こうして、森は閉ざされましたの
恐ろしい災害が目覚める前に、わたくしに何ができるでしょう?
ロビン様が守護精霊の存在をしきりと気にかける理由もわかるというものです。
まあ、気にはしても気遣ってはいない様子ですけれど。
「そもそも精霊のいる5つの領地は旧王家時代、王家の直轄領でな。王族からそれぞれ選ばれた者が守護精霊の御霊を慰める祭祀として領地を治め、精霊を守る守人が現地で精霊に近づく悪意を追っ払ってた訳だが」
「そんな大事な役目をお持ちでしたのに、旧王家を滅ぼしてしまわれましたのね……」
「いや、時代と共に役割も形骸化してたんだと。常に現地に詰めてる守人……例えば俺らの一族はともかく、祭祀として必要な時ぐれぇしか顔を出さない王家の方での扱いはどんどん薄っぺらくなってたから」
「形骸化、ですの……。役割の重要さを解さない方が増えていくのは、時間が経てば有り得ることだとしても、物悲しいモノですわね……」
「物悲しいって感覚を理解している8歳児を見ると微妙な気分になんな……ま、そう言う訳で王家の果たすべき役割は宙に浮き、その辺も仕方ねぇから守人一族が代行していたわけだ。それもあって、旧王族が滅びた後は俺ら守人が領主として土地を任された……てな」
「あら? ですがわたくしの家は守人では……」
「エルレイク地方はまた別の事情がある」
「別の事情?」
ロビン様は、エルレイク地方と他の場所では事情が違うと仰います。
お教え下さったのは……お家騒動といえば良いのでしょうか。
旧王族の支配時代末期、現王家の祖が旧政権を討つ少し前のことですわね。
何でも王位継承権を巡り、醜い骨肉の争いがあったとか……
決して仲の良くない王子が兄弟で王冠を巡り、争ったそうです。
勝敗を決したのは弟王子。
この方が旧王家最後の国王だそうです。
本当に、何をなさっていますの……と思わずにいられませんわね。
継承権争いに敗れた兄王子は処刑されたのだとか。
そうして当時のエルレイク地方は『始王祖』縁の地であった為に特別視され、『王太子の直轄領』とされていたと……
エルレイク地方にいた守人の一族は兄王子処刑の際、『兄王子の陣営に属する一族』として運命を共にしたとか。
…………最後の王、何をなさっていますの。
滅ぼしてはいけない一族を滅ぼしていますわよ……?
「そんで、守人一族がいなくなって宙ぶらりん状態の土地と化したってんで、後々にエルレイク侯爵家の祖に任されたってことだ。邪精霊封印の継続が綺麗にうまく纏まってたんで、現王家サイドにゃ誰か詳しい事情通がいるんだろって予想してたんだがな……姫様の様子じゃ、マジで家には何も伝わってなさそうだ」
「伝わっていましたら、アダマンタイトの鉱脈が見つかった時点でもっと何かしらの反応があったはずですわ。王家との相談で秘匿することにはなっていたようですが……知っていたのでしたら、お兄様が鉱脈を見つけたからと慌てることはなかったはずです」
「うわ……エルレイク侯爵領、マジで警備体制すっかすかかよ」
ロビン様が顔を引き攣らせ、曰く言い難いといった様子でわたくしから視線を逸らされました。
今はロビン様の反応の1つ1つが胸に刺さる思いです。
これはまさに、大任を任されていながら空気を読めていなかった御先祖様に恨みの念を送るべき事案ではないでしょうか。
「最後の王は……先を見据えては、いなかったのでしょうか」
「そんだけ腐ってたらしいぞ、旧王家の時代末期」
「酷いお話ですわね……」
もしかすると、情報伝達の段階で何か手違いが発生したのかもしれませんけれど。
ですがロビン様のお話を御伺いすると、わたくしは思わずにいられません。
御先祖様、何をなさっていますの……と。
まさか御先祖様がエルレイク地方を領地として拝命した段階で、人間に発見されることのなきよう『人払い』のような効果を発揮する不思議な術法を施していたことなど、わたくしは知る由もなく。
そうしてまた、只人には敗れる筈のない御先祖様の『人払い』を強制的に払ってしまった方がいるなどとは思いもせず。
わたくしは我が領地の危うさを突き付けられて胸を痛めておりました。
こうなっては俄然、我がエルレイク領が……故郷の存亡が気になります。
わたくし自身、誰とも知れぬ存在に狙われている身で迂闊な行動は慎むべきと思ってはおりますけれど……
……こうして瞬時に、常識を超えた遠方へと至ってしまった時点で今更ですわね。
何より両親の亡き後、1度も足を踏み入れていない領地がどうなっているのかは気になってしまっても仕方がないと思われます。
ですので、わたくしは決めました。
どうせこちらは北方の地。
王都へ戻るには南下せねばなりません。
でしたら、少しくらい遠回りをしても問題ありませんわよね?
