白き蕾の硝子城名門ご子息誘拐事件
とっても久々の出番早々、誘拐されてしまったアレン様とオスカー様(二重の意味で身内の犯行)。
彼らの命運は果たして――!?
……というところで始まるよ☆
「うく……っ」
鼻を突き抜ける……というよりもむしろ突き刺さるような激痛。
突然の痛みに身体は驚き、アレンの意識は覚醒した。
鼻が、鼻が痛い!
思わず両手で押さえようとして……出来なかった。
身動きの取れない体に、動かせない両手両足。
少年は己が椅子に縛り付けられていることに気付いた。
起き抜けの混乱に、アレンがガタガタと身体を揺する。
動揺する少年に、笑い含みの声がかけられた。
「よう、おはよーさん」
その声は気さくで……どこかで聞いた覚えのある声だった。
とても印象的な場面で、友好的に会話を交わした相手だった気がする。
まだ明瞭とは言えない意識を懸命に探り……アレンは声の主に思い至った。
そう、この声の主とは、しっかりと面識がある。
貴族の息子として平和に暮らしてきた人生で、最も色々おかしな事態に巻き込まれた際、行動を共にした少年の声だ。
「……ピート?」
「よ、久しぶり」
「え、え……なんでっ?」
目を覚ます前、意識を失う前後の記憶はない。
だが今の自分がどんな状況か……冷静に俯瞰してみれば、非常識な事態に巻き込まれているのは確かで。
状況的に見て、自分は誘拐されたのではないかと思うのだけれど……
それなのに、何故。
目の前にミレーゼの同盟者である『彼』がいるのだろう……?
ピートの奥に見える部屋の内装……背景がとんでもなく彼と不釣り合いな豪華様式であることも相俟って、少年の混乱は加速した。
目を白黒させるアレンに、正面に立つピートがニヤリと笑う。
悪役の笑みだと、アレンは思った。
その笑顔がとても似合うこの状況に、冷汗が止まらない。
「前評判の通り即効性じゃん、この気付け薬」
「そりゃーねぇ? 嗅がせるだけで一発覚醒、ただし直接服用させた場合は……××、っていう秘蔵のお薬ですから」
「ヤバい原料使ってねぇだろうな? フィニア・フィニー」
「修道院で覚えた調合法だよ? 気になるんなら宗教の病巣に踏み込む覚悟を決めないとね」
「……わかったよ。ちゃんとわかってる。その内、お前の希望はちゃあんと叶えてやるっつってるだろ」
「そこは信頼しているよ、ピート。我らがリーダー?」
「……地道な証拠固め、怠んなよ」
「それはええ、勿論?」
アレンの混乱を放ったまま、硝子の薬瓶に入った液体を揺らすピート。
どうやら硝子瓶の中身が、アレンの鼻を攻撃した元凶らしい。
刺激の元が臭覚への攻撃だとすらわからないほど、酷い攻撃だった。
自分はあの気付け薬の使用感を試す為だけに誘拐されたのだろうか……? そんな、非効率的で無駄に塗れた予想すらしてしまう。
わざわざそれなりに名門貴族の息子(ただし末子)を、その為だけに誘拐するだろうか。
有能で無駄のない彼らであれば、他に真意があると見て当然なのだが……
「そんじゃ、アレンの意識もはっきりしてるようだし。特に問題はなさそうだな……っつうことで、もう1人にもやるぜ?」
