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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
黒歌鳥の巣編
110/210

親近感の有無を左右するほどに名前は重要ですわよね




 精霊石、もしくは精霊玉と呼ばれるモノ。

 この世で最も珍しく、尊い石。

 天然自然の鉱石などではなく、伝説の存在。


 ――精霊の、核の様なもの。


 1つの精霊につき、1つを有する。

 砕けてしまえば、主たる精霊も消滅してしまう。

 ですが傷を付けることなく保有すれば……主たる精霊の偉大な力を自在に、意のままにすることができるのだと。

 故に、個々の精霊それぞれが後生大事に隠し通すもの。

 人間がそれを手に入れることは、それこそ伝説の中に伝承を遺すほどに稀なこと。

 精霊と近しいとされた旧王国時代の王族でさえも、手に入れることは叶わなかったと言い伝えられております。


 伝承の中に追い求められる程に、稀な宝玉。

 形状はそれぞれの精霊が司る物質が閉じ込められた水晶のように見えるのだと聞いたことがあります。

 炎の精霊であれば揺らめく炎の閉じ込められた結晶石。

 花の精霊であれば咲き誇る花が封じ込められた結晶石。

 精霊の位階によって外殻に当たる結晶の純度は変わり、最低位にある精霊のモノは透明度が低すぎて路傍の石のように見えるのだと。

 ですが最高位に位置する精霊のモノはそれこそ透明に光り輝き、どんな宝玉にも負けない美しさを誇り、『石』ではなく『玉』と呼ばれるのだと。

 ……どこから得てきた情報か、兄がそう申しておりました。

 それはもう、まさにどこかで見てきたことがあるかのように詳細な情報を臨場感たっぷりの口調で教えて下さいましたわ。

 どこでそのような情報を得てきたのか……尋ねなかった数年前のわたくしは賢い選択をしたのではないでしょうか。


 『黒選歌集』は仰いました。

 目の前のお人形……始王祖の目に封じられているのは、『精霊玉』だと。

 伝説級のとんでもない代物が、何故ここにありますの?

 玉とは言えない精霊石の小粒なモノでさえ、巨万の富を投げうっても手に入らないような希少過ぎるほど希少な物。

 求めて手に入るものではありません。

 ですのに、『玉』だなどと……

 困惑するわたくしを前に、人形が動きました。


 自律的に、自ら。

 誰の手にも触れられることなく。


「ほ、本格的に動き出しましたわ……!」

「ねえしゃま、おにんぎょうしゃん! うごいちゃよー」

「クレイ、これは決して楽しい光景ではありませんのよ……? 絵本の中の様なメルヘンな光景とは一線を画しておりますからね!?」

「うゆー?」


 お人形が動きだしたことで、弟は大喜びです。

 ですがそれ以外の皆様は……わたくしも含め、戦慄しておりました。

 人形が自ら動きだすなど、決して心愉しい光景ではありませんわよね?

 目の前のお人形が愛らしい造形をしているだけに、尚一層シュールな怪奇現象としか見なすことが出来ません。

 男の子を模した姿の、愛らしいお人形ですのに。


 じっと。

 未だにわたくしのことを、精霊玉だという両の眼で見据え。


「き、気のせいじゃなけりゃミレーゼ! お前、ターゲットにロックされてねぇか!?」

「わ、わたくしの気のせいだと何方か仰って下さいませ!」


 最早、わたくし達は混沌の極致に追い込まれておりました。

 正直に申しまして、動じるなという方が無理だと思います。

 傍から見た時には過剰に思えるかもしれませんが……わたくし達には、動揺を抑えることも出来ない衝撃でしたの。

 

「――うるさい」


 微かに聞こえた声は、聞き覚えのない声でした。

 ですが、何故でしょうか……

 すっと身の内に入り込む様な、無視の出来ない声です。

 わたくし自身でもどうしようもない程に心は乱れておりましたのに……声が聞こえた途端に、胸の内がすっと静まるのを感じました。

 そればかりか、無条件に『声の意を汲まねば』と思ってしまったのです。

 わたくしは自分で自身の心の作用が信じられず……身体を強張らせました。

 そうして、わたくしだけではなく。

 他の皆々様も、同じ作用を受けていたようです。


 しんと静まりかえる中。

 わたくし達の視線を釘付けにしたまま、お人形は……気怠げと表現してしまいたくなるような表情で、わたくし達を見ています。

 人形に見られるという表現が、何とも違和を感じさせるのですけれど。

 ですが、確かに見られていたのです。

 お人形の目の奥。

 わたくしは人形にはない筈の……『呆れ』とも言うべき感情を見出しました。

 情動を有した、眼差し。

 このお人形は確かにただの人形ではなく、意思と人格を有している。

 正体が何なのか、わたくしには理解しづらいのですけれど。

 『黒選歌集』の言葉を信じるのであれば、『始王祖』と呼ばれる何者か、がお人形の中に封じられていらっしゃるのでしょうか。

 ではお人形が見せる確かな表情の動きは、『始王祖』のもの……?

