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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
伯爵家居候編
11/210

幕間・お城には人災対策本部というものがあるそうです

今回は主人公はお休みです。

 これは、わたくしがエラル様に保護された翌日のこと。

 わたくしの知らない、お城での出来事です。



   ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


 かつかつ、かつかつと靴音高く。

 エラルは己が職場へと足を急がせていた。

 出仕を許され、職務についてより既に3年。

 15歳で学校を卒業し、官位を賜った有能なる役人エラル。

 彼の職場は、司法の司と呼ばれる場所である。

 文字通り法律に関わり、犯罪の取り締まりの最終責任を負っている。

 エラル的に司法の司なんて司司と重なって名前的にどうかと思っているが、部署の命名変更に携わる権限はない。

 今日もいつも通りであれば微妙な気持ちで看板を見上げていただろう。

 その看板を、今日は素通りして。

 いつもはきっちりノックをしてから開けているはずの重厚な扉を、叩きつけるような勢いで開けるというより撥ね飛ばしていた。


「う、うぉ…!? どうしたエラル!?」


 上司の驚く声が聞こえたが、そんなことは気にしない。

  (上司→司法の司最高責任者。ちなみに役職名もそのまま司法の司)

 それよりもずっとずっと重要な案件が、彼の発言を待っている。

 かつかつかつかつかつかつかつ、と靴音高く響かせて。

 エラルが向かったのはデスクの一角。

 上司に最も近い、3つのデスクの1つ。

 常にないエラルの荒ぶった様子に、そこに座る人物も反応した。

 何事かと書類の向こうから首を伸ばしていた姿。エラルの同僚。

 補佐官の1人である、亜麻色の髪の彼の元。


「王太子殿下ぁ!!」

「うわ、なにっ」


 いきなり名指しされ、補佐官…もとい、王太子殿下は首を竦めて後退さる。

 椅子に座ったまま、器用なことである。

 そんな彼の引いた様子にも、全く気にすることなく。

 さあ泡を食えと言わんばかりに、エラルは告げた。


「エルレイク侯爵家が没落しました…!」

「え、どうやって…?」


 この時点では、まだ王太子殿下もローテンションだった。

 しかしこれから段階を踏んで、徐々にそのテンションが高まっていくことになるのを、王太子本人はまだ知らずにいた。



 彼らの住まう、このウェズライン王国。

 王子には代々、15歳になった瞬間から一つの責務が与えられる。

 それは政務の実地訓練。

 王家の直轄領より王子領が与えられ、その地に王子府が敷かれる。

 王子は半年を王子府、もう半年を王宮のどこかの役所で過ごし鍛えられるのだ。

 王子府では直接統括し、領土の発展を。

 役所では各部署を順に回って働きながら、政務の実際のところを。

 実際に政務の仕方を学ぶことで、それぞれの部署の事情、統治の仕方を学ぶ。

 20歳までの期間で最も功績を上げた王子が次代の国王となること、それがウェズライン王家の掟であった。

 ちなみに全ての王子が結果を出すまでの間は、暫定的に長子が王太子の地位を預かることとなっている。1番年長で1番早く結果が出てしまう分、下の兄弟に追い上げられるばかりの脅迫観念伴う立場である。

 既に王の座に座っている御先祖様達に言われると、その程度の焦燥感に追い詰められて失敗する程度は元より王の器ではない、ということらしい。

 何事もどっしり構え、計画性が重要だという御先祖様の有難いお言葉である。

 

 現在の王太子はまだ10代であるが、弟王子達が変人・脳筋・極楽鳥・引籠りとキワモノ揃いである為、まだ余裕のある様子だ。

 今は丁度司法の司で補佐官の1人を務めており、その激務に追われてはいるが、既にいくつかまずまずの功績を上げているので呑気なものであった。

 とある、非常時を除いて。

 そしてその非常時が、今こそやって来た。


「もう1度、言います。エルレイク侯爵家が没落しました」

「え、本当どうやって。あの家を潰すなんて、王命でもないと無理だろう」

「そうですね、殿下がそう言うほど、あの家は大きい。………が、」

「な、何かあったのか…?」

「お忘れではないでしょう。あの家は3日前に家督が移ったことを」

「それを知らない訳が………そうか、アロイヒだ」

「そう、アロイヒ・エルレイクがやらかしました」

あの(・・)エルレイクを、3日で………どうやったんだ…?」


 その名前に。

 一瞬で、王太子の目が悟りきったモノに。

 何と急激な変化!