「……なあ、エルレイク領って王都の南東に広がる領地だろ? 王都飛び越えてそっちまで行くのが少しかよ」
「ロビン様、何を仰っていますの? 明確な基準のない、曖昧な表現に限度など付けることは無理がありますわ」
「そうか、わかっての物言いか……」
5つの地雷領地の中で、最も気にすべきはまず間違いなく管理監督を行う当家不在のエルレイク領。
であれば、エルレイク家の一員たるわたくしが現状を確かめに行くのは決して無意味ではない筈です。
……無力な幼女に、どこまで出来るのかは不明ですけれど。
「ですが、お嬢様……? その、エルレイク侯爵領まで随分と距離があります。移動手段の確保が出来なければ徒歩確定ですし、お嬢様の様な目立って身なりの良い方が安易に乗合馬車を利用してはトラブルを招くでしょう。そのような状況で、果たしてエルレイク侯爵領まで行けるでしょうか」
「アンリの言うことは尤もですけれど……それを言ってしまえば、王都までの道程も然程条件は変わりませんわ。長距離の移動という点では、どちらを目的地としようとも同じ不利が付きまといます」
「距離が開くってことは、それだけ不便を強いられる期間が延びるってことなんですよ……?」
アンリはわたくしに心配げな表情を見せます。
ですが、物事には優先すべき問題というモノがあるのです。
今のわたくしは、領地の様子を確認しないことには安らかに夜も眠れそうにはありません。
確実に、魘されてしまうことでしょう。
安眠の阻害から睡眠障害を起こし、衰弱……等ということになっては、幼いこの身など儚くなってしまいますわ。
ですから、わたくしは行くしかありませんの。
胸に決意を固め、わたくしは立ち上がりました。
……ですが、わたくしの旅に向けた覚悟を挫く御方も立ち上がられましたの。
「我が力を用いれば、国内の精霊が宿りし地に限り瞬時に転移することも可能となるが」
「「「………………」」」
『始王祖』様、そのようなことはもっとお早く!
お早く仰って下さいませ!
移動に関する問題が、行先に限り限定的に解決した瞬間でした。
森の内外にて個々に『森番』として従事なさっている、ロビン様の一族の方々に情報の告知がなされた後。
一族の長であるジョン様の承諾を得て、『始王祖』様が森を人間の手から閉ざすことが正式に決定致しました。
ほぼ森の中にて人生の殆どを過ごしておいでだという森番の方々は、複雑そうなお顔でしたが……グランパリブル様の為と思い、皆様は納得して下さったようです。
威厳はありませんが、慕われてはおいでですのね……グランパリブル様。
例えようのない違和感を抱えているのだと不安そうな表情に宿し、森番の方々は森から退去なさいました。
森の外に一応はある筈の、一族の居館が現在は使用可能な状態に保たれていたのか否かを話し合いながら……あら? 居住性の有無に自信があられませんの?
……どのくらいの期間、一族の館とやらは放置されていたのでしょうね。
『ええと、それじゃ……【制約】はこれに刻んでもらうのが良いかな。エルレイクおとうさま、お願いできますか』
「論ずるまでもなし」
光の塊様が『始王祖』様に示されたのは、まだ若い苗木のようでしたが……
「あの、グランパリブル様……? わたくしのような浅慮な小娘が口を差し挟む様なことではないのかもしれませんが……樹木の寿命は、人よりも長命なのではありませんか? このように若い苗木を用いては、ロビン様やわたくしは元より、ロビン様の次の世代の方々が天寿を全うして尚、森への【規制】は解けないのではありませんの?」
『あー……大丈夫。この木、日照関係の問題で長くは保ちそうにないから。栄養状態が悪いから、小精霊も寄り付かないし。元々それもあって間引く予定だったものだし、長く保って2~3年ってところだよ』
「……確かに、なんだか力ない様子の苗木ですけれど。葉の色合いも、何やら今にも萎れてしまいそうではありますわね」
「こんな状態じゃ、逆に肥料でも与えとかねぇと1年も保たねぇんじゃないかって気がすんだが……」
『そこは、数でカバーするつもりだよ。エルレイク様には森の外周部を囲むように、8本の苗木を見てもらう予定だから』
「さりげなくひと……いえ、精霊使いのあらい方ですわね。エルレイク様は上役ではありませんでしたの?」
『こっちも死活問題だから……!』
話し合いにより決まった取り決め通り、『始王祖』様が古き精霊の森を閉ざし、代々森を守り続けてきた森番の方々は一時休業へと追い込まれました。
一応はグランパリブル様が【制約】の礎となった苗木の管理をして下さるらしく、2年半の間は確実に森が禁足地(強制)のまま状況を保持することを保証して下さいました。
樹木の精霊が管理して下さるのでしたら、保証も確実なものといえるでしょう。
意図して若い苗木の未来を管理し、数年の内に枯らしてしまうことは少々……後味悪くも感じられたのですけれど。
タイムリミットは既に切られました。
森に掛けられた【制約】が有効なのは保って2年半。
ですが物事に絶対というものはなく、実質は2年もないと思って行動した方がよろしいのではないかしら。
2年という短い期限の間に、森へ……引いては精霊への害意を有する何者かを引きずりだし、憂慮を断たねばなりません。
そうして森への安全を確保せねばならないのでしょう。
わたくしが為すべきことではありませんけれど。
ええ、ロビン様のお仕事ですわね。大変そうですわ。
……と、他人事めいて傍観出来ればよろしかったのに。
精霊絡み……つまりは我が先祖が王家より拝領した領土も無関係ではないという事実が悲しいところですわね。
そうそう、これは補足なのですけれど。
苗木は以て2年と数か月というところなのだそうですけれど、期限を早める場合にはその限りではないそうです。
元より生命力が枯渇しかけていた苗木ですもの。
精霊のグランパリブル様の手にかかれば、予定より早期に枯らすことも可能なのだとか。
ですので、事態が早く収束すればした分だけ、早めに森の【制約】を破棄させることが出来るということですわね。
ええ、早期解決を目指して頑張って下さいませ(ロビン様が)。
加えて言及しておきますと、人間が足を踏み入れることの適わなくなった森の内外での連絡は主にジョン様とグランパリブル様が手旗信号でやりとりを為さるそうです。
……森には人間が出入り出来なくなっただけですので、別に伝書鳩なり何なり、人間以外の生物を用いれば他にやりようはあったのではないかと思うのですけれど。
ですがこれらはわたくしにとって他家のこと。
何かわたくしには察することのできない取り決めか何かがあるのかもしれないと、差し出がましい口を挟むことは控えさせていただきました。




