なつかしの我が家を目指しましょう
懐かしき実家に潜入、と申しますと勘当されたドラ息子が金品の回収を目的に忍び込む……という状況を連想してしまいますが。
お兄様直筆の書を入手する為、わたくしは王都エルレイク屋敷へと侵入しなくてはなりません。
わたくしに侵入技術などはありませんが、『蛇の道は蛇』という言葉もありますし……『その道のプロ』と見込んで、実践の際には『青いランタン』か『黒歌衆』の何方かに手を貸していただこうと思います。適材適所という言葉は人材が活かされる状況で輝きますわね。
後はわたくしの行く手を阻む障害がどうにか出来ればよろしいのですけれど……。わたくしが屋敷へと侵入を果たす為には、現実的に大きな障害があるのです。
王宮に軟禁されているという、我が身の状況。
どうしたものかと途方に暮れていましたら、『始王祖』エルレイク様がお力を貸して下さると……良い手があると、仰いましたの。
摩訶不思議な生命体、『犬(?)』の尻尾を掴んで引きずりながら。
見てしまった光景のショッキング具合に、眩暈がしてしまったのですけれど……見てはいけないモノを見てしまった気がするのは、わたくしだけかしら。
いえ、きっと夢でも見たのでしょう。
疲れが目にきてしまったのかしら。
不思議生物を使ってどうなさるのですか、と。
明確に尋ねることも出来ないまま。
ただ『始王祖』様が手を貸す気になって下さったことが有難いことであることは確かです。
どうされるのかしら、どのような手を使われるのかしら、と。
少し不安に思う気持ちを封じ込めて、結果がわたくしにとって好ましいものであれば黙って享受しようと思います。
実際問題として何方かのお力添えを頂かないことにはどうしようもないのですもの。ここは有効的な手段を示していただけることを素直に喜びましょう。好意的に受け取っておく方が好都合というものです。
決意を固めて、直後。
わたくしは『始王祖』と『犬(?)』の組合せの得体の知れなさを実感することとなりました。
時間にして、30分もかかっていなかったことと思います。
四半刻に満たない短時間で、何をなさったのかは存じませんけれど……
目の前に、わたくしが。
鏡ではありません。
わたくしに瓜二つであり、同一の仕草や身体的特徴を有した、『もう1人のわたくし』がおりました。
「あ、あゅ? ねえしゃまがふちゃりー? ぼくのねえしゃまぁ……どっち?」
クレイが混乱して、おろおろとわたくしともう1人のわたくしの顔を見比べます。
ですが幾ら見比べても差異が見出せないのか、最早半泣き状態になりつつあります。わたくし自身、違いが見出せないのでクレイが動揺するのは無理もありません。
自分でも違いの見つけられないモノを「見抜け」などと酷な要求をするつもりはありませんが……少々複雑ですわね。
「これは一体……」
「使っても良いとのこと故。あの生命体を素材に調整した」
「アレを素材に何をどうやったらこうなんだよ!」
「っていうかこのミレーゼ様そっくりの、なに!?」
わたくしやクレイだけでなく、居合わせた皆様が発狂しそうなお顔で『用意されたミレーゼ?』に騒ぎ立てております。
気持はわからなくもありません。
ですがわたくしは……これは、悟りの境地と申しましょうか。
「つまり、エルレイク様はこのわたくしに良く似た謎の生命体を『替え玉』にせよと、そう仰りたいのですわね?」
「然り」
「そう……ここまでよく似ていますと、確かに少々の違和感ですら誤魔化せそうですわね。偽物とは思えない完成度です」
「ミレーゼさぁんっ!? なに平然と話進めちゃってんの!?」
「まあ、わたくしが平然としているように見えまして?」
「見えるから言ってるんだけど!」
「心外ですわね……ただわたくしは、使える物は有効活用するべきではないかしら?と。そう考えた次第ですのよ。とても役に立ちそうなモノを進呈されては、謹んで使わせていただくのが礼儀ではないかしら? そう、細かいことには目を瞑って」
「そこはちっとも細かくねーだろ!!」
ですが、考えてもみて下さい。
『犬(?)』と、『犬(?)』を凌駕する存在であるらしき『始王祖』。
彼らが揃えば、何が起きても不思議ではない気がするのです。
疑問に蓋をして、あるがまま享受すべきなのでしょう。
受け入れて奇異な面に目を瞑った方が精神衛生上、負担が少ないのではないかと思い至りました。
割切りって大事ですわね。
わたくしはこうしてまた1つ、大人になっていくのでしょう。
未だ納得できないでいる、『青いランタン』の方々を置き去りにして。
わたくしの『替え玉』は言葉を喋ることが出来ないという不具合を抱えておりました。
ですがそれはそれ、夜の間に入れ替わっていただくことを中心に予定立てているので、然程の問題にはなりません。
王妃様とて、結局はお忙しい立場らしく、軟禁されてより1度も言葉を交わしていません。これからも直ぐ様に尋ねてこられるということはないでしょう。
本来、王族の方々は先々までも過密なスケジュールに支配され、公人として配された仕事をこなしていかなければならないのですもの。
物の数に数えられていない、第5王子殿下は除いて。
先の先まで予定が決まっているのでしたら、そう易々とは会いに来られませんわよね?
