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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
北方への出張(強制)編
128/210

それを人は誘拐事件と呼ぶのではなくて?

ちょっとだけ少年達の方に視点が移ります。

主人公ミレーゼ様はお休み、ということで……。


 

 ミレーゼとその弟が、重要参考人でもあるアンリと共に消えた。

 その知らせを受けてピートは頭を抱えた。

 少年の隣では同じ顔をした少年が、やはり同様に頭を抱えている。

 気まずそうな顔でそっぽを向くのは、『ピート』の配下。

 即ち『青いランタン』の幹部に当たる2人の少年だ。

 それに加えて、ミレーゼの周囲を固めていた他の者達もいる。

 だが一先ずの現状報告に、と前に出ているのは2人の少年だった。


「いきなり消えた……ってアイツ、どこ行きやがったんだ」

「そんな顔引き攣らせないでよ、ピート。顔怖いって」

「どうせルッコラの奴がイヌ付けてんだろ? どの辺りに消えたのか大体の辺りはついてんだろうな」

「それについては御報告が……」


 きりっとした顔で、ルッコラが進み出る。

 そんな顔をしても誤魔化されないぞ、と。

 難しい顔を意図して崩さないピートにも動じた様子を見せはしない。

 ただ小脇に抱えていた紙束……くるくると巻かれていたそれは、地図。

 王国全土を記した地図は、一般には出回らない重要な秘匿資料だ。

 だというのに何故か、ルッコラは持参している。

 どこから持ち出したのかという疑問がピートの脳裏をふと掠めたが……そんな疑問も今更だろう。

 ルッコラは広げた地図の上に、とちょこんと小さな駒を乗せた。

 良く見るとそれは、『エキノ』の形に掘り出されたミニチュアのようだ。


「目を離したのは数分ですが、僅か数分の間にミレーゼ様の陰に潜ませていた『エキノ』の反応は此の地点まで移動……いえ、移転しました」

「…………お゛い」

「ちょっと待とう。どうやって此処まで移動するっていうんだ……」


 そっくり同じ顔をした2人の少年は、やはり同じような表情で顔を引き攣らせている。

 ひくひくと震える口元は、今にも怒鳴りそうな衝動を堪えているのか。


「俺の気のせいじゃないなら、だけどよ……そこ、フォルンアスク領って書かれてんのは気のせいか。あ゛?」

「気のせいじゃないでしょう。先程『エキノ』との交信を試みてみましたけど……間に随分と距離を感じました。それに『エキノ』自身が現在地点をフォルンアs……ああ、待って下さい?」

「おい、どうした」

「……現在の状況に変更が生じたようで」

「は?」

「『エキノ』からの現状報告がありました。ミレーゼ様達の現在地点は『フォルンアスク領』ではなく、『エルレイク領』へと移動になったようです」

「はあっ!?」


 何が起きた、と。

 理解の及ばぬ状況説明にピートは一瞬、ルッコラがふざけているのではないかと疑った。

 だが、どうやらふざけている訳ではないらしい。

 至極真面目な顔で、ルッコラが視線を宙に彷徨わせながら何事かをメモし始める。

 真面目というよりも、その顔は真剣。

 更に何が起きたのかと、ピートは引き攣った顔を両手で覆って項垂れた。

 何だか自分の及ばぬ範疇に物事が突入してしまっているようだ。

 それだけが、確かになっていた。


「あらあらぁん、どうしましょ。ジャスティ?」

「私に聞かないでくれ……私にも何が何やら」

「でも現頭目が失踪してしまったのよぉん? ここは全力でお探ししなくっちゃ☆」

「あの少年の言葉が本当であれば、フォルンアスク領……もしくはエルレイク領ということになるのだけれど。にわかに信じられるか?」

「信じられなくってもぉ、それが手掛かりとして有用なら確かめるだけよぉん?」

「私はエルレイク領にだけは足を運びたくないんだが……ね」

「ジャスティ、貴方がいなくなったらぁ……誰が『黒歌衆』の書類仕事を捌くのぉん? 貴方は王都(ここ)を離れちゃあダメよぉ」

「私の価値はそれだけか?」

「そうねぇん……エルレイク領ならぁ何人か調査に出向いていた筈よねぇ? あの子たちにお嬢様達の保護をお願いしましょお❤」

「……君に任せるよ、アンドレ」


 大人も少年も、頭を抱えるこの事態。

 ただアダマンタイトの密売に関する調査を円滑に進めたかっただけなのに……どうしてこうなったと重い溜息が出てしまう。

 王家の賓客である幼い姉弟が姿を消した。

 ……この事実が露見すれば、一大事だ。

 王宮で大事に預かっていた筈の子供が消えるということは……誰かが王宮から子供達の誘拐を果たしてしまったということになる。

 何故なら王宮預かりである筈の子供が、秘密裏に単独で王宮から抜け出てしまうなど……有り得るはずのない(・・・・・・・・・)ことなのだから。

 外に出る筈のない子供が消えたということは、内側から誰かが攫ったということに他ならない。そうと確定してしまえば……行方の知れない姉弟と、誘拐犯を捜索して大騒動へと発展することだろう。

