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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
少年達の暗闘編
130/210

復讐が生み出すものも時にはありますのね




「――さて、上手く丸め込めたな」

「かなり強引だったけどね!」

「それで? あの坊ちゃん達、無事にお戻りいただけたんだろーな」

「抜かりなく☆ ミモザも、もう戻って来てるよ」


 協力を了承した時点で、アレンとオスカー様は自分達の部屋に戻されている。

 誘拐偽装の一環として2人に成り変わっていたミモザ達とも既に入れ替わり済みだ。


「そうかよ。一応、報告するよう呼んでくれ」

「はいはい。ミモザも仕事が多いよねぇ……ま、ミモザのレベルで重用できる演技達者が他にいないからだけど」

「潜入工作にかけちゃ、あいつ玄人顔負けだからな……。この前、試しに王宮侍従の新人教育研修に混ざったら違和感無く馴染んだ上、最後まで正体ばれなかったって話聞いたか? あいつ、侍従の研修課程修了証書持ってんだぞ」

「うわ……。そこまでくると、もうなんか気持ち悪いよね。王宮の侍従って貴族出身で、身元のしっかりした人じゃないとなれないんだよね……? お城の使用人になってどうするつもりなの、あいつ」

「なんつうのか、本当……あいつ、突き抜けてんよなぁ」

「うわー……それ、ピートが言っちゃうんだ」

「もうアレンとオスカーの2人、戻さずともミモザが替え玉になってりゃそれで済むんじゃね?」

「いやいや……顔まで変わるわけじゃないし。流石に身内にはばれちゃうよ。遠からず、少なくともアレンの『おにーさま』が訪ねにきちゃう可能性があるんでしょ?」

「そこなんだよなぁ」


 ほぼ強制的にピート達『青いランタン』の片棒を担ぐ羽目に陥ってしまった、貴族の少年アレンとオスカー。

 彼らに下されたミッションは、極めて簡単……に思えて難解仕様。

 それは長期になることも見据えて本腰を入れなくてはならなくなった、エルレイク姉弟の替え玉作戦において重要な意味を持つ。

 要はボロが出ないよう、遊び相手として呼ばれた2人が周囲に偽物だとばれない様にフォローするということ。

 一緒に何食わぬ顔で遊んでいれば良いだけ……のように見えて、これが中々大変だ。

 何しろ話題の姉弟であるだけに、周囲の関心は高い。

 それだけでなく王妃が気にかけているとあって、突発的に訪問イベントが発生する恐れすらある。

 また、ピート達は知っていた。

 知っていて、敢えて黙っていることがあった。

 

 それはアレンの実兄であるエラル・ブランシェイドが、ミレーゼの元を訪れる可能性があるということ。


 作戦の要と思われたミレーゼが不在となっても、計画自体が頓挫した訳ではない。

 むしろミレーゼ様がいない間にも少しでも話を進めておかねば、戻って来た時に何をしていたのかと詰られるかもしれない。

 よって、ピートは作戦の決行を計画していた。

 作戦……つまりはアロイヒ・エルレイクの名を騙った投書で、希少金属アダマンタイトの密売に関する流通経路、拠点などの情報をリークするというモノ。

 ピート達は本来の予定通りのタイミングで、『人災(アロイヒ)』の御威光による強制捜査からの現物押収……そこから発展して密輸ルートの追跡調査を国側にさせるつもりなのだ。


 ちなみに本来ミレーゼが偽造する予定だったアロイヒ・エルレイク名義の投書は、瞬間記憶と応用力に優れたフィニア・フィニーさんとアロイヒの元同級生であるジャスティ様のお2人が共同制作する予定である。