「……もう、1人」
「あ? ほら、お前の隣でぐっすりすやすやお寝んねしてんのが1人いんだろ」
「え……」
言われて、ピートが顔を横に向ける。
正面に立っているピートに集中していた為、自分の横に似たような境遇の相手がいることに気付いていなかったのだが……
「お、オスカーさん!?」
そこにいたのはアレン同様、椅子に縛り付けられた公爵子息(嫡男)だった。
かぱーっとアレンの口が開く。
それと同時に、顔がみるみる青褪めた。
「ぴ、ピートっ! まずいよ……彼はグゼネレイド公爵家の跡取りなんだ。こんなことをしたら!!」
「あー……心配してるとこ悪ぃが、その辺の情報は既に把握済みだ。わかっててやってんだよ。心配すんな」
「わかってるって……知己の僕ならともかく、オスカー様にこの振る舞いは洒落にならないよ!」
「お前の言うことは正論だがなー……まあ、己の不運を悔やむならミレーゼを恨めや」
「……って彼女、今度は何に巻き込まれたの!?」
意識がはっきりして、アレンも徐々に己の状況を思い出してきていた。
自分が王宮に招聘されたこと。
理由が、王宮に『引き取られた』エルレイク侯爵家の幼い姉弟の無聊を慰める為であること。
少なからず親しい関係にある自分が遊び相手として、暫く王宮に留め置かれるはずであったこと。
そうして、オスカーも同じ立場であったこと。
それらのことを思い出して、アレンの血の気はますます引いていった。
何故なら最後の記憶では、アレンはオスカーと共に王宮の廊下を歩いていた筈なのだ。
そこで意識が途切れているということは、王宮の廊下で拉致された可能性が高い。
拉致の犯人がピート達だとしたら……
王宮に登城する資格も権利も与えられていない浮浪児童の集団が、王宮に侵入して貴族の子息を誘拐したということに……
かねてよりピートの思想が『孤児の社会的地位の向上と公的援助の取り付け』であることをアレンは聞いている。
だがこのような暴挙に出ては……理想に逆行する結果にしかならないではないか。
アレンは言葉もない様子で、ピートに見開いた目を向けていた。
非難の色も、驚嘆の色も、複雑に混ぜ込まれた眼差しだ。
ピートはアレンの言いたいことを察しているのか、苦笑いを浮かべている。
「取り敢えず、説明してやっから質問はその後で、な。オスカーもすぐに起こすからちょっと待ってろ」
「…………ピート」
案じるようなアレンの声音に、ピートの苦笑はますます深まる。
ピートはひょいと肩を竦めて、何でもないような顔をするけれど。
アレンに何か言葉を返そうとはせず、未だ意識のない公爵子息に硝子瓶を近づけて……
瓶の蓋が開けられた、瞬間。
少し離れた位置にいるアレンの鼻まで刺激臭が打撃した。
うっかりアレンは悶えながらも、見た。
いつの間にかピートとフィニア・フィニーが顔を覆面で覆っているのを…………ずるい。
そうして気付け薬の効果は抜群で。
嫌がる様に首を振り乱しながら、オスカー少年は意識を取り戻した。
「な、なんだこの凄まじい悪臭は――!」
「「THE 気付け薬グレート」」
「な……っ気付け薬グレート、だと!?
