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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
黒歌鳥の巣編
112/210

残念な気持ちは胸の奥から湧き上がるものです

最近ミレーゼ様が大人しいと言うか、振り回され気味というか。

このまま萎れてしまわないよう、これからじわじわ元のペースを取り戻して……いきたいなぁと思っている所存。



 そもそもの、始まり。

 わたくし達の生きる王国は、建国時はもっとこじんまりとした……今よりもずっと狭い領土の上に根ざした王国だったそうです。

 当時の国境線、5つの方向を守護するのは『始王祖』より使わされた精霊。

 王国を作り上げた方々は、大陸でも迫害を受けた民だったのだそうです。

 今では歴史から事実の抹消が行われたのか、迫害を受けていたなど初耳ですけれど。

 『黒選歌集』はわたくし達よりも古い時代を生きた御先祖様の知識と残留思念から成り立っている書。

 わたくし達の知らない古の時代について詳しくとも、不思議ではありません。

 

 迫害を受けていた民が、いきなり建国を成した。

 今まで他国が手を出せずにいた……精霊の支配下にあった、肥沃な大地に。

 当然ながら、欲深い他国の支配階級にいる者達は王国への侵略を企てたそうです。

 ですが王国があるのは精霊の土地。

 精霊に譲り受けたとはいえ、精霊の支配による影響力はなお色濃く残っていました。

 ……わたくし達の暮らす、今の時代は殆ど皆無だそうですけれど。

 我が国の祖は、精霊の守護を強化することで侵略を阻むことを選びました。迫害を受け、漂浪の果てにようやっと安息の地を見つけたばかりの人々ですから、そもそもの地力や国力の違いを見れば侵略されれば抵抗も虚しく蹂躙されるのは火を見るより明らかでしたもの。

 だからこそ、精霊の力を借りて……王国の領土に敵対兵力が入り込めないようにしたのだと。

 守護する要は5つの精霊。

 北方の大樹、北西の火山、南西の奇岩、南東の鉱脈、北東の湖沼。

 それぞれの自然に宿る、精霊達。

 『始王祖』が滅びない限り……今でもなお、王国を守っているのだそうです。


 だからこそ、御先祖様も『始王祖』を封じ込める(・・・・・)に留め、消滅させなかったのかもしれません。

 『始王祖』エルレイクが消えれば、5つの精霊との契約も終了してしまいますものね。

 折角人知の及ばない契約がありますのに……祖国の護りを自ら削る方は早々いらっしゃらないのではないかしら。

 余程、国家に対する反逆心をお持ちでもない限り。


 ……あら? ですが御先祖様達は王家への反逆を……『革命』という形で旧王朝を打破致しましたけれど、国家自体は維持していますし…………勘繰り過ぎるのもよくありませんわね。



 さて、ですが疑問があります。

 ……わたくしの記憶が確かであれば、今までの王国史に戦争の記録が数々残っているのですけれど。

 

【精霊が守っているのは、かつての(・・・・)国境線。即ち王国初期の領土内。つまりは?】

「……王国が発展する過程で新たに得た領土は、範囲に含まれない……ということ、ですわね」

【その通り。精霊は契約範囲外や臨機応変の求められる領域には弱い。契約を書き変えない限りは、最初に交わした約束に固執する】

「ああ……新しく得た国土は、そもそも『王国の領土』と認識していないということですのね。精霊の認識では『守るべき領土外』のことなので戦争であれ、小競り合いであれ好きにすれば良い、と」

【そう、放置。精霊達にとっては関知する必要のないこと。だが契約自体は生きている】

「……王国の歴史の中で増えた領土はともかく、建国時の領土内に関しては守護が有効……即ち、最低限、王国が滅ばない程度の防衛機能にはなる……ということでしょうか」


 絶対に滅ばない国……いえ、他国には滅ぼされない国、の成立です。

 ……『始王祖』様も、途方もない契約を結ばれましたわね。

 ここまで人の手でどうしようもない防衛ラインも稀有ではないかしら。

 ですが。


「…………御先祖様や『英雄王』陛下が旧王家を滅ぼすことが出来たのは、領土内の出来事。即ち内乱だったからでしょうか? 精霊が領土の外側へのみ警戒を向けていた、ということですの?」

【ん? いや、当時は既に王国の領土も広がっていたので、革命軍発祥の地は思いっきり初期領土外だった】

「!? え、ど、どうやって革命を成立させましたの……記録が正しいのでしたら、確か挙兵して王都まで次々に派遣された軍隊を撃破していった……という胸の躍るような快進撃が!?」

【そこはサージェスの手腕で、こう……精霊共を黙らs……いや、いやいや交渉の末に黙認してもらったのだよ? 皆、王国の未来の為と快く通してくれたとも。精霊が相手でも真心というものは通じるものだね】

「御先祖様、本当に何をなさってますの……」

「……もうなんかエルレイク家の開祖もバケモノじゃね?」

「ミレーゼ様の御先祖さまって、激しく何者なんだろうねー」


 『黒選歌集』の話を聞けば聞くほど、アダの取り巻かれている状況が危うい物に思えて仕方がありません。

 これは……どこまでが盗掘・密売犯の思惑の及ぶ範囲なのでしょうか。

 ここまで危うい符号が揃ってしまうと、よもや全てが誰かの陰謀なのではないかと思えてきてしまうのです。

 