 カメレオンも驚きの変化ぶりである。

 しっかりと気を強く持てと、そう言わんばかりに。

 エラルは本題を告げんと言葉を続けた。


「調査中です。ですが屋敷、財産、領地……既に手放し、出奔した様子です」

「それを早く言わないかな…!?」


 ガタリと大きな音を立て、王太子が立ち上がった。

 その拍子に、デスクの上に積み上げられていたピサの斜塔ばりの書類がばっさばっさばさばさりと床に転落していく。

 だがしかし。

 重要書類の筈のそれも、今の王太子には構ってなどいられない!

 近くのデスクに控えていた経理担当の役人が、散らばった書類を1人かさかさと掻き集める。だが手伝ってくれなどとは言わない。

 むしろ王太子やエラルの邪魔にならないよう、そっと書類を抱えて脇に避ける。

 見事な息の殺しぶりを発揮した経理担当に、上司が1つ頷いて親指を立てた。


「出奔…! あの阿呆は何を考えているんだ…」

「きっと何も考えていませんよ」

「だろうな! だろうけどな! 俺はどうすればいい!?」

「冷静に、それが第一です! いつもの調子を思い出して!」


 再従兄に当たる男の失踪を知らされ、王太子は本気で混乱しかけた。

 だが、自ら深呼吸で息を整え、乱れた思考も立て直す。

 そうだ。

 確かに。

 さあ、いつも通りの調子を思い出せ…!

 再び顔を上げた時、王太子の目には強い輝きが宿っていた。


「…剣も持って行ったのか?」

「逆に聞きますが、剣を持っていなかったらアロイヒは何も出来ないでしょう」

「そうか、そうだな………付けていた監視役はどうしているんだ?」

「確認してみたら、家族には温泉を掘りに行くと言って姿を消したようですが…

……何故か炭焼き職人になっている姿で発見されました」

「……………なにがあったんだ?」

「経緯は不明です…」

「え、ええとアロイヒが出奔したのなら…エルレイク家のミレーゼ、クレイは?」

「既に接触し、当家で保護が完了しております」

「親がいないのに弟妹置いて行ったのか、アロイヒ…!」

「置いて行ったんですよ、あの阿呆」

「…爵位と家督の重責が重石になって落ち着かないかと期待したのに!」

「本当に、ぬか喜びでしたよ……」


 ぎりぎりぎりぎり。

 王太子が、奥歯を噛締める。

 彼の顔は眉間に思いっきり皺が寄っていた。

 一番奥のデスクにいた上司が、脇に設置されていた伝令管をガッシと掴む。


「緊急配備! 緊急配備!

人災(アロイヒ)対策本部メンバーは大至急第三会議室に集結せよ!

