こんなところにも、当家と関わりのある方が……
目の前にいらっしゃる方は、『伯爵令嬢』。
思いがけない意外な出会いに、わたくしは遠い目で彼の方の家に関する知識を脳裏から思い起こします。
「……確か『英雄王』の時代、勅旨によって命じられた一族の使命を全うする為、全てにおいて『お役目』を優先してきたとか。中々領地を出ておいでにならないのも、『お役目』を果たす為なのでしょう?」
「――お前、ナニモノだ……ってか、本当になんなんだ、お前」
あら? 何故でしょう。
わたくしの知るところを確認する為、問うておりましたのに……
ロビン様のご様子が……何故、得体の知れないモノを見る眼差しで、わたくしを見ておいでですの?
しかもわたくしからそっと目を逸らしたかと思えば……こちらも何故か苦笑いを浮かべておいでのアンリに、
「……なあ多分気のせいだと思うけど、俺の目には貴族のちびっ子がいるように見えるんだ。で、質問だ。こいつって新手の妖怪か何かか?」
「いえ……お嬢様は由緒も正しい栄えある名門貴族家の、れっきとした御息女様でございます」
「あー……えぇと、んじゃあ見た目はこんなだが激しく発育が悪ぃってだけで、実際は幼く見えても実は……とか?」
「お嬢様は…………実に年相応の愛らしいお姿をされているかと」
「…………………………なあ、こいつ何歳なんだ?」
「お嬢様は、年齢に比して老獪、才知に富んでいらっしゃいますが、当年とって齢8つを数えておいでです」
「………………………………………………はっさい?」
「8歳、でいらっしゃいます」
「今時の8歳すげぇ……こわっ」
あの、お2人とも?
「……随分と楽しそうですわね?」
「「はっ」」
「楽しそうに、ええ本当に楽しそうに……何を御歓談なさっていたのか、わたくしの目を見て、一字一句違えることなく再現していただけまして?」
「お嬢様……平にご容赦を!」
「ば……っ冗談だろ、あんなの。マジになん……て、顔は笑ってんのに目が笑ってねぇぇ! うそ、最近のガキってこんな顔すんのか?! 世の中終わってんな!」
どうやらロビン様は焦ってしまわれたり、気まずい思いをしておられたり、何かを誤魔化したいと思っておいでの時ほど口から余計なことをぽろぽろと溢してしまわれる性質のようです。
口は災いのもとと申しますけれど。
このような体質では貴族社会になど出て行ったが最後、あちこちで言質を欲しいがまま手にされて、良い様に弄ばれた挙句に利用されて最終的には周囲全方位に敵を作り、再起不能に追い込まれる姿が目に見えるようですわね。
迂闊な粗忽者では息をすることもままならないのが社交界ですもの。
彼女だけしか知らぬ現状では何とも申せませんけれど……
フォルンアスク家の方々がもしも彼女と同質の方ばかりだと致しますと……勅命を理由に社交界から遠ざかっておられるのは賢明な判断ですわ。
このような森の奥、大自然に囲まれてお育ちになった為でしょうか。
のびのびと大雑……おおらかなロビン様は、誤魔化すようにわたくしに引き攣った笑みを向け……た、と思われましたが。
何故かわたくしの顔を見て、真顔になられました。
次いで、まじまじと眺め下ろされております。
何やら思い悩む様な……何かを思い出すような、遠いまなざし。
「お前……なんか、ムカつく面してんな」
「わかりました。面と向かって侮辱なさるということは決闘をお望みですのね。当方は年齢的不利を抱えているのですから、代理人を立てることは当然認めて下さいますでしょう?」
「決闘!? お前みたいなちびと!?」
「正確にはわたくしが立てる、代理人とですわ!」
代理人は何方にお願い致しましょう。
決闘する相手が女性となれば、男性にお願いする訳には参りませんわ。
……王妃様にお願いすることは、可能でしょうか。
少し上目遣い気味に、「とても、寂しくて……時々で良いのです。時々で良いので、『おかあさま』とお呼びしても、よろしい……でしょうか」とでも言うだけ試してみれば快く引き受けて下さらないでしょうか。
王妃様がお引き受け下されば、勝利は見えたも同然なのですけれど。
「いや、そうじゃなく……! なんか、なんつうか……ムカつく奴に顔が似てる」
「ロビン様、わたくしのお兄様を御存知ですの?」
「『ムカつく奴』で即座に自分の身内と繋げやがった! じゃねえ、そうじゃなく……おにいさま?」
残念ながら、わたくしの身内で顔が似ており……加えて他人の何方かに『ムカつく奴』という評価を受ける者の心当たりは兄しかありません。
兄は、自由な気質ですから……
ええ……性格も振舞いも、悪くはない……悪くはない、の、ですが。
行動や性質の突飛さから、他者より受ける評価に好き嫌いがはっきりとわかれることもまた、事実です。
他の候補として思い当たる両親は、他人に『ムカつく』などと難のある評価をされるような方々ではありません。
偉大な祖先の方々でしたら……きっと、恐れ多くて『ムカつく』などと評することは出来ないことでしょう。
ですので、兄です。
兄以外にあり得ません。
そうして、ここで『アロイヒ』が出てくるということは……
……嗚呼。こんなところにも、兄の関係者が。
友好関係か、敵対関係か。
いえ、兄を実際に見知っていて、堂々と敵対できる方がいるでしょうか。
相手は『竜殺貴公子』ですわよ?