 

 色々と思案させて下さいますわね。

 ですがわたくしは、このような思案など望んではいませんでしたのに。

 先程から気にするまい、気にするまいとしていたのですが……

 気のせいでなければ、ピート。

 貴方、先程からわたくしの脇を肘で突いていらっしゃいますわよね?

 ちらりと目をやれば、目線で「お前が行け」と言わんばかりの仕草。

 ピート……淑女を前面に押し出そうなど、殿方にあるまじき行為ですわよ!

 わたくしは突いてくるピートの肘を掴み、「貴方こそ行かれては?」と目線で促してみました。

 わたくしの視線に嫌そうな顔をして、ピートが顔を逸らしてしまいます。

 ……完全に、わたくしを庇う気はゼロですわね。

 殿方として、褒められた態度ではありません。

 わたくしの眼差しには、自然と険が籠ってしまいます。


 ですが、このように注意をピートへ逸らすべきではありませんでした。


「おにーんぎょぅしゃん!」

「く、クレイー!?」


 ぴょん、と。

 わたくしの小脇から、ぴょん、と。

 クレイが、前に出てしまいました。

 わたくしの顔から血の気が引いていくのがわかります。

 存外、クレイはすばしっこい子です。

 機敏な動作は未来の紳士として頼もしい限りではありますが……今この場では、可能でしたら発揮してほしくはありませんでしたわ!

 

 怖気づくということを、この子は知らないのでしょうか。

 わたくしの弟は、とても豪胆な子のようです。

 わたくしが止めるのも間に合わず、クレイはお人形にちょこちょこと近寄ると、両手でお人形を抱え上げてしまいました。

 クレイ、なんてことを……!

 

「おにんぎょうしゃん、にんぎょうしゃん」

「なんだ、幼子」

「わぁ! ねえしゃまー、このおにんぎょうしゃん、しゃべっちゃよー!」

「く、クレイ……っそのお人形は呪われているに違いありません。そっと、そうっと卓に戻してわたくしの後ろに!」


 お、お人形が喋りましたわ……!

 必死に目を逸らしていた現実を、クレイはあっさりと認めてしまいました。

 そうして、わたくしに突き付けてきますのね……っ!

 弟に先を示す姉としても、弟を守るべき姉としても、そのような態度に出られてはわたくしも認めずにはいられないではありませんか。

 いいえ、それよりも。

 クレイがお人形と至近距離にいすぎます。

 このような事態と相成っては、わたくしの身で以て弟を庇わなくては。


 わたくしは慌ててクレイの身体に飛びつき、弟の身体を抱きしめました。

 未だ弟の手の中にあるお人形を、警戒心を高めて睨みつけます。

 淑女としてあるまじき行為だなどと、今は申していられません。


「貴方は何者です……!」

「エルレイク」

「……何でしょうか」

「エルレイク、だ」

「…………?」


 お喋りをなさる奇怪なお人形は、殊更にゆっくりと何故かわたくしの家名を繰り返し口になさいます。

 初対面で呼び捨てとは、中々に聞き捨てなりませんが……

 ……わたくし、名乗ってはおりませんわよね?

 首を傾げるわたくしに答えを示したのは、『黒選歌集』でした。


【――ミレーゼ、その人形は仮初の身。本性は『精霊玉』を核とする稀なる精霊……『始王祖』。エルレイクはとうの昔に忘れ去られた、『始王祖』を指す固有名詞(なまえ)に当たる】

「またとんでもないことを言い出しましたわよ、この本!」

「って、エルレイクってまたお前の先祖関係かよ、ミレーゼ!!」

「エルレイク家ってどこまで突き抜けてるのかなー!?」


 とんだ濡れ衣ですわ。

 

 紛糾するピートを筆頭とした『青いランタン』の抗議に、わたくしの繊細な心に深い傷がついてしまいそうです。

 ですがわたくし自身も同じく疑惑を隠すことが出来ず、先程から小出しに爆弾発言をしてはわたくしの心臓を傷めつける災厄の塊の如き『黒選歌集』を睨みつけます。


「……その名に、我がエルレイク侯爵家に関わりのある方ですの?」

【そもそも前提として、『始王祖』はこの国で最も古い存在といえる。侯爵家の前に『始王祖』があり、深く関わる土地に名前が付いた。長く王領地であった『エルレイク地方』を領地として拝領したのがサージェス】

「でしたら直接の関与はありませんわよね!」


 我が家の名は土地ありきのものだった……ただ、それだけのことですわよね?