繰り返す! 人災(アロイヒ)対策本部メンバーは、大至急第三会議室に集結せよ!」


 王宮の壁という壁の中を伝った伝令管。

 その冷たい金属管を通し、司法の司の放った招集命令は王宮中を駆け巡った。

 今まで一度も聞いたことのない者は何事かと顔を見合わせる。

 だが、王宮に勤めて一年以上になる者達はまたかという顔で口を引き攣らせた。


 そうして伝令を聞いた瞬間に、大慌てで呼び出されたメンバーは駆け出した。

 向かう先は第三会議室。

 またの名を、『人災対策本部作戦会議室』だ。


 司法の司は伝令を終えると即座に動き出した。

 緊急の仕事の書類だけを小脇に抱え、席を立つ。

 後のことを残った補佐官に申し渡すと自身も第三会議室へと駆け出した。

 三人中二人の補佐官、エラルと王太子も一緒である。

 駆けながらも、王太子が背後に付き従っている部下に細々と命令を伝える。


「至急、アロイヒ捕縛部隊を編成せよ! 出し惜しみすると此方が壊滅に追い込まれるから、装備は万全に! 三個中隊出動させろ!」


 その命令を脇で聞きながら、アロイヒの他称(・・)親友歴という悲しい経歴を持つエラルが首を捻って唸る。


「三個中隊で足りますか? いっそ大隊とかは」

「これ以上の兵数は、国王陛下(ちちうえ)にご裁断願わないと無理だ。

王太子(わたし)の権限では…三個中隊で、何とかなることを祈るほかないな」

「たった1人の臣下相手に、国王陛下のお出ましは願えませんね…

しかし、あの(・・)アロイヒを人間だけで追跡できるものか」

「猟犬部隊、鷹匠部隊、いつでも出せるな? 傷病で休養を取っているもの以外、全部出せ!」

「殿下、国境線も強化しないと! 国内をふらふらされるのも恐怖ですが、国境を越えられると回収が手間です。何とか国内で留めなければ…!」

「ああ。国境線も緊急配備。警戒レベル最大、許可証なき者は国外に出すなと通達しなくては…特に、亜麻色の髪と青玉の瞳を持った20代男性」

「アロイヒ、本当に何も考えずにふらふらしますからね。いつの間にか山越えなんてされないように、また国境線に沿って100m間隔で兵を配置しないと…」

「戦争準備と警戒されないよう、全ての隣国と隣国の大使館に伝令を走らせるんだ…! 菓子折り持って「またうちの阿呆がふらふらしています。そちらの国に行くかもしれません。いつもご迷惑をおかけします」と書状を送れ」

「絶対に、またかって鼻で笑われますよ。うちの慌てぶり」

「…うっかりアロイヒが帝国領に入り込んだ時は、帝国勢(あいつら)青い顔で狼狽えて、「何とかしてください…!」と泣きついてきた癖に」

「ああ、あの時ばかりは胸のすく思いをしましたね…

……………後始末はいつもの倍以上大変でしたが」


 慣れという一言を体現したように流れるような指示が下されていく。

 実際、王太子とエラルにとっては慣れた作業だ。

 やがて第三会議室に到着した頃には、アロイヒ捕縛部隊はいつでも出発できる状況にまで整えられていた。


「あの阿呆がどこかで問題を出す度、最終的に駆り出されるのは私なんですよね…くそ、阿呆イヒめ」

「そう言わず、頼む。他の奴には御せないんだ、『魔獣使い』」

「魔獣の方が余程マシで可愛げがありますね」

 

 苦々しい口調を隠そうともせず、彼らは対策本部室に足を踏み入れる。

 そこには既に対策本部のメンバーがある程度集っていた。

 忙しい部署もあるだろうに、全ての者が仕事を置いて駆けつけている。

 そうして、部屋の一番奥。

 彼らはそれぞれ、ネームプレートの置かれた席に腰かける。

 司法の司は対策本部副長の席に。

 エラルは対策本部参謀長の席に。

 

「それでは人災を防ぐ為に、勇気を出そう」


 そして対策本部長と書かれた席に王太子が着き、会議が始まった。




「ああ、あと訓練中で実戦配備を検討している部隊があっただろう」

「戦象部隊ですか?」

「アロイヒ対策に、と隣国から贈与されたものだが…」

「殿下、あんな大きな生き物差し向けたら、絶対にアロイヒが喜びますよ」

「待機させておけ。象はその内、違う使い道を模索しよう」


 数ヶ月後、彼らの国にウェズライン象公園がオープンした。


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