「『黒選歌集』……御先祖様、何か打つ手はありませんの?」

【私にできることは少ない。本の身なれば、情報を集める手段も手足もない。だが言えることが、ひとつ】

「それは……?」


【恐らく『始王祖』がしゃっきりすれば、密売されて散り散りになったアダマンタイトの金属片それぞれが何処にあるのか、所在についてかなり正確な位置情報が割り出せるが】


「それを早く仰って下さいませ……!!」


 ああ、何でしょうか。

 この振り回されているとしか考えられない一連の状況は。

 ……後で、クレイにクレヨンを渡して言って差し上げましょう。

 さ、お絵描き帳ですよ……と、『黒選歌集』を手渡しながら。

 新な言葉が刻まれる度、前に浮き出た文字の消えていく謎の本ですもの。

 落書きをされたとしても、取り返しのつく範囲ですわよね。


「では、まずはこのぼんやりしたお人形様をすっきり目覚めさせなければなりませんのね」

「どうするよ。こいつの中身ってヤバいって話じゃねぇか」

「慎重な扱いを求められる気は致しますが……」

「下手したら攻撃対象に認定されて、目からレーザーとか出たら怖いよね」

「洒落になりませんわよ、ミモザ」

「あれぇ!? ミレーゼ様から否定されなかったよ!?」

「っつうことは、マジで有り得るってことか……」

 

 いえ、わたくしにも判断は出来ませんけれど。

 慎重に慎重を重ねて過ぎるということはないのでしょうけれど。

 ですけれど。


「……今は一刻を争うほど、時間が惜しい気持ちですのよ」

「おま、さっき先祖に焦っても仕方ねぇから時機を待てって言われてなかったか?」

「ピート……わたくしが、周囲の都合に合わせて譲歩する必要がどこにありますの?」

「心底不思議そうにえらく碌でもねぇこと言い出しやがった!」

「考えてみずとも、わたくしは未だ8歳……周囲の都合に合わせられる年齢ではありませんもの。むしろ、周囲が子供(わたくし)に合わせて(しか)るべき年齢ですわ」

「そんな発想してる時点でどう考えても確信犯だろ!?」

「我慢を強いられたとしても、易々と応じられないのが子供というもの……活路が見えましたのに、何を遠慮する必要が?」

「おいおいおーい……予期せぬ方向に被害が拡散しそうなこと言いだしたぞ、こいつ」


 わたくし自身は、自分の口にした内容に深く納得がいっているのですけれど。

 ピートは違うのでしょうか。

 子供とは、他者の都合に左右されない存在ですわよね?

 わたくしの認識は何か間違っているのでしょうか。


「御先祖様、このお寝坊なお人形様をお起こしするのに有効な方法を御存知でいらして?」

【恐らく外界への情報遮断状態から復帰したばかりで、獲得していた情報と新たな情報、そしてそれを繋ぐ精神の接続が上手くいっていないのだろう。即応して答えられる方法は幾つかあるが……最も手っ取り早いのは、やはり外的刺激によるショック療法じゃないだろうか】

「って、こぉら答えんなよガラクタ本―っ!!」


 ショック療法……ショック療法、ですわね。


「このお人形の身体で、五感に準ずる感覚等はあるのでしょうか」

【ある】

「そうですの……では、痛覚は?」

【まあ、あるのでは…………ないか?】

「それだけ聞ければ十分ですわ」

「何が!? なにがだ、おい!」

「まずは地図を広げましょう。それから……『始王祖』エルレイク様を、お茶に沈めますわよ」

「いきなり思い切り過ぎだろ、お前……取り返しのつかないことになったらどうすんだ」

「わたくしは弟を連れて退避致します。……ええ、幼いわたくしやクレイに出来ることなど幾らもありはしないでしょうから」

「やるだけやって丸投げか、こら」


 口では色々と言いますけれど。

 一応、人形のネジを確保という形で預からせて頂いている身です。

 これで『始王祖』が望む望まざるに関わらず、わたくしに従うと言うのでしたら……ティーポットに沈めるくらい、大丈夫ですわよね?







 実行してみました。



 するとお人形のとろんとした目が……カッと開かれましたの。

 不思議な色合いの瞳が、非難の色に染まっておりました。


「やり方が手緩い……!! 人形の身体を茶になど沈めてどうするのだ、お主達。何の意味も成さぬ行為ではないか」

「いきなり駄目出ししてきたぞ、この人形―!?」

「わかり易くビンタでもすれば此方としても応じようもあるものというのに……このような微妙な責め苦では、此方の方が反応に困る」

「ビンタされたかったってのか、おい!?」

「どうせこの身体は殴られて破損するということもない。明確な態度を示された方が此方としても望まれた対応を察することが可能となる。ただそれだけのこと」

「それだけって意味わかんねーよ!!」


 ……何と言いましょうか。

 王国の歴史を拓いた、稀なる精霊。

 今なお国家鎮護の要となる、重要な存在。

 『始王祖』エルレイク様は……どう言ったものでしょうか、大変、その……柔軟な方のようでした。


 こ、これが王国を築いた、稀なる精霊……。

 どことなく残念な心地がしたのは、気のせいでしょうか。






『始王祖エルレイク』

 この世とかあの世とか、物質とか非物質とか時間とか精神とかの境界があやふやだった時代に発生した精霊の末裔。

 かなり原初精霊の原型に近く、境界が引かれる前の存在に由来するからこそ、精神生命体であるはずの精霊の癖に肉体を有していた。

 混然とした時代を起源とするので、精霊としては特にこれといって司っているモノもない。

 何の精霊かと聞かれたら、『古の精霊』という答えが近いだろうか。

 一言で纏めると、トリックスター的な精霊。

 何の縁もゆかりもない状態でお願い事をするにはかなりリスキーな存在。

 その賭けに勝っちゃったのが、旧王朝の祖。




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