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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
偽装工作編
114/210

格の違いを目にすることになるとは思ってもみませんでしたわ




 先に進める為、お兄様の手紙を偽造しようと決意したわたくしは、思いがけぬ方に道を阻まれてしまったようです。

 エラル・ブランシェイド様。

 よもやわたくしの窮地を救って下さったあの方が、今となってわたくしの前に立塞がろうとは……


「……ですのでエラル様の目を騙しきる為に、兄の文字を真似るに詳細な資料を探そうと思います」

「そこで懐柔するって方法もあんだろーに、『味方に引き入れる』じゃなくって『騙しきる』方を選択すっとはな」

「色々と追及されては困りますもの。エラル様は、ご自分が納得できないことは延々と謎を追いかける方の様に思えますわ」

「ああ、そこはわからないでもないね」

「けどよ、資料ってどうするつもりだよ」

「心当たりは、ありますの」

「「「?」」」


 兄の文字を真似る。

 何より必要なのは、文字を模倣する為の手本……ですわよね。

 ですから、目指すべきは確実に兄の筆跡による書類が残された場所。

 …………わたくしにとっては懐かしくも心の痛くなる場所でもありますけれど。


 要はどういうことかと申しますと。

 1度は売却しようと差し押さえられ、奪われたもの。

 今では捜査の為にと、王家に押さえられてしまった場所。


 我がエルレイク家の、王都屋敷に潜入……! ですわ!


 懐かしの我が家に忍び込むという、胸中を複雑な痛みが襲う行為に手を染めねばなりません。

 実行すれば何某かの前科が付きそうな気もします。

 ですが、後々にはエルレイク家に返還する為、王家に回収された場所でもあります。

 でしたら、エルレイク家の者であるわたくしが足を踏み入れても……何ら不都合はありませんわよね?

 例え何か問題があったとしても後で帳尻合わせをするなり、忍び込んだ事実を隠し通すなりの対処で問題が表出しなければ何も問題はないのではないかしら?

 ええ、要は露見しなければ良いのです。


 確かに兄の筆跡か否か、判断するにはわたくしが忍び込む必要があります。

 文書の回収をする上で、問題は1つ。

 ……王宮に軟禁されているという、わたくし達の立場です。

 流石にすんなりと王宮から出していただけるとは思えませんし……だからと申しまして、勝手に飛び出すのも問題ですわよね。


「……ただ実家に行くだけでしょ? それならミレーゼ様の家なんだし、申請したら通りそうなものじゃないの」

「フィニア、それじゃあ屋敷の出入りに際して身体調査を受けなくちゃいけないんだよ。だって御屋敷は、エルレイク家に起きた諸問題を調査する為に王宮が抑えてるんだから」

「証拠品の出入りを管理するのは、捜査の基本だよね? 未だミレーゼ様のお家が没落した問題は闇に包まれてるから……それはもう、ごっつい闇に」

「事件の全貌が解明されない限り、文書の持ち出しは不可能じゃない?」

「少なくとも正式な手続きを書面に残して、持ち出した物品や用途に関する調書は取られる……かな?」

「……そして、そんな諸々の手続き申請を真っ当にこなすのが面倒になったんだね。ミレーゼ様」

「わたくし、面倒を厭うほど短気ではありませんわ。ただ記録に残されては後々に何か別の問題が生じる気が致しましたので、忍び込む事実を『なかったこと』にしてしまおうと考えましたの」

