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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
北方への出張(強制)編
123/210

どうやら精霊を狙う不届き者が流行しているようですわ

→ ×流行

  ○横行




 王国北方の護りの要。

 大樹に宿る精霊、グランパリブル様は存外気さくな方のようでした。


『ど、おどどっどおぞ! お席をご用意いたしました!』

『座り心地が気になる!? クッションですね、しばしお待ちを!』

『森で取れたアカシア蜂蜜と果実やベリーで作った飲み物をご用意いたしました! どうぞお召し上がりください……!』

『季節のフルーツ盛り合わせ、お持ちしましたー!』

『疲れの取れる天然香料をどうぞお納めください! 原材料は自然に優しい森の木々たち100%! お香の形に仕立ててありますんで、火を灯すと癒しの香りが漂いますよ!?』


 現在、わたくしとクレイはレバノン杉の精霊グランパリブル様より、下にも置かぬ『おもてなし』のご提供を頂いております。

 ……精霊とは思えないほど細やかな気配りと受け取るべきなのでしょうか。

 精霊の様子には、切羽詰まった怯えが見受けられるような気が致します。


 なんといいましょうか、必死です。


 元来人とは異なる精霊に、人間の気持ちを察するのは難しく、細かいところに至れば考え至ることすらないとお聞きしていましたのに。

 耳にしていた情報を裏切るかのような、グランパリブル様のおもてなし。

 ……御先祖様、貴方は本当に一体何をなさいましたの?

 気にはなりますが、聞いてはいけないような気が致しました。


 よきに図らいなさい、とは口に出して申しませんけれど。

 至れり尽くせりの接待を、わたくしは存分に堪能させていただきました。

 今はグランパリブル様が森中から招集した、小鳥のフィルハーモニー交響楽団による耳心地も優しいBGMを背後にクレイの丸まった背をぽんぽんと柔らかく撫で叩いております。

 森の中だということに驚くほどの、快適空間が形成完了済みです。

 グランパリブル様が厳選した柔らかな葉を敷き詰めた簡易の寝所で、わたくしの膝に沈んで寝息を立てるクレイ。

 これほど心安らぐ環境でくつろぐのも久方ぶりですわ。

 すよすよと寝息を立てて頬を緩めるクレイの顔を眺めていると、何とも言えず心が和みますもの。

 ですのに。

 わたくしとクレイが、折角くつろいでいますのに。


「――さて、ちびっ子が本格的に寝に入ったとこで。そろそろここに今いる面子で大人のお話といこーかい」


 (おもむろ)に話を切り出したロビン様が、少々恨めしく思えてしまいます。

 わたくしは抗議の意味も込め、ロビン様をじっと見つめました。


「ロビン様、今の物言いには異議を申し立てますわ」

「あん?」

「大人の話、と申しますが……わたくしは未だ8歳ですのよ。正真正銘、間違いなく 幼 女 ですわ!」

「ああ、悪ぃな。俺、表面的だとか形骸的だとか、薄っぺらな皮1枚で人のこと判断しねえことにしてんだ。お前のことは大体わかったが、間違っても幼女だなんて思わねえから安心しろ」

