれど……考えてみれば、あの兄の道行に常人が同行できるはずもありませんわね」

「おい、妹! 自己完結すんな」

「ええと、ギル? では貴方は、エルレイク領を離れて何を……?」


「武者修行です」


 ギルの返答は、簡潔でした。


「年の7……いえ、8割は修行の旅暮らしを送っています」

「使用人とは思えない返答が来ましたわね。念の為に聞きますが、雇用主たる当家が納得できる理由が何かあってのことですの?」

「一応、お嬢様の父君には応援していただいていましたが……お嬢様、俺の職務はアロイヒ様の従者です」

「ええ、貴方の職務については存じておりますが……」

「つまり俺の使命は、若様の為に命を投げうって働き、時に行動を諌め、場合に応じては身体を張って暴挙をお止めすることです!」

「それ命を投げ打つ相手アロイヒになってんじゃねーか!」

「無駄死にしてはなりません、ギル!」

「これも従者の務め……若様の犠牲になる覚悟はとうについています。でも犠牲になっては若様の側仕えとして失格でしょう? 任務を果たせなければ意味がない。ですので、俺は強くならねばならないんです。そう、アロイヒ様に匹敵とまではいかなくとも……せめて、この身を賭けて行動を抑止できる程度には」

「おい、姫さん。従者ってこんな悲愴な命の覚悟が必要な職だったっけか」

「いえ、わたくしはもっと……もう少し、身の安全が保障された職だったかと」

「若様は年々お強くなられるので、俺も修練が大変です。今でさえ、全然追いつけていないのに……若様の従者に相応しい強さを手に入れ、若様をお止めできる人材に早くなりたいものです」

「それって従者の役割か? なあ、従者の仕事なのか? 従者って強くないと駄目な職種だったか、なあおい」

「兄が、年々強く……元からとてもお強い方なので、強さに変動が生じているのかすら、凡人には測りかねますわね」

「若様の旅にも付き従えるよう、もっと修練に励まなくては」

「しかも常人には無理な旅までついていく気満々だぞ、おい」

「自殺行為ですわよ、ギル! 当家に自殺幇助の罪を負わせる気ですの!?」


 見た目は、好青年。

 一見してあまり濃い方には見えませんけれど……

 使命感なのか、義務感なのか、責任感なのか。

 どれに該当するのか深く考える気はありませんが、ギルの思考が常人であれば踏み留まる領域を乗り越えていることは理解致しました。

 つまり、リアル兄を知っていて尚、兄を目標に強くなろうと。

 どんな荒行を成せば、達成できると申しますの?

 我武者羅に兄を目指していれば……強くもなりますわね。


「それで、命知らずの無謀なギルとやら? てめぇがここにいるっつうことはエルレイクの城から回されて来たんだろうが……足止めか、それとも連れ戻そうってのか?」


 覚悟を滲ませた口調で、ロビン様がギルを強く見据えました。

 心なしか、狂人を見るかのような視線です。

 ですがロビン様のお尋ねになったことは、わたくしも気にかかります。

 固唾を呑んでギルの言葉を待ちました。

 

「いや? 連れ戻すつもりはないですが」


 ですが、ギルは。

 あっけらかんと言い放ったのです。


「そもそもお嬢様、俺らは所詮しがない使用人。主家の方の判断を本気で止められるとは思ってもいませんよ」

「……出立すると告げたら、盛大に引き留められましたけれど」

「そりゃ……お留めできるものなら、とは思いますよ。今は使用人衆も混乱してるんで。でも若様の例も俺ら使用人はよく知ってますから、生半可な制止は逆に酷い結果になるって気もしてたんですよ」

「兄を例に挙げてわたくしの行動に適用されるのは、とても不本意なのですけれど」

「今回、誰も知らない気付かない間にお嬢様方が抜け出されていることに気付いて、俺達は失礼ながら思いました。


 ――ああ、やはりお嬢様は若様の妹君なのだ、と 」


「失礼ですわ! 本当に、この上なく失礼ですわー!」

「おい、実妹……事実は事実じゃねぇか。含められた意味はともかく」

「事実を踏まえて納得されることがこの上なく不満ですわ……!」

「御兄妹の血の絆を感じ取り、城の使用人は一様に諦めました。ああ、これは止めても無駄だな……と。でもそれで心配しなくなるって訳でもない。お嬢様の外出には、護衛が必須でしょう?

だから、丁度修行から帰って来ていた俺が派遣されたんですよ」


 つまり、ギルはわたくしに付けられた護衛として同行する……と。

 領土内でも実力を謳われる武人が護衛に付くと考えれば、心強くもありますけれど……使用人達が判断するに至った思考の働きを思うに、全く嬉しく感じなのはどうしてなのでしょうね?

 




ギルの言い分

「アロイヒ様は危なっかしいところのある人だから、俺が側で支えて、お助けできるようにならないと駄目かなって思います」

 恐らくその道のりは、遠く果てなくチョモランマの如く険しい。

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