 筆跡を真似るくらいチョロい、とはフィニア・フィニーの言。

 余裕たっぷりな様子を見るに、筆跡の模倣くらいは造作も無いのだろう。


 アロイヒの名を騙る以上、人災対策本部(エラル)の介入は避けられない。

 そして介入があるとなれば、情報を精査する過程で必ずエラルはアロイヒの身内であるミレーゼ嬢に意見を聞きに来る筈だ。

 そうすると必然、ミレーゼ嬢(替え玉)に張り付いてフォローしているアレンとエラルは顔を合わせることになる。

 エラルもミレーゼ嬢とは少なからず交流がある。

 不審な点を気にしない訳がない。

 その時、アレンがどうエラルを誤魔化すのか。

 または弟からエラルがどんな情報を引きずり出すのか。

 どちらに転ぶのかは、賭けに近い。

 どちらであろうとも、兄弟間での駆け引きは避けられない。

 不審なところ、疑問点があれば追及せずにはいられないはずだ。

 実の兄弟であるだけに、互いのことはよくわかるだろう。

 挙動不審な点があれば、それこそ目について気になるだろう。

 それをも踏まえた上での、サポート役なのだが……


「アレンじゃ荷が重いかもな。実弟だし」

「ニリネを連絡係に付けておいたよ。あの子だったら、坊ちゃん達のフォローも上手く立ち回るんじゃない?」

「ニリネだけじゃ不安だろーが。あいつ、見た目は幼女そのまんまだぞ。それがくっ付いてる時点で不審だろーが」

「けどこっちは表立って動けないし。身を隠す必要なく堂々と動き回れるのって、今のところアレンとオスカー様くらいだよね」

「ちっと歯痒いな……」

「んん……じゃ、この私、フィニア・フィニーが新米メイドさん☆に偽装して側近くに潜り込んでおくよ?」

「何故メイド。ま、行動範囲を考えれば女使用人の方が都合は良いけどよ」


 呆れ眼のピート。

 フィニア・フィニーは気にしないとばかり、即座にばさっとメイド服を取り出した。

 そんなものをどこに持っていたのかと、ピートの目が胡乱なモノになる。


「……てめぇの記憶力、それも他に代用が効かねぇだろ。メイドに扮した誰かを付けるのは構わねぇけど、お前は却下だ」

「えー……あぁ、でも仕方ないか。私の頭脳にたっぷり蓄えた諸々、近くにいないと即座に引き出せないもんね」

「わかってるなら、良い。てめぇは他にやるべきことがあるよな?」

「ちぇっ……それじゃあ私のお仕事だ。ピート、地図を広げるよ」


 あからさまな舌打ちを1つ。

 それでフィニア・フィニーの感情が切り替わる。

 フィニア・フィニーが卓上に広げたのは、王都の地図。

 隣には王と周辺の地図を広げ、更には王国全土の地図を広げる。

 描かれた図絵は、王国の技術レベルからすると驚くほどに詳細。

 戦時において、地の利は必勝条件の1つ。

 当然ながら詳細な地図は機密文書に数えられる。

 大雑把な、ほとんど何の役にも立たない気休め程度の地図であれば、ともかく。

 ここまで細かく詳しい地図は、許可なく所有しているだけで罪に問われる。

 王都、その周辺、そして王国全土。

 3つの地図はそれぞれ『青いランタン』全員の首を数回斬り飛ばしても購いきれない御禁制の品だ。


「これはすげぇ……『黒歌衆』の持ってた地図より2ランクは上じゃね?」

「2? もう1ランク上げてほしいなぁ。これ一見詳細レベルが上がっただけに見えるけど、よく見てよ。地形や正規の地図にはない私道も脇道も記載されてるでしょ。過去に潰された道跡なんかもね」