「充分に短気だよね、ミレーゼ様!」


 何はともあれ、やはりわたくしが直接行く必要があると思うのですけれど……どうしたものでしょうか。

 騒がしい外野のお声を聞き流しながら思案に暮れていましたら、アレが突如現れました。


「にゃー」


 ……あら、計ったようなタイミングと言うべきでしょうか。

 丁度いい頃合いで、不可能を可能にする一助がやってきたような気が致します。


「あーっ わんわん! ねえしゃま、わんわーんっ!」

「ふふ……クレイ、アレは『犬(?)』であって犬ではありませんのよ?」

「あぅー?」


 天井から、ひょっこりと。

 逆さに顔を突き出して現れたのは、きつn……いえ、『犬(?)』でした。

 次いで、『犬(?)』よりも大きなものも顔を出します。

 黒い毛並みは……


「まあ、ルッコラ! どこから顔を出していますの?」

「こんばんは、ミレーゼ様。ピート、ミモザ、お届物に来たよ」

「お前……マジでどっから顔出してんだよ」

「あらぁん……格好良い新顔ちゃんね❤ でも此処、地下なのよぉ? 天井裏なんざ無いはずだ……」

「アンドレ、アンドレ。素に戻ってるよ」

「……ハッ やだぁん☆ アタシったら❤」

「「「………………」」」

「ねえしゃまぁ……ばけものこわいぃ」

「く、クレイ、姉様も怖いわ……」


 本当に恐ろしかったのでしょう。

 わたくしにひしとしがみ付くクレイは、涙目です。

 ……いつもよりも言葉が若干流暢だったのも、恐怖故でしょうか。

 『ばけもの』、『こわい』という発語をここ数日で何度も繰り返す内に、どうやらマスターしつつあるようです。

 発音を習得してしまうほど、使用頻度が高かったという事実に胸が痛みます。

 人懐っこく物怖じしないクレイですが……初体面時の恐怖が効いたのか、未だ大男(アンドレ)に対しては越えられない心の壁があるようです。

 わたくしもあまり得意ではない……いえむしろ、あの大男は苦手ですけれど。


「てめぇ、ルッコラ。天井裏なんざねぇのにどうやってそんな場所に入った」

「掘った」

「はあ!?」

「簡単です。犬達に掘ってもらいましたから。王宮の壁の中や床下や天井裏を通れるよう、秘密の通用口をね」

「お、おま……っ何やってんだよ!? 王宮が崩落起こしたらどうする!」

「大丈夫です、そこは事故など起きぬよう……掘削ルートは犬達の勘に任せましたから」

「全然安心できねぇ!?」

「あ、あらぁん……あのわんちゃん? 穴掘りがお上手なのねぇん…………自分の墓穴も上手に惚れるかしらぁん?」

「アンドレ、落ち着け。相手は子供だから」

「子供でも、やって良いことと悪いことが判別できるお年頃よねぇん?」

「ああ、そこはご安心を。僕は所詮孤児のストリート育ちなので……善悪の区別に始まり、一般常識には疎い方ですから」


 堂々と言い放ったルッコラは、何でもないことのようにしれっとしています。

 あの大男を前に、鋼の心臓ですわね?

 あんな物体Xを前にして、ぎょっとせずにいられるのですから。


「それより、お届物があるので其方に降りても?」

「そんなとこから首出してる時点で今更だろ……」

「では」

 

 くるり、しゅたっという音が聞こえそうな身のこなしで、ルッコラは天井から室内へと降り立ちました。

 追従するように、『犬(?)』達がわらわらと……

 ああ、あんなに連れて……!


 室内には小型の毛玉がわらわらと現れました。

 クレイが目を輝かせているのですけれど、初めて見る『犬(?)種』もいましたので……得体のしれないモノに、近寄らせる訳には参りません。


「ねえしゃま、ねえしゃまー? わんわん、わんわん!」

「ええ、うふふ……クレイ? 貴方を抱きしめるこの腕は離しませんわよ?」


 今ばかりは恨まれても構わない。

 クレイを離してなるものかと思ったわたくしは、何か間違っているでしょうか?


 ころころ、ふさふさ、にゃーにゃー。

 絶対に何かが間違っている生命体達は興味津津の様子でそこらの匂いを嗅いで回っております。

 こういうところは、確かにイヌ科(?)に見えますわね。

 やがて室内を嗅いで回っていた『犬(?)』の1体が、得体の知れなさでは互角以上とも言える物体に接近致しました。

 『始王祖』エルレイク様。

 これほどに得体の知れない生物同士。

 彼らの接近に、わたくしは我知らず緊迫の息を呑みました。


「――ふぅん?」


 眩い虹色の瞳を眇めて、『始王祖』が平坦な眼差しを『犬(?)』に注ぎます。

 瞬間、確かに。

 『犬(?)』が怯んだかのように、びくっと身を震わせて後方に小さく跳び退りました。

 …………え?


