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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
伯爵家居候編
13/210

見事なラズベリーピンクでとってもお可愛いらしいと思いますの

8/2 犬の名前が有名なキャラクターと被ったので、改名しました。

 仕事の合間に抜けて来ていただけだと、仰って。

 エラル様はわたくしに弟君のことを重々よろしくと頼むと、後ろを振り返ることなく王宮へと戻っていかれました。

 まあ、馬車なので本当に振り返っていないかどうかは分かりませぬが。

 せめて弟君と引き合わせていただいて、紹介していただきたかったのですが…。


 わたくしと弟君は互いに知らぬ者同士。

 お会いしたことなど一度もないんですもの。

 お忙しいのかも知れませぬが、エラル様が仲介して下されば…。


「レナお姉様、エラル様の弟君にはもうお会いになりました…?」

「他の2人なら見たけど、末っ子は丁度見てないわね。

えーと…確か、なんでか今朝寝室じゃなくって中庭で寝てたとか?」

「ええ? なんですの、それ」

「さあ。でもそのせいで朝から急に風呂に入る必要が出たとかで、朝食の席に来なかったのよ。その子」

「まあ……こんな立派なお屋敷にいますのに、必要に迫られた訳でもなくお外で一夜を明かそうだなんて…随分と変わった方なのですね」

「そーねぇ…あたし、貴族の考えることはわかんないわ」

「わたくしだって分かりませぬ。寝台をお使いになった方が、ずっと素敵な夢が見られるでしょうに」

「アンタにも分かんないんなら、その子が特別変わってんじゃないの?」

「そうじゃありませんこと?」

「そんな相手の面倒見なきゃなんて、アンタも大変よねぇ」

「あら、何を仰いますの。レナお姉様はわたくし付きなのでしょう?」

「ん?」

「一緒にいるんですもの。必然的に、お姉様だって関わり合いになりますわよ?」

「うげ…」


「ねえしゃまぁ、ぼくはー?」

「そうね、クレイも一緒よ」

「あい!」


 素直に頷くクレイの頭を撫でると、弟はとても嬉しそうに笑いました。

 わたくしはクレイの手を引き、レナお姉様を連れて歩みます。

 先導の侍従が案内してくれたのは、ガラス張りの立派な温室。


 …? お勉強部屋ではありませんの?


 今は家庭教師によるお勉強の時間だと窺っていましたのに。

 わたくしの物言いたげな顔に気付いたのでしょう。

 侍従がそっと目を伏せながら、言葉を添えました。


「坊ちゃまは、この温室で英気を養っておられるはずです」

「つまり、サボタージュですのね」

「………」


 沈黙は肯定とみなしてよさそうですわね。

 初日からお勉強を放棄しているだなんて…これは骨が折れそうですわ。


 此処まででよろしいですわ、と。

 案内役の侍従を帰し、わたくしは感情を落ち着けようと深呼吸を致しました。

 相手はわたくしが家庭教師だとは知りませぬが…

 わたくしにとっては、使命感もありますし。

 指先が震える緊張感に、苦笑を溢してしまいました。


「…ここで立ち往生していても、仕方がありませんわね。いきますわよ」

「あい」

「はいはい」


 わたくしは温室の扉に手をかけました。


 そうして扉を開けた先、目に飛び込んできたものは――



 むわりと暖かい温室の中。

 噴水の脇に立掛けられた梯子の上で、子猫を腕に抱いた少年。

 梯子の足元には、獰猛そうな顔つきの犬が…

 ………避難中、ですの?


「あら?」


 思わず、首を傾げてしまいました。

 もしかしたらわたくし、取り込み中に邪魔をしてしまいましたかしら?


 そこには、わたくしよりも幾らか年嵩の殿方。

 少年はエラル様と同じ藍色の髪色で、何処となく似ていらっしゃいます。

 ですが瞳の色は、エラル様の露草色とは真逆の印象で。

 くっきりと鮮やかに、目に焼きついてしまいます。


 とても見事に鮮やかな、可愛らしい色。

 ラズベリーピンクの瞳が、きらきらしていたのですもの。


 まあ、本当にお可愛らしい…。


「ばっ馬鹿! 入ってくるな…っ」


 一瞬、見蕩れてしまいましたわたくしに、まだ幼さの抜けない殿方の声。

 あら?

 焦燥感に満ちた顔色が、わたくしに向けられ、見る見る青褪めて…


「だ、駄目だ! カエサリオン!」


 制止の声に、反応するものはおりませんでした。

 必死に縋るような目で、少年が見つめる相手。

 獰猛な顔つきの猟犬。

 おそらく、それは猟犬の名前だったのでしょう。

 ですが猟犬は少年の制止を全く気にすることなく。

 

 わたくし達の方へと、駆け出してきましたの。


「カエサリオン、待て…っ!」


 真っ青な顔で、咄嗟とばかりに少年は猟犬へと手を伸ばし…

 急な動きで体勢を崩したのでしょう、上体が泳いで…


 そうする間にも、襲いかからんとする勢いで向かってくる、猟犬(カエサリオン)

 まあ…っ 歯向かっていらっしゃるのであれば、わたくし、弟を守る為にも容赦は致しませんわよ?