「……で? その地図の出所は」

「王宮最奥の禁書庫……の、更に隠し部屋の奥。ルッコラが見つけてきたんだから、後で褒めといて」

「あいつ、働きがどんどん超人化していくな。……で、これ原本じゃねぇよな?」

「ちゃんと複製だってば。原本は元の場所に戻しといたし、こっちは私が3日かけて再現したんだよ? 正確さは保障する」

「それでこれ、いつの地図だ。ここまで詳細とくれば戦時作戦用だろ。けど至近の戦時中、こんな地図が出てきたなんて噂は聞いたことがねぇ」

「それがさー……製作者サインが入ってたんだけど」

「ほう、口封じに殺されてもおかしくねぇな。命が惜しくねぇのか、その製作者」

「殺せなかったんじゃない? サイン、【黒歌鳥】ってあったし」

「………………ほんと、何者だよ初代エルレイク侯爵」

「恐ろしいのは、これさ……30年前に敷かれたはずの新街道まで網羅してるんだけど。何年先まで予測して地図作ったんだよ、っていう……伝説の未来が見える魔眼でも持ってたのかな」

「もうヤダ。あの一族、もうヤダ」

「た、ただ単に、道を作りやすそうなルートを予見して作っただけかもしれないよ! 『黒歌鳥』の時代とは明らかに地形が変わっている場所もある筈なのに、『黒歌衆』の地図と見比べても地形の差異がないとこ気になるけど!」

「初代エルレイク侯爵って悪魔か何かなんじゃねーか? もう人間じゃねーだろ、明らかに」

「ピート、そんな捨て鉢な言い方! いま実際に役に立つんだから、細かいことは気にしなくっても良いじゃん」

「細かくねぇよ!! 得体が知れなさ過ぎて使用すんのが怖いわ! 絶対に変な落とし穴がどっかにあるだろ」

「……これ複製だし。流石に原本に罠があったとしても、それまで複製は……出来てないんじゃないかな」

「いいや、わかんねぇぞ。何があるのか……」

「ピート、私が悪かったから。だからさ、製作者のことは忘れよ? うん、私の配慮が足りなかったね。製作者のことは最初からぼかしておけば良かったよね」

「やめろ。知らないと逆に罠を恐れる心構えが出来ねぇままハマるから」

「え、ええと……まあ、とにかく有用だよね! そこだけに注目しよっ?」

「……まあミレーゼに関することだ、し……そこまで酷ぇことにならねぇように願っとくぜ」


 苦笑いを浮かべながら、フィニア・フィニーは広げた地図に点と線を引いていく。

 動かす手が微かに震えているのか、時折、線が微妙に歪む。

 何でもないような顔でいて、フィニア・フィニーも若干の緊張を強いられているようだ。

 精神的圧力に晒されながら、それでも淀みなく手は動く。

 やがて書き出されたのは、現時点で判明している密売に関する情報。

 『始王祖』がもたらした情報を元に整理された、密売アダマンタイトの保管地や物流予測図。

 『青いランタン』が関わってしまった、極秘情報。

 当然ながら他者に流れることは阻止すべき情報だが、機密を要する情報もフィニア・フィニーの頭脳1つに叩きこんでおけば文書化する必要もない。

 目の前にある地図に記されたのも、点と線のみ。

 何を意味する点と線なのかを知らなければ、子供の落書きのようにも見えた。


「さーて。それじゃあ今の情報を確認するよ」

「情報の裏付けを担当したのは僕、ルッコラでお送りいたします」

「うぉぅ!? おま、おまっ……どっから現れた!?」

「いつの間にかそっと背後に忍び寄る、そんな日もあります」

「妙な茶目っ気発揮すんなよ……」


 いきなりピートの斜め後方に現れた、『犬』連れルッコラ。

 フィニア・フィニーは見ていた。

 ルッコラが天井板を外し、音もなく天井裏から床へと着地するところを。


「取り敢えず、王都中に犬を放って調べた結果から報告しますね」

「そっか……王都中に解き放っちまったのか……」

「顧客と販売側、また保有量に関しては各リストを作っておきました。王都での密売における元締めと思われる人物と、その各拠点については別紙に報告書が。それから取引に関する契約書の類の保管場所についてですが、調査の結果……」