王妃様さえ誤魔化せれば、後は容易い問題です。
わたくしの意思を尊重し、1歩引いた態度で接して下さる侍女や女官くらいしか言葉を交わせる距離にはおりませんもの。
対してわたくしは、未だ実親を失ったばかりの幼女。
……少々部屋に籠って言葉なく泣き暮らしても、大目に見ていただける立場ですわよね?
大雑把で穴の多い作戦ですけれど、『そういうこと』で押し通すことになりました。
わたくしは『替え玉』が他の方々の注意を引いて下さっている間に家探しです。
付き添いは、『青いランタン』から代表として臨機応変性に優れたミモザとルッコラのお2人。
兄とは元同級生という間柄から筆跡を知っており、『黒歌衆』の1人として関わりのあるジャスティ様。
加えて一時期は我が家に仕え、少なからずお兄様の筆跡を目にしたことのあるアンリを加えております。
「こ、此処が悪m……じゃなかった、『エルレイク家』の巣くt……根城」
「ミモザ、色々と残念で仕方ありませんけれど……誤魔化し切れておりませんわよ」
何故か一様に気の進まない顔をされているのですけれど……
何やら失礼な誤解を受けている気がするのは、わたくしの盛大な誤解なのでしょうか。
「正面切って堂々と行くのは色々と不都合ですね。何より、本来この場にいる筈のない『ミレーゼ・エルレイク』を見咎められるような事態は避けたい……ミレーゼ様、かつての住人として何か目立たない侵入経路にお心当たりは?」
「不本意ですけれど……我が家の緊急脱出用、秘密の出入り口を教えて差し上げますわ」
「流石、エルレイク家。秘密の出入り口とか頭おかしいね」
「失礼な……この程度の仕掛け、貴族家であれば当然の備えですわ」
「マジで? え、マジで当然なの?」
「そうだね。世の中には多く恨みを買い、身に覚えのない妬みで被害を受ける家も多い。秘密の通用口程度や仕掛け扉、隠し部屋程度なら珍しくはない……と思うね」
貴族の事情にも精通しているジャスティ様の後押しを受けて、わたくしは当然の備えとする主張を正々堂々と掲げました。
どこか釈然としない彼らの表情が、少々引っ掛かりましたが。
わたくしはひとまず目的を果たしてから抗議するなり謝罪を求めるなりの行動を取ろうと、今は本来の目的に集中することとしました。
本来、秘密の出入り口はそれこそ家人以外に告げる物ではありませんが……今は、非常時。
後々になって屋敷が戻ってきた際に塞ぐなり何なり対策を立てることに致しましょう。
今はより重大事を控えている身ですもの。
形振り構っていられるような余裕はございません。
「さあ、クレイ。貴方は秘密のドアの場所を覚えていて?」
「あい!」
わたくしが促すと、クレイはご機嫌な様子で元気に手を上げて下さいました。
懐かしの我が家を前にして、気分が高揚しているようです。
……この屋敷を後にした時のことを思えば、無理もありませんわね。
あの時は、本当に辛い気持ちを味わいましたもの。
まさかこうして、忍び込む為に戻ってくることになろうとは思いもよりませんでした。
もう2度と、この屋敷に足を踏み入れることはないだろうと覚悟していましたもの。
運命とは不思議なもの。
人生とは思いもかけず、奇妙な道筋をたどるものですのね。
そうして、わたくし達は。
屋敷の裏手にある川を遡った地点にある林の中の、古めかしい祠から地下道へと足を踏み入れ……
1時間ほど地下迷路を歩いた後、我が懐かしのエルレイク邸内部へと到達致しましたの。
「……これ、出入り口の場所知っても絶対に使えないって」
「ミレーゼ様は塞がないと……とか言ってたが、必要ないと思う」
「「あんな性格の悪そうな迷路、案内なしに踏破出来る自信はない」」
「ふふ……君達、こりごりという顔だね」
「ジャスティだってそう思ってるんじゃない?」
「………………否定はしないよ?」
「ミレーゼ様、よくあんな性悪な道筋を暗記出来るよね」
「あの人の頭って、どんな構造してるんだろ」
「少なくとも、僕達とは構造が違いそうだけれど」
「何にしても思うけれど……あの迷路を設計した古のエルレイク家の方は……」
「…………あたま、おかしいよね」
……何やら頭を突き付け合わせて。
同行して下さった方々が何事かひそひそと言い合っているようですけれど。
一体何を仰っているのか……
後で是非、ゆ……っくりとお聞かせいただきたいものですわ。