「今、わたくしという存在が否定された気が致しましたが……わたくしの気のせいですわよね?」

「おう、気のせいだろ」

「…………ロビン様、恐ろしい方だ」


 何やら人外に挟まれた状態でアンリがお顔を蒼白にしてしまっておりますが……やはり怪しいお人形と不審な発光体に挟まれて恐ろしい思いをしているのでしょうか。


「アンリ、此方にいらっしゃる?」

「いえ、お嬢様。ご遠慮させていただきます。私のことは欠片も気にせず、どうぞご存分にロビン様との御歓談をお楽しみください!」

「んなこと言われても、特に楽しいって訳じゃ……」

「ロビン様! そのようなことよりも、そもそもの本題とは一体どのようなものだったのでしょうか……!!」

「……お前、なに焦ってんの?」

「不思議ですわね、アンリ」


 何故かアンリが疲弊してしまっております。

 これ以上の消耗が心配されますわね。

 思えばアンリも不思議な事態に巻き込んでしまいましたもの。

 急転直下の事態が連続し、心身ともに疲れているのでしょう。

 アンリはよくやって下さいますし、(いた)わらねばなりませんわね。

 ロビン様のお話を進めることでアンリも安心できるというのであれば、ここは座して拝聴するのみです。

 元よりこの場の全員、既に座ってはいるのですけれど。



 精霊グランパリブル様と、森番のロビン様。

 御2方がわたくし達に……わたくしというよりもむしろ『始王祖』エルレイク様にお伝えしたい内容は、わたくしの抱える事情と無関係とは思えないものでした。


「――不審者の侵入、ですの?」


 そう、王国鎮護の契約を受けた北方の精霊。

 グランパリブル様の森に、身元不審な者達の侵入が近年増加傾向にあると仰いましたの。

 元より此処は『精霊の森』。

 地元の住民はそうそう滅多なことではこの森に足を運ばないのだとか。

 不用意に侵入したが最後、精霊に呪われるか謎の隠者に吊るし上げられて拷問にかけられるといった怪しい言い伝えが先祖伝来のモノとして各家に残されており、事実を確かめようと無謀な勇敢さを発揮した者は漏れなく本当に森番一族に捕獲されて無害な地域住民だろうと3日は地下牢に入れられるそうです。しかも地下牢にいる間、悪戯の好きな妖精や精霊が何かしらのちょっかいをかけるらしく、ちょっとした恐怖体験をしてから帰還することになるのだそうです……。

 素で怪奇現象の様な能力を発現させる森番一族の所業ですものね、一体どのような体験を経て帰宅することになるのか、知れたものではありません。

 若干、方向性を間違えているとしか思えない森番一族代々の努力の甲斐もあり、関係者と悪意ある侵入者以外の興味本位で行動するお馬鹿さんはほぼ皆無と言っていい状態になっているそうですけれど。

 フォルンアスクの森がただの森ではないと知っているにしろ、知らないにしろ。

 森に余計な悪意を以て侵入した方々は、森番一族の本気を目にすることとなるそうです。

 

「姫さんの兄貴並のバケモノでない限りは、俺がこの手でお天道様を拝めない身体にしてやんぜ? 精霊の加護を受けたうちの一族舐めんなよ」

「でも兄には敵わないのですね……」

「お前の兄貴は本物の化け物だ。俺が保障する。ついでに言うと、あんな化け物そうそうごろごろしちゃいねえんだから問題ねえよ」

「人の実兄を堂々と化け物呼ばわりですの……」

「ん、んだよ……なんか文句あんの」

「いえ、わたくしも(たま)に同じことを思いますわ」

「同意すんのかよ!」


 フォルンアスクの森は保護区にして、禁猟区。

 かねてより身を潜める場を求めて盗賊や、豊富な森の資源を目的に密猟者が来ることは度々あったことだと仰います。

 ですが、ロビン様が近年増加傾向にあるという不審な侵入者たちは、かねてより補縛することの多かった分かりやすい邪念の持ち主達とはナニか(・・・)が違うのだと言われるのです。


「んんーと、なんつうの? 共通の目的意識? どうもそいつら全員、この森に明確な目的をもって侵入してるっぽいんだよな。それも、締め上げてみりゃ全員が全員、同じ理由を口にしたんだぜ?」

「時間を別にした複数の侵入者が、同じ理由を口に……? 組織的な犯行、あるいは……もしやこの森特有の『何か』に関する価値が周知され、狙われるに至った、ということでしょうか」 

「その発想、お前って本当に8歳児?」

「あら、わたくしの予想は間違っていまして?」

「いや……合ってんぜ。お前、末恐ろしいな。マジで」


 ??? 何やらロビン様が、畏敬混じりの眼差しでわたくしをご覧になるのですけれど……これは褒められた、ということでしょうか。


「ではロビン様、この森の価値が喧伝されたのか……あるいは組織的な犯行によるものか。どちらですの?」

「両方って言ったらどうよ?」

「……詳細な説明を求めますわ」

「直接この森に侵入しようって奴等は末端も末端、いつ切り捨てられても大元の馬鹿野郎共にゃちっとも痛くも痒くもねえ捨て駒同然の奴らだ。半端な情報だけを持たされ、金で雇われた奴らさ。お陰で碌な情報持ってやしねえし、背後が全然辿れねぇ」