 わたくしは咄嗟に弟の手を握っていない方の手…右手に、力を込めました。


「ぎゃぃんっ」


 温室の中に、甲高い犬の悲鳴が木霊致しました。

 わたくし、反射神経はよい方ですの。


 手に持っていた扇の一振りで顔を横殴りにされて。

 わたくしよりも大きな体躯の猟犬は、わたくしの視界より消えてゆきました。

 おそらく、わたくしの左手方を見れば再び姿を見ることも叶いますでしょう。


「あ、あんた…」


 愕然とした、レナお姉様の声。


「ねえしゃま、きゃっこぃー!」


 喜びはしゃぐ、クレイの声。


 そして、


「か、カエサリオンが一撃で…!?」


 驚き引き攣る少年のお声は、先程以上の焦りに満たされていました。


「え…あ、ぅ、うわあっ!?」

「にゃー」


 梯子という不安定な、場所の上。

 危うく乱れたバランス。

 一連の騒動で、その身は不安定になっていらしたのだと思います。

 それからわたくしに向けられた、驚きの声。

 それが、()の方が辛うじて体を支えるのに使っていた力を、抜いてしまうという結果に繋がってしまいました。

 そう、彼の安定は脆くも崩れ去ってしまいましたの。


 噴水の脇に立掛けられていた梯子は、大きく揺れてしまい…


 一際大きな、物音。

 

 派手な水飛沫の音と、梯子の倒れる音が、温室いっぱいに広がって。

 少年が噴水に落ちる直前、その頭を足場に跳躍し、難を逃れた子猫が一匹。


「にゃー」


 長閑に退屈そうな様子で、愛らしい鳴き声を響かせておりました。




 噴水に頭から転落してしまいました、ピンクの瞳の少年。

 この方こそがエラル様の弟君であり、わたくしの家庭教師相手なのでしょう。


「まあ…」

「なにあの子、死んだ?」

「いえ、亡くなってはいらっしゃらないと…」

「い、いちゃしょぅ…」


 水の中をたゆたうように。

 それなりの深さがあった噴水の水面、背を上にしてぷかりと浮かぶ姿。

 ずぶ濡れになっても尚一目瞭然の身形に、わたくしは確信を深めました。

 レナお姉様もお気づきになられたのでしょう。


「ちょっと若君ー? だいじょーぶ? 生きてるー?」


 …若干、いえかなり、使用人にはあるまじき口調で安否の確認にいかれます。

 決して走ることもなく、どう見ても歩いているとしかいえない歩調で。

 噴水の側に行かれると、まずは足元に倒れていた梯子を、脇に押しのけられて。

 濡れるのにあまりいい気持ちは致しませんわよね。

 レナお姉様は顔をしかめられながら、噴水の中に手を差し入れられました。

 それから、細い体からは想像も付かない強引な手つきではありましたが。

 ぐい、と弟君の体を引き上げられまして…

 

「ぐ…っがは、ごほ…」


 あ、ちゃんと生きていらっしゃいますわね。


 弟君は、人工呼吸をするまでもなくご自分で息を吹き返されました。

 とてもよいことだと思いますわ。

 意識のはっきりしている様子にわたくしも安堵致しました。

 

 顔を上げた弟君の瞳は、やはり鮮やかなラズベリーピンク。

 可愛くて、瑞々しい生命力に溢れた色合いをしていました。


「きゃあいーっ」


 そして、弟の空気を読まない一言。


 …「可愛い」。


 クレイの言葉は、わたくしの耳にそう聞こえた気が致しました。

 レナお姉様にもそう聞こえたのでしょうか。

 声が響いた瞬間、レナお姉様はさっと顔を弟君から逸らしてしまわれました。

 弟の顔を覗いてみますと、視線は真っ直ぐ弟君の瞳に注がれています。


「……………」


 教育(せんのう)相手との、初体面。

 重要なその第一歩で予期せぬ事態の連続に、わたくしも驚いておりましたが…

 弟の言葉に、完全にわたくしの笑顔(えいぎょうスマイル)は凍ったように固まってしまいました。 


 クレイの言葉に水地獄から生還した弟君は一瞬きょとんと目を瞬かれまして…

 そして、その言葉がご自身の目に関する感想だと悟られたのでしょう。

 きょとんと丸くなっていた目が、一瞬で吊り上がってしまわれました。


「だ、誰が可愛い!? 俺の何が可愛いだって…!?」


 恥ずかしく思っていらっしゃるのでしょうか。

 それとも、純粋に怒っていらっしゃるのでしょうか。

 弟君の顔色は、不快な色で難しく染まってしまいましたの。


 そうですわね。そうですわよね。

 まだ、たったの3歳ですもの。

 梯子から真っ逆さまに転落し、噴水に落ちて九死に一生。

 溺れかけた方を前に、3歳児に空気を読めと言う方が無茶なのでしょうか…


 労われとはいいませぬ。

 でもせめて、思ったことを少しの間でも黙っていてくれればと。

 そう思わずにいられない、これがわたくしと弟君の初接触(ファーストコンタクト)(多分)。




→ 主人公の睡魔に負けて忘れられた、真のファーストコンタクト。

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