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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
偽装工作編
116/210

お兄様は無職ではありませんのよ、一応

 



 懐かしい、我が家。

 こんな形で帰ってこられる日が来ようとは、露とも思いませんでしたのに。

 隠し通路から屋敷内に潜入した、わたくし達。

 あまり長居は出来ませんが、この懐かしさはいつまでも居たいと思わせるのです。

 わたくしにも、クレイにも。


「ねぇしゃまぁ……」

「クレイ、懐かしいですわね。大好きな場所ですもの」

「うー……」


 この帰還が一時的なものであり、すぐに王宮へ戻らねばならないことは、クレイにもよく言い聞かせてあります。

 ですが言葉で聞かせられても、納得のできる物ではないのでしょう。

 クレイにとってもわたくしにとっても、この屋敷と領地の城こそが帰る場所。わたくし達の『我が家』なのですもの。

 もう帰ってくることはないと、言い聞かせたあの日。

 涙を見せたクレイは、今も泣きそうな顔をしています。

 ですが、涙を堪えてもいて。

 小さいような、大きいような成長。

 まざまざと弟が少しずつ大きくなっていく様を実感し、わたくしも胸が締め付けられるような心地でした……。


 でした、が。

 それはそれ、これはこれと先人も申しますし。

 目的を忘れて感傷に浸るほど、わたくしも愚かではないつもりです。

 確かに胸が苦しくもありますが……

 今は一刻を争う時。

 切り替えて参りましょう、切り替えて。


「ミレーゼ様って、8歳児とは思えない割切りの良さだよね」

「し……っ 聞こえるって」

「ミモザとルッコラには最も大変な場所をお任せしても良いですわよね?」

「そもそも僕等はアロイヒ様の筆跡知らないから!」

「2人だけにされても、捜索は(はかど)りませんから」

「そうですわね……兄の筆跡をこれと断定できるのは、わたくしとアンリと、ジャスティ様の3人でしょうか」

「クレイ様は?」

「……ルッコラ? 貴方、クレイの年齢をわかっていて? まだ3歳ですのよ。幼いクレイに、筆跡の違いなど分かりようもありませんわ」

「うわぁ8歳児が何か言ってる……」

「3人ですし、捜索場所を分けましょう」

「分ける、というと?」

「書類の管理されていそうな場所は、多くありません。特に入手したいのは兄の私信です。兄が書いた手紙等のありそうな場所といえば……兄の私室と執務室、それからお父様の書斎、後は書類保管庫でしょうか」

「執務室ってアロイヒ様、そんな部屋使わないんじゃ……?」

「信じ難いことですけれど……皆様、兄は文官ですのよ?」

「「……っ!!?」」

「ちなみに私は知っていたよ。不本意ながら、同じ王宮勤めだしね……」

「私も知っていました。一時的に、偽りの身とはいえエルレイク家に勤めていましたから」

「え、でも待とう? アロイヒ様だよね? あの放浪しまくりの」

「王宮にいない人間が、どうやって王宮勤めを……」


 ミモザとルッコラが不思議に思うのも無理はありません。

 わたくしもこの世の不条理を目にしたような気持でいっぱいです。

 ですが事実は事実。

 悲しいことですが、あれで兄は官位持ちですのよ。

 ……世の中、間違っていますわよね?

 到底、宮仕えなど不可能そうな人材ですのに。


「しかも文官って……武官の間違いじゃ」

「いいえ、間違いではなく文官ですわ。『雅楽の司』に勤める詩人を、武官と呼ぶ習慣があるとすれば話は別ですけれど」

「詩人!?」

「え、歌うの?」

「いえ、『歌う』というよりも『歌を詠む』方で……作詞作曲、特に作詞が主なお仕事ですの。この世の不条理ですわよね?」


 どう考えても何かを間違えているとしか思えませんが。

 わたくしのお兄様は、王宮の中でも芸術に関する諸般を司る『雅楽の司』に所属する文官……ということになっております。対外的に。


 昔から旅に親しむ性ですもの。

 方々を見て回り、国の風光明媚、四季折々の情景を目に焼き付けて歌を詠む癖が、兄にはありました。ええ、意外なことに。

 この癖だけは、先祖の血というところでしょうか。

 エルレイク家の者としても異質なところのある兄ですけれど、教養面や風雅を好むところだけは血ですわね。

 王立学校を卒業する前、卒業後の進路に御学友……身の回りの方々が、兄の進路をどうするかと頭を悩ませたそうです。

 兄には兄の道があると放り出すこともせず、どうせエルレイク家を継ぐのですから進路など……と見放すこともなく親身になって下さった御学友の皆様は、大変人の出来た方々だったのでしょう。


 王宮からは兄の並外れた武勲を理由に、武官にとのお誘いが多く寄せられていたそうです。ですが……規律に厳しい武官の務めは、自由過ぎる兄には不可能だと御学友の方々が判断致しました。

 だからこそ、兄の卒業後の進路に何が相応しいのかと、自分を後回しにして優秀な御学友の皆様が悩まれました。

 エラル様に、他の御学友方に……お兄様の為にどれだけ苦労なさって、どれだけ奔走されたのか…………情けない兄を持つ身として、頭の下がる思いです。

 張本人である兄は、全く気になさっていませんけれど!


