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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
偽装工作編
117/210

目を開ければ、見えてくるものがあるそうです




「……わたくし達の生家には不思議が隠されていましたのね」

「お、お嬢様しっかり……!」

「ねぇしゃま、しっかりー!」


 これが目を虚ろにせずにいられるものでしょうか。

 目の前にはどのような偏見を差し挟んだとしても、間違えようのない形状の一致を見せる穴と、ネジ。

 鍵穴と鍵のように、合致することは目にも明らかですのよ。

 ……ええ、目を伏せてしまいたい程に。


 『始王祖』エルレイクの人形(からだ)に刺さっていた、ネジ。

 ですのに、わたくし達が亡きお父様の寝室で見つけた鍵穴と形状が一致するだなど……御先祖様、これは貴方の仕込みですの?

 

「目を逸らしてばかりも、いられませんわね……」

 

 残念なことに。

 そうして恐ろしいことに。

 今ここで見つけたという事実に計算されつくした作為すら感じます。

 不思議という言葉では済まされないタイミングですもの。

 偶然の一致で済ますには、あまりにも時期が揃い過ぎというものです。

 そうして、これが御先祖様の作為によるものだというのであれば。


 きっと、わたくしにはここで見なかったことにして、避けて通ることは許されていないのでしょう。


 傑物にして、怪物。


 あの方をそのように評した方が、確かいらっしゃったように思います。

 御先祖様と同時期に生きていらっしゃった方々は英傑という言葉に相応しき、勇壮な英雄ぞろいですけれど。

 傑物の中にあって、当の英雄達に畏怖されたとする記録も、目にしたことはございます。

 敬慕するべき、先祖の英霊。

 御魂やすらかであれと、お亡くなりになった折には、名のある諸侯が挙って神に祈りを捧げた……と。

 衆目の関心を集める逸話には事欠かない建国の立役者たちの中。

 エルレイク家の始祖は然程に目立つ向きのある方ではありませんでしたが……

 むしろ他の目を引く方々の中、埋没していたとしても。

 それでも偉業を達成した集団の中にあって、確かに名を残した方のお2人なのだと……得体の知れない大きな器の、片鱗にわたくしは触れてしまったのでしょうか。

 こんなにも空恐ろしい思いに、包まれてしまうのですから。


「虎穴に入らずんば、虎児を得ず……昔からある故事ですものね」

「……むしろエルレイク家そのものが虎穴のような」

「あら、でしたらわたくしとクレイが虎児なのかしら」

「失言でした、平にご容赦を……」

「アンリ、わたくしは怒っている訳ではありませんのよ?」


 ふふ……これでは我が家はとんだ魔窟ではないかしら、と。

 思わず考えてしまいましたの。

 苦笑をこぼした矢先に、アンリの言葉です。

 わたくしは言い得て妙と更に苦笑を深めながら、そっと鍵となるのであろうネジを、鍵穴に差し入れました。


  ピーンッ


 硬質な、鋼が弾けるような音が響きます。

 わたくしは同時に、手元に確かな手ごたえを……鍵と鍵穴がぴたりと合致する感触を得ておりました。

 慎重に、ゆっくりとネジを捻れば……


「「「………………」」」

「あの、ミレーゼお嬢様?」

「なにかしら、アンリ……」

「寝台の下から、ごりごりと重い物が引きずられるような……得体の知れない音が」

「わたくしは何も存じません。何も聞こえませんわ」

「え?」

「アンリ、貴女の聞き間違いではないかしら」

「お、お嬢様……あの、台詞が棒読みなんですけれど」


 いいえ?

 わたくしには全く聞こえませんわー。

 ごりごりと、重い物が引きずられる音なんて……ええ、聞こえません。

 足下から妙な振動を感じるのもきっと気のせいですわね。

 ええ、その筈です。


「わひゃっ」

「……っクレイ!?」

「お嬢様!!」


 ……現実から目を逸らしてしまえば、己が立場も見失う。

 そうして、不測の事態には対応が遅れてしまう。

 現実逃避の悪しき面を、わたくしはたっぷりと堪能する羽目となりました。


 足下の床が、いきなり消失するという形で。


 ――お、落とし穴ですのーっ!?

 一体どなたが、何の為に、屋敷の主寝室に落とし穴などというモノを設置したというのでしょう。

 ですがわたくし達は。

 対応する間もなく口を開けた得体の知れない穴に、落下していくこととなったのです。

 ……どなたが犯人なのか、目星も付きますけれど。




 ぼすっと。

 落下からの着地は瞬く間の出来事でした。

 穴は緩やかな傾斜となっていたのか、落下といっても滑り落ちる……という様式でしたけれど。

 最後に何やら柔らかなモノに落され、わたくし達は着地と相成りました。

 あまりに柔らかすぎて、得体の知れない謎の感触でした。

 触った感触にも抵抗がほとんどなく、一瞬、この柔らかな謎の物質を貫いて通り抜けてしまったかと思ったほどです。

 ですが、こうして無事に着地出来たということは、わたくしの錯覚だったということでしょう。

 お陰で怪我はないのですけれど……滑り落ちる間に揉みくちゃとなり、身嗜みは酷い有様です。

 わたくしは手早く弟の髪を撫でつけ、衣服の乱れを整えました。

 自分の髪も手櫛でさっと整え、衣服を整えます。

 ようやく人心地をついてから、何処に落されたのかと見回すと……


「……? 此処は、どこですの」


 見知らぬ光景が広がっていました。

 



   ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・



「……ミレーゼ様達、いないね」

「さっき、悲鳴が聞こえたよ……?」

「…………」


 このお屋敷は、何故か全室に防音処理が施されているらしい。

 それでも微かな異変を察知して、僕達が駆け付けた時には遅かった。

 誰も、いない。

 ミレーゼ様も、クレイ様も、アンリも。

 3人の姿が見えないという形で突きつけられる、『異変』。

 どのように対処するべきか、話し合うまでもなく。

 僕等は3人の姿を探し始めました。

 まさか、こんな。

 僕達が迷子になる……という状況は考えられないけれど、この屋敷の中を熟知していただろうミレーゼ様が迷うという状況の方が格段に有り得ない。

 更に有り得ないのは、拉致の可能性です。

 だって今は。

 このお屋敷の周囲全方位に。

 『異変』が欠片でもあれば報告するよう命じて、犬達を配置していたというのに。

 

 ミレーゼ様が『青いランタン』の盟友となって、以来。

 僕はピートの命令で『エルレイク家』所有の不動財産の類を見張らせていました。

 僕の信頼する、忠実な犬達に。

 優秀な犬達は自然に紛れて監視している。

 人の動き、物の移動。

 時には主人不在の屋敷に善からぬ欲を持って近づく不埒な者共を犬に蹴散らさせながら。

 僕はミレーゼ様に少しでも権利のある所有財産が不当な扱いを受けぬよう、掠め取られることのないよう、誠意を持って対処していたと胸を張って言えます。

 ……いえ、少々闇に葬らねばならないこともありましたが。

 それらは既に葬った後なので、報告の義務は……ないですよね?


 勿論、王都から出たことのない僕では遠いエルレイク侯爵領の方まで監視することは出来ません。

 犬を派遣しても良いのですが……彼らは、僕の知り得ない物事に対処するのが苦手なので。

 僕が行ったことのない範囲には、彼らの勘も鈍ってしまう。

 恐らく、途中で迷子になってしまうか、帰巣本能で帰ってくるか。

 全てを完璧に、と思えば。

 それはやはり行動範囲に限界が出ます。


 穴のある仕事を成果とするには、抵抗がある。

 僕が元々命じられたのは、『王都の不動財産への監視』。

 だからこそ、この王都にある不動産に関してはより一層の『良い仕事』を心がけました。

 それこそ、今の僕に出来る最高の仕事を。


 このお屋敷の周囲に配置した犬達は、僕の改良した犬の中でも特に隠密に特化した良い犬ばかり。

 彼らの鼻と耳の包囲網を掻い潜って不埒者が目的を達成できた試しはない。

 僕の自慢の犬達です。


 その、犬達が今もなお周囲に潜んで取り囲んでいるというのに。

 執拗に人の出入りをチェックするように指令を出したのは、僕です。

 彼らの認識をすり抜け、誰も出ることも入ることも出来ない。

 その筈なんですが……


「ミレーゼ様達は、どこに消えたんでしょう……?」


 首を捻る、僕。

 僕も所詮はまだ11歳ということなのかな。

 幼さゆえの、抜けがあったかな……

 僕はともかく、犬達を出し抜けるとは思えない。

 だけどその、『思えない』ということ自体が甘さだったのだろうか。

 いつだって最悪を想定しろ、と尤もらしく演説ぶる声を聞いたことはある。

 それがこうして我が身に降りかかると思っていなかった。

 有り得ないと思考停止する訳にはいかない。

 何があったのか、よく考えなくては。


「ルッコラ、3人は近くにいると思う?」

「ちょっと待って、今、探っているから」


 ミモザが問いかけてくるまでもなく。

 僕は3人の位置を特定しようと集中する。

 万が一を考えていた訳じゃない。

 だけどはぐれることはあるかと、そんな時の為に対策は取っていた。


 ミレーゼ様とクレイ様には、エキノがついている。

 

 引き剥がされでもしない限り、位置を探ることは可能です。

 ……でも、こんなに集中を必要とするなんて。

 時間もかかり過ぎる。

 これはもしかすると……


 何らかの力で遮断された閉鎖空間にいるか。

 それとも、単純に距離が開き過ぎているか。

 そのどちらとしても、僕としては歓迎できない事態です。


「…………………………あ」


 ふと、唐突に。

 ズキッと胸に突き刺さるようにして、返ってくる応答。

 時間差から逆算するまでもない。

 混乱しきった頭に、待ち望んだ情報が展開される。

 でも、困った。

 嫌だな。悪い予想が的中してしまいました。


「……ミレーゼ様達の居場所、わかりました」

「え、どうやって……?」

「ジャスティさん、その疑問は今更だから。それでルッコラ、ミレーゼ様達の居場所は?」


 怪訝な顔で此方を見てくるジャスティさんを余所に、ミモザが答えを求めてきます。

 ですが、本当に困った。

 こんなことを言って、信じてもらえるだろうか。


「…………ミモザ、国内の地図……なんて持っていませんよね」

「地図? それなら……あ、そこの壁にかかってるの、そうじゃない?」

「ナイスです、ミモザ」


 エキノの位置情報を、地図に照らし合わせて辿ってみると……

 ああ、ここだ。


「――フォルンアスク領。3人はどうやら、この土地のどこかにいるみたいです」

「「はあっ!!?」」


 2人分の、驚愕の声。

 無理もありません。

 ミレーゼ様達は、先程まで自分達と一緒にいた。

 だというのに。


 フォルンアスク領。

 王国の北に位置する、大樹林地方。

 そこは、王都から馬で3日はかかる北方の地。

 ほんの数十分目を離した内に、彼女達はそこに移動したということです。

 そんなことを言われても信じられなくって当然ですが……

 本当に、これは一体どうすれば良いんだろうね。



 →エキノが憑いている。

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