「では組織的な犯行、ということですわね。どこにロビン様が『両方』とお答えになる要素がありましたの?」

「半端な情報しか、っつっただろ?」

「ええ、仰いましたわ」

「本当の目的も知らされてねぇから、肝心の『黒幕の狙い』が本気で不明瞭。ただ森の貴重な動植物群と、中央の大木は精霊の宿った珍品中の珍品――」

『ロビン! 珍品とはなんですか、珍品とは……!』

「言葉の綾だ、貴種中の貴種ってことだけが実行犯には伝えられててな。黒幕との繋ぎの繋ぎのそのまた繋ぎ……くらいの奴からは幾つか指令を与えられた上で、森の中での指令達成状況に応じて賞金が出るんだとよ。指令以外の行動を縛しちゃいねえから、実行犯が独自に『金になる!』と思ったことにゃ遂行の自由すら与えてな」

「強欲の権化が森に解き放たれた訳ですわね。送り込まれる側としては大変な迷惑ではありませんこと?」

「迷惑じゃねえ訳ねーだろ。思いっくそ迷惑だっての。……グランパリブルは力ある精霊だからな。こいつを慕って、または頼って貴重な動植物群が自然と森には集まってくる。それこそ余所じゃ姿を消した希少種の宝庫なんだぜ? 荒らされたら洒落になんねえ」

「森番の方はグランパリブル様だけをお守りなのかと思っておりましたが……一般的な森番同様、森の全体的な管理と取り締まりもしておいでですのね」

「当然。それが引いては環境の保全、最終的にはグランパリブルの保護にも繋がるってもんだ」

『森はひとりじゃ生きられないんだよー! 生態系全体でひとつの大きな個を成しているんだ』

「御立派ですわ、ロビン様!」

『アレ? ここってロビンが褒められるところ? グランパリブルの大樹が生きる生態系に感心されるところじゃ……』

「ところでロビン様、予測の範囲で構いませんわ。推定を重ねたとして、侵入者の方々の狙いは何だと思われます? 予想を幾つか上げて、推論を重ねてみませんこと?」

『うわぁ……思いっきり流された』

「まあ、確証が持てないからはっきりした物言いを避けてるだけなんだがな。結局野郎共の狙いが何なのか……そんなもん、全員の行動パターンと目的行動を見てりゃわかるもんだぜ」


 例え、侵入者の目的がそれぞれ細部で異なったとしても。

 詳細に記録を取り、調書を重ね、全体的に俯瞰すれば見えてくるものがあるのでしょう。

 黒幕の思惑が何処にあったとしても、本体の目的達成の為に手足がどう動いたのかデータとして見てみれば……


「ではロビン様、大体の推測は立てられていますのね」

「ああ。ここは精霊の森だぜ? だったら(やっこ)さん最大の目的も、それ相応に見合ったモノになってくるってもんだろ」

「では――……」


 精霊の森で異変が起きている。

 話に聞いた時点で、わたくしも予想していましたけれど。

 実際に保護に携わる、森番一族の推論……つまりは、最も信頼性のある証言であり、ほとんど確信も同然。

 ロビン様はわたくし達に、はっきりとした断定口調で仰いました。



「――侵入者共の狙いは、グランパリブルのレバノン大樹だ」



 ああ、やはり推測通り。

 ですがどうしてなのでしょうね。

 何故わたくしはこうも、行く先々で騒動(トラブル)に遭遇せねばならないのでしょうか……?






 更に、ロビン様は付け加えて仰いました。


「あいつら、どうもグランパリブルを……つうかレバノン杉の大樹を切り倒す心積もりっぽい」

「どうやってですの!?」




 聞いた瞬間、物理的に多大な苦労を要するでしょう、と……

 いえむしろ、不可能ではないかしらと思いました。


 何しろ相手は規格外も規格外。

 150mにも達しようかという植物の限界を超えた大木ですもの。

 数ならぬ人間の身で、そう易々と切り倒すことなど適うものでしょうか。


『………………ちょっとはこっちの心配も、してー……』


 いじけたような精霊様の小さな声は、誰にも取り上げられること無く。

 まるでそよ風のようにそっと儚く散っていきました。 


 

 




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