こうして面と向かって『ムカつく』等という、ある意味においては気安い言葉を使うということは……ロビン様がお認めになるかどうかは別にして、関係自体はかなり友好的なものに近しいのではないかと思われます。
……でしたら。
どうしましょう。
わたくしは家名を名乗るべきでしょうか。
兄は礼儀正しく、いつでもどんな時でもどんな相手であろうとも、名を尋ねられたら迷わずに己の名前を本名で名乗ってしまう素直な方です。
引籠り伯爵家の方が兄の顔を御存知ということは、実際に顔を合わせて『ムカつく』と評するようになるまで最低限の会話を交わした可能性があります。
兄が何をやったのかは、不明ですけれど。
不本意なことこの上ありませんけれど、わたくしの面相は兄のモノとよく似ています。
……自身をしてそうと認めずにはいられないレベルで、似ています。
両者の顔を見たことがあれば、即座に脳内で『兄妹』という言葉に繋がるレベルで似ています。
…………でしたら、当然、わたくしの家名にも思い当っておいでですわよね。
ですが万が一、わたくしの予想が外れるということもあるかもしれません。
まずは確認を……
「ロビン様、お尋ね致しますけれど……『ムカつく奴』というのは?」
「あ? ああ……悪かったよ。女の子に酷い口利いてさ。『ムカつく奴』ってのはどっかの 阿 呆 野 郎 のことでお前じゃない。だから気にするんじゃねえよ」
「確定ですわ……! ロビン様、先程は家名を名乗らず、わたくしこそ失礼な口を利いてしまい申し訳ありません」
「は?」
「ロビン様にはきっと……ええ、きっと、わたくしの兄が途方もない御面倒をおかけしたのではないかと思います。絶対に兄は迷惑をかけても理解していなかったことと思いますので、この場を借りてわたくしが代わりに謝罪させていただきますわ!」
「ちょっと待て。良いか? ちょーっと待てよー……?
え、なに? お前、阿呆イヒの妹?」
「……その呼び名が出てくるということは、ロビン様は御学友関係の方ですのね」
「いや嘘だろ! あの阿呆にこんな口が達者で利発そうな……必要以上に状況把握がばっちり出来てそうなしっかり者の妹がいるなんて、絶っっっ対に嘘だ!!」
「え、ええと、お褒め下さり、ありがとうございます……?」
力強い、ロビン様の否定のお言葉。
どうやらわたくしと兄の、中身の違いが彼女を否定に走らせるようです。
兄と妹とはいえ、別個の人間なのですから性格に相違が生じようとおかしくはないでしょうに……
何よりの証となるのは、わたくしとクレイのこの顔。
兄の顔も合わせて、3人ともにお母様に良く似たこの顔こそが濃い血の繋がりの証といえます。不本意ですが。
髪の色や目の色に違いはありましても、わたくしの髪の色とクレイの瞳の色はお兄様と全く同じ色を有しています。
亜麻色の髪に、青玉の瞳のお兄様。
実際に見て知っていらっしゃるのでしたら、わたくしやクレイとも印象が重なるはず。
ロビン様も、見ていて納得せずにはいられなかったのでしょう。
例え、信じられずとも。
ロビン様は何とも微妙そうな表情で……
「……あいつの弟妹、かよ」
「不本意ながら、事実です」
「あー……っつうことは、エルレイク侯爵家だろ? 大貴族の御令嬢が、なんだってこんなとこにいんだよ」
「それにつきましては……わたくしの口からは、異常事態が起きたとしか」
つい先程……時間にすると30分程でしょうか?
30分前までわたくし、王都の屋敷におりましたのよー。
謎の穴に落ちましたら、森にいましたの。
これを異常事態といわずして、何を異常と言いましょう。
わたくしも現状を正確に把握してはおりませんので、詳しい説明はできませんでしたが……ロビン様はわたくし達の顔色から何かを察して下さったようでした。
「……どの道、この森への侵入者は詮議の為に連行する決まりだ。エルレイクの者となると……『真祖』の血筋だろ? 別に連行する必要はねぇが、事情説明も込みで聞きたいことがあるからな。ちょっと来てもらうぞ」
「………………『真祖』?」
わたくし、吸血鬼になった覚えはないのですが。
眉根を寄せて首を傾げるわたくしの様子に、ロビン様がそっと視線を逸らしました。
無造作にわたくしの頭を撫でながら、何でもないようなお顔で。
……何を誤魔化そうとしておいでですの?