「お前の『犬』、どんだけ深くまで潜り込んだんだよ」

「大丈夫、洗脳傀儡化した人間は今のところ10人以内に留めていますから。事の発覚は現時点で可能性が低いかと」

「おいおいおーい、さりげなく何て言った? なにしたって?」

「ええと、それから仲買人についてなんですが」

「こいつ、どっぷりと後ろ暗い道にはまってねぇか? なあ、おい」

「ピート、それ今更だから。今は報告を聞いて、情報を整理しよ。ね?」

 

 滔々と淀みなく報告を連ねていく、ルッコラ。

 『始王祖』からもたらされたアダマンタイトの位置情報を元に、今まで暗躍しまくっていたという。

 その結果は成果として見るのであれば、たいへん素晴らしい。

 素晴らしいのだが。

 報告を聞いていくごとに、ピートの目が遠くなっていく。


「独自に販売ルートを辿ってみた結果……」

「……どうやって?」

「簡単です。密売組織の懐に、『犬』を潜ませました」

「ほーう……」

「まあ、そっちはまた後ほど別紙にて調査結果をまとめていますから」

「そう言いつつ、渡された『別紙の調査報告書』がこれで15セット目なんだが」

「僕の文才がなくて……すみません。1枚に纏められれば良かったんですけど」

「いや、めちゃくちゃ簡潔に纏められてるよ。ただ報告内容が多すぎるってだけで」

「情報の精査に関してはフィニア・フィニーにも手伝ってもらいました。持つべきものは、頭の良い仲間ですね」

「……こいつら、黒歌衆にとって代われんじゃね?」


 ピートは遠い目をしている!