「……え?」

「うそ……」

「マジで?」


 わたくしと同じように、いつしか注目していたらしい他の方々も息を呑まれます。

 純粋な驚愕が、全員にありました。


「アレのあんな反応、初めて見た……」


 信じられないのか、茫然としたピートの声が印象的です。

 そうですか、初めてなのですか……

 造り主であるルッコラですら、興味深げに観察の目をしています。

 彼にとっても、もしや初めての反応なのでしょうか。

 『犬(?)』が、怯むなど。


 まさかそんな、『始王祖』とはそこまで大物ですの……?


 情報として聞かされてはいても、実感のなかった事実。

 それが(にわ)かに……真実味を持ってきたような。

 

 固唾を呑むわたくし達がどう思っているのかなど、我関せず。

 『始王祖』様はおもむろに手を伸ばし……無造作に『犬(?)』の1匹を掴みあげました。

 ああ、あんな乱暴に……!

 超小型サイズの『犬(?)』は、全長15cm程のお人形でも掴もうと思えば掴みあげられる大きさで。

 両手を使って持ち上げた『始王祖』様は、ますますじっくりと『犬(?)』を眺めております。

 やはり、平坦な眼差しで。

 一方で『犬(?)』の方は、慌てたようにわたわたと細い四足をばたつかせておりました。


「きゅ、きゅぅ~……」

「暫し待て。もう少し……」

「きゅーん、きゅーん」


 い、『犬(?)』が……『犬(?)』が鳴いていますわ! 哀れっぽく!

 これもまた、初めて見る反応ですわね……

 誰に持ち上げられようと、掴まれようと。

 泰然自若という言葉が思い浮かぶほど、今までは平然としていましたのに。

 相手が『始王祖』様ですと、何か不都合があるのでしょうか。


「……ふぅん、珍しい。人の手で創られたモノか」


 ぽつりと、呟き置かれて。

 人形の身とほぼ同程度の大きさの、『犬(?)』を矯めつ眇めつ眺め回した後、『始王祖』は『犬(?)』を解放しました。

 途端、脱兎の如く飛び跳ね、風のような速さでルッコラの背後に逃げ隠れる『犬(?)』……

 よくよく見てみますと、他の『犬(?)』達もいつの間にか全てルッコラの背後に隠れてしまっておりました。

 きゅうきゅうと鳴きながら、震える尻尾や耳、頭がはみ出しております。

 あ、あの珍妙な不思議生物があのような姿を見せるなんて……!!

 『黒選歌集』の言葉は、確かだったのでしょう。

 驚きの目で、わたくしは『始王祖』を見て……見たことを、後悔しました。



 あの人形が、無機質な顔に妖艶な笑みを浮かべていたのですから。


 人形ですのに、表情を変えることが出来たのですね……。



「あ、あの……? どう致しましたの、エルレイク様」

「ミレーゼ、あの生命体は使っても良いモノか?」


 躊躇いなく、『始王祖』が指を差し。

 ルッコラの背に隠れた不思議生命体の尾が、びくりと震えました。

 飼い主はこの事態をどう受け止めているのかとルッコラに目をやると……ああ、悟ったような目をしておいでですわね。

 わたくしは1つ頷き、『始王祖』の疑問にお答えしました。


「はい、どうぞ?」


 瞬間。

 ぶわっと全身の毛を逆立たせ、抗議の視線を送ってきた摩訶不思議生物に、わたくしは全力で気付かないふりを致しました。

 総毛立つとは、こういうことを言うのですわね……いえ、わたくしは何もみておりません。

 ええ、わたくし、何も見ておりませんわ。






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