 わたくしとしたことが要らぬ勘繰りをしてしまっていたと気付き、ほっと胸を撫で下ろします。

 同一の名だからと、深読みをしてしまっていたようです。


「そう、エルレイク様と仰いますのね」

 

 相手は高確率で……いえ、確率云々を考えるまでもなく人外の方。

 今更ながら、粗雑に扱っては何か障りがあるかもしれないことに思い至ります。

 何より、何故でしょうか……?

 わたくしの何よりも馴染み深い家名と同一の御名をお持ちの方だと知った故でしょうか。

 不思議な親近感と申しましょうか、何やら親しみのようなものを名が同じというだけで感じてしまいます。

 先程までは人形が自ら動き、口を開く現実に動揺していました。

 ですがよくよく考えてみれば、日常にこそ以前から不思議や神秘は潜んでいるモノ。

 今までの8年間をよくよく思い返してみましょう。


 ――まず、兄の姿が思い浮かびました。

 次いで、『犬』という種別に分類されるのだと言い張るイキモノが。


 …………ええ、大それたことではないような気がして参りました。

 今更ですわよね。人形が自ら思考し動きだすことなど。

 それ以上の不可思議なことですらも、きっとこの世界には満ち溢れているのですから。

 わたくしのお兄様など、ドラゴンの岩をも溶かす高出力ブレスを鉄製のフライパンで弾き、名のある槍や剣であろうと弾くドラゴンの鱗を量販店で揃えられた包丁で切り裂くような驚嘆に値する芸当を披露した経験をお持ちなのですもの。

 実妹であるわたくしが少々の神秘に遭遇しようと……ええ、何も不思議なことなどありませんわ、よ、ね……。

 ………………。

 …………。

 ……ええ、きっと、そのはず……ですわ。恐らく。

 (↑自分を誤魔化しきれなかった様子)


 わたくしは意識を摩り替えようとして失敗し、誤魔化しきれなかった複雑な心境から目を逸らしました。

 複雑すぎて飲み干す以外に、どうしろと。


「『黒選歌集』、この……エルレイク様が何やら重要な助けとなるかの如く仰っていましたわよね。この方がいらっしゃると、何かわたくしの望みに対して優位に働くものがありますの?」

【エルレイク……『始王祖』はいわばこの国内における精霊の総元締め。助力を得ることが叶えば国内のありとあらゆる精霊の管理下に置いて優遇措置を取ってもらうことが可能となる】

「予想以上に凄まじい優位性ですわね!?」


 『黒選歌集』が提示して下さったのは、わたくしの想像を超える特典……と申しましょうか。

 想像力の乏しさを露呈するようですけれど、『優遇措置』がどのようなものか具体的に考えは及びません。

 ですがそれでも、『黒選歌集』の仰った状況がどれほど凄まじいのかは予想できます。

 このような人形の身に封じられた存在が……


 ………………このお人形に『始王祖』を封じたのは、御先祖様でしたわよね。


 ……え、わたくしの御先祖さまって。え?


 考え至ってはならない部分に思考が及んでしまい、わたくしの内心を渦巻く複雑さがより一層の混迷に成長してしまいました。

 え、ええと……御先祖様?

 貴方は何をなさって……いえ、それ以前に何者ですの。本当に。

 むしろ御先祖様の方が『人外』だと仰っていただけた方が納得のいきそうな程、わたくしの中で疑問が膨らんでしまいそうです。

 埒外のことに考えは及び、このような状況ですのに意味のない生前の御先祖様について考えてしまいます。

 考えたとしても、どうにもなりませんのに。

 『黒選歌集』はわたくしの姿を別の部分について思索していると判断したのでしょう。

 思い悩むわたくしに、更に付加情報を与えて下さいました。


【いっておくが、『始王祖』自体が規格外な存在。その正体は実体を持ち、肉を纏った古代の精霊の末裔。この国の範囲内から出ることはできないが、国内においては凄まじい実力を有する――本来であれば】

「……含みを持たせた言い方、ですわね」

【今は人形に封じられている。肉体も失って久しく、その力は縮小傾向。全盛期に比べれば殆ど力など無いに等しい】

「つまり、今のエルレイク様に実力的な恩恵は望むな、ということですわね」


 自分の家名と同じ名を敬称を付けて呼ぶ、この違和感。

 ですが複雑に思いながらも理解致しました。

 つまり、このお人形は、人の目には見えない精霊達に優遇していただくための『優待フリーパス権利』なのだと――!((あなが)ち間違っていない)







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