 黄昏る彼の肩を、温かな手がぽんと叩いた。

 振り返れば、報告と情報共有の為に呼ばれたミモザがいる。


「ピート、元気を出しなよ」

「ミモザ……お前も大概、やらかす側だよな」

「今回はね、僕もやる気っていうか遣り甲斐を感じているんだ」

「おお、碌な予感のしねぇ宣言だな」

「だってさ、ここ見てよ」


 優しく微笑みながら、ミモザの指した場所。

 王都の地図上……芸術の中心地とされる一画に記された、アダマンタイト保管個所の書き込み。


 華やかな飾り文字が示すのは、王都で最も大きな劇場の名。

 格式と伝統を持つ、上流階級の方々御用達の社交場。

 今では商家出身のとある一族が運営している巨大劇場である。

 抱える劇団員達はいずれも王国最高峰の俳優として名高く、貴族達の人気も厚い。


 そしてそこは。

 アンリ……ヴィヴィアンが人身売買の被害に遭った場所であり。

 かつてミモザの亡母が、夢と情熱を抱いて門を叩いた場所でもある。


 ミモザの顔は麗しく。

 それはそれは、麗しく。

 どことなく残虐さを孕んだ微笑みを浮かべていた。


「ピート、僕、これほど胸が熱くなったことは初めてだよ?」

「そうか……で、どう見る」

「内部情報を教えてくれる伝手はあるよ。でも、何をやっているのか……一撃で殺る決定打は見つけられずにいたんだよね。だけどこれがあれば充分。


うん、充分……母さんの無念を晴らせるよ? 」


 そこには1匹の復讐鬼がいた。

 鬼っ子は、しかし理性を持った鬼っ子である。

 逃がさず、潰さず、用意周到に囲い込んで嬲る為の論理武装は怠らない。


「この劇場は人身売買の温床で、以前から王国側もマークしていた……それはわかってるんだよね」

「劇団員が消えても、夢を諦めて田舎に帰ったんだろうって誰も取り合わねえ。けど実は……ってヤツだな」

「そう。そして売り飛ばされた1人が、巡り巡ってエルレイク家を陥れた『黒幕』とやらの手に渡り、ミレーゼ様の元に来た」

「……まあ、偶然じゃねぇだろうな。このアダマンタイト」

「そう。やっぱりミレーゼ様の為に尽力したのは正解だったよ! 絶対に『黒幕』と『密売犯』は繋がっている」

「状況証拠しかねーがな」

「状況証拠さえあれば、後は物的証拠を固めるだけだよ?」

「捏造は思い留まれよ? それバレたら、1番こっちの進退極まるパターンだからな?」

「捏造なんてしないよ……? だって密売ルートと、人身売買ルートを繋ぐ証人がいるじゃない」

「…………劇場の支配人か」

「ふふふふふふふ……逮捕させて、こっそり締め上げる」


 瞬間。

 思わずと激情に任せて、ミモザが手元に持っていたタオルを固く結んで締めあげた。

 ぶちっと厚手の布地が千切れてしまった。

 演劇少年の瞳孔は、若干開き気味だ。


「あ、その劇場については追加報告が」


 ルッコラが手を上げる。

 ピートは苦笑いで思った。

 頼むから、火に油は注ぐなよ、と。


 だがルッコラは、最高品質の石油を注いだ。


「そこの劇場支配人、後ろ暗い取引に手を染めた貴族共へのアダマンタイト取引に関する仲介の主要人物であるようですが」

「ですが、ってなんだ。他に何があるってんだよ……?」

「アダマンタイトの精霊を使った、暗殺を始めとする工作一般の幇助及びアリバイ提供をサービスとした裏商売の疑惑が……」

「既に十分黒いのに、話が更に真っ黒に!」


 ルッコラの話は、こうだ。

 ミモザの怨みを一身に買う劇場支配人は、上流階級の誰が訪れても不自然ではない社交の場(げきじょう)を活用し、秘密裏にアダマンタイトの取引で仲介料金を設けている。

 だがその他に、更に重要な黒いサービスを行っているという。


 劇場では日夜数々の演目が上演されている。

 だが長々と上演し続ける訳ではなく、演目の合間には必ず幕間(インターバル)が設けられているのが常だ。

 元々社交の意味も兼ねた場所である。

 貴族達は互いに、劇場のロビーやサロン室などで上演前や幕間、上演後などは交流の為に時間を取って歓談している。

 話の間を持たせる為に、または同好の士との趣味の為に。

 劇場側でもセッティングされた場に様々なサービスを提供している。

 種々様々な道具の貸し出しも、その1つ。

 特に持ち運びが面倒な品など、劇場で用意されたモノを用いるのはおかしくない。


「つまり、チェス盤とかだよね」

「ああ、チェス盤ね」

「好きだよな、貴族のおっさん達」


 アダマンタイトの密売。

 偽装の為に用いられているのが、チェスの盤面。

 だがチェス盤に呪術的な仕掛けが施されていることは、この場の全員が知っている通り。


 チェスの駒を動かすことで、アダマンタイトに宿った精霊を無理やり動かすことが出来るのである。


 それこそ精霊は、本来であれば人知の及ばぬ存在。

 自由に操れるとなれば、物理的な障害は無と消える。

 暗殺でも窃盗でも放火でも、させ放題だ。


「なるほど? 確かに社交場のど真ん中でチェス盤弄ってるだけなら、何も悪さはしてねぇように見えるな」

「周囲には常に人がいるから、アリバイ工作もばっちりだよね」

「貴族に貸し出す品なら、当然一級品……カウンターで手続きをしないと元々物品の貸し出しは出来ないシステムになっているそうです」

「なるほど? 劇場は貸し出す側だ。そこで問題のチェス盤を誰に渡すか管理している訳か」

「事前に契約を結び、その時に教えられた符丁をカウンターで提示する。支配人から指示を受けた担当は合図を受けた時だけ奥から問題のチェス盤を引き出して渡す……という現場を僕の犬達が見ています」