 特に姉弟を預かったことになっている、王家の威信に関わる事態だ。

 姉弟が見つかったとしても、犯人を見つけて処断するまで『事件』が終息することはない。

 大事になる気配に、ピートは憂鬱さを深めていく。

 救いは本物そっくりであり、見分けのつかないダミーがいることか。

 一応は生き物を基とした替え玉(ダミー)だ。

 容易には区別がつくこともない……はず。

 本来はミレーゼも聞きわけの良い子供ではある。

 替え玉(ダミー)が大人しくしていても、違和感はない…………はず。

 ないと信じよう。信じるしかない。


「……ピート」


 思い悩む少年達の元に、しゅたっと天井裏から現れた小さな影。

 替え玉(ダミー)の監督を任されていた幼女が現れる。

 その子供は『黒歌衆』に所属していながら、『青いランタン』で伝令として動く……小さな女の子。

 死んだ魚のような目が、今は珍しく困惑で揺れていた。


「ニリネ、どうした」

「…………『ミレーゼ様』にお客様が」

「はっ!?」

「とうとう、来てしまったの……」

「おいおい、どういうこった」

「……………………アレン様と、オスカー様」

「あ゛」


 名前を聞いて、少年達は思い出す。

 そういえばミレーゼ嬢を引き留めるためなのか、人質なのか……彼女の遊び相手という名目で、伯爵家の少年と公爵家の少年が王宮に招かれていたことを。

 急の招きに準備が間に合わないということで、登城に数日の猶予が与えられていた筈だが……どうやらミレーゼ嬢の相手をする為に、とうとうやって来てしまったらしい。

 ……ということは、急を要する。

 何しろ相手は、『ミレーゼ嬢の遊び相手』という名目で呼ばれたのだ。

 となれば、王宮で部屋に案内されて準備が整い次第……貴族の少年達は、ミレーゼ嬢『本人』に引き合わされることになるだろう。

 困ったことに少年達はどちらも、ミレーゼ嬢をよく見知っているのである。

 表面上はミレーゼ嬢に瓜二つである替え玉(ダミー)

 よく知らない相手ならば、騙すことも簡単に済むかも知れない。

 だがよく知った相手となると……


「……こりゃ、急務、だな」

ミレーゼ嬢(ダミー)に引き合わされる前に、こっちで確保しないと……ね」


 王宮を案内する者の目を盗んで、先に少年達に接触。

 その上で拉致するなり何なりして、事情を説明。

 更には共犯として仲間に引き入れる。

 それらのミッションをクリアしないことには……『青いランタン』一同の今後は崖っぷちも同然だ。いや、崖っぷちどころか王宮にいるミレーゼ嬢が替え玉であることが明らかになり、誘拐事件の実行犯として処断されてしまうかもしれない。

 そうとなれば少なからず協力してしまっている『黒歌衆』も今後が危うい。

 ミレーゼ嬢の姿を見失ったことで窮地に立っている一同は……引き攣った顔で互いに見合わせた後。

 まるで堰を切ったかのように、一斉に素早く行動を開始した。


 


   ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 



「まさか、アレンも此方に呼ばれているとは思わなかった」

「僕も王宮でオスカー様にお会いできるとは思っていませんでした」

「……アレン、オスカーで良い」

「え?」

「様はいらない。オスカーで良い」

「え、えー……でもそんな訳には。うち、伯爵家ですし」

「我が家が公爵家なのは事実だ。だけどその、と、ともっ……とも、だ……ちにまで、遠慮されるのは嫌だ!」

「オスカー様? すみません、途中と最後がよく聞こえなかったんですが……」

「……~っ」

「えーと……遠慮されるのが嫌、ってことかな」

「そ、そうだ!」

「ええと、その……それじゃあ、お、オスカー……さん、でどうですか?」

「!! だ、妥協してやる!」

「あ、はい! ところでオスカーさん」

「なんだ?」

「いつも一緒の三つ子君達は……」

「あいつ等は留守番だ、留守番」

「え、いつも一緒じゃないんですか?」

「……さも、僕があいつ等とセットの様に言うのは止めてくれないか? あいつ等は家の意向で、僕の側近候補として付けられているだけだ。僕が望んで側に置いている訳じゃない」

「そ、そうだったんですか」

「そうだ! いつもいつもいつもいつも僕をおちょくって……あいつ等がいないと思うだけで清々する。それだけでも王宮に来る甲斐はあるな。あいつ等は子爵家の息子だから、役職を持たない内は登城するにも少し位が足りないんだ。今回、王城に呼ばれたのは僕だけだったし」


