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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
偽装工作編
118/210

ある意味では、とても目を引くご令嬢だと思われます



 貴族の子女として間の抜けた顔を曝すのは、この上なく恥ずかしいことですけれど……残念ながらわたくしは、茫然とせざるを得ません。

 わたくしは先程まで、確かに懐かしい我がエルレイク家の王都屋敷にいたはずなのです。ですのに。

 ……ここは、一体『どこ』なのでしょう?

 視界に移り込む色は、みどり。

 緑、緑……緑一色とは申しませんが、大きな範囲を緑が占めます。


 わたくし達は、先程まで確かにエルレイク家の邸宅にいました。

 外ではありません、屋敷の中です。

 ですのに。


 何故か今、わたくし達は森にいました。


 周囲は四方といわず、八方といわず、全方位を緑の木々に取り囲まれておりますの。

 王都の周辺では見ない植生のように思えるのですけれど。

 ここは本当に、『どこ』ですの?

 わたくしは『穴』に落ちたはずと見上げても、『天井』などありません。

 木漏れ日差す、木々。

 生い茂る葉の隙間から、青い空が見えました。

 ……今日は快晴ですわね。

 青空があまりに眩しくて、わたくしは途方に暮れてしまいそうです。


「ここはどこですの……?」

「フォルンアスクの森だ」

「!?」

 

 だ、誰ともなしに呟いた言葉に返事が今ありましたわよ!?

 それも、わたくしの聞き覚えのないお声です。

 自身を起点に、先程わたくしは確かに全方位を見渡しました。

 背後にも見た限り、何も……怪しげな奇岩群(ストーンヘンジ)を除いて何もありませんでしたのに。

 わたくしとアンリは、声の出所を探して視線を走らせました。

 高まる緊張感と得体の知れない思いに、わたくしは思わずクレイの身体をぎゅっと抱きしめます。

 状況を理解していないらしいクレイはきょとんと首を傾げていましたが……


「ん、ねえしゃま? ありぇー」

「え?」


 舌足らずな口調で、弟が『みどり』と口にします。

 指さす先に視線を向ければ……


 よくよく眼を凝らしてみると、見えてきます。

 クレイの指さす先。

 樹上に、全身を緑の葉や蔦で覆った得体の知れない男性がいらっしゃいました。わさわさと呼吸に合わせて揺れる葉ずれの音……こんもりと丸いシルエットは、以前にお兄様がお土産にとくださった『まりも』を連想してしまいます。

 ……その、かなり独特、で、特徴的なお姿……です、わね?

 彼とも彼女ともつかない丸い姿を見て判断するに……


「まあ、変質者……?」


 瞬間。

 ひゅばっと風を切る独特の音が耳元を通りすぎてゆきました。

 次いで、木の幹に鋭角的な固い物の突き刺さる「こーんっ」という音……。

 振り返って音の出所に視線を向けてみましたら、突き刺さったばかりの矢が矢羽根を振動のままに揺らしていました。

 ……どうやらあの方は、聴力の優れた方のようです。


 実用一辺倒な弓矢を構え、今にも射ることの可能な姿勢で、此方を狙っているように見受けられます。

 あの方は他人(ひと)に不用意に武器を向けてはいけないと、教わったことはないのでしょうか。

 どのような事情がお有りなのかは存じませんけれど……。

 わたくしやクレイに矢を向けるなど。

 しかも……威嚇射撃ではあるのでしょうけれど、実際に射かけるなど。

 これを許されることと、見過ごして良いのでしょうか。


 突然、何の前知識もなく放り出された身。

 相対している方は、未知の人物。

 何が有効な手札となるかも、判断基準が見えていません。

 わたくしは様子を窺う為にも、相手の主張を知る為にも、一先ずは黙して事の成り行きに目を配ることとしました。

 向こうからわたくし達に接触してきたのです。

 恐らく、主張したい何かがあるはず……

 

 果たして、丸いシルエットの方はわたくし達を厳しい眼で見下ろしながら、同様に厳しさの前面に押し出された口調で仰いました。


「侵入者たちよ!」


 ……侵入者?


「この森に何用だ。此処が限られた者を除いて立ち入りの禁じられた『保護区』と知ってのことか!?」

「あら? あらあらまあ……そうですわね。『侵入者』でしたら矢を向けられても文句は言えませんわよね」

「質問に答えるんだ。まさか狼藉に及んだ後ではあるまいな……? 当方には嘘を見破る用意がある。隠しだてすれば碌なことにはならんぞ」

「貴方は……此方が『保護区の森』なのでしたら、森番か何かかしら?」

「何を白々しい……。フォルンアスクの地において、代々森を守る我が一族を知らないと抜かす気か」

「存じませんわ」

「そう存じて………………知らぬだと!?」


 わたくしがはっきりと正直なところを申し上げましたら、何故か森番らしき方はたいそうな驚きようで。

 あまりに慌てた為か、木の高いところから転落しかけ、お1人であたふたと慌てふためいておいでです。


「お嬢様……御覧下さい。先程のあれが『ノリツッコミ』ですよ」

「アンリ、わたくしは『ノリなんたら』よりも、昨今の森番の方があのような面妖な装束を纏っていることが、一般的なのか否かが気になりますわ。わたくしの存じている……エルレイク侯爵領の森番は、ああ(・・)ではありませんでしたのに」