「お前の犬、ほんと何処にでも潜り込むな……」


 呆れた顔をするピートだが、その脳裏では鋭く考えが巡らされている。

 呑気な会話を交わしているようで、全員の顔は真剣だ。

 問題は、思ったよりも大きく重要。

 証拠を残さない精霊による犯罪は、防ぎようがない。

 ……精霊を弾く護符でも持っていないことには。


 そんなものをサービスにされては、国家がいつ転覆してもおかしくはなかった。


「後先考えないにも程があるっつぅか……この国滅ぼすつもりか、その支配人」

「さあ、奴の考えは知らないけど? 何にしても冗談じゃないよね」

「まぁだ、この国に潰れられちゃ困るんだよな……貴族にも順調に伝手が広がり始めてるってとこなのに」

「国が混乱したら、貧民街は酷いことになっちゃうよ。国の影響、モロに受けるんだから」

「搾取されるのは常に弱い側……浮浪児のチビ達も食い物にされる側だ。それを増長させるような事態はごめんだね」


 うん、と。

 浮浪児集団『青いランタン』の幹部勢は互いに頷き、瞳の奥の意思を確かめ合う。

 組織としての固い決意と、覚悟が見えた。

 あとついでに、復讐心が。


 ミモザ君13歳がにっこりと、素敵に無邪気な笑顔を浮かべた。


「間違いなく、処刑台送りに出来るネタだね。僕はたいへん満足だよ」


 少年の台詞に、仲間達はそっと視線を逸らす。

 ……が、そんな中で1人。

 フィニア・フィニーがこてんと首を傾け、何事か考え込んでいた。

 碌な事を考えている気がしない。

 碌でもない予感しかなかったが、一応は暴走される前に行動を把握している必要がある。

 そう思って、ピートが何を考えているのか尋ねてみると……

 フィニア・フィニーは、ミモザと通じるもののある微笑みで。

 愛らしく小首を傾げ、逆にピートにお伺いを立ててきた。


「ちょっとさ、物的証拠にアダマンタイトを2つ3つちょろまかしても良いかな?」

「何に使うつもりだ、おい」

「ううん、あのね……ちょっくら実父の家にこっそり隠して、罪を擦り付けようかと? 御禁制の品が寝室から見つかったなんてゴシップ、聖職者には致命的だよね。取引したってだけでも牢獄送りには出来るでしょう?」

「可愛らしく言ってっけど、言ってる内容えげつねぇな」


 聖職者の不義によって生まれた子、フィニア・フィニー。

 彼は己の特異性を忌避して捨てさせた実父を、深く深く憎んでいた。






「そういえばさー」

 フィニア・フィニーが言った。

「ピートと、第5王子様ってそっくりだけど。あのオスカー様って子も何か並べてみると何となく2人に似てるよねぇ。何となく、だけど」

「あ? ……似ててもおかしくはねぇだろ」

「え、なんで」

「忘れたのかよ、あいつ公爵家だぜ? つまり王家の傍流、王族の血ぃ引いてんだよ。だったら同じ血を引く『第5王子』と似ててもおかしかねぇだろ」

「ああ、なるほど。……でもそうなると、ピートもこれだけそっくりなんだからさ? どっかで王族の血でも引いてるんじゃないの? なぁーんて……」

「まあ、引いててもおかしかねぇな」

「えっ!?」

「……おい、王都の孤児院が多い理由と、王都の孤児3割が顔の良い理由忘れたのかよ?」

「あー……貴族さんの不義密通とか、アレとかで生むだけ生んでおいて邪魔なお子さんポイするアレね。無責任だよねぇ。私も小さい頃は修道院経営の女児孤児院に混ぜられてたけど、そういえば確かに顔の良い子が割といたよ」

「権力者ってのは手前勝手なのが常だろ。『ピート』は親兄弟もいねぇし、気付いたら孤児だった。どっかの王族が下手打って捨てた子供だって言っても驚かねぇな」

「本当、勝手な話だよねー……」


 『第5王子』と、『オスカー』はどことなく似ている。

 その本当の理由を、敢えて語る者はいない。

  

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