…………って、この状況はなんだー! 何故、僕は縛られている!?」
「誘拐されたからだろ」
「私達の秘密の場所に2名様ご案なぁ~い!」
「もっとしっかり悪びれろ、誘拐犯っ!!」
目を覚ましたオスカーと、相対するピート達。
その様子を見た瞬間に、アレンは悟った。
ああ、遊ばれ要員が増えちゃったのか……と。
「オスカー様……真面目っぽいもんなぁ」
「っアレン!? 君まで捕まって……大丈夫か!?」
「おはようございまーす、オスカー様……大丈夫に見えますか?」
「く……卑劣な誘拐犯め! 何か要求を通すにも、人質は公爵子息である僕だけで充分だろう!? アレンを解放しろ!」
「え、なんで? 俺らに利点ないだろ」
「僕が代わりに大人しく留め置かれてやろうと言っているんだぞ! 中流伯爵家の末子に過ぎないアレンに比べれば、王家の血を引く僕の価値も比べるべくないものと知れ! だから……っ僕だけで充分だろう!? 何故、アレンまで此処に縛り付けられているんだ! アレンは必要ないんじゃないのか!」
必死な様子で言い募る、オスカー少年。
その言葉はどことなく傲岸不遜に、アレンの価値を貶めているようにも聞こえるのだが……
言い方はアレだが、言葉に込められているのは明らかにアレンへの気遣いと友誼だ。言い方はアレだが。
アレンもしっかりとその辺りを察したようで、思わずほろりと涙が出そうになった。
――オスカー様、誘拐犯がピート達の時点で、多分、僕の身分的価値はあまり関係ないんです……とはとても言いきれない。
そもそも知り合いだということすら言い辛い。
さてどうしたものか、とアレンは途方に暮れた。
「うーん……解放しろって言ってもね? 私達が君らを誘☆拐した理由って、別に君らのお家的背景が目的じゃないしー……」
「な……っ家は関係ない、だと? つまり僕ら個人に用があるというのか」
「お、そこそこ察しが良いじゃん。そうそう、お前ら個人に用があるっつうことで……無事に家に帰りたけりゃ、大人しく俺らの話を聞いてもらおーかい?」
「……誰が犯罪者の言葉になど耳を傾けるものか。僕達に一体何をさせる気だ。幼くとも僕はグゼネレイド公爵家の嫡男……誇りにもとる悪行に手を染めるくらいであれば……っ」
「って……待て待て待ってストップ!!」
「うわぁー! この子ちょっと思いきり良過ぎじゃない!?」
「その潔さ、嫌いじゃねーが此処で発揮すんのは止め――……!」
何があったんだろう。
首をこっくりと傾げる、アレン。
椅子に縛り付けられた少年の見守る先で、ピート達はオスカーの口を強引にこじ開けて……
「え、もしかしてオスカーさん、舌切った!?」
「ま、まだ切れてない! 切れてないから不吉なこと言うなや!」
「そうそう、思いっきりがりっとやっただけで! まだ切れてはいないよ、ピート!」
「布突っ込んどけ、布!」
「く……っ殺せ……! いっそ僕のことなど殺すが良い!」
「オスカーさん、誇り高いのは立派だけど先走らないで! ほ、ほらほら、いまオスカーさんが死んじゃったら僕はどうしたら!? 最悪、公爵令息死亡の責任、僕にきちゃったりとか……!」
「ハッ 僕は、まだアレンの為に死ねない……?」
「おーしおしおしアレンよく言った!!」
「ピート、今の内に猿轡噛ませるよ!」
「やめろ! はな……っ!」
「オスカーさん、早まらないで!」
「くっ……やはり望まぬ悪の道を強要されるくらいなら!」
「別に悪じゃねえって! 良いから落ち着け!?」
「誘拐なんて手段に走ってる時点で全然説得力無いよ、ピート!」
「アレン……っ? 君はこの誘拐犯を知って……?」
「うわぁああ……この場の混沌、誰かどうにかして!」
「くそっ、こうなったら仕方ねぇ! まだこいつらの前に出す気はなかったが……大義名分代りに誰か第5王子連れて来い!」
「Yes, Sir ピート! でも引籠りでも王家の威光は有効かな!?」
「そんなん後で考えろ、後だ後!! 今は一先ず此奴を思い留まらせるネタになんなら何でも良いから! 片っ端から持ってこーい!」
公爵家の嫡子として気高く育てられたオスカー少年。