「気にすんな、こっちの仕事で使ってる隠語みてぇなもんだ。とりあえず1つ言っておくと、エルレイク家の直系血筋にゃ『フォルンアスクの森』への立ち入りが認められている」
「まあ、何故ですの? ……わたくし、初耳なのですけれど」
「……まだ小せぇから聞いてなかったんじゃね? ちなみにアレだ。お前の家の『始祖』絡みの理由だってことしか俺も知らねぇからな」
「ああ、御先祖様の……」
何だか御先祖様が何かをなさったと聞けば、納得してしまいそうですわ。
「さっきは悪かったな、突然射かけて。こっちも最近問題だらけでよ……組織立った侵入者の数が年々増えてんだ。ピリピリしてた。謝らせてくれ」
「威嚇射撃程度なのは察しておりました。……こちらも、兄の御学友の方々には頭の下がる思いを少なからず覚えておりますので。きっと兄がロビン様におかけしたご迷惑の方が……ええ、先程のことは気になさらないで下さい」
……貴族の子息に入学の義務がある、王立学校。
全寮制ということで大人の目の届き難い、閉鎖空間。
12歳から20歳までの少なくない時間を兄のせいで少なからず犠牲にさせてしまったのかと思えば……
わたくしが兄の『御学友』に対し、思うところは少なくありません。
結果として他の方々に対するより配慮してしまうのは、致し方ないことではないでしょうか。
「あんま気にすんな。俺だって最短時間でフォルンアスクに帰りたかったからな。飛び級しまくって他の奴らよりゃ接した時間が少ない分マシだ。最終到達地点のクラスで一緒になった分、卒業まで逃げ場はなかったがな」
「……でしたらロビン様は、エラル様と同じ道筋を辿ったことになられますのね」
「エラルか……あいつ、未だに阿呆の世話焼かせられてんだろ? あいつも苦労人だよなぁ」
「やっぱり、エラル様は苦労人評価ですのねぇ」
共通の話題があれば、会話が弾むモノ。
思いがけず共通認識を得られたこともあり、ロビン様の言動に見合わぬ細やかなお気遣いもあり……
「あ! ねえしゃまぁ、りしゅしゃん!」
「まあ、本当ね」
「シマリスだな。何匹か捕まえて帽子飾りでも作ってやろうか?」
「ぴぃっ!?」
「ろ、ロビン様? その、お気持ちは大変有難いのですが、弟がショックを受けて涙目に……」
「り、りしゅしゃん……」
わたくしは左手をクレイと、右手をロビン様と繋いで歩かせていただきました。
連行とも言い換えることは可能ですが、雰囲気はのんびりとしたものでした。
アンリの身を自由にしていただいている時点で、『侵入者』にしてはとても寛大な御配慮を頂いていたのではないでしょうか。
……どのような理由があってか、エルレイク直系の者は『侵入者』に当たらないと仰いますけれど。
何となく、御先祖様が森の方々を脅しでもしたのかと勘ぐってしまいそうです。
如何様な理由があって、『保護区』等と呼ばれる森との繋がりをお持ちになったのか……
「――ああ、そうですわ」
「ん、なんだよ」
「ロビン様は此方が『保護区』と仰いましたけれど……何を『保護』していらっしゃるのです?」
保護の対象を知らずにいては、何かしら取り返しのつかないことをしてしまうかもしれません。
わたくしも迂闊な真似をする気はありませんが、気にとめておかなくては何に注意すべきかわかりませんし、クレイが何かをしそうになった時に止めるか否かの判断に困ります。
例えば保護されたものと知らずに花を毟ってしまうだとか、小動物の巣穴を潰してしまうだとか。
貴族家の令嬢として自律してあるべき身ですもの。
無思慮な真似は不可抗力だとしてもしたくはありません。
ですから、何を『保護』されているのか知りたく思いましたの。
真っ直ぐにロビン様の顔を見上げて。
ロン様は問うたわたくしに、あっさりと。
ややもすれば無雑作ともいえる気軽さで『保護対象』を教えてくださいました。
「――ああ、精霊な」
…………。
………………。
……わたくしの感想を、率直に申し上げます。
ロビン様は『兄の関係者』かと思っていましたけれど……
言葉に反応してわたくしの脳裏に浮かぶのは、真っ黒な御本と無感情を絵にかいたような顔のお人形……。
わたくしは何でもない顔をしながら、胸中で叫びました。
この方、兄ではなく、『始王祖』関係の方ですのーーっ!?
残念ながら、わたくしの予想は外れることなく。
フォルンアスクの土地が担う役割に、あの人外が関わりを持っていようとは。
何となく予想がつき始めていましたので、溜息をついて複雑な心地を吐き出そうと試みるわたくしでした。
アロイヒの同級生
→ 在学中に凄まじい勢いでツッコミスキルが育つらしい。
ちなみにロビンさん、竜鍋事件にもしっかり参加しちゃっていたとか……。