「いえ……私から見ても、かなり珍奇な部類かと」

「おびゃけー! ねえしゃまぁ……もりおびゃけぇ」

「ああ、クレイ、()の子が泣いてはなりません。アレはそう……辛うじて人間のようですわよ」


 わたくし達は森番の方に余裕がない今をこそ、ここぞとばかりに意見を交わし合います。

 樹上から腕1本で吊り下がった状態に陥った、森番の方。

 足掻くお姿は見るからに懸命で、わたくし達は邪魔にならぬようにそうっとしておいて差し上げましたの。


 最終的に森番の方は樹上に戻ることを諦め、木から手を放して地面の上に着地なさいました。

 あの遥か高みより飛び降りて平然となさっているところを見るに、身体能力に優れていらっしゃるのでしょうけれど……

 飛び降りるに至った過程が過程ですので、どうにも格好がつきませんわね?

 生温い目で見守るわたくし達に、森番の方が頬を引き攣らせました。

 先程までは見えませんでしたけれど、同じ土の上へと近づいた分、顔色のようなモノが緑の隙間から窺えます。

 森番の方もまた、身の置き所に困ってしまわれたのでしょうね。

 何かを誤魔化すように空咳をつき……次いでわたくし達に、胡乱な感情に満ちた眼差しを下さいました。


「どこの不届き者かと思えば……女子供の集まりか」

「あら? 見ておわかりになりませんでしたの?」

「…………」


 この方……お耳はとてもよろしいのに。

 お目と気性には、何やら残念なものがあるように思えます。


「なんだ? お前達は立ち入るべきではない場所すら判断がつかないほど、分別がないのか? 森の入口に『進入禁止』って立て看板あったろ! 御立派な格好してやがんのに字も読めないってか? あ?」

「気まずい思いを誤魔化したいお気持ちは痛いほどわかるつもりですわ。ですから、どうか落ち着きになって? 口を尖らせて(つつ)いても、貴方ご自身が感じていらっしゃる気鬱は晴れませんわよ?」

「こ、このちび! わかったような口調で何を……ってその生温い目やめて!? こいつ幼児を見守る時のウチのババアとそっくりな目ぇして見てきやがる!」

「まあ! 淑女の卵に向かって、婆や扱いはいただけませんわ。殿方の……紳士の振舞いとしては褒められたものではありませんわよ」

「俺、紳士じゃねーし!!」


 わたくしは、何とか早口で興奮のままに捲くし立てる森番の方を宥めようと致しました。

 ……本当ですわよ?

 ですが何やらわたくしと言葉を交わせば交わすほど、何故か精神的に追い詰められていらっしゃるような……兆候が、全体的な様子に見受けられましたの。

 最後には『紳士』という言葉を否定しながら……例の緑色で丸いシルエット……どうやら外套か何かを森の中で潜伏する為に偽装したものであったらしく、中に来ていた上着ごとばさっと勢い任せに脱ぎ捨ててしまわれたのです。

 

「……まあ」


 脱ぎ捨てられた、緑の偽装外套から出てきたお姿は。

 声からして、とてもお若い方だとは思っておりましたけれど。


「あなた……女性の方でしたのね」

「……森番一族、ロヴェルタ・フォルンアスク。ロビンだ」

「わたくしはミレーゼと申します。此方は弟のクレイと、侍従のアンリですわ。……本来は此処にいないはずの人間ですので、どうか家名を名乗るのはご容赦くださいませ。明かしても良い状況だと判断致しましたら、偽ることなく申し上げさせていただきますわ」

「おい、なんだその露骨に怪しい名乗り。お前、俺に警戒を解かせる気ぃ全くねぇだろ。ついでに保護区への侵入に関する疑念を解こうって気も零か。黒か白か判断に困る名乗りしてんじゃねぇよ」


 しっかりとご自身の名を名乗って下さるのは、相応の教育を受けておいでだからでしょう。

 そうして、わたくし達への態度。

 何を理由としてかは不明ですが……ロビン様はわたくし達への警戒を緩め始めておいでのようです。

 わたくし達が『侵入した』という事実に違いはないでしょうに。

 何かしら、彼女の中の基準をクリアできた……ということでしょうか。

 実際に態度が軟化した理由を、わたくしは察することなど出来ませんけれど。


「フォルンアスク……必要最低限の義務を除いて、所領より出ることをよしとしない『出不精(フォルンアスク)伯爵家』の方ですわよね?」

「おま……そこん家の1人を目の前になんてはっきりと」


 ――『フォルンアスク』。

 先程から、何度も耳にするお言葉です。

 混乱と相次ぐ予想外の事象に言及する間を得られずにおりましたけれど。

 彼の方が口にしたのは、王都より北の地に在る伯爵領の名前。

 そして、伯爵領を治める一族の家名でもあります。

 フォルンアスクの名を名乗るということは……この方は。

 現在の王家が王国を治めるようになる以前より続く、伝統と歴史の深い……ですが領地への引籠り体質で謎に満ちた一族。

 フォルンアスク伯爵家の、御息女ということですのね。この方。

 …………現在のお姿は、とても『御令嬢』とは呼べない身なりをなさっておいでですけれど。

 何と申しましょうか……まさに森番。狩人にも通じるお姿です。

 他家のことではありますが、御息女がこのようなお姿をされておいでで、伯爵家としてよろしいのでしょうか……?





森林迷彩系ご令嬢(笑)、登場

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