 あれこれと兄の特技や性質を考えた末、最終的には兄の癖に目をつけたエラル様が教師に雅楽寮への推薦をお願いしたとか。

 推薦状に添付された兄の作詞した作品が秀逸だったとかで推薦が認められ、兄は雅楽の司への就職が決定致しましたの。

 ……あのような兄を受け入れると耳にしただけで、正気を疑ってしまいそうですけれど。宮仕えなど、性に合わないでしょうに。

 ですが雅楽の司も度量には並外れたもののある部署だったのでしょう。上司に恵まれた、と考えればよろしいのかしら。

 雅楽の司はむしろ兄の放浪癖を認め、方々を見て回ることで教養豊かな歌が作られるのなら……と放任してしまわれたのです。

 多分に芸術家肌な部署ならではの判断といえるでしょう。

 ええ、周囲には大変な迷惑行為ですけれど。

 兄にはノルマが課せられ、月に定められたテーマで、定められた量の楽曲を作成して雅楽の司まで送付すれば好きにしても良いという、とても傍迷惑にして型破りな雇用形態が適用されました。

 そうする他に兄の活用法が見つからなかったともいえます。

 世の中にはお優しい方が多すぎて……わたくし、胸が痛みますわ。

 

「兄は旅先からお父様当てによくお手紙を下さっていましたから……やはりお父様の文箱が最も可能性としては高いでしょうか」

「あとはあの阿h……失礼、アロイヒの部屋に書き損じ何かがあるかも知れないね?」

「書類保管庫は主に公文書を収める部屋だったので、私的な文書はむしろ少ないんじゃないでしょうか。お嬢様、ここは本命をお館様のお部屋に絞っては」

「そうですわね……そうしましょう。当主の部屋に他人を入れることは、本当は気が進まないのですけれど……」

「そう言っていられる段階は、もう過ぎたんじゃないかな。今は結構切羽詰ってると思うよ? あの『黒選歌集』、『始王祖』からの情報が確かなものであれば……」

「信じる、信じないに限らず……情報が真実であった時、何の対処も取っていなかった場合をこそ、恐ろしいと思うべきでしょうね。致し方ありません」


 得た情報が真実のモノであるという保証がないからこそ、情報が真実であった場合を想定して動かねばなりません。

 気がねなく捜索できる場所は、やはり兄の部屋の方でしょうが……

 やはり、エルレイク家当主の部屋に関わりのない方を立ち入らせることに僅かばかりの抵抗があります。

 既に、公的機関の捜査が入った後だったとしても。

 わたくしの目の前で、他人には荒らされたくありません。

 これは気持ちの問題なのです。


 兄の部屋に関しましては、荒らされたとて一向に気にならないのですけれど。


 ですが、程無くしてのことでした。


「……お嬢様ぁー……なんだか、変な穴が」

「あな?」


 お兄様の部屋あs……捜索を、ジャスティ様とルッコラにお任せし、わたくしはアンリとミモザを連れてお父様のお部屋を捜索しておりました。

 お父様の文箱に兄の手紙が入っているのは存じていましたが、肝心の文箱がどちらにあるのか……

 歴代当主の室を探していたところ、アンリが何かを見つけてしまったようです。


 場所は歴代当主が代々使用してきた寝室の、寝台。

 こちらも部屋に作りつけのモノとなっていますので、寝具を交換することは出来ても寝台自体はずっと古くから使用しているモノです。

 文箱を探していることは存じていますでしょうに……アンリは寝台の側近くにあるとでも思ったのでしょうか。

 少しばかり疑問もありますが、何かを見つけたというのでしたら一応は確認しておいた方がよろしいでしょう。

 穴という言葉の意味も、気になりますし。


「アンリ? 何を見つけたのかしら……」

「……これです」

「う? あにゃー?」


 クレイと2人、覗きこんだ場所には。

 …………何やら、どこかで見たような形状の、『穴』が。


「………………」


 わたくしは無言で、そっと首元に手をやりました。

 衣装の下、胸に下げた鎖を引き出します。

 ……金鎖の先には、まるで飾りの様に小さな。


 『始王祖』エルレイク人形の、ネジ。


「…………」

「あ、ぴったり」


 わたくしの手に持つネジが、何のネジかも知らず。

 アンリが零した何気ない呟きが、わたくしの進退を追い詰めるかのようです。

 取敢えず、ひとつ言わせて下さいませ。


 ――御先祖様ーっ!

 何を屋敷に仕込んでいらっしゃいますの!?


 『始王祖』のネジと同じ形状というだけで、不吉な予感しか致しません。


 何も見なかったことにして、存在ごと忘れ去ってしまいたい。

 わたくしは無駄なことと知りつつ、思わずにはいられませんでした。 






実は無職じゃなかった、アロイヒ……。

芸術家が多いので、自由行動に対しても大らか過ぎる問題部署。

ちなみにアロイヒのポジションは宮廷楽団……の、専任作曲家。

毎月、満月の夜にふくろうが新曲のかかれた楽譜を運んでくるの(メルヘン)。

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