 如何な公爵家の人間といえ、役職も持たない未成年者の内はオスカーとて許可の下りていない余計な人員を同行させる権限はない。

 権限のない身で良かった。

 オスカーは本気の声音でそう(うそぶ)く。

 公爵家ご令息の顔は……本気で思っているのがわかる、何とも清々しいものだった。

 少年の本気をひしひしと感じ取り、アレンは思わず苦笑いを浮かべる。

 ここまで忌避されるなんて……あの三つ子は、普段から何をやっているんだろう。

 詮索しない方が良さそうだな、と何となく思いながらも。

 アレンは苦労の絶えなさそうなオスカーに同情した。


 王宮の廊下の真ん中で。

 折良く居合わせた2人の少年。

 互いに王宮の侍従によってそれぞれに与えられる客室へと案内の途中ではあったが、既に面識のあった2人は同道を提案した。

 貴族に位置づけられる家の中でも両者の家格には大きな壁があったが、それでも個人間での友情にまだ差し障らぬ少年期。

 何の為に呼ばれたのか、今一つ理解はしていなかったが……

 ただ王宮に引き取られたミレーゼ嬢のご機嫌伺い及び学友として暫く共に過ごすことになるらしいと……それだけの説明を受けて。

 ……そう、それだけしか説明されていないのだ。

 深いところを知らないオスカー様は、ともかくとして。

 少なからず行動を共にしたことで、ミレーゼ嬢の事情や性格の一端を既にアレンは察している。

 だからこの状況は、何かがおかしいと……あのミレーゼ嬢が大人しく王宮に留まっている状況が、おかしいと。

 怪訝に思う内心を誰に尋ねたものかと、アレンは内心で難しく思っていた。

 だから、こんな呟きが漏れてしまう。


「……ミレーゼ本人に聞けば、何かわかる……かな?」


 だけどアレンの疑問に答えを述べたのは、愛らしさの欠片もない少年の声だった。


「――今の『ミレーゼ』に尋ねたって、答えが分かりやしねーよ!」

「えっ!?」


 聞き覚えのある声だった。

 そう、確かに聞いたことのある……

 だけどアレンにわかったのはそこまでで。

 もっと深くを考え、記憶を探ろうとした次の瞬間には……彼の意識は遠のき始めていた。

 ただ、意識の浅い淵で。

 誰かの柔らかい歌声を聞いたような気がした。


 かくん、と。

 急激に体から力を失い、崩れ落ちる人々。

 廊下の真ん中で意識朦朧とする侍従や召使たち。

 そのただ中で、前のめりに倒れかけた2人の少年を同時に受け止める。

 侍従の1人に化けていたのは……意思の強そうな1人の少年。

 口元から鼻まで、大判のスカーフで覆い隠し、耳には耳栓が見える。

 その辺にいそうな凡庸な侍従姿から、一体いつの間にこのような早業で不審人物へと変貌したのか。

 疑問に思う者も、皆一様に倒れ伏す。

 人々の意識がはっきりしない様を見下ろし、不審な侍従……ピートは柱の陰に身を潜めた配下達に合図を送った。

 

「……よし、催眠草を焚くのを止めろ」

 

 仲間達は全員、耳栓をしている。

 手振りで合図しないことには、いつの間にかうっすらと廊下に漂い出した煙も止まらない。

 ピートが2人の少年を抱えて倒れ伏す人々の間を抜けると、代わるように柱の影から3人の少年がやってくる。


「上手くやれよ」

「誰に言ってるのかな。任せてよ」


 にやっと笑うその少年は、ミモザ。

 彼と、彼が推薦した配下の2人。

 1人はピートと同じ侍従のお仕着せで、ピートがいた位置に立つ。

 アレンとオスカーのいた位置に入り込んだミモザともう1人は、まるで貴族の子息の様な……いや、そのものと言える格好をしている。

 ご丁寧に髪や目といった特徴も、アレンとオスカーの2人に合わせて細工されていた。明らかに、摩り替る気だ。

 2人が貴族の少年と入れ替わった位置につくのと同時に、ピートは貴族の少年達を抱えたまま隠し通路へと消える。

 同時に聞こえるか聞こえないかの音量で流れていた鼻歌(ハミング)が止まり、通路の真ん中で倒れていた人々はぼうっとした顔のまま立ち上がった。

 何があったのか、何が何だか。

 自分達の身に何が起きたのか、全く理解できないという顔で周囲を見回している。

 今の今まで自分達が倒れていたことすら、まるで気付いていないかのように。

 そんな人々の真ん中で。

 ミモザが扮した『オスカー』が強気な顔で微笑んだ。


「どうした、皆。あまりミレーゼ嬢をお待たせするのも悪い。少し急ごう」

「『オスカーさん』の言うとおりだよ。行きましょう」

「あ、はあ……そう、ですね…………?」


 未だにどこかぼんやりとしたまま。

 何だか釈然としない様子のまま。

 それでもどこがおかしいとも言及できない様子で、王宮を先導する侍従を始めとした人々は何事もなかったかのように歩き始めた。

 自分の職務を全うすべしと、粛々と歩く。

 先程まで案内していた貴族の少年達に、侍従の1人。

 それらの人間がいつの間にか別人と摩り替っていることに、全く気づくこともなく。






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