彼のあまりの潔さに、居合わせた面々は誘拐犯も誘拐被害者も等しく戦慄した。
今この時、オスカー以外の少年達の心は同じ目的で1つとなっていた。
即ち、オスカー少年を死なせてはならないという危機感で。
オスカー少年の捨て身が、この場の他の面子を一致団結させていた。
――ようやっと場が落ち着いたのは、30分後。
公爵家の嫡男オスカーは自傷防止の為、念の入った拘束を受けていた。
一言で表現すると「蓑虫」にされていた。
徹底的に自由を奪う、古き良き伝統の「簀巻き」というものである。
自由を奪われた少年は、毛足の長い絨毯の上でうごうごと蠢いている。
つまり、床に転がされていた。
そんな公爵の息子とは思えない状況の少年から、誰もが目を逸らしている。
ピートですら、その様子は気まずそうだ。
急遽、駆り出されたピート瓜二つの少年……第5王子アルフレッドもまた、そっと視線を遠くに彷徨わせている。
そうして少年達は、オスカー少年から視線を逸らしたまま話を進めることにしたらしい。
「……ったく、時間がねぇのに手間取らせやがって」
「ピート、ピート、そこに触れるのは止そうよ。話巻いて!」
「あ、ああ……調子狂うぜ。まあ良い」
ピートがわざとらしい咳払いの後に話を切り出した。
「(えーと……なんつう設定にしてたか……)急にこんな場所に連れ込んで悪かったな。一応、此処は王宮内の一画に当たる。遠く離れた場所に誘拐した訳じゃねえから安心しろ?」
「むぐーっ!!」
「お、オスカーさん落ち着いて! ピート、これは一体どういうこと?」
「あー……俺らは、あのな? ええと、あー……そうそう、エルレイク侯爵家令嬢ミレーゼの意向で動いている密偵部隊みてぇなもんだ」
「あの、思いっきり歯切れが悪い上に、思い出しながら言ってる様子が胡散臭いよ? 言っている内容は……嘘じゃないと思うけど」
「むぐーっ!?」
「ええと、オスカーさん。彼らがミレーゼと協力関係にあるのは確かですから。そこは本人を通して僕も知っているので保証できます」
「むぐっ?」
「だから、ちょっとまずは彼らの話を聞きましょう。ねっ?」
「むぐぅ……っ」
「……アレン、お前よくこんな状態の奴の意思の疎通ができんな?」
「やった張本人がそういうこと言うのってどうなのかな……」
「えーっと本題に入るぜ? 実は今、ミレーゼは困った状況に置かれている」
「それって前からだよね」
「……今は更に困った状況に置かれてんだよ。ここは一蓮托生、お前らにもその困った状況に巻き込まれてもらうっつうのが俺らの要件だ」
「えぇっ!?」
驚きに目を見張り、口をかぱーっと開けるアレン。
茫然としながらも、思わず率直な意見を言っていた。
「今更その為にわざわざこんな手間かけて誘拐したの!?」
「こっちも時間と状況が差し迫ってたんだよ!!」
「君達がまずいことに気付く前に、こっちから事前説明する時間が欲しかったからー……ごめんね☆」
「……うわぁ。何だか泥沼に追い立てられつつある気がする」
「安心しろ。泥沼っつうよりむしろ蟻地獄だ」
「全然マシな状況になってないよ!?」
「これはミレーゼの意向に沿うもんだと思って聞けよ?」
「わあ、僕らの意見は黙殺か……」
相変わらず、椅子に縛り付けられたままの伯爵家末子アレン。
簀巻き状態で絨毯の上に転がされた公爵家嫡男オスカー。
やんごとなき身分にある2人の少年に、ピートはいっそ優しげな微笑みすら浮かべて誘拐犯からの要求を突きつけた。
「圧倒的人手不足だ。てめぇら、ちょっと希少金属の密売ルート一網打尽にすっから手ぇ貸しやがれ」
それは、間違っても。
そう、間違っても……有力貴族家の嫡子とはいえ、10歳前後の少年達に突き付けるべき要求とは言えなさそうだった。
その後、少年達は。
名前と王家の威光目的で呼び出された第5王子アルフレッドの土☆下☆座という最終奥義を喰らい、精神的に追い詰められた末に協力要請に頷かざるを得なくなる。
うっかり公爵家の息子と伯爵家の息子が暗躍する不良少年達の共犯者に陥った瞬間だった。




